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沖縄民謡に見る「戦世(イクサユー)ぬ哀(アワ)り」~沖縄慰霊の日に寄せて~

本日6/23は沖縄慰霊の日。太平洋戦争下の日本における唯一の地上戦であった沖縄戦で、実に県民の4分の1が犠牲となったあの惨劇から75年の月日が経った。
ウチナーンチュ(沖縄の人々)は昔から嬉しい時も悲しい時も常に歌を歌ってきたため、沖縄戦の悲惨さを今に伝える歌も数多く残されている。
今回はそんな戦世(イクサユー=戦争の世)を経験した人々が歌った民謡12曲をもとに、その惨状と平和の尊さを読者諸氏と再確認していきたいと思う。

①軍人節(ぐんじんぶし)

作詞・作曲/普久原朝喜
歌/嘉手苅林昌・糸数カメ、ツラネ/饒辺愛子

【歌詞】
〈ツラネ〉天(てぃ)ぬん知(し)りみそち 月(ちち)ん知(し)りみそち
     里(さとぅ)が行(ゆ)く先(さち)や 照(てぃ)らち給(たぼ)り

男、無蔵(んぞ)とぅ縁(いん)結(むし)でぃ 月(ちち)読(ゆ)みば僅(わじ)か
  別(わか)りらねなゆみ 国(くに)ぬ為(たみ)や
  思(う)み切(ち)りよ 思無蔵(うみんぞ)よ

女、里(さとぅ)や軍人(ぐんじん)ぬ 何(ぬ)ゆでぃ泣(な)ちみせが
  笑(わら)てぃ戻(むどぅ)みせる 御願(うにげ)さびら
  国(くに)ぬ為(たみ) しちいもり

男、軍人(ぐんじん)ぬ勤(ちとぅ)み 我(わ)ね嬉(うり)さあしが
  銭金(じんかに)ぬ故(ゆい)に 哀(あわ)りみせる
  母親(ははうや)や 如何(いちゃ)がすら

女、例(たとぅ)い困難(くんなん)に 繋(ちな)がりてぃ居(う)てぃん
  御心配(ぐしんぱい)みそな 母(はは)ぬ事(くとぅ)や
  思(う)み切(ち)みそり 思里前(うみさとぅめ)

男女、涙(なみだ)ゆい他(ふか)に 云言葉(いくとぅば)や無(ね)さみ
   さらば明日(あちゃ)ぬ日(ひ)ぬ 別(わか)りとぅ思(み)ば
   此(く)ぬ二人(たい)や 如何(いちゃ)がすら

【大意】
〈ツラネ〉天も知って下さい 月も知って下さい
     彼が行く先を 照らして下さい

男、貴女と縁を結んで 月日を数えれば僅か
  別れなければならない 国の為に
  諦めてくれ 愛する貴女よ

女、貴方のような軍人が なぜお泣きになるですか
  笑ってお戻りになるよう お願いをしましょう
  国の為に 働いてらっしゃいませ

男、軍人の勤め 私は嬉しいけれど
  金銭の為に 苦労なさる
  母親は どうしようか

女、例え困難に 繋がれていても
  ご心配なさいますな 母の事は
  思いを断ち切って下さい 愛する貴方よ

男女、涙より他に 言葉は無い
   さらば明日の日が 別れと思えば
   この二人は どうしようか

【解説】
召集令状が届き戦地へ赴くことになった夫と、残される妻との掛け合いの歌。夫婦それぞれ与えられた役目を果たすことを誓い合うも、お互いのことが心配でならない。無事に戻ってまた笑って暮らす日が来ることを願うのみ。「戦争は家族を別ち、悲しみのどん底へ突き落とすものなのでやってはいけない」という反戦の意もこの歌には暗に込められているのかもしれない。

②国ぬ花(くにぬはな)

作詞/新城安雄、作曲/川田松夫
歌/天久美津子

【歌詞】
1、親(うや)ぬ染(す)みなちぇる 枕(まくら)我(わ)ね捨(し)てぃてぃよ
  軍人(ぐんじん)ぬ里(さとぅ)とぅ 契(ちぢ)りさしが
  聞(ち)ち欲(ぶ)さや里(さとぅ)が 里(さとぅ)が便(たゆ)い

2、里(さとぅ)や白雲(しらくむ)い 風(かじ)吹(ふ)ちゅるままによ
  今(なま)や北満(ふくまん)ぬ 草葉枕(くさばまくら)
  国(くに)ぬ花(はな)でむぬ 我(わ)んや泣(な)かん

3、千里(しんり)離(はな)りてぃん 夢路(いみじ)あら里前(さとぅめ)よ
  夢(いみ)に夢(いみ)しじく 知(し)らち給(たぼ)り
  国(くに)ぬ花(はな)でむぬ 我(わ)んや泣(な)かん

