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この一生のうちに、何度でも死のう。

先日アップした、この「死」と「キャリア」に関する記事の続編です。

「人生100年時代」というバズワードがありますが、元になったのはロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授の著書『LIFE SHIFT』(2016年)です。

LIFE SHIFT(ライフシフト)
https://www.amazon.co.jp/dp/4492533877/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_bGG4EbT2RFZ89

とても分厚い本で手に取ると読むのにひるんでしまいそうですが(笑)、頭の40ページくらいを読むだけでも非常に参考になります。

内容に関することは今回は置いておいて……(素晴らしい本ですのでまだの方はぜひ)
「人生100年時代」の言葉の元は、この書籍にある「先進国では2007年生まれの2人に1人が100歳を超えて生きる時代が到来する」という予測です。
私はこれを読んだ時に、本当に100歳まで生きるかは誰もがわかりませんが、仮にそうだったとして……私は

え!100年も「この同じ私」で生きていくなんて、大変じゃん‼

と思ったのです。いやー、100歳まで、この私で生きていくなんて、無理無理、大変。つかれちゃう(笑)。って。今日は、こんな話をしたいと思います。

1.「そんなことを悩むなんて、男はいつまでも子どもなの?」

とある習い事のお教室での出来事です。
先生含め、生徒さんも私以外はほぼ60~70代というお姉さんばかりの場で、いつも可愛がっていただきつつ、世代の違う方々のいろいろな話を聞くのが楽しい場です。

そんなある日、某お姉さんが、旦那様のことについて、こんな話をされたんです。(個人が特定できないようにぼやかしています)

「夫が65歳を迎え、ここ一ヵ月くらい悩んでるのよ。同じ業界、同じ職種でずっと勤め上げ、今は退いたけれど役員までやったの。このままあと数年は勤められるけれど、続けるべきか否か、うじうじしてるのよ。『お金のことが心配なの?』と聞いたら『そうじゃない』って。『じゃあ何を悩んでいるの?』と聞いても、グズグズ言ってハッキリしないの。本人もわからないみたいで。ずっと仕事人間だったからねえ、仕事を取ったらアイデンティティが無くなる、っていう悩みなんじゃないかと思うから、辞めない方がいいんじゃないかしら。私からしてみたら、65歳にもなってアイデンティティで悩むなんて、男っていつまでも子どもなの?」

周囲のお姉さん方は、アハハ!!!と笑いながら、「そうねえ、男はいつまでも子どもよねえ、うちもそうよ、80代だけど!」なんて自虐ネタをふってみたり、「そのうち忘れるでしょう」「ちょっと気晴らしでもしたらいいんじゃない?」とおっしゃる方がいたり。ご本人は、「友達に話したら、『あんた、それウツになるわよ』と言われたけど、まさかねえ~。まあとにかく、私は何を悩んでるのかサッパリ!わからないのよ」と。周囲は「大丈夫よお」と励ましておられました。私も、「そうやって、奥様が深刻にならず、明るくふるまっているのは気が楽になりそうですね」とあいづちしたりしていたんですね。

でも、そのお姉さんは、まだしばらく、ああでもない、こうでもない、そして「国からの10万円(特別定額給付金)で旅行にでも行ってきたら?と思うんだけどね」とおっしゃってみたり。話が終わらなかったんです。気になっているんでしょうね。

普段の私は、仕事以外の場面では、お相手から頼まれない限りアドバイスはしないようにしています。とくにこの場では、母娘ほど違う方もいらっしゃるので、習い事の中身の話はしても、仕事の話などほぼしないのです。
でも、この感じはちょっと………と気になってしまい、つい、お姉さんが「いい歳して、何をグジグジ言っているのかしら……ねえ!」と私の方を向いた瞬間に、ちょっと確かめてみようと軽くふってみました。

「全然違うお仕事に転身したら、おもしろいかもしれませんよね!」

「そうなの、『全然違うことをやってみたい』と言ったりもしていてね」

やはり。

「あの、私、発達心理学の領域が専門のひとつなんですけれど、ご主人、とっても健全な悩みの中におられると思います。人生の節目にはそういった揺らぎの時期があって、年齢を重ねてもそれはありますし、重ねるほど向き合う課題の難易度があがったりもするんです。だから、しっかり悩まれるといいと思いますよ!健全なお悩みで、そういうことを正直に奥さんにお話されるなんて素敵なご主人ですね」

