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とてもあたたかく、おいしい5年間をありがとう。 -小湊悠貴『ゆきうさぎのお品書き』シリーズ読了メモ

「おいしい」は笑顔に直結するものだと思っています。

どんなに疲れていても、悲しいことがあっても、あたたかくておいしいものを食べたならば、ほっ、と肩の力が抜け、口元がやわらかくなる。それは他人が作ってくれた料理でも、自分が作った料理でもおなじ。私は「ごはんを食べる」ということがだいすきです。


『ゆきうさぎのお品書き』シリーズは、色とりどりの表紙にうっかりと釣られ、表紙買いしてしまった作品。2016年、集英社のライトレーベルであるオレンジ文庫がまだ立ち上がって間もないころ、第1巻『ゆきうさぎのお品書き 6時20分の肉じゃが』が発売になり、2020年6月19日、第10巻である『ゆきうさぎのお品書き あらたな季節の店開き』によって見事なる完結を遂げました。

私が半年に一回、毎巻欠かさず発売日に手に取り、楽しんできたシリーズの完結。とてもあたたかく、おいしい5年間を一緒に歩いてくれた『ゆきうさぎのお品書き』に、感謝の意を込めて。

ある事情から、極端に食が細くなってしまった大学生の碧。とうとう貧血で倒れたところを、「ゆきうさぎ」という小料理屋を営む青年、大樹に助けられる。彼の作る料理や食べっぷりに心惹かれた碧は、バイトとして雇ってもらうことに! 店の常連客や、お向かいの洋菓子店の兄妹、気まぐれに現れる野良猫(?)と触れ合ううち、碧は次第に食欲と元気を取り戻していく――。『ゆきうさぎのお品書き 1』裏表紙より

以下、がっつりネタバレあります。


1.5年間をかけて、碧の4年間と、その先を追う物語


普段ならば「痩せの大食い」と言われるほど、その細い体に似合わぬ食欲を持つ大学1年生の碧。最愛の母を失ったことをきっかけに、碧は食が細り、ついに倒れてしまいます。倒れた碧を発見し、自らが経営する小料理店「ゆきうさぎ」に運び入れる大樹。この時点で碧は18~19歳、大樹は25~26歳の設定のはずです。

碧の顔色が悪いことから、大樹は何も食べていないのだろうと推測。梅干し入りのおにぎりとほうれん草のポタージュ、そしてポテトサラダを食べさせ、偶然にも「ゆきうさぎ」の常連だった碧の父に連れられ、その日は「ゆきうさぎ」を後にします。


元気をとりもどした碧はその後、「ゆきうさぎ」でアルバイトとして働き始めます。

「ゆきうさぎ」に足しげく通う常連たち、商店街のあたたかな店主たち、碧とおなじように縁あって「ゆきうさぎ」で働くことになる従業員……。碧はそんな人たちに囲まれ、大学生活という楽しくあっという間の4年間を過ごしていくことに。


シリーズ中盤からは、碧と大樹がお互いを意識し始め、表では雇い主と従業員、裏では恋人同士と、またほほえましい展開になるのもこのシリーズのあたたかさ。巻を重ねるごとに、また歳を重ねる碧と大樹の、ちょっともどかしい恋愛からも目が離せません。


最終巻では、碧が大学を卒業して3年後、そしてその先の物語も。

じんわりとあたたかく、そしてハッピーエンドと呼ぶにふさわしい結末が待っていました。

半年に1度ペースの発行を経て、5年で完結した本作。最終巻が碧の大学卒業後のエピソードがほとんどだと考えると、ほぼ碧が物語の中で進む時系列を、現実でもなぞっていたことになります。このペースがとてもちょうどよく、私はこのシリーズが発売されるたびに本屋に行き、おいしそうな表紙の文庫本を小脇にかかえ、わくわくと帰宅したものでした。


2.表現される料理のあたたかさ

このシリーズは俗にいう”メシモノ”小説なので、お料理の表現がたびたび出てきます。大樹の作る、祖母から受け継いだ心あたたまる家庭料理はもちろん、向かいの洋菓子店で作られるスイーツや駅ビルの和菓子店で作られる昔ながらのお菓子、碧が大樹に教わりながら少しずつ覚えていく手料理など、数えきれないほどの料理が登場。

出来上がった料理を上手に表現する小説は、この世にごまんと存在すれど、そのレシピや作り方、作る人の心情を繊細に表現していた本作。”メシモノ”小説には目がない私ですが、このシリーズは特にその表現が気に入りました。

全10巻のこのシリーズは、すべてにサブタイトルがついています。

①6時20分の肉じゃが
②8月花火と氷いちご
③熱々おでんと雪見酒
④親子のための鯛茶漬け
⑤祝い膳には天ぷらを
⑥あじさい揚げと金平糖
⑦母と娘のちらし寿司
⑧白雪姫の焼りんご
⑨風花舞う日にみぞれ鍋
⑩あらたな季節の店開き

最終巻以外は、すべて料理の名前がサブタイトルに取り入れられ、その料理が各巻のキーとなる物語に取り入れられ、それぞれがあたたかく、非常に美しい表現で描かれているのです。

”メシモノ”系/ほんわか系が苦手な人でも、これはぜひ読んでほしい。ちょっと新しい視点で「食の日本語表現」が味わえるシリーズになっていると思います。


私自身、これを読んだのがきっかけで母に「母の味」のレシピを教えてもらうようになったり(家事は見て学べタイプの母だったので…)、新しい料理に積極的に取り組むようになったり…笑。私生活でも影響を与えてくれた作品でもあります。


3.碧と大樹がすすむ道に


「ゆきうさぎ」にかかわる、さまざまな人との出会いを経て、碧はついに「ゆきうさぎ」のアルバイトを卒業します。その様子を大々的に描くのではなく、サラッと流してくれたのもよかった。あまりに細かく接客の様子を描かれて、碧のラストバイトを最終巻として1冊にしていたのならばちょっと怒ってたかもしれない。


最終10巻は、ゆきうさぎで働いた人全員の視点で、碧のアルバイト卒業後を切り取っていきます。それはほほえましい恋愛の話だったり、将来に悩む大学生の話だったり、大人がもう一度歩むべき人生を考え直す期間だったり。

そしてラストは、碧がアルバイトを卒業してから3年後。碧と大樹が、ひとつ、次のステップへと進むところで物語は締めくくられています。


ライトノベルとして読むにはもったいないほど、きれいで涙の出るワンシーンでした。きっとこの物語が終わっても、碧と大樹は「ゆきうさぎ」で暮らしているのでしょう。


4.まとめ


私としては、小湊先生のあとがきに続いた、エピローグがとても気に入りました。あえて、あそこで終わらず、もう少しだけ物語の続きを見せてくれた小湊先生。きっと小湊先生も、この物語を終わらせたくなかったのではないでしょうか笑。


全10巻、5年にもおよぶ、ライトノベルとかいいながら超大作! なこのシリーズ。毎巻発売を楽しみにしていただけに、終わってしまうのはとてもさみしい気持ちでいっぱいです。

が、あえてその先を読みたい、とは言わせない、納得できるエンディングだったとも思います。学生時代から、私も社会人になりました。『ゆきうさぎのお品書き』と、この目まぐるしく過ぎていった5年間をともに過ごせたのは、とても喜ばしいことだと思います。


小湊先生、3人の担当編集さん、そして碧と大樹とたくさんの「ゆきうさぎ」にかかわる人たちに。

ありがとう。おつかれさまでした。



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