【大意】
1、親が染め上げた 枕を私は捨てて
  軍人の彼と 契りを交わしたけれど
  聞きたいな彼の 彼の便りを

2、彼は白雲か 風の吹くままに
  今は北満州で 草や葉を枕にしている
  彼は国の花だから 私は泣かない

3、千里離れていても 夢路があれば貴方
  頻繁に夢で 知らせて下さい
  彼は国の花だから 私は泣かない

【解説】
戦争の時代に作られた歌であるため、タイトルこそ当時の軍人を讃えている印象を持たせているが、歌詞の内容を見ると、契りまで交わしたにもかかわらず戦地へ行ってしまった恋人を心配する女性の心情がはっきりと受け取れる。「お国の為に散って来い」などという言葉は当時の悪しき帝国主義が言わしめたものにすぎない。どこの世界に愛する人の死を望む者がいるものか。

③屋嘉節(やかぶし)

作詞/金城守堅、作曲/山内盛彬
歌/知名定男、返し/大城美佐子

【歌詞】
1、懐(なち)かしや沖縄(うちなー) 戦場(いくさば)になやい
  世間(しきん)御万人(うまんちゅ)ぬ 流(なが)す涙(なみだ)

2、涙(なみだ)飲(ぬ)でぃ我(わ)んや 恩納山(うんなやま)下(う)りてぃ
  御万人(うまんちゅ)とぅ共(とぅむ)に 肌(はだ)ゆさらち

3、無蔵(んぞ)や石川村(いしちゃむら) 茅葺(かやぶち)ぬ長屋(ながや)
  我(わ)んや屋嘉村(やかむら)ぬ 砂地枕(しなじまくら)

4、心(くくる)勇(いさ)みゆる 四本(しふん)入(い)り煙草(たばく)
  淋(さび)しさや月(ちち)に 流(なが)ち行(い)ちゅさ

【大意】
1、悲しいことよ沖縄は 戦場になって
  世の人々が 流す涙

2、涙を飲んで私は 恩納山を下りて
  大勢の人と共に 肌を晒し

3、貴女は石川村の 茅葺屋根の長屋にいる
  私は屋嘉村の 砂地を枕にしている

4、心を励ます 四本入りのタバコ
  淋しさは月日が 流して行くよ

【解説】
終戦直後、金武町屋嘉の収容所で過ごしていた作者(金城守堅)が、先の悲惨な戦争体験を思い起こす歌。一貫して暗い内容の歌詞が続くが、最終部分に限っては絶望のどん底の中でもあくまで前向きに生きようとするウチナーンチュの強さが表れている。
今回紹介したものの他、以下のような歌詞もよく歌われる。

涙(なみだ)飲(ぬ)でぃ我(わ)んや 恩納山(うんなやま)登(ぬぶ)てぃ
[涙を飲んで私は 恩納山に登って]
御万人(うまんちゅ)とぅ共(とぅむ)に 戦(いくさ)凌(しぬ)じ
[多くの人と共に 戦火を凌いで]

哀(あわ)り屋嘉村(やかむら)ぬ 闇(やみ)ぬ夜(ゆ)ぬ鴉(がらし)
[哀れな屋嘉村の 闇の夜のカラスのように]
親(うや)居(う)らん我身(わみ)ぬ 泣(な)かんうちゅみ
[親のいない私が 泣かずにはいられない]

④PW無情(ピーダブリューむじょう)

作詞/金城守堅、補作詞/山田有昴・新城長保、作曲/普久原朝喜
歌/金城実

【歌詞】
1、恨(うら)みしゃや沖縄(うちなー) 戦場(いくさば)にさらち
  世間(しきん)御万人(うまんちゅ)ぬ 袖(すでぃ)ゆ濡(ぬ)らち
  浮世(うちゆ)無情(むじょう)なむん

2、涙(なみだ)飲(ぬ)でぃ登(ぬぶ)る 恩納山奥(うんなやまうく)に
  御万人(うまんちゅ)とぅ共(とぅむ)に 戦(いくさ)凌(しぬ)じ
  浮世(うちゆ)無情(むじょう)なむん

3、勝(か)ち戦(いくさ)願(にが)てぃ 山(やま)ぐまいさしが
  今(なま)や捕(とぅ)らわりてぃ 屋嘉(やか)に泣(な)ちゅさ
  PW哀(あわ)りなむん

4、哀(あわ)り屋嘉村(やかむら)ぬ 闇(やみ)ぬ夜(ゆ)ぬ鴉(がらし)
  ゆるび無(ね)ん者(むん)ぬ 鳴(な)ちゅが心地(しんち)
  PW哀(あわ)りなむん

5、石川(いしちゃ)茅葺屋(かやぶちや) 無蔵(んぞ)が住(し)み処(どぅくる)
  我(わ)んや籬内(ましうち)ぬ 砂地枕(しなじまくら)
  PW哀(あわ)りなむん

