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「HOTEL315」 16/17話

  サービスワゴンを押すスタッフが数人会場に姿を現わす。そして各テーブルに少し間を開けスタンバイすると、最後にパティシエール安良佳仁が同じようにワゴンを押して会場に入る。
 佳仁は国王・王太后が映るスクリーンに被る事なくそれを背にしてサンズ一族の方を向いてスタンバイする。少し開けてその横には沙奈、未来がそれを見守っていた。佳仁がサンズ一族の方へ一礼する。沙奈程大きなコック帽は付けていない為、沙奈程普通とは違う礼ではない。
「本日の最後を担当させていただきますパティシエの安良佳仁と申します。本日皆様に食して頂きたいのはアップル・パイです」
  各テーブル付のスタッフがサンズ一族の各人にアップル・パイを提供する。
「うわ、冷た~い」
  サンズ一族の1人が提供された皿を手で触った。
「通常ですとアップル・パイは全て覆いかぶさるように生地を付けて中身が見えないのですが、食する前にその中のアップル・フィリングが確認できるように、また少し隙間を作り壊しやすいようにした形状の生地で焼いています」
『ほ~』
  方々からその外見を見て関心がるサンズ一族の面々。
「何度も味変を楽しんで頂きたく少しお時間を頂戴いたします。まずそのまま上からパイ生地をスプーン、フォークで壊しアップル・フィリングと一緒に召し上がります。その後スタッフがディッシャーでバニラ・アイスクリームを載せますので、少しパイの熱で溶けた所をお楽しみください。そして最後はシロップでコーティングした3個のイチゴと私が作る暖かいフルーツ・ソースをかけてお召し上がりください」

  佳仁は一礼するとワゴン下のガス・バーナーに火を灯すとフライパンにバターを入れ一面にコーティングするように回す。
  チェリーの缶詰からチェリー・フィリングをフライパンにスプーンを使って注ぐと更に三温糖を数杯入れてから混ぜる。その光景をサンズ一族も沙奈も未来も目を凝らして眺めている。
  あるテーブルでは子供用の一回り小さいアップル・パイの生地を付き人が壊して中身を食べさせていた。その時航大が会場に帰還するとボビーS、ロウ、それぞれの所へ行き、立膝を着いて耳打ちをする。
  其其が各々のタイミングで数回頷くとロウがスクリーンに向かって大きく両手で『〇』を描くポーズを見せる。それを見た国王はニッコリと笑顔。ロウは片手で軽く航大の肩当たりを叩く。航大は大きく一礼をして返した。

そのまま航大は未来の隣に立つ。
「あら、今回はそんなに時間が経っていないようですが・・」
「オーナーに会ってくる」
  未来はビックリして航大の顔を睨む。
「ミッション中にお会いするのは禁じられておりますが・・」
「緊急事態なんだ」
「なんの緊急でしょうか。これを見る限り順調に事は運んでおりますが。順調で無いのはGMの方ではないでしょうか」
「そう、そうなんだよ」
「なにが、そう、なのでしょうか」
  航大は何か手で合図をモニター室に送る。片耳にあるインカムで手を当てて確認する。
「そうか、わかった。ありがとう」
  航大は沙奈の背中に『トントン』と指で合図を送ると沙奈はサムズアップで返した。
「後を頼む」
「サンズ王妃は?」
「お休み中だ。じゃ」

  航大は早々に会場を後にした。それは何をしにオーナーとの面会を望むのか。未来には何となく気になっている事があった。そんな顔を見せて航大が去って行った方向を見ている。プライパンに火が灯ると会場内は拍手に包まれた。ガス・バーナーの火を止め少しワゴンの上でその熱を逃がす。佳仁は方々に笑顔を振りまく。そこに客用の扉を開いて愛実が登場する。

「王妃」「王妃様~」

  スクリーンから、また会場のサンズ一族から声を掛けられる愛実。そこに現れたのは航大と居た時の泣き虫愛実とは異なり、立派にサンズ王妃を演じている愛実だった。ゆっくりと自分の席に近づくとスタッフが椅子を引く。
「ご心配お掛けしました。もう大丈夫です。最後を楽しみましょう」
  スクリーンから国王の拍手が聞こえる。着席する愛実。ボビーSが身体を近づける。
「大丈夫。大丈夫だから」
  ボビーSは仕方なくまた距離を置いて自分の位置に戻る。目線をロウに向けると厳しい視線を向けるロウに対して『こっちに来るな』的に手の平をロウに向けて合図する。愛実の視線はロウから外れた。スタッフがアップル・パイを持ち愛実の前に。
「こちらはアップル・パイでございます。最初に・・」
「大丈夫。食べ方は知ってるわ。パイを崩し、アイスクリーム、特性ソースの3段味変でしょ?」
「御見それいたしました王妃」

