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独裁者の統治する海辺の町にて(14)

安倉雅子は時間通りにやってきた。スチールドアの開く音がすると同時におれは照明のスイッチを入れた。彼女は一瞬身構えたが、椅子に座るように促すと、それに従った。紺の上着にタイトスカートだった。この格好だとナイフは一本ではないはずだ。デスクの縦の長さは2メートル。彼女の攻撃を防ぐのにどれだけ有効かは分からないが、「先生の武器はナイフで、銃は使わない。そして投げナイフはあてにならないからやらない」と凛子は言っていた。それにおれの銃の腕前でもうまくいけばどこかには当たりそうな距離だった。

「尋問が先ってわけね」
おれは例の記者の携帯で彼女を呼びだしていた。
「九鬼さんの命令でね」
「凛子は?」
「さあ」おれはしらを切ったが、安倉は目だけを上に向け、薄笑いを浮かべた。凛子が梁に潜んでいることはすでに察知しているというサインだった。不意打ちのもくろみは外れた。
「凛子は活躍してるわね、教えた甲斐があったわ」
「先生の指導に感謝してるって言ってましたよ」
「で、もう殺したの?」
「花火の上がった夜に」
「それも書記長命令ね」
おれは無視して、訊いた。
「彼とはどんな関係です?」
「弟よ。腹違いのね。謙二って言うの」予想と違っていた。
心が痛んだが、おれは続けた。
「彼は何を調べに来たんです?」
「原発建設計画よ」
「彼は鯨について聞いていましたが」
「鯨はカムフラージュよ。でも、あなた、驚かなかないのね。知ってた?」
原発計画は党の極秘事項であり、幹部でもないおれが知っているということは、おれも安倉雅子と同じ目的を持つ者と看做されても文句は言えない。そして実際そうだった。ただ、おれは復讐のためにそうするのだが・・・いずれにしても、このときのおれはしくじっている。それはさっきの心の動揺が影響していたのは明らかだった。おれは話題を変えた。
「弟さんは記事にするための裏付け取材にやって来たってわけか」
「それと私を説得するために」
「脱出するように?」
「そうよ」
「もっと早く実行するべきだったな」
「組織が存在する限りは無理よ」
「ぶっつぶすしかないってわけか」
「ふん、もうどうでもいい」
「やっぱり愛人か」
おれがそう言ったとき、ナイフがおれの左肩をかすめた。逸れたのは、凛子の上からの襲撃をかわしながら投げたからだ。おれは直ぐに銃を構えたが、女の代わりに目に入ったのは、頭を覆っていた安倉雅子の上着を払いのけようとしている凛子だった。女は倉庫の西壁の鉄の筋交いに、まるで蜘蛛のように手脚をかけてとまっていた。そして次の瞬間、女豹に早変わりして、もがいている凛子に跳びかかった。おれは慌ててて発砲したが、中るはずはなかった。女のナイフが凛子の首筋に赤い筋を這わせた瞬間、膝が折れ、女はゆっくりと仰向けに倒れた。凛子のナイフが女の内股に刺さっていた。凛子は女にまたがり、女が握っていたナイフを握られたまま持ち上げ覆い被さるようにして心臓を刺した。
「ありがとう、先生」
よく聞こえなかったが、凛子はそう呟いたような気がした。
                                                                                                             (続く)

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