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ロシア/カフカス/中央アジア映画

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執筆した映画記事のうち、ロシア/カフカス/中央アジア映画に区分されるものをまとめています。
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ロシアとソ連の映画トップ100 を全部見る記録

新年早々、こんな記事が公開された。半分は見てないと映画通と呼べないらしい。映画通と呼ばれたいわけじゃないが、東欧映画好きにしてみれば、これは非常に楽しそうな挑戦である。 ほとんど題名しか聞いたことがない映画だった。見たのは十本程度という体たらく…これはいかん。ということで、今年はソ連ロシア映画を重点的に潰していこう。 ・日本語版リストというわけで、以下に上の記事のリストをまとめよう。太字は鑑賞済みで別に記事があり、題名をクリックすればその記事に飛べるので、詳しい内容はそ

カマラ・カマロヴァ『Road Under the Skies』ウズベキスタン、ある少女の恋とその後

人生ベスト。カマラ・カマロヴァ(Kamara Kamalova)長編六作目。中心にあるのは、恋に落ちた少年アジズと少女ムハバトの物語である。しかし、恋も束の間、アジズは妊娠したムハバトを放り出して軍に行くと言い出し、ムハバトは村で白眼視されることになる、という中々ハードな展開に進んでいく。それをフォークロア的に語っているわけなんだが、あまりにも語り口が突飛なので心が動かされる。台詞のほとんどは詩歌からの引用らしき言葉であり、二人の関係性は鮮烈なイメージのみで語られるのだ。真っ

アリ・ハムラーエフ『Man Follows Birds』ウズベキスタン、ある青年詩人が見た暴力と絶望の叙事詩

傑作。ウズベキスタンを代表する映画監督アリ・ハムラーエフによる代表作。暴力に囲まれたウズベクの若き詩人の青春物語。冒頭から暴力と絶望が畳み掛けてくる上に、最後まで隙間なく詰め込まれている。エミール・バイガジン初期作(特に『ハーモニー・レッスン』)みたいな、ジワジワと追い詰められていくような"ねっとり"とした絶望感よりは幾分マシだが、あまりにも唐突に始まって唐突に終わるという意味で絶望感がある。"アーモンドの花が咲いた!"と叫んでいたら村人からリンチにあい、自分を産んで死んだ母

カマラ・カマロヴァ『Bitter Berry』ウズベキスタン、夏の日の少年少女たち

大傑作。カマラ・カマロヴァ(Kamara Kamalova)長編一作目。カマロヴァは1938年にウズベキスタンはブハラの生まれ。1962年にVGIKの監督コースを卒業、レフ・クレショフとグリゴリ・ロシャルの門下生だったようだ。元々はアニメーター志望だったらしく、ウズベクフィルムでは人形アニメを10本ほど製作したらしい。そんな彼女の長編デビュー作が本作品。夏は気ままな休暇と恋の季節。少年少女たちは出会って恋に明け暮れる。主人公は13歳の少女ナルギス。彼女は川辺で出会った不良グル

ジャムシェド・ウスモノフ&ミン・ビョンフン『Flight of the Bee』タジキスタン、ミツバチのみちびき

ジャムシェド・ウスモノフ&ミン・ビョンフン初長編作品。タジキスタン映画鑑賞会企画。ソ連崩壊後、タジキスタン映画界も他の東欧~カフカス~中央アジア諸国と同じく苦境に立たされたが、それらの国と異なるのは、イランの支援があったことだろう(タジク人がイラン人と同じペルシャ系というのも関連しているのかもしれない)。モフセン・マフマルバフも『サイレンス』など数本をタジキスタンで製作している。さて、本作品の主人公はある小さな村の学校長である。謙虚で厳格な人物で、村人からも慕われているが、本

オタール・イオセリアーニ『唯一、ゲオルギア』ジョージア二千年史とその唯一性について

大傑作。オタール・イオセリアーニ特集上映配給のビターズ・エンド様よりご厚意で試写を観せていただく。かつてジェームズ・ジョイスは自著『ユリシーズ』について"たとえダブリンが滅んでも、『ユリシーズ』があれば再現できる"と語ったらしい。当時フランスに亡命していたイオセリアーニも内戦で崩れゆく故国について同じことを思ったのかもしれない。つまり本作品はイオセリアーニにとっての、或いはジョージアにとっての『ユリシーズ』なのだと私は思う。本作品は240分という長大な時間を三部構成としている

ダルジャン・オミルバエフ 作品評集

1980年代に起こったカザフスタン・ニューウェーブの騎手であり、現在に至るまでコンスタントに映画製作を続け、カザフスタン映画史に多大なる影響を与えた巨匠ダルジャン・オミルバエフ。彼の作品を通して観ると様々な特徴が見えてきた…んだが、一つずつの記事にするには短すぎたので、ここに全ての長編をまとめてみる。 『July』 1988 25min"カザフスタンの新しい波"の代表的な監督として90年代に頭角を現したダルジャン・オミルバエフのデビュー短編。ある夏の怠惰な日に少年が映画を観

