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昨日の世界

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文章を書くこととアイディアを出すことを毎日するために、 #昨日の世界 を書き始めました。Wordleを解いて、その言葉から連想される物語を、解くのにかかった段数×140字でその日…
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2023年1月の記事一覧

クマの子どもの冬籠り

 子グマにとって初めての冬でした。 「冬になったらね、春まで眠るんだよ」  そうお母さんが言いましたが、子グマはそんなに長く眠っていたくありませんでした。眠っている間は真っ暗だったからです。 「それだけ長く眠っていればね、いろいろ夢を見るんだよ」とお母さんは言いますが、それも、嫌でした。  子グマは、夢を見ている時と、見ていない時、その間に何があるのか気になるのでした。夢を見て目が覚めた時に、夢の中のことと起きている時のことは違います。(それもつまらないですが)。けれど、自

何もかもが終わるため

「ではみなさんは、こういうふうに、弟が病気になっておじいちゃんと一緒に暮らすことになった、正智君の正しい気持ちはどれでしょうか?」  いつも手を挙げるみんながパッと手を挙げた。早く終わって欲しいから、僕も手を挙げようとしたけれど、やめてしまった。それを先生に見つかった。 「佐渡さん、あなたはわかっているのでしょう」 「はい、お母さんが心配で、早く手伝ってあげたい気持ちです」 「はい、そうですね」  答えた僕の目は死んでいる。先生の目も死んでいる。誰もがこんなことは嘘だと分か

深夜のファミレスで

「え、じゃあ、井上さん、今晩、空いてるんですか?」 「どうかな。ちょっと見てみるね」 「えー、ほんとは空いてるんでしょ?」 「いやー、どうかなー」 「もうー」 「えーっとね、うん、行けそう」 「行けそうって、行けるんですか、行けないんですか」 「行けー…」 「けー…」 「ます!」 「やった!」  深夜のファミレスが一番いい。世の中を見ることができる。喧嘩をするカップル、走り回る子供、そしていちゃつくバイト。家に帰ったって誰もいないし、寝て起きてまた仕事に行くだけ。だから、こ

手紙

 明日、京へ旅立つということだから、その者にこの手紙を託している。届くまでには十日余もかかるかも知れない。それだけ気の長い話なのに、今はその者が今にも旅立とうとしている中で待たせて手紙を書いているから、まあなんと乱筆であり、そして書きたいことは多いのになにも思いつかないことか。  何しろ伝えたいのはこちらは元気にしているということである。前にも言ったが、太宰府は暖かい。都落ちなどと言うことは全く思わない。だなら安心してくれ。そちらはどうか。そろそろ子供が産まれることと思うが

ミノタウロスの体

 アリアドネが作った糸巻きは一つが1スタディオン分の長さである。それを籠いっぱいに入れてテセウスは迷宮の中に入ったのだが、今やもうそこの方に僅かばかりしか残っていない。食料も尽きかけている。なんとかしてすぐにでもミノタウロスを見つけて、そして殺さなければならない。  ようやくミノタウロスを見つけて首を捩じ切った。疲れたテセウスはそのまま泥のように眠ってしまった。目を覚ますと、当たり前だが、あたりは真っ暗である。どれくらいの時間が経ったかもわからない。どうにかして松明に灯りを

迷宮入り

 何も、迷宮というのは暗くて狭くて怖くてというものだけではない。ただただだだっ広いのに行けども行けどもそこから出られない迷宮だってある。そんなところに紛れ込んでしまい、途方に暮れている。パーティーも散り散りになってしまった。何しろ食べ物がないから、とうもろこしを育てることにした。  とうもろこしは案外早く育つ。どうにかしてそれで飢えを凌ぎながらパーティーが戻ってくるのを待っている。 「ここにいてもいいですか?」 「どうぞ」と言うわけで、一緒に待つ人もできた。その人にも手伝っ

誰もが見ている

 1、2、3、4、5、6、7、8。今日は8羽。目の端でカラスの数を数える。足を骨折して電車で出勤するようになってから通る橋の上の欄干にとまるカラスの数が日々増えている。気のせいでは無い、数え始めてから着実に増えている。しかも、どれもがじっと自分を見ている。通り過ぎても見ている。  階段から転げ落ちた。わざとだと言われればそうかも知れない。その時から死の匂いが自分から漂うようになったのだろうか。ふと視線を感じて振り向くと、何かが私を見つめている。それは、人、犬、猫、あるいは建

