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桜区一家無惨帳

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一体何をどうしようというのか。
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2017年8月の記事一覧

われ思うゆえに猫である

われ思うゆえに猫である

5. なんでも屋が郊外の廃工場へ足を運んだのは、その翌日のことだ。彼は保倉から聞いた話の裏を取りに来たのだった。町の西側はかつての工業団地だ。ひと気のない虚ろな建物の群れは、浜辺に打ち上げられたクラゲを思わせる。彼はそのうちの一棟に用心深く近づいた。今回彼が持ってきた獲物は手斧一本。前回の仕事のあとで、まだ十分な補充が住んでいなかった。

「せーの……ニャーン」振りかぶった手斧の一撃で手近な窓ガラ

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われ思うゆえに猫である

われ思うゆえに猫である

 昔はよく町に猫売りが来ていた。道端にござを広げて、電子基板やICチップだのを商っていたのがそうだ。興味を惹かれてそばに寄ってくる者があれば、猫売りはまず行李から四つ折りにした図面を出して見せてやる。そこには三色のランプを誇らしげに輝かせ、ダイヤルを上品に黒光りさせた猫が描かれていた。それは猫の設計図だった。

 ――どうです。一家に一台、かわいい猫ちゃんは。癒しになりますし、機械ですから死にませ

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われ思うゆえに猫である

われ思うゆえに猫である

1. 猫と人との関わりは古い。アメリカのさる大学が猫の開発に成功したのが今からちょうど70年前のこと。当時はICチップはおろか磁気テープすら存在していなかったので、エンジニアたちは彼女を置いておくのに倉庫まるまる一棟分のスペースを必要とした。

 部屋の壁際を埋め尽くすように整然と並んだ彼女の体は、見た感じ更衣室に備え付けのロッカーに似ていた。もちろん中は真空管(彼女に気まぐれな情緒のひらめきをも

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