私に恋を教えてくれた"かつての"女友達の話
ど、どうしよう……。
17歳の初夏、私は箒を握りしめて戸惑っていた。
某有名アニメの魔女のように、空へ飛び立とうとしたわけではない。
目の前の、絶対にそんなことはしなさそうな友人が目に一杯の涙を溜めていたのだ。
恋に破れた女友達
彼女は学年でムードメーカー的な存在だった。
気さくで、お笑いのセンスがあって、盛り上げ上手な彼女はいつも底抜けに明るかった。
そんな彼女が、私の目の前で今にも泣きそうな顔をしているのだ。
きっかけは私が繰り出したとっておきのスクープだった。
私と彼女を含めて同じクラスで仲の良い女子7人組の中のひとりが、ひとつ上の学年の先輩と付き合い始めたのだ。
おそらくまだほとんど明るみになっていないその関係を、私はたまたま早朝の通学電車の中で見かけてしまったのだ。
2人の出会いは、全学年のクラスが混合で行われる春先の行事だったと思われる。
我々のチームリーダーを務めたその先輩は、どの学年の女子からも大人気のイケメン。
その先輩を見事射止めた友人もまた、学年で1番と謳われる美女。
まさに「理想のカップル誕生」のニュースとして私は意気揚々と話題にしたのである。
「ごめん、もしかして……」
掃除どころでなくなった私は、箒を投げ出して彼女にかけよった。
彼女はボーイッシュで化粧っ気がなかった。
だから私は、彼女は「恋」からは遠い存在だと思い込んでいた。
でも違ったのだ。きっと彼女は、他の女子と同じくあの先輩にほのかな恋心を抱いていたのだろう。
私は彼女をうっかり失恋させてしまったのだ。
「わかるわかる、先輩かっこいいもんね、私も憧れてたー!」
私は必死にその場を取り繕った。
同じく恋に敗れた者のフリをした。
でも実際は、私はまだ恋を知らない17歳だった。
彼女は頑なに、箒を握ったまま何も話さなかった。
でも普段は絶対に泣かない彼女のしゃくりあげる声を聞いて、恋の辛さを知った。
10年ぶりの再会
『今度東京行くねんけど、久しぶりに皆に会いたい!』
あのとき恋に敗れた彼女から、連絡をもらったのは高校を卒業して10年後のことだった。
仲良し女子7人組のうち、東京で働いていた3人と遊びに来た彼女の4人で晩御飯を食べに行った。
彼女に会うのは、卒業式以来だった。
30歳目前となった私達は、もう沢山の恋を知っていた。
片想いのまま終わった恋も、一度は成就したものの自ら終わらせた恋もあったが、いつのまにか人生最後の恋を切望する歳になっていた。
「3年付き合ってる彼氏がプロポーズしてくれなくてさ」
「彼氏いるだけましよ! 私なんてマッチングアプリでまだ相手探してるところ」
ヤキモキとした愚痴が飛び交う中、あの頃憧れの先輩を射止めた友人はやはり他の皆の一歩先を行っていた。
「実はいま妊娠3ヶ月で、来年産まれるの」
友人は既に人生最後の恋を実らせ、憧れの先輩とは別の人に代わっていたが素敵なパートナーとのもとに子供を授かっていた。
羨ましい〜! という黄色い悲鳴が騒々しい都心の居酒屋で響く中で、ふと彼女が呟いた。
「そっかあ、良かった。幸せなんや……」
その瞬間、私は10年前の自分の盛大な勘違いに気づいてしまった。
彼女が恋していたのは、先輩ではなかったのだ。
10年ぶりに会う彼女は、声が低くなり、身体つきも変わっていた。
その日会ってすぐに、私達は卒業してから10年ものあいだ彼女が同窓会に参加していなかった理由を聞いた。
彼女は性別を変える準備をしていると言った。
10年前「恋」から遠いと私が思い込んでいた彼女は、叶わぬ友人への恋に誰よりも悩み、苦しんでいたのだ。
「おめでとう、赤ちゃん産まれたら教えてな!」
そう言って彼女は笑って、小さく手を叩いた。
かつての恋の相手を見つめる彼女の目はとても優しく、満たされていた。
小さな拍手の音を聞きながら、恋はこんなにも人を暖かくするのだと知った。
それがたとえ、実らなかった恋であっても。
15年後のいま祈ること
「ひろとくん、あいりちゃん、まさしくん、ほなみちゃん」
「おー、いっぱい好きな子いるねえ」
友人たちに少し遅ればせながらなんとか人生最後の恋を実らせた私は、娘を授かった。
3歳の娘は、保育園のクラスの「好きな子」の名前を指折りしながら教えてくれるようになった。
その中には、男の子の名前も女の子の名前も含まれている。
「好きって、どんな気持ちか分かる?」
母からの問いかけに、娘は笑って首を傾け返事をごまかしている。
3歳の彼女は、もちろんまだ恋を知らない。
いつの日か娘に、恋について相談される日が来たらその時はこう答えたいと思う。
あなたが好きになるのが男の子でも女の子でも誰であっても、人を好きになるのは素晴らしいことだよ。
その恋が成就しようがしまいが、好きになる人の幸せを祈ることはあなたの心をきっと暖かくしてくれるから。
私に恋の素晴らしさを教えてくれた彼女、いや彼の新しい恋はいまどこかで始まっているのだろうか。
高校時代、箒を握ったまま、友人のことが好きだと私に言えなかった彼。
久々に再会した居酒屋で、性別を変えることをどこか申し訳無さそうに私達に教えてくれた彼。
そんな彼の恋が、いまどこかで沢山の人に祝福されながら成就していることを祈っている。
※個人情報保護のため、本エッセイは実話を元にしたフィクションとなっております
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こんばんは。
「外資系コンサルティングファーム勤めのワーママが、3年後の2027年までにライターでフリーランスになる」までの記録をリアルタイムで発信していきたい、K子です。
2月から受講していた天狼院ライティングゼミを修了しました。
本エッセイはその最終週にメディア掲載に応募した作品です。
残念ながら掲載は逃しましたが、noteに残すことと致しました。
私は社会課題解決に挑む起業家や活動家を応援するライターになりたいというビジョンを持っています。
様々な社会課題に関心を持っていますが、本エッセイの友人との出会いをきっかけにLGBTQ+もそのひとつとなりました。
どんな性自認・性的志向を持っている人達の恋でも、そこに優劣はないと思っています。
人を好きになることは、素晴らしいこと。
娘にはそれだけをシンプルに伝えられる親でありたい。
そして、15年前に箒を握ったまま私にカミングアウトできなかった友人のような人がもっと生きやすい世界にするために自分ができることをひとつでも探していきたいです。
今後も、関心のある社会課題について記事を書いていきたいと思います。
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