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きわダイアローグ05 手嶋英貴×向井知子 4/6
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きわダイアローグ05 手嶋英貴×向井知子 4/6

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4. 仏教と暮らしのなかの文化

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向井:高校生の頃からお山で修行されていたと伺いましたが、山を下りられようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。

根本中堂に続く「本坂」の石段

手嶋:もともと中学生の頃から仏教の本が好きでこちらの方面に進んだのもあって、もう少し学問として勉強したいと思うようになったんです。そう考えて、大学に進学しました。

向井:そこからどういったプロセスでインド学を学ばれたのでしょうか。

手嶋:大学入学当初は日本仏教、中国仏教に関心があったのですが、サンスクリットを勉強していくうちに、インド側からも勉強したいなと思ったんです。そうしてだんだんとインドから学んでいくほうが面白くなり、そっちを学ぶうちに、お釈迦さんが現れた文化的な背景も考えようと思ったら、結局、古代インドの社会や文化全体を勉強しないといけないなと思いました。大学院では仏教にも関心は持ちつつ、背景になっているものを重点的に学ぼうと思い、力点を変えました。

向井:以前、インド・ヨーロッパ語というように、西洋的な流れを持つ言語によって、言語化、体系化できる思想が仏教にあったとお話しされていましたよね。その辺りの関係が面白いと思ったので、少しお話しいただけますでしょうか。

手嶋:仏教には、どうしてもそれを考え、語る言語の個性の影響を受けている面があり、それゆえに、非常に分析的だと言えます。例えば、人間の苦しみといっても、その苦しみを何種類かに分けて、その中にまたサブカテゴリがあって……というように、系統立てて分類します。それは仏教ならではというより、インドの思想ならではの特徴です。おそらく、インドだからというより、そこで話されている言葉の個性の反映なんだろうと思います。

向井:世界や物事の捉え方について、言葉の与える力は大きいと思うんです。我々は二人ともドイツに行っていますが、日本語で喋っているときとドイツ語で喋っているときでは、やはり思考が変わっているわけではないですが、形づくられ方が違いますよね。

手嶋:中国では仏教の体系的、分析的な部分はだいぶ受容されて残っていましたが、日本に入ってきてからは、そこまでやるのは物好きくらいにまで減っていました。例えば慈悲心を持ったり、煩悩や執着をなくしたりといったこと以上の受容は、日本では基本的にあまりされなかったんです。だから、日本の仏教の教義は、インドや中国に比べるとどんどん簡素になり、小難しいことは言わなくなりました。日本はあまりそういう考え方が合わない文化を持っていたんですね。基本的に仏教が小難しいというか、分析的な要素を持ちながらも、日本で受容されて根付いたのは、インドのなかでは例外的に人間中心的な発想をする宗教だからなんです。

例えば、インドのヒンドゥー教では、時間について、昼と夜にイメージします。昼の時代が何十億年続いて、そのあと夜の時代が何億年と続く。さも自然現象のように時間を捉えているわけです。それに対し、仏教は、長期にわたる時間の動きを継承しながらも、人間が嘘をつき始めたことで、人間の寿命が短くなってしまう。それが何億年か続いて、最後には7歳で死ぬようになる。そのなかで「これじゃいけない」と言う人が出てきて、だんだんいいことをするようになり、人間の寿命が100歳まで延びるようになる。最後にはいい人が増えて、人間の寿命が8万歳まで延びるときがくるけれど、また嘘をつく人が出てきて、また縮んでいく、その繰り返し。長い時間をかけて世界が変わっていくことを、人間の行いがどうだったかという積み重ねで考えるわけです。長期の時間が繰り返すイメージは同じですが、仏教の世界観は人間が中心。だから、人の日々の行いを見つめ直すということ自体に、小難しい理屈があるかどうかは別にして、普遍性があるんです。そこまで深く、人間の業や生き方を考えるみたいなことをする文化自体は、仏教抜きでは日本には生じなかったのではないでしょうか。せいぜい、神さまの前では嘘をつかないとか、正直に生きるとか、そのくらいだったと思います。それとはレベルの違う哲学的な思考は、仏教がなければ、日本では育たなかったかもしれないなと思います。ただ、初めの頃仏教が日本で受容されたのは、哲学や思想が高等だからとか尊いからとかではなく、日本の神さまよりも、祈ると願望を実現する力が強いと思われていたからなんです。『日本書紀』で、仏さまは蕃神(あだしくにのかみ、他国神)という言い方をされています。仏教の教えがどうこうというより、どっちのほうが頼りになるか、そういうレベルから始まった。だから、仏教が導入されても、本当に理解するようになるのに長い時間がかかったんですね。

向井:ほかの国の宗教の広まり方はどうなんでしょう。そういう即物的ご利益から入っているのか、それとも、体系的なほうから入ったのでしょうか。

手嶋:ヒンドゥー教やキリスト教、イスラム教は、ご利益があるからお参りするというより、それが、生活や人生のスタンダードになっていますよね。

向井:手嶋さんがお勤めになっている京都文教大学のHPも拝見しましたが、授業では仏教やインド学をそのままというより、学生さんの自己形成や、キャリアをつくられるためのご指導をされているんですね。