「あら、そうなの?悩むものなのね、あれは健全なのね」

「はい、だから、先ほどおっしゃった、一人旅のアイデア、とってもいいと思います。次のステージのためにゆっくり考える一人の時間をとられるのって、役に立ちますよ」(暗に、リトリートのことです)

「あらそう?じゃあ、私の分の10万円もわたして、行ってらっしゃいと言おうかしら」


…………お姉さん、なんて愛情深い(涙)。

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ちなみにこれは、男性だから、65歳だから、ではありません。
どんな人でも、何歳でも、こういう揺らぎの節目、っていうのはあるのです。あって、健全なのです。

2.アイデンティティは、何度でも生まれ変わっていい

お姉さんがおっしゃっていた、「仕事を取ったらアイデンティティがなくなる」という言い方、時々聞きますよね。
たくさんの方々を支援する中で、この、「仕事=自分」が、不可分だと認識している人は、ビジネスパーソンの中に結構な割合でいらっしゃるなあと思っています。(かつての私もそうでした)

仕事で評価されること=自分の評価
仕事での成功=人間としての自己実現
仕事でのポジション=人生の成功

みたいな感じで。ベッタリ貼りついてしまっているわけです。この一体化がすごいと、仕事で失敗したとか、仕事を失ったとか、働いていないとかで、「自分はダメな人間だ」「自分は価値のない人間だ」と思ってしまう。これは、不健全な発想だと私は思うのです。


私たちは、仕事をするために生きているのではありません。
仕事は、生きていくために行う活動のひとつではありますが、全体ではないのです。
していても、していなくても、人の価値の有無には関係ありません。
収入など、必要があってやる面はもちろんありますが、人生の充実のために仕事があるのであって、仕事の充実のために人生があるのではありません。


……という前提があるとして。最初の話に戻りますと、この「アイデンティティ」ということについて、ひとつの考え方をご紹介します。

アメリカの現代思想家であり、その探究の深さから『知の巨人』とも呼ばれるケン・ウィルバーが提唱するメタ理論「インテグラル理論」の中から、です。インテグラル理論は、現在の人材開発・組織開発フィールドで話題になっている「ティール組織」の考え方の基でもあります。

今回は、インテグラル理論ど真ん中の話、というよりは、以下の書籍からの引用を。

『入門 インテグラル理論』人・組織・社会の可能性を最大化するメタ・アプローチ(日本能率協会マネジメントセンター)
https://www.amazon.co.jp/dp/4820727745/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_HWG4EbCSP8KVX 

とかく難解と言われるインテグラル理論を、3名の専門家がわかりやすく解説してくださっている入門書です。おススメ。


この書籍の中で、「パーソナリティ」と「アイデンティティ」とその捉え方について解説がされています。ものすごく要約してしまうと、

◎「パーソナリティ」とは、その人の個性・性格・タイプなどの意味を持ち、その背後にその人の「本質」があると考えられる
◎「アイデンティティ」とは、人が他人や社会との関係性において(意識的・無意識的かは関係なく)自覚している役割や自己イメージ、信念体形である


書籍の中では、

自己を社会的アイデンティティ、もしくはペルソナ(ここでは社会の中で適応するための仮面)と同一視するということは、個人的無意識としての影(シャドー)の部分を無視していることになりますし、他人と接する際には、その人の表面的な部分しか見ていないことになるのではないでしょうか


とあります。そして、パーソナリティがコロコロ変わっていったり、複数あるのは解離性同一性障害ともなりかねませんが、仮面(アイデンティティ)を意識的に外すこと、たまには仮面を変えたり、こまめにケアすることを推奨しています。

アイデンティティは、無くなってもいいんです。
むしろ、意識的に無くさないと苦しくなることもあるんです。
アイデンティティは、何度でも生まれ変わっていい。
そのためには、「アイデンティティの死」を受け入れる、もしくは、アイデンティティを看取っていくことが必要なのです。

