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発酵飲料みきの実験②

引き続きみきの実験です。前回(発酵飲料みきの実験①)、発酵の準備まで行いました。あとは基本的に放置するだけなのですが、どのタイミングで発酵のプロセスを終えるかが重要になります。どこを完成とするかは基本的に好みの問題なので、味見をして決めることになりますが、決め手になるのは酸味です。甘みは砂糖を加えれば調整できます(市販されているみきは加糖されています)が、酸味は乳酸発酵由来のものを利用したいので、基本的には欲しい酸味を狙って発酵をさせていくことになります。

また、みきの発酵の際に気をつけなければならないのは、ボツリヌス菌とカビの繁殖です。とくにボツリヌス菌は乳酸菌とおなじ嫌気性菌(酸素のない環境で繁殖する)で、食中毒の原因となります。ボツリヌス菌が生み出す毒素は見た目にも味にも香りにも影響しないので、視認と味見では判別できません。とはいえ、ボツリヌス菌は最大9.4%以上の塩分濃度かpH4.6以下の酸性下では繁殖できないので、適切に乳酸が生成され、液体のphが下がればボツリヌス菌の繁殖は抑えられます。

不安な場合はあらかじめ酸っぱめに仕込んでおいたみきやホエー(ヨーグルトの水切りをすると出てくるあれです)などを加えてphを下げつつ乳酸菌を補給するという方法もありえますが、器具や手指の消毒を丁寧に行っていればあまり神経質になる必要はありません。ちなみに、すでに発酵済みのものを次の仕込みに加える作業は「バックスロッピング」と呼ばれ、発酵において比較的一般的な手法です。コンブチャなどの制作でよく使われています。

発酵の過程

12時間経過した状態。左上から時計回りに「もち米+米麹」「もち米+さつまいも」「うるち米+麦芽」「うるち米+バナナ」「うるち米+さつまいも」「うるち米+米麹」。もち米を使ったものの液化が顕著。

早速ですが、仕込んでから12時間経過した様子です。

もち米を使った2パターンの液化が顕著です。一方うるち米を使ったものは、流動性は増していますが液化はあまり見られません。全体がとろっとしており、不透明なままです。おそらく、この違いは酵素活性の違いによるものではなく、酵素によるデンプンの分解過程で発生する難溶性デンプンの発生量の違いによります。うるち米に含まれるアミロースというデンプンは、酵素による分解の過程で大量の難溶性デンプン(水に溶けにくいデンプン)を発生させますが、もち米にはアミロースが含まれません(村上陽子「米の品種が米飴の糖化に及ぼす影響」(2021))。味見してみると、味の方向性こそ違いますが、甘味や酸味に大きな違いは感じられません。

面白いのは、液体部分と残渣部分でかなり風味が違うことです。特に「もち米+さつまいも」では、残渣部分に生のさつまいもに由来するえぐみが出ていますが、液体部分ではさつまいもに由来する香りは感じられつつもそうしたえぐみはあまり感じられません。

ちなみに、写真は取り忘れましたが「うるち米+バナナ」が発酵過程で生成した二酸化炭素によって液体が膨らみ、コンテナから溢れてしまいました。前回の記事で、コンテナのサイズは内容物の1.5~2倍程度の大きさのものを使う必要があると書きましたが、コンテナの大きさが足りないとこうした事故が発生します。

それぞれ、清潔なスプーンで撹拌して発酵棚に戻します。

36時間経過した状態。左上から時計回りに「もち米+米麹」「もち米+さつまいも」「うるち米+麦芽」「うるち米+バナナ」「うるち米+さつまいも」「うるち米+米麹」。

36時間経ちました。「もち米+米麹」は12時間の段階で撹拌した状態のままですが、「もち米+さつまいも」は再度分離しています。これは米麹のほうがさつまいもよりも酵素の活性が高かったためと考えられます。米麹が12時間の段階で糖化をほぼ終えており、それ以降液化を伴う分解が少なかったのに対して、さつまいもはそれ以降も分解が継続したことにより液化が発生した可能性があります。実際味見をしてみると、米麹を使ったものはもう十分な甘みと酸味が発生しているのに対して、さつまいものを用いたものはそうでもありません。

