見出し画像

信州には蕎麦とおやき以外、何もないから…などと、信州人にはよく言われるけれど…。【フルーツ・ナッツ】

信州では、北信・東信・中信・南信などの地域ごとの棲み分けが強く、地域の名産品と聞かれても、全県規模では考えない傾向があるように見える。
四つの区分けならまだしもであるが、よく言われるのが、最低10の地域区分。
高社山を中心に広がる飯山市や中野市など豪雪地帯の北信エリア。
善光寺平に広がる長野市を中心とした都市圏・長野エリア。
上田市を中心とした塩田平と小県郡の上小エリア。
浅間高原から八ヶ岳高原に広がる南北佐久郡の佐久エリア。
大町市を中心とする北アルプスに面する大北エリア。
松本市・安曇野市に広がる松本平の都市圏・松本エリア。
過去には名古屋藩領でもあった木曽川流域の木曽エリア。
諏訪湖岸から八ヶ岳山麓に広がる諏訪エリア。
天竜川流域のうち諏訪との繋がりの強い北側の上伊那エリア。
飯田市を中心とする三遠地域との繋がりの強い飯伊もしくは南信州エリア。
場合によっては、これに、自治区のような感覚で、佐久エリアから、軽井沢エリアが区分されることもある。
それぞれの地域の独立不羈の精神もまた強いようで、まるで信州合衆国のような趣きのようにも感じてしまう。
長野市の出身者ならば、長野エリアと北信エリアの名産品しか念頭にないといった様子である。
そんな傾向も手伝って、「信州には蕎麦とおやきしかないから…」なんて答えが返ってくるのであろうか。
長野市出身の知り合いが、なんとかやっと捻り出してくれた答えが、「りんごが、青森県の次に名産地」という、なかなかに弱々しい回答だったのだけれども、信州の凄みのほどは、やはり信州以外の者でなければ気が付けないものなのであろうか…。


【フルーツ・ナッツ】
フルーツ王国を自称する、青森のりんごや山梨のぶどうをリスペクトするあまりなのか、信州人のフルーツに対するアピールは弱い。
りんごの生産量は青森県に次ぐ2位、ぶどうの生産量は山梨県に次ぐ2位、まるで長嶋・王の影に隠された月見草・野村克也かといった体である。
青森県と山梨県で暮らしたことのある身にとっては、北の青森県で見慣れていたりんご園の景色と、南の山梨県で見慣れていたぶどう園の景色が、同時に入り混じって存在している信州の風景は、はじめて目にしたときには、驚き以外のなにものでもなかった。
長野市豊野から小布施町あたりに伸びる国道18号アップルラインは、2019年の台風19号による千曲川氾濫の被害を被った地域であるけれども、津軽のりんご樹林と甲州のぶどう棚とが混在する、有名なフルーツ狩りロードである。
国道18号の両サイドに軒を連ねるりんごの直売所は、どことなく遠く離れた津軽の景色を見ているようで、郷愁をさえ感じることが出来た。
国道18号を中野市まで抜ければ、りんごとぶどうに、さくらんぼ狩りの看板も増えてくる。
信州で生まれた品種のりんご、シナノスイート、シナノゴールド、秋映の三種類は、信州りんご三兄弟などと呼ばれて親しまれている。
りんごの切り方としては、四つ切り・八つ切りにして皮を剝くのが一般的だと思うけれども、信州では、りんごを薄く輪切りにスライスして皮ごと食べることも多いようだ。
ドライフルーツやチップスに加工する文化から生まれてきた食べ方なのであろうか。
四つ切りでのりんごは水分量も多く感じられて、結構、腹に溜まるような感じがするけれど、輪切りにしたりんごは軽いおやつ感覚でぱりぱりと食べられるので、今ではお気に入りの切り方となってしまった。
りんごと同じように、ぶどうも、ナガノパープルやシャインマスカットなど、果皮ごと食べる品種が豊富な信州であるが、山梨県で、甲斐路というぶどうを食べて、はじめて皮ごと食べられるぶどうの美味しさに目覚めた私としては、嬉しい限りである。
夏場、皮ごと冷凍庫に入れて凍らせて、天然のアイスキャンディーとして食べるのも、果皮可食タイプのぶどうの美味しい食べ方であろうか。
生食用ぶどうのほか、信州では、ワイン醸造用のぶどうも、山梨県と並んで双璧を成す。
最近では、日本の気候に適したナイアガラ、コンコードといった昔ながらの品種から、メルロー、シラー、カベルネ・ソーヴィニヨン、シャルドネなどの、欧州産ワインの主力となっている品種の栽培が増えてきていて、新時代に移行しつつあるようだ。
酒類の話題については、次回の課題として残しておいて、次がこの一連のシリーズの最終話となりそうだ。