3.終わるから、始まる


この文を読んだ時、私は妙にしっくりきました。その方が、圧倒的に、自然な姿だ、と。肉体の死があるように、私たちの「アイデンティティ」にも、死があるのです。

「死んだ方がいい」と思えるようになったのは、山伏修行の影響が大きいかもしれません。以前にも書いた、ネイティブ・アメリカンの胎内回帰の儀式、「スウェット・ロッジ」もそうですが、古の人たちがやっていた儀式(通過儀礼)というのは、非常によくできていると思います。

通過儀礼

再掲スライドですが、通過儀礼は、これまで慣れ親しんだ場所から切り離され、「象徴的な死」を体験し、独り空白の時間を過ごして内面の変容を遂げてから、(多くが)元居た場所に戻っていく。でも、その時に戻った自分は、もうその場を離れた時の自分とは違う(生まれ変わっている)、という思想です。

変わる時は、一回、死ぬんです。
死ぬから、新しい人生が始まるのです。


繰り返しですが、キャリア理論にある「トランジション」理論も、この通過儀礼にとても酷似していて、内面の変化や方向づけ、自分自身というものの再定義がその間にはある、と定義します。提唱者・ブリッジズ博士の言葉です。

「トランジションを伴わない変化は、部屋の模様替えに過ぎない」

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なお、先に紹介した『インテグラル理論入門』では、こう解説されています。

成長(または発達)の基本メカニズムとしては、今もっているアイデンティティを否定してくことによって、はじめて次のレベルへと成長できるのだと考えられています。つまり、ある意味、複数のアイデンティティをもち、人生のプロセスの中で、少しずつ入れ替えていくことで、私たちは、「安定したアイデンティティ」を維持できると言えるのです

冒頭で、「人生100年時代」の話をしました。
生まれ変わり続けるなら、100年いけると思いませんか?
私の感じた「え!100年も『この同じ私』で生きていくなんて、大変じゃん‼」と思った息苦しさは、このことなのです。
肉体のあるこの一生で、何度も生まれ変われるなら、100年、楽しく生きていけそうな気がします。だから、

この一生のうちに、何度でも死のう。

4.「その先のアクション」のために、悩む


最初にご紹介した、お姉さんたちとの会話。
これはきっと、日常的に、いろいろな場でされていることだと思います。私は職業柄、つい気になって思わず言ってしまいましたが、きっと「そのうち忘れるでしょ」「時間が経てば落ち着くわよ」「いつまでも青臭いこと言ってないで」などなどでなんとなく過ぎ去っていった事例が、数えきれないほどあるのだろう、と。もちろん、それで過ぎ去っていきなんの問題もなかった、というケースもあるでしょうが、そんな時、手前味噌ですが、私たちのようなプロに相談するという選択肢が、もっと身近にあったらいいなと切実に思ったのが、今回の出来事でした。どうすればいいのかわからない、という苦悩を抱えた潜在層がたくさんいらっしゃるんだろうなあ、と。

もうひとつ、お姉さんたちの会話で出ていた「ウツ」について。私はこの悩みを「健全な悩みです」「独りでしっかり悩まれるといい」と言いましたが、これは「トランジションを健全に抜けていく」ことが前提です。健全に抜けられないと、メンタル不全に陥る危険性も、なくはありません。そこで、適切なサポートを受けられること、もしくはその危機に適切な知識と経験を持って向き合える自分を育てておくことが、人生の助けになるのです。

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※補足しますと…
私は月に2回、鬱病などのメンタル不全を経て復職を試みる方々が通うリワーク施設にマインドフルネスのプラクティスをお伝えに行っています。すべてのメンタル不全の理由がこれではありませんし、メンタル不全になったことがその方の人生に何らかの示唆を与え、大きな良い方向づけをしたケースをたくさん見せていただいています。ですから、「メンタル不全=悪」というスタンスではありません。(どんな体験も、糧になり得る)
ただし、メンタル不全に陥ると辛く苦しいこともたくさんあります。未然に防げるのであれば、何らかの手立てがあるといいと考えます。
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健全に悩むことで、その先のステージにアクションできる。
多くの人が、当たり前のようにその繰り返しを歩めたら、この社会は変わる気がする。

ですから……しつこいけれど。
「死」を考えずに「キャリア」を語るのは、不自然なのです。


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