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発酵飲料みきの実験③

先週先々週と暖かい日と寒い日で最高気温が10℃くらい差があり、寒暖差にやられて微妙に体調を崩してしまいました。3月のあいだはまだ身体が寒さに警戒している感じがするんですが、4月になると警戒が解けて寒さにやられやすくなっている感じがします。ここ数日は暖かい日が続いているのでなんとか持ち直してきましたが雨がちで嫌ですね。からっと晴れた初夏の空気が大好きなので、梅雨まではあんまり振らないでほしいな、という気持ちです。

みきを清澄化した際の残渣を活用する

さて、というわけで前回(発酵飲料みきの実験②)に引き続きみきの実験です。前回でみきの清澄化から味見までを一通り行ったわけですが、その際に余った残渣をどうするか、というのが今回の内容になります。

この残渣、基本的にはみきなので乳酸菌が含まれているのは当然として、組成としては水分、糖、そして酵素に分解されずに残ったデンプンやデキストリンからなります。デンプンのペーストと捉えれば、乾燥や加熱によってチュイルやタルト的なものの生地にできるかな、と考えられますし、当然ですが乳酸発酵スターターとしても利用できるでしょう。

今回は、①みきの風味をもつ乳酸発酵スターターとして使う、②みき風味のタルト生地として使う、の2パターンを試してみたいと思います。

みきの残渣を利用してサワークリームを作る

乳酸発酵はザワークラウトやキムチのような漬物やヨーグルト、チーズに加えて、葛餅や発酵バターなどにも利用されています。葛餅がどうなるかすごく気になるのですが、発酵に1年近くかかるそうで、ちょっと自分では無理かな、という感じ。今回は素直にヨーグルトとサワークリームを作ってみます。

ちなみに、ヨーグルトとサワークリームはほとんど同じもので、違うのは乳脂肪の割合だけ。両者の境界は曖昧で、以前金沢で訪れたヴィラ・デラ・パーチェというオーベルジュは脂肪分少なめの生クリームを用いてヨーグルトを作っていました。このあたりは存在論的な定義というよりも、文脈で変わりうるものと捉えたほうがよいですね。このオーベルジュでは、ヨーグルトと文旦をあわせ、朝食のヨーグルト的な仕立てにしたものがアヴァンデセールとして提供されていました。

というわけで早速作ってみましょう。作り方はシンプルです。生クリーム200gにみきの残渣を50g加えます。麹の香りがつくと面白いかなと思って米麹を用いたバージョンを使いました。同じ分量で牛乳を用いてヨーグルトも仕込みます。

ちなみに、乳酸菌自体に風味はないので、みきの残渣をスターターに用いる意味は、スターター自体の風味が完成品に残ることにあります。そうでなければ市販のヨーグルトや専用のスターターを使ったほうが安定した品質のものが作れるでしょう。

湯煎機の温度は32℃に設定されていますが、撮影後30℃に設定しなおしました。

30℃で12時間ほど発酵させます。なおヨーグルトやサワークリームの発酵温度は40℃〜45℃が一般的ですが、乳酸菌が活性化する温度帯は菌の種類によって違います。スターターに用いたみきは28℃で発酵させていたので、同温度帯のほうが良いだろうという判断です。

左がヨーグルト、右がサワークリームです。

5時間の段階で一旦味見をします。みきに含まれる乳酸菌が牛乳に含まれる乳糖を分解する保証はないので、正常に発酵が進んでいるかを早い段階で判断しておいたほうが安全です。

目視した限りでも、タンパク質が凝固して固まっており、液体が酸性化していることが確認できます。味見すると、まだ途中段階ですが乳酸らしい爽やかな酸味が出ています。問題なさそうなので、再度湯煎して一晩放置します。

左がサワークリーム、右がヨーグルトです。

寝坊してしまいまして、結局15時間発酵させました。

左がヨーグルト、右がサワークリームです。

ひとまずそのまま味見してみます。口に入れた瞬間はヨーグルトやサワークリーム独特の酸味が広がりますが、後味に乳の風味とともに麹の甘い香りが鼻から抜けていきます。悪くないのでは、という印象です。

