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発酵飲料みきの実験①

年度末の助成金事業の発表などもあり、新年度の予算がふんわりと固まったのでそろそろ本格的に仕事をはじめなければ……と思って半月が経ちました。今年はグループ展が2つとポップアップのフードイベントがひとつ。今年は博論を書く予定なのもあり、これ以上制作はできないかなという感じ。

フードイベントは、昨年元映画館というスペースで実施したEating Bodyのように過去作の映像作品をベースにする感じではなく、新規でリサーチをしています。申請していた助成金に全落ちしてしまったので並行して金策もしなければいけないのですが……ひとまずは料理の試作をちまちまと進めています。

みきの実験

最近はみきの実験を進めています。みきは奄美大島や沖縄周辺で作られているノンアルコールの発酵飲料。緩く炊いたうるち米に麦芽やさつまいものすりおろしを加え、乳酸発酵させたものです。もともとは口噛み酒のように唾液を使ってデンプンの糖化を行っていたようですが、近代的な衛生観念の浸透とともに唾液に含まれる酵素の代わりにさつまいもや麦芽由来の酵素を使うようになったということのようです。

本州ではほとんど見かけませんが、鹿児島県や沖縄県ではスーパーマーケットにも並んでいるようで、高野食品や花田ミキ店など、複数のメーカーから販売されています。Eating Bodyでは花田ミキ店のみきをデザートに使いました。

今度はこれをノンアルコールのペアリングに使えないか、というわけです。市販のみきはかなり甘いのですが、これは基本的に加糖によるものです。さつまいもに含まれる酵素はでんぷんを分解して糖を生成しますが、乳酸発酵では糖が分解されて乳酸が生成されます。みきの製造は基本的に酵素による糖化→乳酸発酵の順に行われるので、発酵の度合いをコントロールすれば甘味と酸味のバランスを決められるというわけ。

また、みきは唾液、さつまいも、麦芽など複数の素材に由来する酵素が利用可能であることから、糖化酵素をもつ他の食材の利用可能性も示唆されます。糖化酵素をもつ食材としては、山芋、蕪、大根、人参などがあり(加藤ら「生食野菜類のアミラーゼ活性」(1993))、バナナ、米麹などにも含まれているので、これらの食材を用いてみきをつくることも可能かもしれません。デンプンも、うるち米だけでなくて甘酒のようにもち米を使ったり、焼酎のように芋や麦などを利用することもできるでしょう。

とはいえ、このあたりのアレンジはやりすぎてしまうと全く別の料理になってしまうのでバランスが難しい。みきのように広く一般化しているわけではない料理を出すときは、ある程度原形を残さないと、食べる側はどこまでがいわゆるみきの味わいでどこからがアレンジなのかが判別できなくなってしまいます。発酵のコントロールや材料の選定だけでなく、そうしたバランスも含めて実験する必要があります。

みきのレシピ

……と前置きが長くなりましたがレシピです。

久留 ひろみ, 吉崎(尾花) 由美子, 玉置 尚徳, 和田 浩二, 伊藤 清, 「奄美大島の伝統飲料「ミキ」の分析」『日本醸造協会誌』, 105 巻, 3 号,  2010年, pp.167-174

レシピは鹿児島大学の論文から。ネットでよく見られるレシピと比べると、うるち米を浸水後粉砕してから加熱するのが特徴的ですが、どうやらこれが伝統的な製法なようです。とはいえ、同様の分量でおかゆを炊いてから副材料といっしょにミキサーにかけても大きな違いはないように思います。

今回は小分けして複数の材料で実験したかったので、レシピ通り浸水した米を……

ミキサーで破砕します。出来上がるものはほぼ水溶き米粉なので、米粉を水に溶くだけでも良いのですが(当該の論文では水溶きの米粉が用いられています)、ひとまず伝統的なレシピに従います。なお、今回用いたうるち米の吸水率が30%ちょうどになるかは明らかでなかったため、米の浸水後に水を切って再度計量し、米と水分の合計重量が1850gになるようにしました。ここでは半量で作っているので925gです。

これを耐熱のフリーザーバッグに注いで湯煎にかけます。細かい話ですが、液体をフリーザーバッグに入れるときは、計量カップなどにバッグを入れてから液体を注ぐと安定して作業できます。

給湯器で60℃の湯を溜めたところにフリーザーバッグを沈め、湯煎機で95℃まで加熱します。

温度が95度に達したらそのまま60分キープ。その後はフリーザーバッグをお湯から出して30〜40℃くらいまで冷まします。数が多かったので湯煎機を使いましたが、蒸籠で蒸してもよいと思います。レシピでは100℃で30分となっていますが、湯煎機で設定可能な最高温度が95℃だったので95℃とし、念の為加熱時間を伸ばしました。米由来のデンプンの糊化は70℃程度で行われますから、ここでの5℃の差は問題にならないでしょう。

