なぜ心理的安全性向上施策が日本の組織でうまくいかないのか? 「異文化理解力」から考えるその難しさと、対応のポイント
最近、私のところに届く問い合わせの中で最も多いものの1つが、「心理的安全性を高めたい」「とりあえず、最低限の知識を得る研修を行ったから次の施策を打ちたい」というものです。
体感的には、私が担当する案件の20%はこのテーマかもしれないという気がします。
残りとしては、「D&I推進や女性活躍推進」が20%、「パーパスやビジョン、理念の浸透や部署単位での対話の支援」が30%、「思考力や感情を取り扱う技術の強化をテーマにした研修」が10%、その他、キャリア開発や新規事業開発の支援等で20%、合計で100%という形でしょうか。
実際には、もちろん、そのほかにもいろいろなテーマの問い合わせはあるのですが、その他のは、ある程度、やるべきことが決まっているということもあり、私は入らずに、他の方に担当してもらうことが多いです。
ただ、上記に挙げた私が担当させてもらうことの多いソリューションは、実施段階から、顧客の依頼の抽象度が高かったり、ニーズが定まっていなかったりします。
打ち合わせに参加するメンバーの数も多く、また階層が上の方の参加もあります。そういった顧客からの依頼を深掘りし、整理するところから始めないとプロジェクトが進まないということばかりになってきました。
そのため、いったん私が入って、顧客のニーズを整理する必要があり、その後も、ずっと取り扱いが難しい議論が続いていくため、私が担当しているという形でしょうか。
特に日本の伝統的な大企業からの問い合わせをいただくことが多いのですが、これらのプロジェクトに触れるたびに、このプロジェクトを進めていくのがなんとまあ難しいことかということを感じています。
日本の組織で心理的安全性を高める施策がとんでもなく難しい理由
触れていて、なんとまあ難しいことかと感じることは多々あるのですが、その中でも最大のポイントは、日本人の関係性を重視し、対立を回避する文化にあると言っていいでしょう。
基本的に、心理的安全性の高い状態というのは、「言いづらいことも、対立を恐れることなく、率直に意見が言える状態」と言えます。
ただ、世界の国の文化を比較した研究として有名なエリンメイヤー氏の「異文化理解力」においては、日本人は世界でも有数のハイコンテクスト社会であるがゆえに、言葉での丁寧なやりとりを行わず(①)、また、やりとりを対立を回避する民族であるというデータが出ています。(②、⑦)
また、階層主義、上下関係が強く働く文化であるが故に、自分よりも職位が上の人に対して意見をいうことが難しい組織であるとも言われています。(④)
もともとの文化的な背景が影響し、技術を高める機会がなかったもなかったのでしょう。
私も決して得意ではないこともあり、自分がこんなことを偉そうに書くのも気が引けますが、自分も含めて、そういう性質を持っている人たちに、「心理的安全性の高い組織を生み出していきましょう」というのは、ある意味では、「なんと酷な概念を流行らせてくれてしまったのか・・・」という気持ちにもなります。
日本の組織で心理的安全性の施策を行う際の4つのポイント
こういった前提を持つ施策になっていくため、施策を実施する際には、丁寧に行っていかないと全くもって施策が意味をなしません。
これは、体感的には、日本人が持つ英語アレルギーと同等か、下手したらそれ以上の難しさをもつ部分もあるなと思います。
そこで、私がプロジェクトを推進する際に意識している4つのポイントをお伝えします。
(1)「プロジェクトの成功のため、パーパスの実現のために、より良い仕事をするために」を頭につけるのを忘れない
先ほども書きましたが、心理的安全性というのは、「言いづらいことも、対立を恐れることなく、率直に意見が言える状態」のことを指します。
ただ、これだけを前面に打ち出して、施策を進めようとすると、従業員側にも上司側にもほとんどメリットがないと言っていいでしょう。
従業員からすると、言ったら嫌われたり嫌がられたりするかもしれない発言を自分の目上の人間に対して発言していかなければいけないことになりますし、上司側からすると、自分よりもいくつも年下の人間から、「それは違うと思います」という発言を受けることになっていきます。
これが当たり前にできる人たちからすると、そこまでの苦労はないかもしれませんが、多くの日本人にとって、これほどの苦行はなかなかないのではないかと思います。
そこで、小題につけた、率直に発言することの意味を強調することの重要性がでてきます。
もともと心理的安全性というコンセプトが注目されたのは、グーグル社のプロジェクトアリストテレスと呼ばれるあるプロジェクトがきっかけになっていました。
社内で最も「効果的なチーム」を分析した結果、その最大のポイントが心理的安全性にあったということがわかったというものです。
そう。心理的安全性を高める施策というのは、パフォーマンスと創造性を高めるための手段として生み出されていくものとして考えていくものです。
ただ、そこへの理解が十分ではないケースが多々見られます。「どうやら心理的安全性が重要らしい」「うちの会社は心理的安全性が低いというデータがでている」「うちも心理的安全性を高めなければいけない」と言ったロジックで、とにかく心理的安全性を高めることが目的になっていたりします。
先ほども書いたように、心理的安全性を高めるというのは、大半の社員にとって苦行のようなものになってくるため、何のメリットもないまま高めようとするのは不可能に近いと言っていいでしょう。そこには、対立を恐れることなく率直に発言することの必要性、重要性が不可欠です。
また心理的安全性を高めた上で、どんな組織になっていきたいのかという目指す組織像、組織ビジョンを必要になってくるでしょう。
