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北からほろほろ読書日記📖2024年6月(秋永真琴)

六月某日
 
 キタノステラを管理している藤沢チヒロさんに「君は小説を書くのは遅いけど、本はけっこう読んでいるみたいだから、読書日記を書いてみたらいい」と言われた。
 Twitter(X)で面白かった本を紹介することはあるけど、長めの文章で読書日記を書いたことはない。できるかな……。
 せっかくここに載せてもらうのだから、北海道にゆかりのある作家の本や、北海道を題材にした本について書いていこうと思います。よろしくお願いします。
 
 佐々木譲『降るがいい』(河出文庫)を読む。
 おもに警察小説や歴史小説で知られる作家だけど、こちらは現代を舞台にさまざまな男女の人生の「ある一瞬」を描いた短篇集。誰にでも訪れる可能性がある、特別じゃないけど本人たちにとっては重大なできごとが、静かな筆致でていねいに切り取られている。
 収録作のいくつかには、SNSが効果的な小道具として出てくる。
「時差もなく」で昔の同僚から数十年ぶりに連絡が来るSNSは、明記されていないけどFacebookを思わせる。「三月の雪」で主人公の書き込みにかつての恋人から「いいね」がつくSNSは、たぶんTwitterだ。
 スマホを握りしめて「どういうつもりだろう」と首を傾げつつ、ちょっと心が躍ってしまうけど、返信はしないで様子を見る……といった、細やかでリアリティあふれる描写が印象的だった。
 ときどき「スマホのせいですれ違いのドラマが書けなくなった」なんて言われるけど、スマホによって新しく生まれた心のドラマもある。そういうことを書いてある小説は好きだし、自分も書けたらいいと思う。書くのは遅いけどがんばります。

 
六月某日
 
 東京に旅行にいく。
 持っていく本の選定に悩む。
 単行本よりは文庫本がいい。薄くて読みやすい本だとすぐに終わってしまう。だからってぶ厚く難解な本だと、旅の疲れが溜まってきたら読み進めるのが大変になる。適度に歯ごたえがあり、しかしリーダビリティが高いものが望ましい――
「スマホで電子書籍を読めばいいじゃない?」
 何か言いましたか。いや、わかります。その意見は何もおかしくない。
 でも私の場合、なぜか家にいるときのほうが電子書籍をよく読む。旅先でこそ、紙の本の重みを手に感じながら、一枚一枚ページをめくる体験を求めてしまう。
 
 今回は、桜木紫乃『凍原』(講談社文庫)を選んだ。
 釧路を舞台にした警察小説。不審な殺人事件の謎を追っていく過程で、終戦から現代まで激動の人生を歩み、途中で倒れたり、生き延びたりしてきた女たちの歴史が浮かび上がってくる。ドラマティックなストーリーと、人間の心の深いところの揺れを鮮烈に描き出す文章が素晴らしい。
 飛行機や電車で、休憩するカフェで、泊まったホテルで――どこでも本を開けば、たちまち霧が立ちこめる釧路に連れていかれる。目的地に着いたり、人と待ち合わせる時間が近づいたりしたら、本を閉じて蒸し暑い東京に戻る。
 旅の中に、もうひとつの旅を、本がつくってくれる。
 次にどこかに行くときも、本の選定に楽しく悩むのだろう。

 
六月某日
 
 建物の記憶って不思議と保たない。
 ふだんの生活でずっと目にしていたはずの建物なのに、いざ取り壊されて駐車場になったりすると「ここって何があったかなぁ」と思い出せなくなる。単に私がおとぼけなせいじゃないですよね。
 札幌の中心街に「4丁目プラザ」というのがあった。
 近隣の丸井今井や札幌パルコより、ちょっと庶民的で若者向けのファッションビル。建物の老朽化と再開発の波で現在はなくなってしまったけど。
 七階の「自由市場」にはイベントスペースがあって、イラストレーターのグッズを扱うポップアップショップが開かれたりしていた。
 壁を埋める何百種類ものポストカードを見て回って、気に入った何枚かを買ったことがある。家に帰ってから、なんで自分はそれらを気に入ったのだろう、自分が買ったものと買わなかったものの違いって何なんだろうと考えた。本屋に行けば、私もそうやって選ばれたり選ばれなかったりする立場なので。
 
 そんなことを、穂村弘『迷子手帳』(講談社)を読んで思い出した。
 北海道新聞で連載されているものを中心にまとめたエッセイ集で、その中に4プラの閉館を惜しむお話があったのだ。
 なんとなく「そういうこと」としてスルーしているけど、よく考えてみると実はちょっと違和感がある言葉や習慣にピピッと気づいて「これ、不思議に思いませんか? 自分だけかな?」と示してくれる、ほむほむ(穂村さんの愛称)の独自の視点がこの本にも詰まっていて面白かった。
 札幌に来たことがない、何千、何万もの読者の人たちが4プラに思いを馳せているのを想像すると、なんだか嬉しくなる。私が「ここって何があったかなぁ」と忘れてしまっても『迷子手帳』を読み返せば、思い出せる。
 
 
 
秋永真琴(あきながまこと)
札幌在住。2009年『眠り王子と幻書の乙女』でデビュー。ファンタジー小説や青春小説を書いています。ビールとスープカレーが好きです。日本SF作家クラブ会員。
Twitter(X):https://twitter.com/makoto_akinaga
note:https://note.com/akinagamakoto


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