緯度と標高差による栽培適地の多様性から、信州のフルーツはバラエティーに富んでいる。
プルーン、ブルーベリー、ネクタリンの生産量については1位、森将軍塚古墳の麓に広がる千曲市の果樹園が有名な、あんずの生産量は2位である。
山形県の誇る洋梨、ラ・フランスの栽培も盛んな信州ではあるけれども、信州には、下伊那生まれの和梨・南水梨もあって、和洋それぞれの梨の味覚が愉しめる。
肉質の柔らかい桃、福島県のあかつきなどとは品種をまったく異にする、肉質硬めの桃・川中島白桃は、その名の通り長野市川中島の生まれである。
諏訪地域などでは、マルメロのことを古くからかりんと呼んで親しみ、シロップ漬けにして食べる習慣があるけれども、諏訪湖畔のかりん並木もまた清々しい。
信州を訪れる前までは、スモモとプルーンの違いなんて考えたこともなかったけれども、信州ではプルーンの認知度が高いため、どうしても知っておかなければならなくなった。
スモモとプルーンは、そもそも区別することの出来ない別概念の言葉であった。
生食する日本スモモをプラム、ジャムなどに加工される西洋スモモをプルーンと呼び分けているらしく、プラムとプルーンという言葉は、両者ともスモモのことを指している。
そもそも、プルーンとはスモモの一種なのであった。
プルーンが生食される段に至っては、もはやプルーンとプラムの線引きなんてあってないようなもので、なんだかますますよくわからなくなってしまう。
加工用スモモであるはずのプルーンは、信州では生食用としても生産されていて、ほどよい酸味と甘味がさわやかで心地よい。
プルーンの品種なんて、信州を訪れるまでは考えもしなかったけれども、信州人は、プルーンの品種についても意識して購入を決めている様子である。
今思えば、スモモの名産地・山梨県の人たちは、大石早生とかソルダムとか貴陽とか、スモモの品種についても詳しかったような気がするが、
それと同じで、信州人は、プルーンの品種ごとの味にこだわりを持っているようだ。
くらしまという品種は信州生まれだそうで、自分はプルーン派に傾いている。


ツルヤという地元スーパーのジャムの品揃えは、はじめて目にしたときには、どうかしていると思ってしまった。
自社製ブランドのジャムということであるけれども、そのラインナップが幅広過ぎる。
リンゴ、イチゴ、アンズ、桃、梨、などは言うに及ばず、柿、梅、トマト、薩摩芋、生姜、海苔など、普段見かけることのないジャムも売り場に並ぶ。
このツルヤというスーパーは、果肉を残したプレザーブスタイルで作られる自社製ジャムや、半生製法の自社製ドライフルーツを得意とする地元スーパーなのであるが、ツルヤの本社が置かれている小諸市は、日本のジャム発祥の地として記録されている場所でもある。
小諸市や東御市、佐久市によって囲まれた御牧ヶ原が、日本のジャムの発祥に大きく関わっていた。
千曲川や鹿曲川の河岸段丘崖によって形成された御牧ヶ原台地は、過去には馬の放牧適地として、朝廷の勅旨牧・御牧(みまき)や望月氏の私牧・望月牧の置かれていたところでもある。
そんな隔離されたかのような台地に、イチゴの祖先とされる御牧イチゴが生育していた。
御牧ヶ原は、いちご平の別名を持ち、御牧イチゴは、小諸市の伝統野菜ともされている。
そんな御牧イチゴを用いて、塩川伊一郎という人物がイチゴジャムを作り、明治天皇に献上したというのが、日本のジャム発祥の地の由来である。
塩川伊一郎が、島崎藤村の勤めた小諸義塾の塾長・木村熊二に相談した逸話なども伝わっていて、多方面から面白いストーリーであろうかと思う。
そんな小諸市に生まれたツルヤであったから、これほどまでにジャムに対してこだわりを持っているのかと、ある種の感動を覚えずにはいられないのであった。

砂糖などを混ぜて果実を保存できるようにした製品で、果肉の入っているものはジャム、果汁のみを固めたものはゼリー、果肉に果皮を加えたものはマーマレードと分類される。
プレザーブスタイルとは、ジャムの中でも、素材感が残るぐらい大きめに果肉を残したジャムなのだということである。
そして、ジャムだけにとどまらず、ゼリーもまた信州を象徴する食品である。
寒天を加えてしっかり固め、オブラートにくるんだ寒天ゼリー菓子・みすゞ飴は、どこか昔懐かしい。
上田市のみすゞ飴は、昔から信州土産として有名であったから、自分もどこかのタイミングで口にしたことがあったのだろう、食べてみてとても懐かしさがあった。
その添加物を一切用いない生産工程と相まって、ノスタルジーの部分に訴えかける要素のとても多い土産菓子なのかもしれない。


野菜に区分されることの多いイチゴとメロンであるけれども、都合上、フルーツの区分で取り上げている。
信州では、高級なアールスメロンの栽培もおこなわれているが、マスクメロンは、アールスメロンという品種のメロンを、温室で隔離栽培したものを指すという。
中信地域などでは、摘果されたアールスメロンの未熟果を漬物にした、メロンの漬物も食べるという。
山形県で食べられているスイカのぺそら漬けみたいなものであろうか。
残念ながら、市販されているところに出くわしたことがないので、農家さんが自前で消費するのが主体の食文化であるのかもしれない。