次にさつまいもの準備。生のさつまいもには渋みがあるので、皮を厚めに剥いて水に10分ほどさらしてからミキサーで破砕します。おろし金でおろしてもよいでしょう。

そこに湯煎からあげて冷ましておいた米を加え、撹拌します。米ははじめゆるめの餅のようにねばねばしていますが、さつまいものすりおろしと混ざると酵素の働きで次第に粘性を失っていきます。両者を発酵用のコンテナに入れ、スティックブレンダーで撹拌するのが洗い物が減ってよいのですが、訳あってBamixが壊れてしまったのでミキサーで撹拌します。糊化した米がコンテナの壁面にへばりついて清掃がとても面倒です。

撹拌したらコンテナに移します。書き忘れていましたが、望まぬカビや雑菌の混入を避けるため、ボウルやコンテナ等はすべて熱湯で殺菌しておいてください。手洗いも忘れずに。また、コンテナのサイズは内容物の1.5~2倍程度の大きさのものを使う必要があります。みきは発酵の際に二酸化炭素を発生するので、泡によって内容物が押し上げられ、コンテナからあふれるおそれがあるからです(今回用いたコンテナは小さすぎました)。

あとはこれを常温発酵させるだけ。今回は外気温による発酵速度の変化を避けるため、28度に温度管理した発酵棚で保管します。28℃であれば2日程度で完成するはずです。レシピでは25℃となっていますが、他の仕込みとの兼ね合いで28℃に発酵棚を設定しています。

発酵棚は、少量であれば冷温庫を使うのが簡単ですが、同じ温度帯で野菜などの乳酸発酵やコンブチャの発酵、パンの一次発酵も行えるので、大きめの棚を用意してしまうのもあり。僕はスチールラックをスタイロフォームで囲い、温室用のパネルヒーターとサーモスタットで温度管理するようにしています。

さつまいもやうるち米以外の素材を用いる

左上から時計回りに「もち米+米麹」「もち米+さつまいも」「うるち米+麦芽」「うるち米+バナナ」「うるち米+さつまいも」「うるち米+米麹」です

同様の手順で麦芽、米麹、バナナでも仕込みました。さつまいもと米麹は、うるち米の他にもち米を用いたバージョンも仕込みました。酵素の糖化力は必ずしも酵素の量と比例しないので、各食材の分量は、特定条件下での酵素活性を計測して検討する必要があります。事前に酵素活性を計測するのはあまりに面倒なので、ひとまず同分量で仕込んで様子をみることにしました。

なお、麦芽はビール醸造用のベースモルトとカラメルモルトを1:1で混ぜ合わせて使用しました。ベースモルトは発芽した麦の根と芽を除去し、それ以上の成長を止めるために乾燥させただけのものですが、カラメルモルトは麦芽の乾燥時に高温で加熱されています。そのおかげで、糖化した麦の一部がカラメル化して甘く香ばしい香りがするのですが、加熱によって酵素が失活しています。そのためデンプンの分解には一切寄与しないのですが、以前ベースモルトだけでみきを仕込んだ際に麦臭さが気になったので、今回は風味の改善のためにカラメルモルトを追加しました。

うるち米ともち米の違いはデンプンにおけるアミロペクチンの含有率。うるち米デンプンは8割がアミロペクチンで残りはアミロースですが、もち米は10割アミロペクチン。さつまいもに多く含まれる酵素のβ-アミラーゼは、アミロースをほぼ分解しマルトース(麦芽糖)を生成しますが、アミロペクチンの分解限度は6割ほどで、高分子のβ-リミットデキストリンを残します。一方で、米麹に含まれる酵素のα-アミラーゼとグルコアミラーゼは協調してアミロースとアミロペクチンどちらもほぼ分解してグルコース(ブドウ糖)を生成します。乳酸発酵はマルトースとグルコースのほかデキストリンやデンプンでも起こりえますが、菌の種類によって分解できる糖の種類は異なります。このあたりの違いがどう食味に影響を与えるかを確認していくわけです。

ちなみに、「もち米+米麹」は分量こそ違えど甘酒と全く同じ組み合わせ。甘酒を作ったことがある人は、酵素活性の至適温度が35~40℃程度なのにもかかわらず、60℃前後で仕込むことを疑問に思ったかもしれません。理由は単純で、60℃前後で多くの菌が死滅するからです。みきの場合は、乳酸菌に繁殖してもらわなければいけないので、28℃前後で仕込みます。早い段階で乳酸菌が乳酸を生産してくれれば液体は酸性化し、ボツリヌス菌など望ましくない菌の繁殖が抑制されるというわけ。また、どぶろくの場合はここに酵母が入ります。酵素による糖化→乳酸発酵によるphの低下→酵母によるアルコール発酵、という形でボツリヌス菌などの繁殖を防ぎつつアルコール発酵を行っているわけです。

さて、今回はいったんここまで。次回(発酵飲料みきの実験②)は発酵過程をみつつ、ドリンクに仕立てていきます。

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