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濡れた未亡人、初夏のKLD物語〜ひとでなしの恋〜 第一夜


こちらの記事は、「【福岡 糸島の古着屋さん】株式会社KLDの Advent Calendar 2021」の6日目の記事です。



「やっぱりより子さんはこういう服装が似合いますね!」

油彩風の大ぶりな花が描かれた華やかなワンピース。
このワンピースを手に取るといつもあの人の声が聞こえる気がする。

初めて2人で岩田屋に買い物に行って、私に服を買いたいというあの人にいくら断っても断りきれず、あの人の選んだ服を試着した時に言われた言葉だったと思う。

いつもは自分では選ばないような、少し華やかな柄のものでとても気恥ずかしかったのだけれど、あの人が褒めてくれたのが心からの言葉だと感じられて嬉しかった。
それから私はモノトーンの服ばかり着ていたそれまでより、少し色や柄のある服を選ぶようになったのだった。

寝室の横にあるウォークインクローゼットを覗くと、着ることの無くなったワンピースの色彩で溢れているのが見える。

あの人がいなくなってから、着るとどうしてもあの人の事を考えてしまって辛い。自然と今ではまた、モノトーンの服を選んで生活することが増えていることに気づいていた。

あの人が亡くなってから2年…34歳になった私には正直、少し派手すぎるような柄のものもあって、昔感じていた気恥ずかしさが蘇ってきたような気もする。

「買取に…出してみようかな?」

このままクローゼットを覗くのも辛い気持ちで過ごしているならば、いっそのこと処分してしまった方がいい事はわかっていた。

捨てるには勇気が出なかったのだけれど、最近近所に出来たリサイクルショップの事をふと思い出し、売却するのであれば、ということに思い至ったのだった。

2時間後、まずどの服を売りに出すのかたっぷり悩んでから旅行に使っているキャリーケースに入れた。
リサイクルショップはたしか歩いて20分もかからないはず…気晴らしに少し歩いて行こうと思った。

キャリーケースを転がしながら家を出て歩く。

あの人との思い出から始まって服の趣味が変わり、それを売りに出してしまっていいのだろうか、そんな迷いはずっとあったのだけれど、今日は何故か踏ん切りがついて不思議と爽快な気分だった。

踏切を渡ったらもうすぐ駅前に着くというところだった、水の感触が一滴、頬に触れたかと思うと、それが3粒、4粒…と感じられて、気づいた時には驟雨といってもいいような激しい雨が私を濡らしていた。