6、籬内(ましうち)ぬ暮(く)らし 知(し)らさていやしが
  夢路(いみじ)通(かゆ)わちょてぃ 節(しち)どぅ待(ま)ちゅる
  PW哀(あわ)りなむん

7、煙草(たばく)手(てぃ)に取(とぅ)やい 忘(わし)らていさしが
  思事(うむくとぅ)や勝(まさ)てぃ 落(う)てぃん着(ち)かん
  PW哀(あわ)りなむん

8、戦(いくさ)てぃる物(むん)ぬ 無(ね)らんどぅんありば
  哀(あわ)り此(く)ぬ姿(しがた) ならんたしが
  PW哀(あわ)りなむん

【大意】
1、恨めしいことよ沖縄は 戦場にされて
  世の人々が 袖を濡らし
  世の中は無情なものよ

2、涙を飲んで登る 恩納山の奥で
  大勢の人と共に 戦火を凌いで
  世の中は無情なものよ

3、戦勝を願って 山に籠ったけれど
  今では捕虜になって 屋嘉で泣いているよ
  PW(Prisoner of War)哀れなものよ

4、哀れな屋嘉村の 闇の夜のカラスは
  ゆるびない者が 泣いているかのように鳴く
  PW(Prisoner of War)哀れなものよ

5、石川(地名)の茅葺屋根の家が 貴女の住み処
  私はフェンスの内側の 砂地を枕にしている
  PW(Prisoner of War)哀れなものよ

6、フェンスの内側での暮らし向きを 知らせたいけれど
  夢路を辿りながら 時期を待つのみ
  PW(Prisoner of War)哀れなものよ

7、タバコを手に取って 忘れようとするが
  思いが勝って 落ち着かない
  PW(Prisoner of War)哀れなものよ

8、戦争というものさえ なければ
  このような哀れな姿に ならなかったのに
  PW(Prisoner of War)哀れなものよ

【解説】
先述の『屋嘉節』にアレンジを加え、普久原朝喜作曲の『無情の唄』に乗せて歌ったもの。PWはPrisoner of War(戦争の捕虜)という英語の略。戦後間もない頃に人々が強いられた惨めな暮らしを今に伝える一曲である。

⑤ハンタン山の枯れ赤木(はんたんやまのかれあかぎ)

作詞/川平朝申、作曲/知名定繁
歌/知名定繁

【歌詞】
1、はんた山(やま)ぬ端(ふぁ)に さやか照(てぃ)る月(ちち)や
  大昔(うふんかし)からぬ 月(ちち)どぅやしが
  名残(なぐ)りさや 元姿(むとぅしがた)

2、我(わ)が生(ん)まり島(じま)や 戦場(いくさば)になやい
  城山川(ぐしくやまかわ)ん 変(か)わい果(は)てぃてぃ
  名残(なぐ)りさや 元姿(むとぅしがた)

3、はんた山(やま)照(てぃ)らす 月(ちち)にうちだちゅさ
  赤木(あかぎ)大木(てえぶく)ぬ 真肌(まはだ)さらち
  名残(なぐ)りさや 元姿(むとぅしがた)

4、月影(ちちかじ)に落(う)ちる 枝(いだ)ぶりぬ美(ちゅ)らさ
  昔(んかし)むていたる 影(かじ)ゆ残(ぬく)ち
  名残(なぐ)りさや 元姿(むとぅしがた)

5、はんた山添(やまず)いぬ 哀(あわ)り枯(か)り赤木(あかぎ)
  今(なま)や淋々(さびさび)とぅ 孤独(くどぅく)立(た)ちし
  名残(なぐ)りさや 元姿(むとぅしがた)

【大意】
1、ハンタン山の頂上に 明るく照る月は
  大昔からの 月であるけれど
  名残り惜しいのは 元の姿

2、私の生まれ島は 戦場になって
  城や山、川も 変わり果てて
  名残り惜しいのは 元の姿

3、ハンタン山を照らす 月の光に抱かれるよ
  アカギの大木が 素肌を晒して
  名残り惜しいのは 元の姿

4、月の光に影を落とす 枝ぶりの美しさ
  昔の繁茂していた 面影を残して
  名残り惜しいのは 元の姿

5、ハンタン山沿いの 哀れな枯れアカギ
  今はうら淋しく 孤独に立っていて
  名残り惜しいのは 元の姿

【解説】
ハンタン山は戦前、首里城と龍潭池の間に広がっていた森を指す。沖縄戦によってこのハンタン山は首里城もろとも焼き尽くされてしまったが、歌に歌われているアカギだけは幹だけの姿となって焼け残ったという。変わり果ててしまったアカギの大木と故郷の情景を知名定繁が切なく歌い上げている。
作詞の川平朝申は琉球放送の局長も務めた人物で、ジョン・カビラ、川平慈英らの伯父にあたる。