ヨーグルトはそのままだと水っぽくて料理に使いにくいので水切りしておきます。ザルのうえにガーゼを敷いてヨーグルトを流し込みます。ラップして一晩。サワークリームの水切りは必要なさそうですが、一応一緒に水切りしました。

水切りできました。ホエーはまあいいか、と思って少量のシロップを加えて飲んでしまいましたが意外と美味しい。

サワークリームはやはり水切りの必要はありませんでした。そのままコンテナに入れて保管します。

水切りして冷やした状態で味見してみると、ヨーグルトよりもサワークリームのほうが料理には使いやすいかな、という印象です。香りがけっこう特徴的なので、油脂分の多いサワークリームのほうがその特徴が素直に出ます。純粋に酸味だけでいえばサワークリームのほうが強いような気もしますが、麹の甘い香りが乳脂肪といっしょに広がることによって、角の取れた印象になっています。これはなかなか美味しい。

みきの残渣を利用してタルト生地を作る

次にタルト生地です。チュイルの作り方で、野菜のピュレなどにコーンスターチを加えて加熱したものをシルパットに伸ばし、オーブンで乾燥させてから油で揚げる、というのがあります。7年ほど前にわさビーフで有名な山芳製菓が「スケルトンチップスを作ってみた!!」と題してニコニコ動画に投稿し、話題になっていたので知っている人もいるかも知れませんが、分子調理などでも比較的ポピュラーなテクニックです。

分量こそ違えどみきの残渣とチュイルの生地で組成はほとんど変わらないので、同様のテクニックが使えると想像できます。一番大きな違いは水分量なので、オーブンでの乾燥だけちょっとチューニングが必要かもしれません。

左が「さつまいも+うるち米」、右が「さつまいも+もち米」です。

とりあえずやってみましょう。シルパットに残渣を伸ばします。この時の厚みは2mmくらい。あとで分かることですがちょっと薄すぎました。

通常だと70〜80℃くらいのオーブンで3〜4時間ほど焼きますが、水分量が多いので、割れるリスクを考えると低温で長時間乾燥させたほうがよいでしょう。60℃のコンベクションオーブンで8時間ほど焼きました。本当は40〜50℃くらいのほうがいい気もするのですが、家にある大きいオーブンだと60℃が設定できる最低温度です。

8時間経ちました。先述の通り、薄く伸ばしすぎ、かつ乾燥させすぎたようで、割れてしまっています。もう一度トライします。今度は3〜4mmほどの厚みにします。温度と時間は一緒です。

「麦芽+うるち米」を使ったもの。奥に見えるのは「米麹+うるち米」。米麹が砕かれずに残っていたため、乾燥時にそこから割れてしまいました。

焼けました。乾燥していますがしなやかに曲がります。プラスチックと革の間のような質感です。

「さつまいも+うるち米」を使ったもの。

いろいろ試して、安定して作れるようになりました。厚さは3mmくらいがベスト。ポイントは、みきを清澄化したあとすぐ作ることです。残渣を冷やした状態で放置するとデンプンが劣化し、しなやかさがなくなることで割れやすくなります。ご飯を冷蔵庫に放置するともそもそになるのと同じ仕組みです。デンプンの劣化は水分がある状態で進行するので、一度乾燥させてしまえば冷蔵庫で保管しても問題ありません。

できたシートはハサミでカットできます。適当な形にカットして140〜150℃の油で揚げます。

シートを油に落とすと、シュワシュワと泡が出ますが……

30秒ほどで静かになります。1分くらいするとほのかに色づいてくるので、油から上げます。この段階ではまだ柔らかいので……

適当な型に当てて冷まします。ホイッパーの柄に巻きつけてみました。熱いので気をつけて。冷めると固まります。

ホイッパーのフックに引っかかって取り外せず、割ってしまいましたが、こんな感じで好きな形に成形することができます。

食感は少し固めで歯切れのよい瓦煎餅といった感じ。後味にみきの酸味があります。クリスピーなのに酸っぱい、というところで好みは分かれるかもしれませんが単体でも僕は好きです。最初香ばしく甘くてあとから酸っぱいので、このシークエンスをうまく料理の構成に使えると面白いと思います。