Mikhail Doronin『The Second Wife』ウズベキスタン、豪商の第二夫人になったら…

大傑作。ウズベキスタン最古の映画スタジオであるウズベクフィルム(後にタシュケントフィルムスタジオに改名)で製作された最初期の作品。ウズベキスタンは中央アジアの映画発祥の地であり、中央アジア初の長編映画が製作されたのもウズベキスタンだった。加えて、本作品はウズベク人の女性が女優として参加した初めての作品らしい。というのは当時のウズベク人の女性は"チャチュワン"という開閉可能な網状の布で顔を隠していたため、女性の役は他国から女優を招いて撮影していたというのだ(ちなみに、主演はリト

【ネタバレ】キリル・セレブレンニコフ『チャイコフスキーの妻』"天才はそんなことするはずない"という盲信について

大傑作。2022年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。キリル・セレブレンニコフ長編最新作、時代劇は初か?チャイコフスキー夫妻を描いた先行作品であるケン・ラッセル『恋人たちの曲 / 悲愴』は未見。1893年のサンクトペテルブルク、当代随一の作曲家ピョートル・チャイコフスキーの葬儀がしめやかに執り行われていた。そこにやってきたのが"チャイコフスキーの妻"こと主人公アントニーナである。すると、横たわっていたチャイコフスキーはのっそりと起き上がり、彼女に向けてこう言い放つ。なぜあの女がい

エミール・バイガジン『ライフ』"神曲"と"メメント"の魔的融合?

エミール・バイガジン長編五作目。今回はこれまでの静謐な語り口を捨てて、自己陶酔一歩手前くらいの硬いナレーションを入れてくる直接攻撃スタイルに転向しているが、『ハーモニー・レッスン』における物理攻撃と『The Wounded Angel』『ザ・リバー』における精神攻撃の融合と思えばバイガジンのスタイルなのかもしれない。主人公は借金まみれの青年アルマン。今は妊娠した内縁の妻と共に親戚?の家を間借りしており、お腹の中の子供を心配する妻にも家賃や光熱費が欲しい家主にも金をせびられ続け

エミール・バイガジン『ザ・リバー』カザフスタン、家父長制と消費主義の壮絶なバトル

『ハーモニー・レッスン』『The Wounded Angel』から連なる"アスラン三部作"の完結編。今回のアスランは文明から隔絶された平原に四人の弟たちと共に暮らしている。肉体労働を強いる強権的な父親と自由に遊びたい四人の弟に挟まれて、現場責任者の長兄アスランは常に立場にあるが、近くにある"願いを叶える川"との出会いによって覚醒していく。この川、あまりにもデカく早いので、泳ぐシーンでは必ず向こう岸が見えないし、左から飛び込んではすぐに画面右端まで流されて消えていく。あまりにも

エミール・バイガジン『The Wounded Angel』鏡よ鏡、私のアイデンティティはどこへ消えた?

エミール・バイガジン長編差二作目。カザフスタンの人里離れた村で、自分の居場所を模索する四人の子供たちを描いたオムニバス作品。運命、転落、強欲、罪と名付けられた各章の題名に従った結末に向かって、少年たちはそれぞれの人生を辿っていく。<運命>は窃盗で捕まった父親を持つ少年の物語。父親は出所して帰宅するが、近所の好奇の目に晒されるのを、そして何より仕事しない父親を少年は嫌がる。しかし、ボクシング練習を通して二人の距離は縮まっていく。<転落>は伝統歌謡の歌い手として活動する少年の物語

エミール・バイガジン『ハーモニー・レッスン』カザフスタン、大人も子供も暴力まみれ

大傑作。2013年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。エミール・バイガジン初長編作品。13歳のアスランは村で祖母と暮らしている。家の周りには見渡す限り平野が広がっている。平和な風景だ。ある日、健康診断を受けることになったアスランは、勃起についての謎の検査で同級生たちに笑われ恥をかく。一方、そんなアスランを学年のボスであるボラットは除け者にしようと動き始める。そうして、自分の中にも外にも問題を抱えてしまったアスランは、一方で虫を虐待し、冒頭の健康診断で登場した両手を広げて目を瞑り

アレクサンドル・ソクーロフ『独裁者たちのとき (フェアリーテイル)』自己陶酔と終わりなき怠惰の煉獄

アレクサンドル・ソクーロフ最新作。これまで数多くの歴史上の人物を役者に演じさせることで映画に登場させてきたソクーロフが、とうとう本人の写真をディープフェイクで動かすことで、"本人"を登場させることとなった。いきなり登場するのは大量の花に囲まれた棺に横たわる有名なスターリンの写真で、彼は目を開き、もぞもぞと手を動かし、目覚めた世界のことではなく自分のことをモゴモゴと語る。それを近くで笑っているのがヒトラーで、スターリンの隣にはキリストが横たわり、それらをチャーチルやムッソリーニ