ちなみに、通常みきはうるち米で作るのでこうした液化は発生しません。しかし、不思議なのは甘酒の場合も液化しないということ。甘酒の場合は加熱による米麹自体の糊化が関係するのかな、などと想像はできますが、実際のところはわかりません。

左上から時計回りに「うるち米+米麹」「もち米+米麹」「もち米+さつまいも」「うるち米+さつまいも」。二酸化炭素の発生による泡が見られる。

発酵の進み具合ですが、36時間の段階で「もち米+米麹」「うるち米+米麹」「うるち米+麦芽」は完成とみてよい状態になっています。味見をしてみると、米麹を使ったものは当然ですが麹の香りがとても強く、酸味のある甘酒という印象です。美味しいのですが、みきというよりも甘酒という印象が強いので、これをみきと言い張るのはどうかな、という感じ。麦芽を使ったものはカラメルモルトの香りが麦臭さをうまくマスクしてくれていてとても飲みやすい。加糖していないのでそこまで甘くないのですが、カラメルの香りが実際以上に甘く感じさせています。以前ベースモルトのみで作ったときはかなり麦臭くなってしまったので、ベースモルトとカラメルモルトを混合するのは正解だったようです。ただ、粉砕しきれていない穀皮(米でいう籾に当たる部分)が口当たりを損ねています。

「もち米+さつまいも」を12時間の段階で味見したときにも思いましたが、残渣部分にはクセが出やすいので、飲みやすさのために濾してもいいかもしれません。とはいえ、どろっとした飲み口がみきの身上というところもあるので悩ましいところ。発酵の進み具合や事前の破砕の程度によってこのあたりは変わるかもしれませんが、ひとまず今回はここで完成とします。本当は発酵過程の味の変化もチェックすべきですが、今回は素材ごとの違いを検証するのが主な目的なので全量を発酵棚から冷蔵庫に移します。「もち米+さつまいも」「うるち米+さつまいも」は発酵棚に戻し、追加で19時間発酵させ、55時間の段階で完成としました。

「うるち米+バナナ」は糖化が十分に行われず、粘性を保ったままです。二酸化炭素が発生し内容液が膨らんでいるので、何らかの菌が活動しているようですが詳細はわかりません。おそらく酵母菌と思われますが、素性がわからないので残念ですが今回は破棄します(ダメ元でパンを焼いてみればよかったと後悔しています)。

みきを清澄化する

さて、これでみきは完成なのですが、ペアリングドリンクとして飲むにはとろみがないほうがスッキリとした飲み口で料理にあわせやすくなります。もち米を用いた際に液化した部分が残渣部分に比べてクセがなく飲みやすかったことも気になるので、「清澄化」という作業を行います。ようは固形分を取り除いて澄んだ液体を取り出したい、ということです。

清澄化にはいくつかの方法がありますが、今回は液体を冷凍し、濾し布にかけた状態で再度解凍するという方法で行います。

 みきをフリーザーバックに入れて……

空気を抜いた状態でバットに広げます。この状態で冷凍庫で冷凍します。

冷凍できました。これを袋のまま手で小さく割っていきます。糖分や固形分を含んでいるので簡単に割れますが、とても冷たいので布で包んで作業しましょう。

ザルの上にガーゼを敷き、冷凍したミキを入れます。

この状態でラップをして冷蔵庫へ。2〜3日かけてゆっくりと解凍、濾過します。

50時間ほど経過したので取り出します。横から見ると澄んだ液体がボウルに溜まっていることが確認できます。

残渣です。布や残渣には水分が含まれていますが絞ってはいけません。濁った液体が出てしまうからです。とはいえ残渣部分も活用したいのでひとまず別のコンテナに移しておきます。残渣部分の活用方法についてはまた次回。

味見と比較

左上から時計回りに「もち米+さつまいも」「もち米+米麹」「うるち米+米麹」「うるち米+さつまいも」。

すべて清澄化が完了しました。麦芽を用いたものは風味がかなり違うので、ひとまずさつまいもと米麹を用いたものを比較します。ぱっと見てわかるのは色の違い。「もち米+米麹」>「うるち米+米麹」>「もち米+さつまいも」>「うるち米+さつまいも」の順に色が濃くなっています。「うるち米+さつまいも」はほとんど無色透明です。

