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「HOTEL315」 17/17最終話

  ウエルカム・ドリングを飲んだ同じ場所で航大と愛実はカウンター越しで対面する。航大はカウンター内で膨大なお酒を背にして立つ。
  愛実は横一列に並ぶカウンター席のほぼ中央の席に座る。そのシチュエーションは前に訪れた時と外見的に何も変わらない。しかし2人の内面はこの数時間で大きく変化した。遠い昔の思い出。それはお互いの宝の記憶。その時期とその時の感情に戻れるはずも無いが、今目の前にいるのがその宝だった事を認識できた事は、長い間気になっていた空洞が埋められたと思える瞬間だった。
  この貴重な時。そう思える時は人生の中でどれ位あるのだろうか。航大はしゃがみ込んで冷蔵庫の中から冷えたモンラッシェ型のワイン・グラスをカウンターの上に置く。そしてそこに別の冷蔵庫から出した白ワインを右手で、それもラベルを隠して注ぐ。そしてその1つを愛実の前にスライドさせて差し出した。ステムを薬指、小指を除く3本の指で握りリムが愛実の唇に触れるとグラス内の白ワインが3分の1程蒸発した。

「ミュスカ・ブランね。おいしい」

「さすが」

  航大はラベルを愛実の方へ向けてそのボトルをカウンターに置く。少し温度が上がったのかボトルから細かい雫が確認できる。航大もその白ワインを口にする。それ以外に会話がない時が少し続いた。
  この時間こそが2人にとっての最高なのか。最後になってほしくはない、と、そう思う、そう思ったであろう2人だった。航大のインカムに何かが伝えられる。耳にセットされたインカムを手で押さえながらそのメッセージを確認する航大は愛実を見つめる。その眼差しは真剣そのもの。

「云いたい事は何となくわかるわ」

「・・・・」

「このHOTELは普通でない事も」

「・・・・」

「それに貴方も、そのスタッフも」

「・・気づいていた」

「なんとなくね」

「いつ頃?」

「カジノ・・・またさっきと同じスチュエーションじゃない・・デジャブ?」

  航大はお道化た表情で今の状況を云う愛実が可愛いと思って温和な表情になる。

「僕らは国連に雇われている」

「国連・・・」

「君がデザートのソースを口にしなかったのは良かった」

「・・・なるほど」

「それは・・」

  航大のインカムにメッセージが入る。それを確認する為言いかけた言葉を止めた。

『ガタン』

  カジノ・ルームの裏導線に繋がる扉が開く音がした。そして高級そうな靴が床を叩く音が少しずつ大きくなると、カウンター内に未来が現れる。愛実は未来の方を見たが航大はそのまま愛実を見つめていた。未来が航大の隣に立つ。

「ここからは私がお相手いたします」

「いや大丈夫だ。君は他を頼む」

「沖村秘書より伝言です。CH4に」

  航大はインカムのレシーバーをCH4に合わすと、インカムからメッセージが流れそれをその場で確認する。首を落とし声を発せず笑いながら首を数回左右に振る。それから愛実を見た。

「愛実。再開できて幸せだった」

  航大はサッと勢いよく身体だけ移動させると、その心だけが愛実の前にジッと愛実だけを見つめているようであった。咄嗟の出来事で何も発せられず、その反応にも対処出来なかった愛実。航大が姿を消したその場所に目をやるのが精一杯。2人がそこまでの感情など知る由もない未来は航大とは異なる目で愛実を見ていた。

「もう少しお注ぎいたしますか?」

「貴女もどう?マスカットカネリ」

「私はアルコールは口にしません」

「あら、残念ね。私も王妃になってからだけど。人は状況によって変わるから」

「存じております」

「えっ?私の何を知ってるの?怖いわね。ね、国連のお仕事って?」

「申し上げられません」

「貴女はいつからココに?」

「それも申し上げる必要はありません」

「ホテルマンってそんな態度で宜しいのでしょうか?それもサンズ王国の王妃を目の前にして」

  未来はサインを送る。それは愛実にでは無い。インカムからのメッセージを受け取る。

「少し前、サンズ王国は消滅しました」

「えっ?何云ってるの。貴女、云っている事が判ってる?もういいわ。もう国に帰る」

  愛実はカウンターの椅子を反転させ未来の背を向けるように立ち上がる。

「もう少しお伝えしたい事があります」

「・・・何!」

  振り向きもせずその場で立ったまま答えた愛実。

「この世界では一般市民に伝えられない大きな出来事も沢山あります。SNSが多様化した今、公共で伝えられない事はそれを通じて知る事もあるでしょう」

「だから?」

「貴女の国に私の国は奪われました。GMの国も。どの位の国に攻めより、どれだけの人を殺してきたのでしょう。やっと今、その報いを受ける時が来たのです」

  愛実は振り振り向くと、怒りと悲しみと悔しさが入り混じったように涙を少し流しながら未来にビームを放つ。未来はそれを見て「ハッ」とするが動じない。更に未来もビームを放つように愛実を睨む未来。その眼光に少しずつ感情が落ち着きを見せる愛実。そして何かを悟ったように笑みを浮かべる。

「そう。全員?」

「はい。今頃は川を渡っている頃でしょう」

「幼い子も?」

「致し方ありませんでした。その血を絶やす為には」

「私は?」

「まだ指令がありません」

「そう。まあ私も航大と同じだから」

「存じております。ですが・・」

「わかってる。これも運命よね」

  そこに沙奈が現れる。

「これは総料理長。今日は素晴らしいディナーだったわ。明日もお願いしたいけど叶うかしらね?」

「明日は是非一日をスタートさせる大事な朝食をお召し上がりください」

「そう。楽しみね」

「私たちは命の恵を頂戴しております。朝食の卵も、今日のメインの魚、牛もそれぞれの生きて来た過程、家庭があったはずです。それは私たちが知る由もありませんが、でも我々に食べられる為に育てられた生き様に感謝しています。それは人間だけが許された特権でもありますが、誰がそれを正当化したのでしょう。それでも人間同士では許されていません。何が正解なのでしょう。それでも最後の時を最高の時にしたいと、それが我々に与えられた使命として」