⑥戦後の嘆き(せんごのなげき)

作詞・作曲/登川誠仁
歌/山城幸夫

【歌詞】
1、大和(やまとぅ)から戻(むどぅ)てぃ 沖縄(うちな)着(ち)ちみりば
  元姿(むとぅしがた)無(ね)らん かにん変(かわ)てぃ
  戦(いくさ)我(わ)ね恨(うら)みゆさ

2、見(み)りば懐(なち)かしや 戦場(いくさば)になとてぃ
  世間(しきん)御万人(うまんちゅ)ぬ 袖(すでぃ)ゆ濡(ぬ)らち
  戦(いくさ)我(わ)ね恨(うら)みゆさ

3、島(しま)戻(むどぅ)てぃみりば 親兄弟(うやちょで)ん居(う)らん
  戦世(いくさゆ)ぬ慣(な)れや 涙(なみだ)びけい
  戦(いくさ)我(わ)ね恨(うら)みゆさ

4、思(う)み切(ち)らねなゆみ 泣(な)ち悔(くや)でぃちゃすが
  戦世(いくさゆ)ぬ慣(な)れや さだみでむぬ
  戦(いくさ)我(わ)ね恨(うら)みゆさ

【大意】
1、日本から戻って 沖縄に着いてみれば
  元の姿が無い こんなにも変わって
  私は戦争を恨むよ

2、見れば悲しいことよ 戦場になっていて
  世の人々が 袖を濡らして
  私は戦争を恨むよ

3、故郷に戻ってみれば 親兄弟もいない
  戦争の世の習慣は 涙ばかりを誘う
  私は戦争を恨むよ

4、諦められるものか 泣いて悔んでどうするか
  戦争の世の習慣は 定めであるのだから
  私は戦争を恨むよ

【解説】
登川誠仁がトイレに座っている時、戦後間もない頃一緒に話した兵士の事をふと思い出して書いた一曲。復員して帰郷した彼に飛び込んできたのは変わり果てた故郷の姿。身内も死に絶えてしまっていた彼の胸中は計り知れないほどの絶望のどん底にあっただろう。

⑦帰らぬ我が子(かえらぬわがこ)

作詞/平識ナミ、作曲/亀谷朝仁
歌/亀谷朝仁、ツラネ/仲村民代

【歌詞】
〈ツラネ〉(1番の歌詞と同じ)

1、神(かみ)とぅ崇(あが)みらり 花(はな)に例(たとぅ)らりてぃ
  咲(さ)ち美(ぢゅ)らさ百合(ゆい)ぬ 匂(にう)い残(ぬく)ち

2、朝夕(あさゆ)懐(ふちゅくる)に 育(すだ)てぃたる産子(なしぐゎ)
  思(う)みゆらん風(かじ)ぬ 吹(ふ)ちゃいしぶでぃ

3、咲(さ)ち美(ぢゅ)らさ香(か)ばさ 百合(ゆい)ぬ花心(はなぐくる)
  幾世何時迄(いくゆいちまでぃ)ん 沙汰(さた)ゆ残(ぬく)ち

4、泣(な)くなよやアンマ 淋(さび)しさんみそな
  我(わ)んや戦世(いくさゆ)ぬ 華(はな)どぅやたる

5、死出(しでぃ)ぬ永旅(ながたび)ぬ 戻(むどぅ)らりんやりば
  かなし親兄弟(うやちょで)とぅ 語(かた)てぃやしが

【大意】
1、神と崇められ 花に例えられて
  美しく咲く百合の 匂いを残し

2、朝な夕な懐に入れて 育てた我が子は
  思いもよらぬ風が 吹いて萎み

3、美しく咲いて香ばしい 百合の花のような心
  いつの時代までも 沙汰を残し

4、泣かないでくれお母さんよ 寂しがらないでくれ
  私は戦争の世の 華であったのだから

5、死出の長旅が 戻られるものであるならば
  愛する親兄弟と 語りたいのだが

【解説】
1~3番までは戦争で我が子を亡くした母親の立場から、4、5番は戦地で命を落とした息子の立場から歌われている。特に4番の「我んや戦世ぬ華どぅ『やたる』」と、過去形で歌っているところで悲しみがこみ上げてくる。歌詞の内容を噛み締めながら聴くほどに胸が痛む曲である。

⑧戦さを恨む母(いくさをうらむはは)