「え…嘘、どうしよう…」

6月も終わりで梅雨もそろそろ明けると思って油断して、傘も持たずに来たのが仇になってしまった。

白いブラウスが濡れて肌に張り付いたのが不快で、どうしようもなくてとりあえず駅の方まで小走りで向かう。

「あのー!大丈夫ですかー!」

駅の近くにある交番の近くを通った時、ふと私に向かって呼びかける声がし、そちらを見ると交番の中から警察官が心配そうに私を見ていた。

気づけば、手招きする警察官に何故か吸い寄せられるように交番の方に歩いていた。

「いやぁ、すごい雨ですね…大丈夫ですか?あ、これ綺麗なやつなんで良かったら…」

交番に入り、ずぶ濡れで手持ち無沙汰にしていた私に、年若い警察官がタオルを勧める。

何かの商店の景品のタオルのようで、パリッとしたビニールの包装から少し手こずりながら真新しいタオルを出して手渡してくれた。

「あ…ありがとうございます…、すみません、急にこんな…」

「いえ、あまりにも雨がすごいもんで、自分が呼んでしまったようなものですから…ご旅行ですか?」

私の持っている大ぶりなキャリーケースを見て警察官は言った。

「いえ、ちょっとリサイクルショップに服を売りに行こうかと思ってたんですけど…こんなに濡れてしまったしまた出直そうかと思っていて…」

「ああ、駅前に出来たサードストリートですか?自分もまだ行けていないんですけどかなり大きいみたいですよね。」

「ええ、服を売るのは初めてなので…よくわからないんですけどね。」

なんだかずぶ濡れになってしまったのもあってやや自棄な気持ちも出てきて、苦笑いしながら警官の言葉に応じる。

私の言葉を受けてその警官はなんだか机の隅を見ながら思案しているようだった。

急に生まれたなんだか妙な間に、私もどうしていかわからず、タオルで髪を拭きながら警官の横顔を眺めるでもなく眺めていた。

年の頃はおそらく20代後半くらいだろうか、少しだけ少年らしさが残っていて、なんだか日本犬を彷彿とさせる顔立ち、浅黒い肌は意外に整っている。それを見ながら最近の若い男の子はスキンケアなんかにも気を抜かないらしい…というどこかで聞き齧った話をとりとめもなく思い出していた。

「あ、わかった!」

不意に大きな声が聞こえたと思ったら彼が顔をあげ、主人に忠実な日本犬のようなきらきらした瞳でこちらを見ている。

あまりにも屈託のない姿になんだか急におかしくなって笑ってしまった私を見て、彼は罰が悪そうに、

「あ、すみません…服の買取店で友達が勧めていた店の名前を思い出したものですから…ネットで申し込みが出来るらしくて、どうせ出直すならそういったサービスもいいんじゃないかと思って…」

意外にも彼は私の服の買取のことを考えていてくれたらしい。
家から買取が出来るということで純粋に興味をそそられた私はその先を促した。

「えっと確か…KDL?かKLD?とかいうアルファベット3文字の会社で、多分規模は小さいんですけど査定が丁寧ってことで友達が言ってて、ブランドもの売るならかなり良いって言ってたんで…あの、服、お洒落だなって思ったんで…売るのがブランドものだったらいいんじゃないかなって思って。」

お洒落なんて言われることが少し恥ずかしく、面食らってしまったのだけれど、なんだか久々に異性に褒められたような気がして正直、素直に嬉しかった。

「そうなんですか…ありがとうございます、今日は一旦帰ってそのKDL?のこと、調べてみようかと思います…あまりネットには詳しくないんですけど…調べたらわかりますよね。やってみます。」

あまり交番に長居するのも…と思い、外を見るとさっきまでの雨が嘘のように晴れていて、アスファルトが濡れた時のにおいを感じた。

「あ、天気よくなってますね、では私…一旦帰ろうと思います。色々と親切にしていただいてありがとうございました。」

そういってタオルを返そうとすると、彼はなぜか何か迷ったような、もどかしそうな表情をしていた。

「どうしたんですか?」

思わずそう声をかけると、少し言いにくそうに彼は、

「あの、もし買取のやり方とかわかんなかったら…自分いつでも相談に乗るんで、あの、言ってもらえたら、と思います。」

急な申し出に驚いて、改めて彼の顔をまじまじと見ると耳のあたりに赤みが差しているように見えて、可愛い、と思ってしまっている自分に気づいた。

魔が差したのだろうか、自分でも驚くようなことを不意に口にしていた。

「あの、良かったら…今からうちで教えて下さいませんか?」

「えっ…え?今から家で、ですか…?」

鳩が豆鉄砲を食ったような…という表現はこんな時に使うのだろうか、
ーああそういえば小さい時にこの言葉を初めて知った時、鳩を鉄砲で撃つなんて可哀想だと父親に言って泣いたことがあったっけ…
とにかく、とても驚いた顔で彼は固まっている。

なんだか妙にふわふわとした頭でとりとめもないことを考えてしまったのだけれど、自分がとんでもないことを口にしてしまったことを思い出して顔が熱くなるのを感じた。

「あ…、いえ、あの、嘘です!お仕事中に変なこと言ってごめんなさい、私…何言ってるんだろ、おかしいですね、あはは…」

とっさに笑って誤魔化そうとした私に、彼は意外なことを言った。

「いえ、自分…ちょうど上がるところだったんで…本当に良ければいきましょうか…?」

彼はなんだか恥ずかしそうな、迷子になった子供のような表情でそこに佇んでいた。


続く

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