タイムマシンで遡る

 ぼんやりと外を眺めている。何も見えない。それもそのはずだ。何せ、ここはタイムマシンの中なのだから。 「何かお飲みになりますか?」  首を振る。これで何回目だろうか。キャビンアテンダントの方も何もすることがないから定期的に話しかけてくるだけで、私が何も要らないのは承知している。  時間旅行ができるようになってしばらく経つ。莫大な費用がかかるから、特権階級だけのものだ。特権階級は何度も過去を遡り未来の自分たちのために過去を改変していく。あるものは金を失った時点に行ってそれを取

車違い

 仕事が思ったより遅くまでかかり、宿までの足が無くなってしまった。こちらは車で来るわけにいかなかった現場だし、なのに今いるのは一家に一台ではなく一人に一台持たないと二進も三進も行かないところだから困っていたら、そこの内の一台を貸してくれることになって、ありがたい。  Google Mapsによると宿から現場までは38分あるらしい。深夜運転するのだから気をつけなければ、と思いながら車の鍵を渡された。 「車わかりますか?」 「いえ、どれでしょう」 「あっこの奥にあるヴェルファイ

あなたとあなたを文章に

 文章は記号であり、記号の役割は正確に情報を伝えることにあります。例えば、ある見方によってはウサギに、別の見方によってはアヒルに見えるような図は図としての意味をなさないように、様々な解釈が可能な文章は記号としての用途をなしません。私たちはあなたが意図したものを完全に伝えられる文章を作成します。さらに、それが無機質なものになることはありません。感情すら作り出すことが可能です。  感情は人間に固有のものとお考えですか? あるいは、感情は人間に固有のものと? とんでもない! 大き

夜勤明けの田中さん

 今日も夜勤が終わる。 「田中さん、これな、鼓膜破れそうやねん」  斉藤さんがレシーバーから出ているイヤホンを持ちながらこちらに向かってくる。 「それ、いくつや?」 「えーと、303や」 「303は大きいで。鼓膜破れるで」 「そんなん誰も教えてくれへんもん」 「303大きいねん」 「ほな、いっちゃん小さくせなあかんか?」 「な、鼓膜破れるで」 「そんなん誰も教えてくれへんもん」  斉藤さんはレシーバーを持ったまま持ち場に向かっていく。もうすぐ9時なのでそろそろ出勤してくる人

日部悟大の書状より

ーー日部悟大は水戸藩邸にも出入りしていた旗本で、漢方をよくしたとの記録が残っているが、今日、特に我々の目を惹くのは彼の遺した書状である。その中の一つで、彼が様々な書状にどのような態度で向かっていたかについて書いた、佐伯信之宛、安政6年2月のものを訳出して掲載する。 ー先日は貴重な書状を見せていただき忝く、そのお礼でこの書状を認めている。(5字判読不能。佐伯が削り取ったか?)が(2字判読不能)に宛てた詫び状を信之殿の御尊父が代筆されていたというのは存じ上げていたが、まさかその

バルケジのワイン

 今の南アフリカのケープ州に最初に入ったオランダ人たちがまず栽培したのは葡萄であった。もちろん、ワインを作るためである。ケープ州は彼らの故郷ヨーロッパと似た気候であり、密林を切り拓いてできた畑からは上質な葡萄が取れた。しかし、もともと密林に生息していたがそこを追われた動物たちが葡萄の味を覚えてしまった。中でも、イノシシの仲間であるバルケジ(学名barcagi barcagi)による被害が大きかった。  バルケジは大きな牙を持ち、体長は170cmほど、葡萄の木を揺らして実を落

地球の言葉

 宇宙人との戦争があって、当然ながら人間は負けた。僕のように大量の孤児が出たから、宇宙人は僕たちを養子にした。奴隷にされるか食べられるかと思っていたからびっくりしたけれど、人間が宇宙に対して悪影響があるから忠告をし続けていたのに聞かないから地球に来てみたら戦争になったということらしい。だから、人間を滅ぼすつもりはなくて、これからの人間を良くしようと思って僕たちを養子にしているとのことだそうだ。  宇宙人は地球の仕組みを真似て学校を作った。急に宇宙人のやり方をすると混乱する、