盲ろう者が出会った語用論-1 協調性の原理

私はこの目と耳の障害(盲ろう)から会話のずれがたびたび生じます。それは人と直接話す時はもちろんですが、通訳を介しても起こることがあります。そこで、会話というのはどのようなメカニズムになっているのかに関心が湧きました。私のような障害を持っていない人たちの会話は多くの場合スムーズになされている会話の仕方はどのようになっているのかを見ていきたいと思います。
 言語学のなかで会話についてを扱っている分野は語用論になります。語用論は子供の時に学んだような文法や一つ一つの言葉の意味、または発せられる音を深く掘り下げるといった他分野と異なり、それぞれの会話の文脈はどうなっているのかを探求するのが語用論のポジションとなります。
  
 まず、最初に見ていきたいのが、会話は「どのようなルールに基づいて行われているのか?」ですね。
 なぜ、見える人、聞こえる人とちはスムーズに会話ができているのだろう? 何か共有したルールを守って会話を行っているのだろうか?と疑問になれいます。これを説明できるのが、グライスの「協調性の原理」、スペルベルとウィルソンの「関連性理論」です。
 今回は「協調性の原理」を見ていきましょう。

●協調の原理(イギリスの哲学者・言語学者ポール・グライス)
 人はあくまでルールが守られていることを前提に会話をする。しかし、ルールが破られた時には推論をはたらかせて共通理解がなされている。
 4つの公理
 Ⅰ 適切な量の情報を提供する
   多すぎてもダメ、少なすぎてもダメ。
   例 少ない A:映画館で何を観たの?
         B:映画。
     多い  A:朝食何食べた?
         B:60度にあたためた牛乳と、トースターで2分焼いてバターと有機のイチゴジャムを塗ったのと、レタスとトマト、それから…

 Ⅱ 真実であるとわかっていることを提供する、偽であると分かっていることを提供しない。
  偽りや十分に根拠がないことを言ってはならない。
   例 A:どこに住んでるの?
     B:名古屋城。
 
 Ⅲ 関連性
  いまこの瞬間の会話の中で想定されている話をする。
  <ルール違反の例>
   A:好きな食べ物何?
   B:俺、海が好きっ

 Ⅳ 様態
  ・不明瞭、曖昧な言い方は避けた方がいい
  ・簡潔な言い方の方がいい
  ・順序だった言い方の方がいい

  <ルール違反の例>
   ⅰ 妻:何時に仕事終わったのよ?
     夫:6時、いや7時くらいかなぁ
     →違和感、不信感を与える。
   ⅱ Aさん:今日の巨人戦どうだった?
     Bさん:今日は山田が8回まで投げたけど降板して。ドアラは7回にバック転成功! 試合前に牛丼屋で豚丼食べたんだよねぇ 妻はカルビ丼だったんだけど。 4回のゴメスの満塁ホームランには鳥肌立ったよ!
      →時間軸に沿った行動の順番を逸脱している、かつ冗長。

◆4つのルールが両立せず相反することもある。
  ・真実を正確に伝えようとしたが情報が多すぎた。   
  ・簡潔に伝えようとしたら関連性が低くなった。

ルールはいつも守られているわけではなく、あえてルール違反をし、会話が成立することがある。
 例1 子供の部屋がちらかっている状況で…
  「きれいにしてるわねぇ」
   →「偽を言ってはいけない」というルール違反をしているが、あえてこれを言うことで、「ちらかっている」ことを強調して伝えている。
  
 例2 夫婦の会話で…
  妻:なんでこんなに携帯の料金高いのよっ?
  夫:明日朝早いんだよねぇ
  →関連性のルール違反により急な話題の転換となるが、そのことにより、聞き手は「何か言いたくない不都合なことがあるのだな。」と推論する事ができる。

 例3 賞賛されるべきスポーツの監督のインタビューで…
  記者:監督就任以来10連勝。この秘訣は?
  監督:選手ががんばってくれてるだけです。
  →様態のルール違反をし曖昧に返答しているが、これをすることにより、偉そうな印象を与えていない。

◆4つのルールは互いに両立しない時もある。また、ルール違反をすることで円滑なコミュニケーションが可能となることもある。

★このように、協調性の原理の4つのルールはどんな時でも忠実に守られているわけではないようですね。状況によってはルール違反することで、それ以上の質問を避けたり、曖昧にすることで謙虚さを示すことにもつながるようです。
 ルール違反がされていることが会話に参加している人が無意識に推し量ることができるため、会話は成立します。このような推し量りを働かせることは私にはむずかしいかなと思いますね。

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