作詞/仲栄真ウシ、曲/沖縄民謡(ユハレ節)
歌/伊波貞子

【歌詞】
1、戦世(いくさゆ)にあたてぃ 哀(あわ)りさみ産子(なしぐゎ)
  知(し)らん他所島(ゆすじま)ぬ 月(ちち)に散(ち)りてぃ

2、石枕(いしまくら)しちょてぃ 草枕(くさまくら)しちょてぃ
  朝夕(あさゆ)雨露(あみちゆ)に 濡(ぬ)りらとぅ思(み)ば

3、幾年(いくとぅし)ゆ経(ひ)てぃん 忘(わし)る間(ま)や無(ね)さみ
  ありし日(ひ)ぬ姿(しがた) 朝(あさ)ん夕(ゆ)さん

4、天国(てぃんぐく)ぬ世間(しけ)に 文(ふみ)ぬ交(か)わさらば
  しばし肝休(ちむやす)み なゆらやしが

【大意】
1、戦争の世に遭って かわいそうな我が子よ
  知らない他所の島の 月に散ってしまって

2、石を枕にしながら 草を枕にしながら
  朝な夕な雨露に 濡れていたのかと思えば

3、何年経っても 忘れる間は無い
  ありし日の姿が 常に思い浮かぶ

4、天国の世と 手紙を交わす事が出来れば
  しばしの気休めに なるのだけど

【解説】
親として、最愛の我が子を奪った戦争を恨まずにはいられまい。戦地へ赴いた息子を亡くした母親の嘆き。この悲しみの大きさは如何ほどのものであったか。我々の想像の範疇を超えるものである。

⑨艦砲ぬ喰ぇー残さー(かんぽうぬくぇーぬくさー)

作詞・作曲/比嘉恒敏
歌/でいご娘

【歌詞】
1、若(わか)さる時(とぅち)ね 戦争(いくさ)ぬ世(ゆ)
  若(わか)さる花(はな)ん 咲(さ)ちゆさん
  家(やー)ん元祖(ぐゎんす)ん 親兄弟(うやちょで)ん
  艦砲射撃(かんぽうしゃげき)ぬ 的(まとぅ)になてぃ
  着(ち)るむん喰(く)ぇーむん むる無(ねえ)らん
  スーティーチャー喰(か)でぃ 暮(く)らちゃんや
  うんじゅん我(わ)んにん 汝(いゃー)ん我(わ)んにん
  艦砲(かんぽう)ぬ喰(く)ぇー残(ぬく)さー

2、神(かみ)ん仏(ふとぅき)ん 頼(たゆ)ららん
  畑(はる)やカナアミ 銭(じん)ならん
  家小(やーぐゎ)や風(かじ)ぬ うっ飛(とぅ)ばち
  戦果(せんか)担(かた)みてぃ すびかってぃ
  うっちぇーひっちぇー むたばってぃ
  肝(ちむ)や誠(まくとぅ)どぅ やたしがや
  うんじゅん我(わ)んにん 汝(いゃー)ん我(わ)んにん
  艦砲(かんぽう)ぬ喰(く)ぇー残(ぬく)さー

3、泥(どぅる)ぬ中(なか)から 立(た)ち上(あ)がてぃ
  家庭(ちねえ)むとぅみてぃ 妻(とぅじ)とぅめえてぃ
  産子(なしぐゎ)ん生(んま)りてぃ 毎年(めえにん)産(な)し
  次男(じなん)三男(さんなん) ちんなんびー
  哀(あわ)りぬ中(なか)にん 童(わら)ん達(ちゃ)が
  笑(わら)い声(ぐい)聞(ち)ち 肝(ちむ)とぅめえてぃ
  うんじゅん我(わ)んにん 汝(いゃー)ん我(わ)んにん
  艦砲(かんぽう)ぬ喰(く)ぇー残(ぬく)さー

4、平和(へいわ)なてぃから 幾年(いくとぅし)か
  子(くゎ)ぬ達(ちゃ)んまぎさ なてぃ居(う)しが
  射(い)いやんらったる 山猪(やましし)ぬ
  我(わ)が子(く)思(うむ)ゆる 如(ぐとぅ)に
  潮水(うすみじ)またとぅ んでぃ思(うむ)れ
  夜(ゆる)ぬ夜(ゆ)ながた 目(みい)くふぁゆさ
  うんじゅん我(わ)んにん 汝(いゃー)ん我(わ)んにん
  艦砲(かんぽう)ぬ喰(く)ぇー残(ぬく)さー

5、我親(わうや)喰(く)ゎたる あぬ戦争(いくさ)
  我島(わしま)喰(く)ゎたる あぬ艦砲(かんぽう)
  生(ん)まり変(かわ)てぃん 忘(わし)らりゆみ
  誰(たあ)があぬ様(じゃま) しーんじゃちゃら
  恨(うら)でぃん悔(くや)でぃん 飽(あ)きじゃらん
  子孫末代(しすんまちでえ) 遺言(いぐん)さな
  うんじゅん我(わ)んにん 汝(いゃー)ん我(わ)んにん
  艦砲(かんぽう)ぬ喰(く)ぇー残(ぬく)さー

【大意】
1、若い時は 戦争の時代
  若い花も 咲く事が無かった
  家も先祖も 親兄弟も
  艦砲射撃の 的になって
  着るものも食べるものも 全く無い
  ソテツを食べて 暮らしたよね
  貴方も私も 君も私も
  艦砲射撃で生き残った者だよ