異文化理解力ではそういった要素は描かれていませんが、日本人には、良いものを生み出すことは善であるという価値観もまた国民全体に刷り込まれているように感じています。
単に率直な発言を要求するよりも、上記の前提を伝えることで、少しではありますが、その姿勢を引き出せる手応えを感じています。
(2)社会へのメリットと各個人へのメリットの両方を伝えることも忘れない
まず、1つめのポイントとして、心理的安全性を高めることがなぜ重要なのかをしっかりと伝えたら、その上で、心理的安全性を高めることのメリットが従業員に伝わるようにすることが重要になってきます。
それも、対社会へのメリットと、対個人、自分自身に対するメリットの両側を示すことが重要になってくるでしょう。
私は、以下のような言葉を使って、その価値を伝えるようにしています。
【対社会のメリット 例文】
【対個人のメリット 例文】
この通りにいう必要はありませんが、こういった言葉も併せて伝えることで、さらに、従業員の姿勢を引き出すことができるように感じています。
私がこれまで触れてきたプロジェクトの中では、上記①のその目的や、②の従業員に対するメリットを伝えることなく、心理的安全性向上の施策を進めようとする組織が多数見られますが、私の感覚では、これらのポイントを触れずに成功させるのは、ほぼ不可能だという風に感じています。
(3)言うことが難しい人がたくさんいるような場面、状況では、匿名性が担保されるツールを用いて議論をする
上記にあげた①、②を伝えた上でも、それでもまだこれまで飲み込んでいたことを発言していくのは難しいものです。
そこで、個人の発言力がそこまで高まっていない状態でも発言を可能とするような工夫や支援が重要になってきます。
それをアンケートツールや意見を収集するツール、また付箋を用いることで実現していきます。
私がよく用いるツールとしては以下のグーグルフォームスやメンチメーター(mentimeter)が挙げられます。
メンチメーターについては、英語で表示されていますが、日本語での使用も可能です。
こういったツールで、質問を投げかけ、そこに匿名で意見を出してもらうことで、なかなか対面で発言するのは難しいが、本当は伝えた方がいいであろうことを吸い上げていきます。
その際には、こんな形でメンバーに伝えていきます。
こうやって表に出した意見をみんなで平等に議論をしていくというのは、異文化理解力の⑤で表れているように、日本人が得意な進め方と言えるでしょうし、⑥に見られている多くの日本人が気にしている関係性に与える影響力も少なくできると言えます。直接の発言を促すよりは、相当ワークするのではないかと考えています。
また、私がいつも用いているレゴシリアスプレイといったような対話の手法を活用することも有用に働くと感じています。
レゴシリアスプレイについては、書いていくととても長くなっていくため、参考として、以前、友人が行っているポッドキャスト「ソノスタ」で私がレゴシリアスプレイの持つ大きなパワーについて語らせてもらった際のリンクを貼っておきます。
(4)実際に、心理的安全性の高い組織のイメージ、事例を見せる
上記の工夫をした上で、私が併せて紹介しているのが、では実際、心理的安全性の高い組織というのはどういった組織なのかというそのイメージ、事例です。
そこで私がよく用いる日本の伝統的な組織の管理職がイメージを浮かべやすい事例として、高校野球の慶應高校の野球部の事例を紹介しています。
2023年の夏の高校野球で優勝したのも記憶に新しいですが、慶應高校の野球部では、部員が監督に対して、「その練習は何の意味があるのですか?」「であれば、こういった練習の方がいいと考えたのですが、どうでしょうか?」と質問をしたり、提言をしたりするとのことです。
今の日本の多くの組織で管理職をしている人たちにとっては、伝統的な高校野球のマネジメントシステムである「監督のいうことは絶対的」「メンバーは上からの指示に従い猛烈にがんばること」というのは、一度は通ってきたことがあるという人は少なくありません。
そのため、このイメージを紹介すると「なるほど、今まで心理的安全性というのがどういうことかよくわかっていませんでしたが、その話を聞いてどういうことなのかがよくわかりました」「実は私も高校球児だったため、その話の意味もその重要性もよくわかります」と言ってもらえることが多いです。
そのあたりについては、同じくソノスタの第3回で触れているので、この文章に興味を持ってくれた方はぜひこちらも聞いてみていただけたらと思います。
まとめ
以上、心理的安全性をテーマに、私が日々、現場で実践している中でのポイントを共有してみました。
心理的安全性の向上は、冒頭書いたように酷な概念といえばそうですが、これから先の日本が進む道を考えた際に、創造性やパフォーマンスを高めていく点で、この国の行末を変えていく極めて重要なテーマであると考えています。
心理的安全性については、以前もこのエントリーで書いていますので、よかったらこちらも併せて読んでみてください。
経営者や人事の方ならびに、チームを率いるマネージャーの方にいろいろと参考になるところがあったら幸いです。
また、これを読んで、こんなことを感じましたとか、こんなことにも困っていますとか、こんな工夫をしていますなど、ありましたらぜひ、コメントやメッセージをいただけるとありがたく思います。
ぜひ今後の活動や、次のエントリーに活かしていけたらと思います。
ということで、今日も素晴らしい学びの機会をどうもありがとうございました。
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