同様に、円形にカットしたものをミニタルト型でサンドしてみます。

無理やり挟んだら割れてしまいましたが、なんとか整形できそう。あとから気づいたことですが、成形する前に固まってしまっても、再度油に落として加熱すればまた柔らかくなります。

手前が小皿にかるく押さえつけただけのもの。奥がタルト型を使ったものです。

何度か練習したら安定して作れるようになりました。ただタルト型で成形するのはちょっと難しい。どうしても挟む時に中心からずれてしまいます。小皿に軽く押さえつけただけのもののほうが素朴でいいかなという気もしますが、襞がきれいに出るとは限らないのが悩ましい。専用の木型を作ればきれいに作れそうですが……もう少しいい方法を考えたいところです。

シートを型に挟んだ状態で揚げるか、シートに油を塗った状態で型にはさみ、160℃くらいのオーブンで焼く、などの方法がいいかもしれません。次回試してみます。

みきのサワークリームと生地を使ったタルト2種

というわけで、サワークリームとタルト生地ができました。2つを同じ料理に使う必要は必ずしもないのですが、せっかくなのでこの2つをつかってタルトを作ってみます。前菜になるようなものとデザートになるようなものの2パターンを考えてみました。

サワークリームもタルトも酸味が特徴ですが、単体で味見した限りでは、タルトが甘み→酸味の順で感じられるのに対して、サワークリームの場合は酸味のあとに甘みが感じられます。酸味は乳酸発酵由来のものですが、タルトは凝縮感のある酸味なのに対して、サワークリームの場合は油脂分をまとった柔らかな酸味です。このあたりをうまく料理に組み込みたいところです。

グレープフルーツのタルト

まずデザートになるタイプのものから。グレープフルーツを使います。タルトの後味にある凝縮感のある酸味がグレープフルーツを思わせるので、相性がいいのではないかと考えました。サワークリームの麹の香りはグレープフルーツの苦味とも好相性だと思います。

グレープフルーツはカルチェ(薄皮を避けて櫛切りにした状態)にカットしておきます。

薄皮に残った果肉は絞ってジュースを取り、グレープフルーツカードを作ります。レモンカードのグレープフルーツ版です。ジュースにグレープフルーツの皮を削ったものとバター、卵黄、砂糖を加え、75℃で30分ほど湯煎します。分量は適当だったので割愛。

火が入ったらミキサーに掛けて乳化させます。冷蔵庫に冷やしておけばカードは完成。

カルチェにカットしたグレープフルーツは、果肉をバラバラにほぐします。80℃くらいに熱したお湯に2%の重曹を溶かし、カットしたグレープフルーツを加えます。重曹によってペクチンが分解され、砂じょう(果肉にふくまれるつぶつぶのこと)にほぐれます。

果肉をほぐす理由は食べた瞬間にグレープフルーツの果汁が口の中に広がってほしくないから。サワークリームとレモンカードの味が最初に来て、タルト生地の後味と同じタイミングでクレープフルーツの風味が来るのが理想的です。カットしたままの果肉だとひと噛みで果汁が溢れ出てしまいますが、予めほぐしておけば咀嚼するまで砂じょうが潰れることはない、というわけ。

ざるにあげて軽く洗い、グレープフルーツ果汁に浸しておきます。重曹によってグレープフルーツの酸が中和されてしまうので、再度風味をつけることが目的です。

ペクチナーゼという酵素を使ってペクチンを除去すれば酸は中和されないので、手に入るならペクチナーゼを使ったほうが良いです。Modernist Pantryで買えます。