2、神も仏も 頼れない
  畑には金網が張られて お金にならない
  家は風が 吹き飛ばし
  戦果(盗んだ物)を担いでからに 引っ張って行かれて
  繰り返し 弄ばれて
  心は正気で あったのかね
  貴方も私も 君も私も
  艦砲射撃で生き残った者だよ

3、泥の中から 立ち上がって
  家庭を求めて 妻を貰い
  子供も生まれて 毎年お産
  次男三男と カタツムリのように
  苦労の中にも 子供達の
  笑い声を聞き 心を拾って
  貴方も私も 君も私も
  艦砲射撃で生き残った者だよ

4、平和になってから 何年か
  子供達は大きく なっているが
  射止められた イノシシが
  我が子を思う ように
  潮(戦争の恐怖)がまた押し寄せる と思えば
  夜中じゅう 目が冴えてしまう(眠れない)よ
  貴方も私も 君も私も
  艦砲射撃で生き残った者だよ

5、私の親を奪った あの戦争を
  私の故郷を奪った あの艦砲射撃を
  生まれ変わっても 忘れられるまい
  誰があのような事を し始めたのか
  恨んでも悔やんでも 飽き足りない
  子孫末代まで 言い伝えよう
  貴方も私も 君も私も
  艦砲射撃で生き残った者だよ

【解説】
戦争の悲惨さを今に伝える歌。終戦からしばらく経ってもトラウマに悩まされ続ける様子まで生々しく歌われている。皮肉にも作者の比嘉恒敏(でいご娘の父)は復帰翌年の昭和48年、飲酒運転の米軍の車に撥ねられて亡くなった。

⑩平和の願い(へいわのねがい)

作詞/平識ナミ、作曲/普久原恒勇
歌/玉城安定民謡研究会

【歌詞】
1、沖縄(うちな)てぃる島(しま)や 何時(いち)ん戦世(いくさゆ)い
  安々(やしやし)とぅ暮(く)らす 節(しち)や何時(いち)が
  でぃー我(わ)ったー 此(く)ぬ島(しま)沖縄(うちなー)
  平和(へいわ)願(にが)らな 此(く)ぬ沖縄(うちなー)

2、忘(わし)るなよ互(たげ)に 哀(あわ)り戦世(いくさゆ)や
  世間御万人(しきんうまんちゅ)ぬ 肝(ちむ)に染(す)みてぃ
  でぃー我(わ)ったー 此(く)ぬ島(しま)沖縄(うちなー)
  平和(へいわ)願(にが)らな 此(く)ぬ沖縄(うちなー)

3、上下(かみしむ)ん揃(する)てぃ 心(くくる)打(う)ち合(あ)わち
  誠(まくとぅ)此(く)ぬ沖縄(うちなー) 守(まむ)てぃ行(い)かな
  でぃー我(わ)ったー 此(く)ぬ島(しま)沖縄(うちなー)
  平和(へいわ)願(にが)らな 此(く)ぬ沖縄(うちなー)

4、思事(うむくとぅ)や一道(ちゅみち) 恋(くい)しさや大和(やまとぅ)
  やがてぃ御膝元(うひざむとぅ) 戻(むどぅ)る嬉(うり)さ
  でぃー我(わ)ったー 此(く)ぬ島(しま)沖縄(うちなー)
  平和(へいわ)願(にが)らな 此(く)ぬ沖縄(うちなー)

【大意】
1、沖縄という島は いつも戦争の世で
  安々と暮らす 時はいつになるのか
  さあ私達の この島沖縄
  平和を願おう この沖縄

2、互いに忘れるなよ つらい戦争の世は
  世の人々の 心に染めて
  さあ私達の この島沖縄
  平和を願おう この沖縄

3、役人も平民も揃って 心を合わせ
  本当にこの沖縄を 守って行こう
  さあ私達の この島沖縄
  平和を願おう この沖縄

4、思う事は一つ 恋しいのは日本
  まもなくお膝元に 戻る嬉しさよ
  さあ私達の この島沖縄
  平和を願おう この沖縄

【解説】
復帰直前の頃に文字を持たぬ詩人・平識ナミによって作られた歌。激動の時代を生きた平識の平和を願う揺るぎない気持ちが切々と歌われている。
個人的には後半(3番・4番)の歌詞で特に突き刺さるものが大きいように感じる。復帰によってようやく平和な世が訪れるかと思いきや、実際の情勢は全く変わらず平行線のまま。中央政府が民意に寄り添わない限り、沖縄に真の意味での「戦後」は訪れないのだが…

⑪命口説(ぬちくどぅち)

