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ガンジスで、指をにぎる。

ぼくは、インド人に囲まれていた。振り返れば、最初がいけなかった。

20歳。初めての海外ひとり旅で訪れたインド・バラナシで、朝早く目覚めた。わくわくして早く起きたというよりは、緊張していてあまり眠れなかった、という方が正確かもしれない。

太陽でアスファルトが焦げ始める前の、まだ少し涼しい朝。枕元に置いたペットボトルの水は部屋と同じ温度になり、ぬるく、ホテルのすぐ目の前のガンジス河は、オレンジに濡れていた。

河辺では、それぞれが自分の日常を進めている。鮮やかな赤のサリーをゴシゴシと洗う人。神に祈りを献げる人。観光客向けに船を漕ぐ人。犬と遊ぶ裸の子ども。

ホテルを出て、辺りを眺めながら河沿いを散歩していると、一人のインド人が近寄って来て、勝手にガイドを始めた。面倒なことに巻き込まれまいと、軽くあしらったが、話し続けたので放っておいた。説明している内容は、ペラペラの観光ガイドに書いてある程度のことで、ただ聞き流す。でも、この対応がいけなかった。

「1dollar」。

しばらくすると、こう言われた。ガイド代として、1ドル払えというのだ。

甘く見られては困ると、忽然とした態度で断った。「No」。

「1dollar」「No」「1dollar」「No」

だんだんとお互い声が大きくなり、やり取りしているうちに、人だかりが出来た。こうして、ぼくはインド人に囲まれたのだ。

「払え」「払うな」の問答がしばらく続いたが、どうやらこの男、観光客相手に悪い商売をすることで地元でも有名らしく、別の良き市民が仲裁に入り、ちょっとした喧嘩はお開きになった。インド人は、ガヤガヤするのがとにかく好きらしい。

結構こたえた。

初めての海外旅行だったこと。朝だったこと。相手の方が体格が良かったから、言い争いで済んで良かったという安堵。様々な感情が混ざる。

ふぅ。河沿いの石段に腰を下ろしていると、白髪に白髭で浅黒い肌の老人が近寄ってきて、ぼくの指をぎゅっと握った。聞き慣れない言葉を掛けながら。こういう時は意外と相手の目をじいっと見れるもので、何を言っているかは分からなかったけれど、真剣に伝えようとしていることだけは、目ではっきりと分かる。

隣にいた青年が、彼の言葉を英語で教えてくれた。

「彼がひどいことをして、ごめん。でも、指が一本一本ちがうように、インド人も一人一人みんなちがう。私たちのことを嫌いにならないで。チャイでも一緒に飲むかい?」

石段を立つ頃、太陽はすっかり上がり、アスファルトは焦げ、河はオレンジを吸い込み、土色になっていた。今日も、河辺にいる人それぞれの、一日が始まる。

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