見出し画像

問いを設定すれば70%は終わっている:卒論の書き方 その1

大学生活の最後にまとめる学業の集大成――各人が興味関心に従い,研究・執筆する「卒業論文」は人生で最も高い自由度で作成できる論文です.しかし,自由度が高いからこそ,質の幅もあります.

このnoteでは私が博士院生だったころに,学部生に配った「卒業論文のコツ」を再構成してまとめます.社会科学系の研究室でしたので,このnoteに書かれたアドバイスも社会科学系分野に向けられています.

このnoteがみなさんの卒論(あるいは研究の第一歩)の助けになれば幸いです.なお,本noteで紹介している問題例はひょっとしたらすでに解明されているかもしれませんが,あくまで一例としてご覧ください.

論文は問題設定したら7割が終わっている

卒論は学術論文であり,基本的に問題設定・分析・結論の3つのパートからなります.この中で最も比重が重いものは,実は分析でも結論でもありません.問題設定が最も重要です.問題設定の如何によって,論文の出来が決まると言ってもよいでしょう.そこで,本noteでは卒論にむけて問題設定を行う際に注意すべき点をまとめておきます.もちろん,卒論の制作に関しては,基本的には指導教員に従ってください.

問題を設定するにはいくつかの段階があります.
 ・ 問題を見つける
 ・ アイディアを広げる
 ・ 先行研究を参照する
 ・ 仮説・リサーチクエスチョン(RQ)を設定する
 ・ 意義を述べる

もちろん,この段階は前後することもあります.しかし,大まかな流れぐらいは構想発表段階までに定めておくとよいでしょう.本noteではこの流れにそっていくつかのポイントを確認します.

どんなことでもネタになる:問題の見つけ方

まず,問題のタネを見つけることから始めましょう.自分の興味関心に従って見つかればよいのですが,自分の興味関心のみによると,卒論がフォーカスすべき点をカバーできない可能性があります.視野狭窄な議論をしてしまう可能性があるのです.

アンテナを広くもつ
視野を広げる際に最も有効なのは複数の情報源から多様な情報を得ることでしょう.ネットだけではなく,新聞,雑誌,テレビ,ラジオ,タウン誌,人との会話,広告……すべてが情報源となります.関連があると感じたならば確保しておいて損はありません.それらは後の糧となります.きっと,同じ事象であってもメディアや話す人などによって語り方が違うこともあるでしょう.それこそがアンテナを広く持つ意義です.

何より1年間付き合えるネタを
何よりも大事なのは1年間相手にできる問題を選ぶことです.卒論で扱う問題は,すぐに答えのでない問題です.1年間,あなたはその問題と対峙し続け,悩み続けます.常に頭の片隅においていても,いやな気にならないような問題を選ぶべきでしょう.

見つけた問題を"RQ"に発展させるには
さて,あなたはよい問題を見つけたとしましょう.次にその問題をもう少し洗練する必要があります.ここで「洗練」とは実際に検討する仮説・RQまで落とし込むことを指します.その途中で多くのプロセスを経なければなりません.思いついた直後のアイディアは原石です.それをうまく磨いていく必要があります.

「ぼくのかんがえたさいきょうのりろん」:主観性を漂白するには

卒論のアイディア,出発点は自分の経験であることが多いかもしれません.確かに,自分の経験は豊かなアイディアの源泉です.しかし,いつまでもそこに固執しているのでは「エッセー」は書けても「卒業論文」は書けないでしょう.徹底的に自分の考えを幅広く広げる必要があります.その過程で,しばしば自分の考えを捨てる必要があります.

しかし,残念ながら(?)自分の考えを捨てることは論文としての質を大いに上昇させることになります.なぜなら研究のスタートに思いついた自分の考え=「ぼくのかんがえたさいきょうのりろん」はたいてい以下の3つのうちの一つにあてはまるからです:(1)すでにやられている,(2)やる必要のないとてもささいなこと,(3)やっても重箱の隅をつついて壊すことしかない.

まず,自分の考えをいったん脇に置きましょう.投げ捨てても構いません.なぜなら,自分の考えは「主観性」にまみれているからです.そのまま議論をしていても人との会話はかみ合いません.自分の中にある,自分の固定観念に固められた「さいきょうのりろん」にしか依拠していないからです.卒論を学術論文のレベルまで押し上げ,人との議論を潤滑に行うには,自分のアイディアから「主観性」を漂白する必要があります.

■アイディアを相対化・一般化する
まず,アイディアを相対化しましょう.たとえば,次のようなアイディアを考えてみましょう.

原発問題に関連してTwitterを見ていると,科学的根拠のない間違ったデマを信じている人がたくさんいる.なぜ,正しい情報を受け入れず,間違った情報を信じる人が多いのか,調べたい.