  スタッフは大きく女性らしい会釈を愛実に見せる。愛実は笑顔でそれに返した。佳仁はワゴン上に用意されたソース・ポットに仕上がったフルーツ・ソースを注ぐ。まだ暖かく湯気がゆっくりと上昇しては消える。それをスタッフが手にすると担当テーブルに赴きパイの状態を確認する。程良くアイスクリームが残った所でそのソースをかけて行く。

『うわ~』

  アイスクリームが熱で溶けてソースと調和すると、トロミがついたスープにも似ているようなフィリング・ソースとなった。そこにも少し湯気が立ち込めると、そんな様子を子供がワクワクしながら見ていた。
「皆、悪いが先に休むな。ちょっと眠くてな。また直ぐに会おう、お休み」
  スクリーン越しに国王、王太后が手を振りフレームアウトした。そこには外側のパイ生地が半分程残っている皿が2つ。暫くするとその中継が遮断されスクリーンが上に登るように収納されていった。

「なんだ~国王。もう歳かな」
「もしかして後継者?」
  そんな会話をしていた王妃の妹夫婦が国王の妹夫婦と各々目線が合い、そこに火花が散ったようにも感じられた。

「歳・・・か」
  愛実がアイスクリームを食べ始めると隣のボビーSはパイを全て食べつくして愛実に笑顔を送る。そして苦笑いの愛実。周りのテーブルを見回すと楽しそうに、幸せそうにそのパイを食していた。安堵の表情を浮かべる愛実。そして覚悟を決めていた。そこに沙奈、未来、そしてソース・ポットを手にした佳仁が愛実の席に。
「ご満足いただけましたでしょうか」
  未来が愛実に話かける。
「素晴らしかったわ。感謝します」
  愛実の側に立つ3人は一斉に頭を下げる。
「おかけ致しましょうか?」
  佳仁がソース・ポットを差し出す。
「ああ、まだ結構。オンテしてくれます?」
「承知いたしました。程々に冷めない内にお召し上がりください」
「そうね。心配だもんね、その状態」
「はい、料理人としては」
  愛実は頷いた。

「ところで貴女はどこまで進んでるの?GMと」
「えっ?」
「ええっ?」
  未来が愛実の発言に戸惑いを見せると他の2人は更に戸惑いを見せる。
「冗談よ、冗談。可愛かったからちょっとからかっただけ、気にしないで」
  未来はオドオドしながら一礼してテーブルを後にする。

「でも、まんざら嘘でも無いみたい、ね」

  愛実はまだそこに残っていた2人に追い打ちをかけると、その2人も未来と同じ様に一礼してサッとテーブルを後にした。
「モテモテだな航大。ちょっと妬けちゃうな」

  その時、航大が会場に姿を現わすと、すぐさま愛実の元に来た。テーブルの上のデザートとソース・ポットを確認する航大。その驚きを隠せない表情に少し違和感を抱く愛実。
「どうしたのそんな顔なさって」
  愛実の言葉に冷静さを取り戻す航大。
「失礼いたしました。デザートはいかがでしょうか」
「最後として最高です」
「・・・・恐れ入ります。もう全てですか?」
「んん、まだソースはかけてないけど」
  航大は言葉を失うように立ち尽くしていた。そこにロウが近づく。
「素晴らしい料理だった。今度来るときは俺の身内も頼むよ」
「承知いたしました。ご満足いただきこの上ない喜びでございます」
「まあ、そんな硬くならんで。じゃまた」
  ロウは付き人と一緒に会場を後にする。子供たちはもう既に眠いのか、あくびをする子供、既に落ちている子供、付き人の膝の上でコックリする子供もいた。航大は手で周囲のスタッフに合図を送る。直ぐにスタッフが各テーブルを周り何かを聞く。
「ディジェスティフをお伺いいたしますが・・・」
「俺はビールを頼むわ」
  ボビーSが云う。
「承知いたしました。直ぐにご用意いたします」
  航大はスタッフへサインを送る。
「そうね、私は・・・」
「王妃にはカジノ・バーへご案内いたします」
「・・・そう・・わかったわ」
「じゃ俺も」
「いえ、ボビーはココで飲んで。遠慮はいらないから沢山飲んでね。今日はもういいから」
「はい・・」
  航大は愛実の手を取り起立させる。その手を自分の手に絡めさせて2人は腕を組む。そのまま会場外へ出る為に扉に向かう。
「お休みなさい王妃」「お休みなさい」
  会場の数名から声を掛けられる愛実。航大と歩きながら背を向けたまま手を振る。航大が扉を開くと先に愛実を会場外に誘導し、扉を閉める際にサンズ一族に向けて大きく一礼すると静かにその扉を閉めた。
「お待たせいたしました」
  スタッフが生ビールをボビーSに運んでくると一気にそれを飲みほした。

「もう一杯くれ」

11.夕刻 ディナー後 カジノ・バー

最終話 (17/17話) へつづく


ここまで読んで頂きありがとうございました。
最後も読んで頂ければ幸いです。



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