「それで世界を宥めていると・・・そう云いたい、そう思いたいと。国王のわがままで国を奪い、その人々の命も奪い、そして私も奪った。特に私にその思いは無いわ。その時が来た、それだけ。その現実を受け止めるだけ。ありがと。最後の夜を過ごさせてね」

  愛実はカウンターの上にあった白ワインとグラスを手にする。

「これ部屋に持っていくね。美味しいのに、残念。結局貴方達も自分らの思い通りに、支配したいだけじゃない。SUNS王国と何が違うの?」

  その場をゆっくりと王妃の歩きを見せながら去るその後ろ姿に、複雑な思いを巡らせて深く頭を下げる未来と沙奈。

愛実が自分の部屋のフロアを1人白ワインとグラスを持ちながら歩く。

「フン、今頃は川を渡っている頃か。そう。SUNSの川ね。馬鹿馬鹿しい」

  フロアの角を曲がると突き当りが愛実の部屋。その扉の横で待機する航大。愛実の姿を確認すると深く頭を下げる。愛実がそのまま部屋に向かって歩くと航大はその扉を開いて通路を確保する。膝間づき足で扉を解放したまま下を見る。そこに愛実の足元が止まる光景が目に入ると更にグラスを持つ左手が視線に入る。航大はその左手の甲にキスをすると、その手を持ち上げ、愛実を先に部屋へ先導すると自分も中に入って扉を閉めた。


12・朝 会議室内 数日後

「サンズ王国の進撃が止まりました。そしてサンズ王国の国王以下その一族の死亡が確認された模様です。先ほど国連が全土にその声明を発表しました。しかしその経緯は明らかにされていません。再び世界に平和がもたらされました。今後この平和が永遠に続くことを人類が、いや生きるもの全てが望んで止みません」

  沖村秘書がテレビ・リモコンの電源を切ると、モニターから暗闇が現れた。

「皆様、ご苦労様でした。今回のミッションもその目的を果たせました」

  会議室の中にはオーナーの大神旬弥、沖村伊吹オーナー兼GM秘書、ルーム・コーディネーター武者権左、ブッキング・コーディネーター遠園未来、総料理長西迎沙奈、そしてGMの行方航大の6人が集まっていた。旬弥のその言葉に伊吹以外の4人がその場で頭を下げた。

「今回のミッションで何か問題はありましたか」

「私は直接関わってはおりませんが、少々個人プレーがあったと聞いております」

  旬弥の問に権左が発言する。

「その件について他の皆さまのご意見は?」

「私情が絡んだ行動があったと思います」

「私も少し思う所がありました」

  未来、沙奈が次々に意見を云う。航大はそれを聞いて微動だにしない。権左、未来、沙奈の3人は旬弥が次に発せられるであろう言葉を待っていた。

「ご存じのとおり、ミッション中の皆様の行動や言語は全てモニターされ記録されていました。そこにプライベートが無い事はご存じのとおりです」

  そこに緊張と云う怪物が皆の側に舞い降りる。

「皆様の仰るとおり、今回のミッションには少々問題があったようです。それは既に起こってしまった事ですので修復は効きません。先ほどその本人と話をしました」

  権左、未来、沙奈の3人は少し驚いて旬弥の方を厳しい表情で見た。

「GM行方航大はその職を解きアドバイザーとして従事していただきます」

  そこに緊張と云う怪物が皆を襲った。

「行方アドバイザーは新GMを補佐。決定権はGMにありますがそれを誘導し正すのは航大の役目。期待してますよ」

「承知いたしました」

  その3人は安堵した表情を見せ緊張は解かれる。未来は思い出したように云う。

「新GMとは?今どこに?」

「さあ」

「裏庭で聖護院ダイコンを抜いているようです」

「あっ?忘れてた」


13・朝 同じころ 

『ザク、ザク』小さなシャベルで土を掘るそのイキイキとした手。その錆びかかったシャベルとは比べものにならない位肌ツヤも良い。それを見るとその美しい手から土と錆びの匂いがするとは想像もつかないが、力強く、その土の中に根付いた球根の周りをほぐすようにボディーガードの土たちを解放して行く。球根の周りの土たちがそのガードを崩すと、シャベルを持つ手とは反対側の、それも細くて長い白いイキイキとした指が球根の頭に生えたみずみずしい葉たちを握る。シャベルを球根の下あたりに勢いよく突き刺し、少しずつ力を加えては揺さぶってそれを緩和するように小刻みに力を分散させると一定のリズムを刻むように踊りを披露する。やがてその動きが徐々に大きく揺れるようになると、葉を力強く握っていた手に一瞬の間があった後、その重力を一気に感じる事になる。その手の持ち主がバランスを崩し倒れそうになると、周囲の皆と同じ作業服と同じ長靴で地面を踏ん張り、その重力を我が物にした。

「うちとったぞ~」

球根が見事に丸みをおびて大きく育った聖護院ダイコンを見せびらかしアピールするその笑顔に額から一粒流れ落ちる汗は新しい地で生きる覚悟の表れか。

『うお~』

周囲の畑作業をする人々はそれを見て雄叫びを上げる。

「さすが王妃。飲み込みが早い」

  清々しい光と風が愛実を包み込んでいた。


―――全ての恵に感謝して止まないーーー    (終)


御覧いただきありがとうございました。
またの機会に。

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