左が「うるち米+米麹」右が「もち米+米麹」。

液体の量にも大きな差があります。さつまいもと米麹では大きな違いはありませんでしたが、もち米を用いた場合とうるち米を用いた場合で得られる液体の量が2倍近く違います。これは先述の難溶性デンプンの発生の有無によるものでしょう。

左から順に「うるち米+さつまいも」「もち米+さつまいも」「うるち米+米麹」「もち米+米麹」。

グラスに注いで味見してみます。味見の結果を以下の表にまとめました。

前回で想定したとおり、さつまいもの酵素はアミロペクチンの分解限界が麹に比べて低いので、全体的にさつまいものほうが甘みも酸味も弱い傾向になっています。特にもち米のでんぷんはアミロペクチン100%なので、「もち米+さつまいも」の組み合わせが一番甘みも酸味も弱い結果になりました。このあたりは想定の範囲内。

また、うるち米よりももち米のほうが個性がはっきりしており、さつまいもの場合はそれが悪い方向に、米麹の場合はそれが良い方向に転んでいる感じがします。奇しくもみきと甘酒それぞれの組み合わせの方が美味しい、という結果になりました。ここからレシピをブラッシュアップしていくなら「うるち米+さつまいも」と「もち米+米麹」かな、という感じ。

現段階では「うるち米+さつまいも」は飲みやすいかわりに特徴が弱く、ホエーを飲んでいると言われても気づかない可能性があります。また「もち米+米麹」はどうしても甘酒の印象が強く、みきとして出すにはちょっと……という感じ。米麹にもいくつか種類がありますし、長粒米にアワモリコウジカビを接種した泡盛麹や、ノーマがレシピを公開している大麦麹などを利用することもできるかもしれません。

最後に「うるち米+麦芽」です。カラメルモルトの色が液体部分に移っており、きれいな琥珀色に染まっています。酸味も甘みも米麹を用いたものより強く感じられますが、カラメルの香りが甘味をより引き立てています。清澄化前の味見でも書きましたが、ベースモルトだけで作ったみきは麦臭さが気になったのに対して、カラメルモルトを加え清澄化したみきはクセがかなり抑えられています。液体を舌の裏に潜らせて、味を一生懸命探すと麦臭さが遠くに感じられるかな、という程度です。

ただ、味はとても美味しいのですが、どうしてもキャラメル感を強く感じます。実際のところカラメルモルトはデンプンの糖化に直接関与していないので、香り付けの役割です。せっかくみきを作るのであれば発酵過程で得られる風味をもうすこし活かしたい。カラメルの香りも単体で飲む分には美味しいですが、料理にあわせるにはちょっと甘ったるいかな、という感じ。暖かくしてデザートに合わせる、といった使い方であればひょっとしたら良いかもしれません。

おわりに

というわけで、ひとまずみきの仕込みから発酵、試飲までが終わりました。

清澄化した無加糖のみきは酸味と甘味のバランスがよく、ペアリングドリンクのベースとしては使いやすいな、という印象です。ただ、さつまいもを使ったものは香りが弱いのが欠点で、米麹を使ったものは甘酒の香りになってしまったことが個人的には不満です。グラスを口に近づけてから内容物を飲むまでに鼻から入ってくる香り(揮発性の香気成分)はドリンクの印象を決める重要なポイントなので、ここをどう克服するか、という所が工夫のしどころになります。

発酵過程でスパイスを添加したり、完成したみきを使ってカクテルを作るということも可能ですが、できることならみき単体で成立させたいところ。完成したみきの香りは、酵素を含む食材の香りに大きな影響を受けるので、今回失敗してしまったバナナなど酵素を含む他の食材の利用や、泡盛麹などの他の麹の利用がひとまず検討の対象になるでしょう。加えて、ジャスミンライスなどの香りの強い米を用いるとどうなるかについても気になるところです。

ひとまず、今回はここまで。次回(発酵飲料みきの実験③)は清澄化の際に残った残渣部分の利用方法について検討したいと思います。

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