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短編

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短編小説をまとめました
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記事一覧

糸子教授の人生リセット研究所

 北川糸子という科学者が人生リセット装置を発明した。人生をリセットさせる依頼も請け負っているらしい。
 何とも怪しげな話である。怪しげではあるが、そういうところに儲け話は転がっているものだ。履歴書を手に意気揚々と、人里離れた場所にある人生リセット研究所の門をくぐれば、面接してくれたのは当の教授本人だった。
「山口あやさん。事務を希望、ね」
「はい。先生の素晴らしい発明の噂を耳にしまして、是非ここで

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スカイマン217

 区役所という場所はとかく眠くなりやすい場所だ。手続きの書類は面倒くさいし、説明の文章は読むのがダルい。長い待ち時間の末ようやく順番が回ってきても、お役所仕事の職員が別の窓口へたらい回す。そうしてまた長い待ち時間が始まる。
 加えて昼下がりのこの時間帯。ロビーはポカポカと暖かい。だから思わず、うつら、うつらとしてしまうのも無理はない。
 けれど。
「おばあちゃん、こんなところで寝たら風邪ひきますよ

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音色の研究

 早水秋人は探偵である。二十九歳にして小さいながら自分の探偵事務所を持つ、いっぱしの探偵である。
 いっぱしの探偵であるから、浮気調査から猫探し、近所のドブさらいまで何でもやる。ご近所の奥様方には、何でも屋と勘違いされている節があるが、誰が何と言おうと探偵である。
 早水探偵事務所には、もう一人探偵がいる。倉木杏樹という女性である。腰まで伸ばした長い黒髪、抜群のプロポーション、大人びた顔つきに理知

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見知らぬ浪人

 見知らぬ浪人がいる。そんな噂を聞きつけて、千代は村外れまでやってきた。武器代りの心張り棒を握り締め、村の中を闊歩する。周囲の目は同情が半分で、あとの半分は目を合わせない。構っていられないと千代は視線を跳ね返し、教えられたとおり村の東の外れへ出る。そこには目指していた人影がいた。
 笠をかぶった着流し姿で腰には刀。男にしてはやや華奢な体つき。この辺りでは見かけない姿であり、だからこそ浪人が千代の探

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ロザリィの塔

 東の大国パレス王国。その王城の敷地内に『ロザリィの塔』と呼ばれる塔がひっそりと佇んでいる。ロザリィ、それはこの国の二の姫の名前だ。
 パレス国と国境を接する小国、テップ国の世継ぎの王子、クヌギは塔を見上げ息を吐いた。そして、両の頬をパチンと叩き気合いを入れなおす。
「この塔の中にロザリィ姫がいらっしゃるのですね」
 振り返ってそう確認する。塔の前まで案内してくれたパレス国の主席魔道師、ザーボンは

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本とキム子とスイカバー

 人口よりも野鳥が多い。住宅地より田んぼが広い。市に昇格なんてもってのほかで、今時住所に郡がつく。
 7月のある日、そんな町の裏山に流れ星が落ちた。
 落ちた星は四方八方に光を放ち、この町を包み込んで消えた。偶然近くを飛んでいたテレビ局のヘリコプターがその様子を撮影し、超常現象だと騒ぎ立てた。
 けれど、本当の超常現象はこの後起きる。
 きっかけは、テレビの取材を受けていた町の人間が突然空に浮かん

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赤い星の夜

 赤い星が輝く夜は注意が必要だ。赤い星は私たちの魔力を高め、高まった魔力に人は狂ってしまうから。
 一級魔道師であるオニキスが姿を消したのも赤い星が輝く夜だった。次の日の朝、魔道師連盟から連絡を受け現場に向かった私は人の多さに呆然とする。いつもは静かな高級住宅地であるそこは大勢の魔道師と野次馬でごった返していたのだ。
「ミルキー特級魔道師、おいでくださいましたか」
 二級のエンブレムをつけた魔道師

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兄嫁

 高いところに上ると、ここから身を投げる自分の姿を夢想するんだ。
 ある時、十年上の兄がそう言った。その場所がデパートの屋上だったので、幼かった僕は兄の服をしっかりと握った。
「冗談だよ、伸二」

 しかしまた帰りの駅で兄は飛び込みを夢想し、僕は再び彼の服を握ることになるのだ。

 学校帰りに駅前の喫茶店に寄った。暗い店内に先客は、カレーライスを頬張る痩せた眼鏡の男がただ一人。僕はカフェオレを注文

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トイ・プードルが知っている

 私の名前は高枝こずえ。どうして名字が『高枝』なのに名前が『こずえ』なのかを話せば長くなる。長くなるけど要約すると、ひいおばあちゃんの名前をもらった、そういうことだ。
 職業は中学生。成績は優秀な方で生徒会長もやってる。陰で『氷の女』と呼ばれているけど気にしていない。気にしてないよ、陸上部の部長。運動場使用禁止令はまだ解除しないよ。陸上部全員でその辺グルグル走ってろ。
 そこまで思いをめぐらして、

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蛍雪の友

 森田圭介から「会いたい」とメールが来たのは六月初めのことだった。
 大学時代に所属していた研究室の同期である。情報テクノロジー工学科は私たちの代が一期生で、四年生になって配属された研究室には私たち三人しかいなかった。
 そう、あの年の河原研究室は私、森田、そして、ぐっさんこと原口泰子の三人だけだったのだ。

「久しぶり。ニシケイ、元気だった?」
 森田は待ち合わせの時間通りやって来た。ニシケイは

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白いバラをあなたに

白いバラをあなたに

 窓から入る夕日が目にしみる。
 静かな部屋に響くのは自分の呼吸音と手持ちぶさにめくる雑誌が擦れる音。
「帰ろうかな……」
 答えるように水道から雫がピチョンと落ちた。
 すでに2時間、待ちぼうけ。
 事前に何のアポもとらず、突然ふらりとやってきた。この部屋の主が家にいないのは当たり前。それでなくとも、彼女は忙しい。付き合い始めて1年になる伊崎友香は、静かにブレーク中のモデルさんなのだから。
 と

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カタコイ

カタコイ

 伸ばした手は空をきり
 紡がれた言葉は宙に浮いて
 どちらも決して届かない

 人はそれをカタコイという。

 中学から高校へ進学し、彼女はセーラー服からブレザーへとその姿を変えた。
 そして、短かった髪を伸ばし始めたのも高校へ入ってからだ。

「……こうしてポリスが作られ、その後、ギリシャは……」
 月曜日、5時間目の世界史。
 催眠術にかかったかのように、クラスメートが一人、また一人と机に伏

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うんてい

うんてい

「代表委員」
 声に視線を戻す。

 うんていの柱にもたれかかり、スーツ姿にネクタイを締めたその男はにかっと笑った。
「おっす」
「……おっす」
 右手を上げた彼に返事を返して足を止める。

 今日は、小学校の同窓会だ。

 20歳になった成人式の日に同窓会をやる。
 うちの小学校のこの行事がいつから続いているのかはわからない。

 けれど、確実に言えるのは。
 同窓会なんて来るんじゃなかったとい

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