アホこそが、AI社会には必要
ふう。
朝のトレーニング終えた。
スクワット50回、片足立ち10回、腕ぐるぐる回し、ストレッチ、最後に腕立て伏せ100回。呼吸300回。
去年ChatGPTを使いこなすには、他のアプリ・・・たとえばMidjourneyやCanvaと組み合わせる「個人の技」が必要だった。なので、途中で「もういいや」と投げ出す人が多かった。
ところがいまやAIくんたち進化してて、マネジャークラスまでの仕事できる。
個々の業務一つずつしかできなかったのを統合してやれる。
人間は欲しいタスクの成果を投げるだけ、AIくんが自分でネット検索したり、プログラム書いたりして解を導き出す。
阪本の過去の文章をエサとして与えれば、阪本ChatGPT、文章もたちどころに書いてしまう。本すら、簡単。
でもね。これ、楽しくないだろうなあ。去年JOYWOW秘書日記でAI使ってたんだけど、飽きた。
AIはAIであり、阪本を微分したものでもなければ、積分の結果でもない。
なぜなら、AIは運動できないもん。
阪本を阪本にしているのは「スクワット50回、片足立ち10回、腕ぐるぐる回し、ストレッチ、最後に腕立て伏せ100回。呼吸300回」「毎晩スパークリング2本」「睡眠10時間」「miletの応援」・・・であり、これらすべてAIには無理。
第1感、なんとなく、は人間にしかできない。
生成AI、それはそれで面白い。ただ、あいつらがのさばるためには電力がいる。途方も無い電力。
また、アルゴリズムによって地球上が均一化する。
人間は展開力がある。
ぼくのnoteを事例とすると;
こうして分析してみると、#1から着地の#11までの展開は、予想を超えてる。書いた本人が驚いた。
ただ、一本脊髄が通っていて、それは「深さ」。
「深さ」と「アルゴリズムによる均質化」が対比されている。
対比するためには抽象力が必要だ。
この、展開力と抽象力がある限り、ぼくは阪本ChatGPTよりも面白い文章を書く自信ある。なぜなら、アホだから(笑)
アホこそが、AI社会には必要なのだ。
*これ書いたあと、BE:FIRSTライブ行った。
凄まじかった。
大阪城ホール埋めるBESTY(ファン)と彼らとの1to1のつながり。
RYOKIのMCに、小学低学年女子が涙拭ってる。
隣席は背の小さい女の子。
懸命に手を振るその姿見るだけで感動し、うるうるした。
最高が何なのか、証明してくれた。
深い、ほんもの。
AI?
話にならんね。愛を知らないもの。
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