いよいよタルトの組み立てです。サワークリームは裏ごししておきます。

タルトに詰め、中央部をへこませておいて……

そこにグレープフルーツカードを流します。ちょっと卵黄が少なくて、ゆるくなってしまいました。計量は大事ですね。

ほぐしたグレープフルーツを盛って完成です。ディルやレモンタイムなどをあしらったほうがいいですが、手元になかったので省略しました。見る人が見ると「おや……?」となる仕立てですが、まあそこは試作なので不問にしてください。

実際食べてみると結構大きくて食べにくいです。ミニタルト型はちょっと大きすぎたかな、というのが反省点。みきのタルト生地はかなり脆いので、ひとくちで食べないと崩れてしまいます。味は目論見通りではありますが、ちょっと後味が軽すぎるかなという印象。やはりハーブは必須かな、と思いますし、もう少し余韻の長い食材がほしいところ。グレープフルーツカードに日本酒などで香りをつけてもよかったかもしれません。

レフェルヴェソンスというレストランのデザートで、八朔風味のダックワーズ生地に山羊のフレッシュチーズとはちみつを詰めた、ブラッドオレンジのタルトがありますが、はちみつのふわっとした香りが余韻として重要な役割を担っているんだろうな、と気づきました(食べたことはありません)。

えんどう豆のタルト

続いて前菜向けのタルトです。アミューズで出すようなひとくちサイズのタルトですね。

サワークリームと相性のよいえんどう豆を使います。今が旬の、僕が大好きな食材です。皮付きのまま塩ゆでして、剥いておきます。よりしっかりとした味わいにするなら出汁に漬けてもいいかもしれませんが、まあ必要ないでしょう。

サワークリームを絞って、軽く塩をします。本来であればサワークリームに混ぜ込んでおいたほうが味が安定しますが、絞り袋に詰めてしまったので後から塩を足しました。

えんどう豆をのせて、豆苗の葉を飾ります。タルト地の酸味が単体で来ないように、豆苗の葉で青々しさを足しました。クレイジーピーを使ったほうが見た目は華やかですね。最後に少量のオリーブオイルを部分的に垂らして完成。シンプルですがとても美味しい組み合わせです。

おわりに

以上で、ひとまずみきのバリエーションを出した試作から試飲、そして残渣の利用にかんする試作まで終わりました。

ノンアルドリンクとしてのみきは、酵素をもつ食材の検討など、もう少し実験が必要かなという感じではありますが、残渣を用いたサワークリームとタルトにはかなり可能性を感じました。今回のタルトはシンプルなものですが、風味付けのリキュールやハーブの組み合わせなど、色々試せることはまだまだあるのでちまちま試作を続けていこうと思います。

ドリンクの方はやはり香りの弱さがネックなので、いっそカクテルにしてしまう可能性も視野に入れつつ、ひとまずは麦麹や他のコウジカビでできた麹を使ったみきを試してみようかな、と考えています。

おまけ:みきサワークリームから発酵バターを作る

余ったサワークリームは料理に使ってもいいですが、せっかくなのでバターにしてみましょう。通常のバターは生クリームを撹拌して製造されますが、発酵バターは発酵させたクリームを使ってバターを作ります(完成したバターに乳酸発酵スターターを混ぜて作る方法もあります)。要するに、サワークリームを撹拌すれば発酵バターになる、というわけ。

泡だて器でサワークリームを撹拌します。最初はホイップクリームのような感じになりますが、2~3分続けていると……

乳脂肪分が集まり、水分が分離してきます。モロモロと集まった脂肪分がバター、水分がバターミルクと呼ばれるものです。

本来であれば、バターミルクを除去した後にバター粒を水洗しますが、面倒だったので、そのままガーゼにとって絞りました。

米麹が微妙に残っていたので裏ごしして完成です。乳酸発酵の爽やかな香りにふんわりと麹の香りが混ざって美味しい。わざわざ作るか、というとコスト的にも微妙ではありますが、こんな感じで発酵バターも作れるよ、というおまけでした。

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