作詞/上原直彦、曲/沖縄民謡
歌/山内昌徳

【歌詞】
1、行(ん)ぢゃる戦争(いくさ)や 思出(うびじゃ)ちん
  身(み)ぬ毛(き)立(だ)ちさみ 恐(うす)るしや
  此(く)ぬ世(ゆ)ぬ地獄(じぐく)や ありどぅやる

2、日(ひ)の丸(まる)揚(あ)ぎとてぃ 竹槍(たけやり)に
  命(ぬち)や預(あじ)きてぃ 国(くに)ぬ為(たみ)
  エイヤエイヤとぅ 勤(ちとぅ)みたん

3、君(きみ)に忠孝(ちゅうこう) 信(しん)じとてぃ
  島人諸人(しまびとぅむるびとぅ) 命身(ぬちみ)かき
  守(まむ)てぃ守(まむ)たる 事(くとぅ)やしが

4、艦砲射撃(かんぽうしゃげき) 雨霰(あみあらり)
  あたら生(ん)まり島(じま) 散々(さんざん)に
  火(ひ)ぬ海(うみ)火(ひ)ぬ山(やま) なちねらん

5、命(ぬち)ただ一(てぃー)ち ひさぎやい
  島尻(しまじり)中頭(なかがみ) 国頭(くんじゃん)とぅ
  逃(ぬ)ぎてぃ逃(ぬ)ぎたし 忘(わし)ららん

6、海山川(うみやまかわ)ぬ 形(かたち)までぃ
  変(かわ)い果(は)てぃたや 我(わ)が沖縄(うちなー)
  如何(いちゃ)し呉(くぃ)みせが 神仏(かみふとぅき)

7、あぬ洞窟(がま)くぬ洞窟(がま) 隠(かく)りとてぃ
  命(ぬち)やようよう 儲(もう)きてぃん
  親兄弟(うやちょで)子孫(くゎまが)や 散々(ちりぢり)に

8、いかに物言(むぬい)やん 草木(くさき)やてぃん
  命(ぬち)あるたみし 焼(や)かりりば
  アキヨアキヨとぅ 泣(な)かなうちゅみ

9、戦争(いくさ)起(う)くちゃし 何(ぬ)ぬ為(たみ)が
  戦争(いくさ)始(はじ)みたし 誰(たる)やゆが
  神(かみ)ぬ仕業(しわざ)か 人故(ひとぅゆい)か

10、戦世(いくさゆ)ん凌(しぬ)じ 弥勒世(みるくゆ)ん
  迎(んけ)えるさみとぅ思(み)ば ありくりとぅ
  国(くに)ぬユサユサ 果(は)てぃや無(ね)らん

11、幾年月日(いくとぅしちちひ) 経(ひ)たとぅてぃん
  沖縄(うちなー)御万人(うまんちゅ) あぬ戦争(いくさ) エイ
  子(くゎ)や孫(んまが)に 語(かた)らとてぃ
  何時(いち)ん忘(わし)るな 命口説(ぬちくどぅち)

【大意】
1、過ぎた戦争を 思い出すと
  身の毛もよだつ 恐ろしさだ
  この世の地獄というのは あれである

2、日の丸を掲げ 竹槍に
  命を預けた 国の為
  エイヤエイヤと 勤めたのだ

3、天皇への忠孝を 信じていて
  島人みんなの 命をかけて
  守り守った 事だったのだが

4、艦砲射撃の 雨あられ
  大切な生まれ島は 散々に
  火の海・火の山と なってしまった

5、命をただ一つ 引っ提げて
  島尻・中頭 国頭と
  逃げ回ったことは 忘れられない

6、海山川の 形まで
  変わり果ててしまった 私達の沖縄
  どうしてくれるのでしょうか 神仏は

7、あの洞窟この洞窟と 隠れて
  いよいよ命は 助かっても
  親兄弟・子孫は 散り散りになってしまった

8、何とも物を言わない 草木でも
  命あるもの 焼かれれば
  おいおいと 泣かずにはいられまい

9、戦争を起こしたのは 何のためか
  戦争を始めたのは 誰なのか
  神の仕業か 人の成せることか

10、戦争の世を凌ぎ 平和な世を
  迎えると思えば あれこれと
  国のユサユサが 果てしない

11、いくら年月が 経とうとも
  沖縄の人々は あの戦争を
  子や孫に 語って
  いつも忘れるなよ 命口説を

【解説】
沖縄には「命(ぬち)どぅ宝(たから)」という言葉がある。「命こそが宝」という意味で、戦時中の人々は「何としてでも命を守り抜こう」という思いのもと山原(沖縄島北部)へ逃れた。
やがて戦争が終わっても不安定な情勢と悲しい記憶が付いてまわる。そんな中でも両親や祖父母の代から聞いた「戦世(イクサユー)ぬ哀(アワ)り(=戦争の世の悲しみ)」をしっかりと子や孫の代に言い伝え、二度とこのような悲劇を引き起こさないようにすることこそが、我々の勤めである。

