誰もが見ている

 1、2、3、4、5、6、7、8。今日は8羽。目の端でカラスの数を数える。足を骨折して電車で出勤するようになってから通る橋の上の欄干にとまるカラスの数が日々増えている。気のせいでは無い、数え始めてから着実に増えている。しかも、どれもがじっと自分を見ている。通り過ぎても見ている。

 階段から転げ落ちた。わざとだと言われればそうかも知れない。その時から死の匂いが自分から漂うようになったのだろうか。ふと視線を感じて振り向くと、何かが私を見つめている。それは、人、犬、猫、あるいは建物、ポスター、命あるものも無いものも自分を見張っているように感じる。

 この街はいつでも曇っている。低い鉛色の空の下をいつでも歩かなければならない。足を引き摺りながら、倍の時間をかけて、出掛けていく。停車場から電車に乗り込み、椅子に沈み込んで窓の外を見る。この中なら見張られることもないと思っていたのに、橋の上のカラスの視線が気になる。気になると数えてしまう。

 1、2、3、4、5、6、7、8。8羽いる。昨日より多いはずだ。昨日は何羽だったか。思い出そうとしても頭の中に霧がかかっている。その中をカラスが出たり入ったりする。霧の向こうからカラスがこちらを見ている。この霧が晴れたら無数のカラスがいてこちらを見ているのかも知れない。

 ある日、電車に乗らずに橋を渡ることにした。今や橋の欄干にはびっしりとカラスがとまってこちらを見ている。急に腹が立ってきた。自分はこんなのに殺されてはならないと思った。松葉杖を振り回して一番近いところにいたカラスにぶつけた、と思ったら、頭にガンと衝撃が来て、気を失ってしまった。

count/数える

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