手嶋:わたしが大学に勤め始めたのは、ちょうど、初年次教育が重視されるようになった頃なんです。学問上の専門分野以外にも、ライティングの授業やアカデミックスキル、それからキャリア教育を、大学で担当できる教員スタッフが必要になったんです。そうしたタイプの教員として、わりと早いうちに仕事を始めました。わたし自身、古代インドの研究を、専門研究者になるような一部の人以外に教えることの積極的意味はさほど大きいわけではないと思っています。専門研究は専門研究で進めながら、教育の場ではもう少し幅を広げて、世の中のためになる仕事もするというのは、二足のわらじみたいな感覚ではありますが、新しい大学教員の在り方だと思っています。もちろん歴史学科や文学科があったり、宗教に関連するカリキュラムを持つ大学であれば、それに合わせた専門性の高い授業をすることは有意義だと思います。いずれにしても、学生に合うことをやらないと、教員の自己満足になってしまいます。学生たちには何がいいのか、彼らが何を学びたいのかを考え、それをいちばんの基準にして教育活動をやっています。

向井:比叡山で回峰行が行なわれている時期に、学生さんが取材をするといった授業もされていますよね。そういう活動からは、学生さんにどういうものを学び取るというか、観察してもらおうと思っていらっしゃるのでしょうか。

手嶋:比叡山は普通の山ではなく、どこに目を向けても何かしらの意味が充満している場所です。でも、その意味を解説できる人と一緒に行かないと、単なる山歩きで終わってしまいます。学生たちには、意味の充満している比叡山という場を実際に歩くことで、京都の文化性を実体験的に学んでもらっています。京都世界遺産PBL科目 *1といった、日本や京都の文化遺産の理解を深めるプロジェクトのなかでの授業ですしね。単に文化財を見て歴史を学ぶ以外の、目に見えないものを知ることで、自分の歴史的な、今の暮らしのいいところ/悪いところを相対的に見る経験をする。それは、学生にとって非常にいいことなのではないかと思っています。例えば、八王子山の上まで上ったりすれば、歩いて行くだけでもこんなに大変なのに、ここまで大きな材木を持ってきて、凝った造りの建物をつくるなんてどういう気持ちだったんだろう、どんな苦労があったんだろうと考えざるを得ないですよね。自分たちの暮らしは、長い人間の歴史のなかでどんな位置にあるのかを考えるきっかけを掴むため、ある程度体を動かして、体験させる。それで、考えるのがいいのかなと思っています。下からでも建物は見えますし、上らずに解説するだけでも歴史は話せますが、上まで歩くと結構大変だったり、体もしんどかったりと体感をします。その体感と照らし合わせたときに、そういうものが生まれたことの背景を知りたいという探求心や追求心が生まれるのではないでしょうか。

向井:実際、その授業をやる前とあとで、学生さんたちの変化はありましたか。例えば、直接文化遺産のことをやらなくても、キャリアのことを指導するうえで、体験した学生の好奇心の在り方の変化などは感じられましたか。

手嶋:形があって博物館に収められたり、国宝に指定されたりするものだけが文化ではありません。街で暮らしていて、自分の世界のなかに閉じこもってしまうと、自分の悩みが非常に大きく感じられることがあると思います。しかし、自然のなかに身を置いて、目に見えないものの文化的な意味合いに気づくことは、自分の生の枠組みを拡大することにつながります。大きな視野で見たときに、普段悩んでいることや気にしていることを捉え直してみると、それまでよりは気になる度合いが少し減ったりする。そういう感じ方の変化が、少しでも生まれてくれればいいなと思います。
比叡山は京都からでも大津側からでも見上げることができ、存在感があるという意味で、高野山にはない文化的な役割を持っているんじゃないかと思いますね。昔ドイツに住んでいた頃、ときどきイタリアに貧乏旅行をしていたのですが、ナポリにあるヴェスヴィオという山も、街の開けたところからドーンと見えて、煙がたなびいているんです。それを見たときに、人間がつくったカテドラルや尖塔以外で、街の人たちの気持ちのよりどころやアイデンティティになっている自然の存在を感じました。京都と比叡山にも、ひょっとしたら近いものがあるのかもしれません。

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撮影:向井知子

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*1 京都世界遺産PBL科目
京都の特色を活かし、世界遺産を対象として、単位互換PBL(Project Based Learning:課題発見・解決型学習)を展開する授業。主にグループでの学習を通じて、自ら課題を発見し、解決策を提案する。

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きわプロジェクトでは、「都市像と自然」の関係を思索・知覚する方策を模索しています。 公開トークで登壇予定のゲスト、プロジェクトメンバーとの対話を継続的に進めており、この「ダイアローグ」では、その内容を公開していきます。 HP: http://kiwa-project.org/