⑫ヒヤミカチ節(ひやみかちぶし)

作詞/平良新助・山内盛彬、作曲/山内盛彬
歌/登川誠仁

【歌詞】
1、七転(ななくる)び転(くる)でぃ ヒヤミカチ起(う)きてぃ
  我(わ)した此(く)ぬ沖縄(うちなー) 世界(しけ)に知(し)らさ
  ※ヒヤ ヒヤ ヒヤヒヤヒヤ
   ヒヤミカチウキリ ヒヤミカチウキリ

2、人(ちゅ)ぬ取(とぅ)ゆる年(とぅし)ぬ ンパンパぬなゆみ
  うびらじに取(とぅ)たる 六十(るくじゅう)バンジャー
  (※繰り返し)

3、我(わ)んや虎(とぅら)でむぬ 羽(はに)ちきてぃ給(たぼ)り
  波路(なみじ)パシフィック 渡(わた)てぃなびら
  (※繰り返し)

4、喜屋武(ちゃん)とぅ国頭(くんじゃん)ぬ 岬(みさち)取(とぅ)てぃ上(あ)ぎてぃ
  沖縄(うちな)あんてぃやい 世界(しけ)に知(し)らさ
  (※繰り返し)

【大意】
1、七転び転んで エイと言って起きて
  私達のこの沖縄を 世界に知らせよう
  ※エイ エイ エイエイエイ
   エイと言って起きろ エイと言って起きろ

2、人が取る年を イヤイヤとは言えない
  知らぬ間に年を取ったよ 六十歳真っ盛り
  (※繰り返し)

3、私は虎であるから 羽を付けて下さい
  太平洋の波路を 渡って行きましょう
  (※繰り返し)

4、喜屋武と国頭の 岬を持ち上げて
  沖縄の安泰を 世界に知らせよう
  (※繰り返し)

【解説】
最後くらいは明るい歌をと思い、ウチナーンチュであれば誰でも知っている『ヒヤミカチ節』を取り上げた。
平良新助が戦争によって荒廃しきった沖縄を励まそうと書いた琉歌を一番に据え、山内盛彬が二番以降の歌詞と曲を付けて終戦から3年経った昭和23年に完成させた歌。戦争で全てを失い、悲しみのどん底にあってもあくまで前向きな歌を歌い、それを原動力にめざましい復興を遂げた。この歌はそんなウチナーンチュの強さを象徴しているように思える。
歌い手によって歌詞の順序が入れ替わったり歌詞が変わったりすることもあるのが『ヒヤミカチ節』最大の特徴である。例えば、今回紹介した他にも次のような歌詞が存在する。

名(な)に立(た)ちゅる沖縄(うちなー) 宝(たから)島(じま)でむぬ
[名高い沖縄 宝島であるから]
心(くくる)打(う)ち合わち 御立(うた)ちみそり
[心を合わせて お立ち下さい]

稲粟(いにあわ)ぬ稔(なう)り 弥勒世(みるくゆ)ぬ印(しるし)
[稲や粟の実りは 豊年の賜物]
心(くくる)打(う)ち合(あ)わち 気張(ちば)いみそり
[心を合わせて 頑張って下さい]

がくやないしゅらさ 花(はな)や咲(さ)ち美(ぢゅ)らさ
[音楽が鳴って美しいことよ 花が咲いて美しいことよ]
我(わ)した此(く)ぬ沖縄(うちなー) 世界(しけ)に知(し)らさ
[私達のこの沖縄を 世界に知らせよう]

おわりに

今回紹介した12曲。皆様はどうお聴きになっただろうか。当時の人々の苦しみが生々しい言葉で語られている歌も少なくなかったと思う。

昨今、国際情勢の雲行きが怪しくなりつつあるが、こういう時であるからこそ、悲しい歴史から平和の重要性を学び取り、改めて肝に銘じていただきたいと思う所存である。

また、近年は戦争経験者の高齢化により、まもなく生の体験談を聞く機会が完全に失われてしまうとも言われている。しかし、沖縄では歌が当時の記録を残してくれているということを当記事を通してお分かりいただけただろう。我々にはこれらの歌を絶やすことなく、戦争経験者と接する機会が得られない次世代へも語り継いでいく責任があるように感じる。

当記事で取り上げたものの他にも、歌の島・沖縄には人々の生活や心に根差した歌が数多く存在する。沖縄は現在に至っても新たな民謡が生み出され続ける数少ない土地の一つなのである。今後とも新旧関わらず多様な沖縄の民謡を少しずつではあるが、皆様にご紹介していこうと考えている。

筆者自身、まだまだ学習途上であるため、読者諸氏からのご指導・ご鞭撻を頂ければ幸いである。

最後まで読んで下さった皆様に感謝を申し上げてこの記事の結びとしたい。

【文責】北の赤犬子 (仲濱会人=なかはま・かいと)

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