恋愛は自己肯定力を高める麻薬〜生きるとか死ぬとか父親とか 第8話レビュー〜
ラジオパーソナリティー・コラムニストのジェーン・スーさんの自伝的エッセイが原作、テレビ東京で毎週金曜24:12〜放送中『生きるとか死ぬとか父親とか』。5/28放送の第8話「恋人とか キャリアとか」は、どうか1人でも多くの方に届いてほしいと思う回だった(これまでの放送を観ていなくても十分楽しめる内容です)。
※以下ネタバレとなります。
「思ってた以上に、男が専業主夫をやることに社会が対応してなかった」
トッキーこと蒲原トキコの元に、半年前に別れたパートナー(たっちゃん)から連絡があった。もうすぐ実家の金沢に戻るからその前に会いたいということだった。
当時は結婚も考える間柄だったのに、なんでうまくいかなくなってしまったのかを振り返る2人。
「俺の仕事がどんどん減っていっちゃったからじゃないかな」
たっちゃんは売れっ子ライターだったが、出版業界の不況で仕事が激減。トッキーが仕事、たっちゃんが家事、という役割分担が自然とできていた。
専業主夫時代の大変さを、たっちゃんはこんな言葉で振り返る。
「思ってた以上に、男が専業主夫をやることに社会が対応してなかった」
「男といえばこう、女といえばこう、っていうのは、全部性別からくるものじゃなくて、役割からくるものだということがよくわかった」
自分たちが良いと思っていても、男性が働かないで家事をすることを怪訝に思う周りの人は少なくなかったかもしれない。
結婚に踏み切れなかったことをトッキーが謝ると、自分もどうかしていたと言うたっちゃん。
「なんであの頃、籍を入れることにこだわっていたのかな。2人で居れれば、それでよかったのにね」
「やっぱり、プレッシャーだったのかな。田舎の友達からは、いつ結婚するのかしつこく聞かれたし。お袋には、『あんた騙されてるんじゃないの?』って言われたし。精神的に追い詰められてたのかな」
「あとは、何者でもない自分への不安だな。家事や炊事ばっかりやってると、欲しくなるんだよ。立場とか、拠り所とか」
「でもほんとは、炊事や家事の間に、書き続ければよかった。そうすれば、自分を見失わずに済んだのかな」
世間から見れば、結婚していないたっちゃんは「未婚の無職」という立場になる。その複雑な心の葛藤を知り、近くにいたはずなのにパートナーのSOSに気づかなかったことを後悔するトッキーだった。
「恋愛は麻薬だよ。これほど、自己肯定力が高まるときはないの」
トッキーの相方としてラジオ番組を進行するアナウンサー・東七海の様子がいつもと違うことに気づいたトッキーは、生放送終わりに飲みに誘うことにした。
トッキーの予感は的中。東さんは、パートナーとの結婚を機に、アナウンサーの仕事をやめるかどうかで揺れていたのだった。
「アナウンサーとして生きるよりも、1人の主婦として生きる方が、自分に合ってるのかなと思って」
「(パートナーに仕事をやめてと言われたわけではないけど)私が、女性としての幸せ、優先したいなと思って」
そう口では言うものの、まだ東さんには迷いがあるように見えたトッキーは、こんなアドバイスを送る。
「結婚後の生活については、2人の合意があれば、私はどんなスタイルでもいいと思うの。ただ、それまで仕事をしてきて、しかもその仕事が、その人にしかできないような技術に支えられてるものなら、私はその仕事を続けた方がいいと思う」
しかし本人は、そんな風には全く捉えていなかった。
「私がやってきた仕事なんて、誰とでも交換できるもの。結局は、容姿や若さで選ばれていたことが最近分かってきました。私なんて所詮、男が女に求める役割をこなすだけのお飾りにすぎなかったんです」
東さんの言葉にショックを受けたトッキーは、必死で彼女を説得する。自分が放送中に突っ走ったら悪者にならないようにフォローしてくれること、抜群の時間を読むセンスによる落ち着いた進行、メールを読むのが上手いこと、スタッフとの打ち合わせも手を抜かないこと。東さんの仕事ぶりに、敬意を持っていることを伝えた。その上で、彼女の心境を的確に分析する。
「現状から逃げるための渡りに船で、結婚しようとしてるんじゃない?結婚の話が浮上してきたら、浮き足立つのもわかるけどね。でも、恋愛は麻薬だよ。相手が側にいて、自分のことを全肯定してくれるんだから。これほど自己肯定力が高まるときはないの。だから、パートナーといる時間こそが本物で、仕事をしている時間は向いていなかったって錯覚しちゃうんだよ。仕事している自分を否定するようなことは絶対に思わないで。東さんが今抱えている苦しみはシステムの問題であって、あなたの能力とは関係ないんだから」
東さんのSOSに気づけたのは、たっちゃんのおかげだとトッキーは感じていた。
そして、トッキーのアドバイスのおかげで、東さんはフリーになってでもアナウンサー続ける決意を固めた。
「自分の嫌なことを相手に押し付けていたことに気づいた」
2人で飲んだ帰り道、前のパートナーさんと結婚を考えたことはなかったのか?と東さんに聞かれたトッキー。籍を入れる寸前まで行ったけど、いろいろあってやめた、と答えたトッキーが、その理由の一つを語り始める。
「片方が、もう一方の苗字を名乗って家庭に入ることに、抵抗があることがお互い分かった」
「そっちが変えてよって簡単に言ってた。パートナーさんは何も言わず、悲しい目で私を見ていた」
「自分の嫌なことを相手に押し付けていたことに気づいた。終わってしまったこと、傷つけてしまったことは取り返せないけど」
トッキーの自戒のシーンであると同時に、窮屈な社会の制度のせいで2人の関係性が壊れてしまったのだと思うと、ものすごく悲しい気持ちになった。なぜ夫婦別姓がなかなか認められないのか、憤りすらおぼえた。
取り返しのつかないことだとは思いつつ、どうしても気持ちを伝えたくて、金沢に帰る直前のたっちゃんに再度連絡を取って会いに行くトッキー。「家事や炊事をお願いしたせいで、たっちゃんの大事なものを奪った」と謝罪すると、「俺だって、トッキーが炊事や家事を続ける機会を奪ってたってことになる」と、外食ばかりのトッキーをたっちゃんは心配したのであった。
終始、トッキーとたっちゃんの雰囲気はとても良いもので、お似合いのカップルだと思ってしまった。だからこそ、世間からの目線や社会のシステムによって(それだけが原因ではないけど)、別々の道を歩むことになってしまったのが悔しい。
こんな後悔を背負わなくていいような社会に変えていけますようにと、切実に思わされる回だった。
恋愛しない人が浮かない世の中に変える活動をするために使います。エッセイ以外にも小説を書いたり、歌も作っています。