このアイディアは明らかに主観的であるといえます.「正しい」「間違った」とはだれが判断しているのでしょうか? おそらく,福島産の野菜を買わない人は他の人から「福島産の野菜は安全だ」と言われても,それを「間違っている」というでしょう.すなわち,この問いの「正しい」はあくまで問題を立てた人がそう考えているに過ぎません.

では,どのように自分の「正しい」を相対化できるでしょうか? たとえば次のような改善案がありえます.

原発問題に関連してTwitterを見ていると,2つの意見が対立しており,お互いに一定数のフォロワーがいる.この2つの意見を支持する規定要因はどのようなものか.また,どのようなメカニズムで意見分布が決まるのか.

「正しい」「間違った」という語を捨て,「2つの意見」と改めました.「正しい」を相対化することで誰でも問題を理解できるような,見通しの良い問題となりました.

さらに,この問題は一般化の余地があります.すなわち「原発問題」に限定することなく,次のように問題を1つ上のレイヤーに押し上げることができます.

社会にはしばしば2つの意見が対立しており,お互いに一定数のフォロワーがいる.この2つの意見を支持する規定要因はどのようなものか.また,どのようなメカニズムで意見分布が決まるのか.

このような一般化は,モデルの含意(インプリケーション)を多く得るために必要です.すなわち,この研究を遂行した際に,他にどのような結論が予想されるのか? という質問に答えることができます(射程).

相対化は自分の研究立ち位置をはっきりさせることにもつながります.社会現象は見方・切り口によって全く異なる姿を見せます.これは言い換えると,社会科学において「真実は一つである」とは気楽に言うことができない,ということを示唆しています.真理を明確に示す数学は社会を分析する道具にはなりますが,社会は数学のように「たったひとつの真理」を提供してくれません.自分がどこから社会現象を見ているのか,きちんと読者に提示する必要があります.そうしないと読者は論文の内容を適切に評価できないのです.

■アイディアを砕く
別の方策は,アイディアを細分化することです.細分化は,最初に考えた問題があまりにも大きすぎる場合に行うとよいでしょう.これも例を出して説明します.たとえば,次のような問題はどうでしょうか.

ベーシックインカムを行うと労働はどうなるのか?

この問題は漠然すぎます.「どうなるのか?」の部分をより詳細に見ていく必要があるでしょう.この「どうなるのか?」に当てはまるのは,雇用形態,労働意欲,生産効率,労働環境,GDP,移民労働者との関連,などなどさまざまなものがありえます.他にもまた特定すべきことはあります.どの分野の話か? どの範囲の議論をするのか? 大きすぎるアイディアは細分化していくことで,自分が何を明らかにしたいかクリアにすることができます.

また,抽象的な問いも細分化する必要があります.

情報とリスクの関連を知りたい.

この問題は抽象的すぎます.情報とは何か? リスクとは何か? どのような状況を想定しているのか? 細分化は問題をより具体化することによって,何を解けばよいのかをはっきりさせることができます.たとえば,先ほどの問いは以下のように改めることができます.

たとえばタバコのパッケージにはリスクを表示する情報が多く追加されている.しかし,それが実際の喫煙行動に影響を与えているのか,明らかではない.ある行動に対してネガティブな情報が与えられた時,ある個人のリスク認知は変化するのだろうか.変化するとしたら,どのようなメカニズムなのか.

このように問いをより細かく砕くことで,何を明らかにするのか明確になりました.この問いの下であれば,次にどのような調査・実験・分析をすべきか,見通しがよくなります.

■アイディアの切り口を変える
切り口,特に問題の主語を変えることはしばしばよい問いを生みます
たとえば,次のような問いはどうでしょうか(ちなみに,この問いは私の卒論の話です).

しばしば「オタクはキモい」という言説がある.なぜ「オタクはキモい」と人々は言うのだろうか.その差別的な意識構造を分析したい.

この問題は実はよく見ると,主語が違うことがわかります.差別論やクレイム申し立ての文脈では,「差別だ」と感じるのは,「キモい」と言われた側なのです.

よって,次のように主語を入れ替えることで問いを修正することができます.

しばしば「オタクはキモい」という言説がある.なぜ「オタクはキモい」という言説によって差別されたと感じるのか.その被差別感の意識構造を分析したい.

このように,主語を入れ替えることで分析者の主観を漂泊すると同時に,対象を明確にすることができました.対象が明確になったので,それに向けた具体的な方策もあれこれ考えやすくなります.前の問題の「人々」だと漠然としすぎてどのようにアプローチすべきかわからず,途方にくれてしまいます.

これでTipsその1は終わりです.引き続き,文献の集め方については,その2をご覧ください.

本noteと合わせて,関連する以下のマガジンとnoteもぜひご覧ください.