南信州・下伊那の特産フルーツとしては、市田柿と竜峡小梅が双璧であろうか。
信州は意外と梅の生産量も多く、竜峡小梅のカリカリ小梅漬けは、
いわゆるシワシワの梅干しではなく、カリカリした食感の梅漬けというスタイルに仕上げるのが、竜峡小梅の特徴である。
カリカリ梅と言えば群馬県も有名であるけれども、上州のカリカリ梅と信州のカリカリ梅は、互いに影響し合って発展している様子である。
山梨県で柿のれんとしてよく目にする干し柿は、硫黄燻蒸しないころ柿。
福島県でよく口にする水分の多い干し柿は、硫黄燻蒸するあんぽ柿。
信州の市田柿は、あんぽ柿のように硫黄燻蒸するものの、ころ柿のように白い柿霜が浮き出るまで乾燥させる。
市田柿は高価なので、おいそれとは口にすることが出来ないのが悲しいところである。
信州の道の駅などでは、柿の皮を干したものが、スナックとして袋詰めで売られているほか、柿の皮を使用して、糠漬け沢庵に甘み付けをしたりする


小布施町の小布施栗と、東御市の信濃胡桃は、信州のナッツ類の双璧であろう。
小布施栗には画家北斎、信濃胡桃には力士雷電が、傍らに立つ。
胡桃蕎麦ダレ、胡桃味噌おやき、胡桃スプレッド、そして、銘菓くるみそばなどが、胡桃を用いた信州名物であろうか。
対して、栗方寸、栗かの子、栗羊羹、栗餡どら焼き、モンブラン、ジェラートなどが、栗を用いた信州名物として挙げられるだろう。
栗方寸は、落雁の一種と説明されるけれども、秋田生まれの我が身としては、焼き諸越のようなものだと表現された方がわかりやすく、親しみも湧いてくるというものだ。
北信地域には、小布施町を中心として、桜井甘精堂・小布施堂・竹風堂という、有名な三大栗菓子メーカーが競い合うように鼎立している。
まるで、仙台市民がお気に入りの笹かまメーカーを心に持っているのと同じような感覚で、北信地域の人たちは、お気に入りの栗菓子メーカーを心に持っているように見えるから面白い。


果樹は、果実としてのフルーツを信州にもたらしてくれているけれども、副産物として多くの花を咲かせて人々を愉しませてもくれている。
信州人は気づかないことだと思うが、信州の桜は、染井吉野という品種だけにとらわれることなく、さまざまな品種の桜が植えられている。
弘前城址公園は、日本三大桜名所のひとつに数えられ、染井吉野のボリューム感は他を圧倒していると思うけれども、一斉に咲いて一斉に散ってしまうその姿は、津軽の地の春の短さを象徴しているかのようで、どこか寂しく、そしてどこか切ない。
染井吉野に埋め尽くされたような、北東北の桜のあり方に慣れ親しんだ者から見れば、信州の桜は、春という季節の豊かさそのもののような気がして、なんて贅沢なのかという気持ちにすらなってしまう。
一斉に咲かないということが、春の豊かさなのである。
南北に広がる県土と、標高の差が、開花時期を絶妙にずらしていき、そして、品種の多様性が、春を長く楽しむ時間を用意してくれている。
河津桜、山桜、高遠小彼岸、小諸八重紅枝垂れなど、バリエーション豊かな信州の桜は、信州に分けられた10の地域と同じように、独立不羈の精神で咲き誇っている。
高遠城址、小諸城址、上田城跡など、桜の映える古城が多いのもまた魅力であるし、桜や梅や藤の古木に彩られた古刹が多いのも、また信州の魅力である。
佐久市や白馬村では、秋口に、十月桜という品種が咲き始めるので、桜と紅葉、桜と初雪なんかが愉しめるスポットも存在している。
そして、桜の花もいいけれども、信州の春は桜だけじゃない。
桜に先駆けてアンズの花、桜が終わればハナモモがある。
千曲市のあんずの里、上田市武石のハナモモの里、飯綱町の丹霞郷のハナモモ、阿智村の三色花桃なんてところが有名だ。
特別、鑑賞用の花というわけではないものの、北信五岳を借景にした中野市の桃園の景色も美しい。
空の色、山の色、桃の色、野の色のグラデーションに、「にほひ淡し」なんてフレーズが頭をよぎり、知らず、中野市出身だという音楽家・高野辰之の「朧月夜」を口ずさむ。
長野市豊野の、アップルラインに沿って咲く、りんごの白い花もよい。
ピンクの花色に少し疲れてきたころに咲く、清涼なりんごの白い花は、春の彩りをひとしきり愉しんだあとの眼に、まるで疲れを癒すかのように浸透してくるのだ。
果樹の枝に、副産物として咲く花の見事さも、信州のフルーツを語る上では外せないピースなのではないかと訴えて、このパートの締めくくりとしよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?