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【戯曲】山田という名の死神②

□ シーンⅡ

[大輔・洋子・娘・由美] (5分) 

別の路上。
一組の会社員風の男女(大輔と洋子)登場。時計をチラチラ見ながら、行ったりきたりしている。男と待ち合わせているのだが、なかなか来ない。顧客とのアポイントメント時刻が迫っている。

大輔 「ああ、おっそいな。人には時間守れとか15分前行動!とか言ってるクセに自分はこれだもんな。もうすぐお客さんとのアポの時間だっつの!」
洋子 「携帯もつながらないわね。何かあったのかしら。最悪、私たちだけでも先に行ってましょう。先方を待たせるわけにはいかないわ」
大輔 「そうですけど。遅れそうなら連絡しろっつの!ホウ・レン・ソウ!自分はいっつも言ってるくせに。この前だって……」
洋子 「(大輔の会話をさえぎって)はいはいはい。とにかく、もうしばらく待ちましょうよ」
大輔 「はいはい」

一人の女(娘)が登場。二人に近づいてくる。

娘   「あの。父の会社の方……ですよね?」
洋子 「はい?」
大輔 「どちら……様?」
娘   「突然すみません」
洋子 「(娘の顔を見ながら)あなた……」
大輔 「知り合いですか?」
洋子 「どこかで……」
娘   「父は営業部長をしているはずです」
洋子 「ああ!そうだわ。一度その……お母様の式で……」
娘   「(頭を下げて)その折はお世話になりました」
洋子 「いえいえ。そんな。……今日はどうかされましたか?」
娘   「父に連絡がつかなくて……」
大輔 「あの部長、いつも電話してますからね」
娘   「そうなんですか」
洋子 「あんたはだまってなさい。(娘に)すみません」
娘   「いえ。それならこれを」

娘、洋子に一枚のメモを渡す。

洋子 「このメモは?」
娘   「私の携帯番号です。……父に話したいことがあると伝えて頂けますか?」
大輔 「(メモを奪い)おれが電話しちゃうかもよ?」
洋子 「(メモを取り返し、大輔をつねりながら)わかりました。お父様にはそうお伝えします」
娘   「ありがとうございます!(一礼して)それでは」

娘はける

洋子 「(大輔をまだつねっている)娘さんが部長に話したいこと……ねぇ」
大輔 「イタイ……イタイ!離さんかいこら!まったくもう。しかし、あの鬼部長に娘さんが……」
洋子 「部長は15年前に離婚されて、その5年後に奥様を亡くされてるのよ」
大輔 「あ、聞いたことあります。さすがの鬼部長もかなり凹んでたとか」
洋子 「そうね……あの落ち込みようは酷かった。あれ以来、父娘は会ってなかったみたいね」
大輔 「10年以上もかぁ」
洋子 「娘さん、何かあったのかしら……」
大輔 「しっかし、洋子さん。鬼部長のことやけに詳しいですね。あ、もしかして……(洋子に指を指す)ちょうどよかったじゃないですか。部長離婚してるし!」
洋子 「(拳をかかげて)なぐるぞ……」

そこへ由美登場

大輔 「(殴りかかろうとしている洋子に)洋子さん、由美さんですよ。由美さん、(由美を指差して)ほら」
由美 「洋子さん、こんにちは」
洋子 「(一瞬、由美の顔を見て)あははは。由美さん、こんにちは」
由美 「(笑顔で)相変わらず仲いいですね」
大輔 「いやー、由美さんがいらっしゃらなかったら、殺されて……」
洋子 「(大輔の足を踏み)あははは。こんなやつどうでもいいんです。それよりもう時間ですよね」
由美 「ええ。既にこちらは準備ができておりますので、お連れするようにと社長から」
洋子 「あら、大変!それじゃあ、行きましょう行きましょう」

洋子、由美はける。

大輔 「いってー!何だってあんなに力強いんだ!?女子プロレスでもやってたのか。あれは」
洋子 「大輔くーん。早く来ないと、殺すわよー」
大輔 「今、今行きますよー?」

大輔慌ててはける。暗転

□ シーンⅢ

[男・山田・娘・ロザリー] (15分) 

公園。舞台やや上手に男。
電話で会う約束をした娘を待っている。
中央奥にベンチ。山田その陰に待機。
明転

男   「あいつが死んだとき以来か。あれから10年……。早いもんやな」

男、バラを見つめていると、また一枚花びらが落ちる。

男   「あ!花びらが!……いやいやいや、あんなやつの言うこと真に受けとんのかおれは」

男の背中から急に山田が

山田 「それほんとだって言ってるじゃないですか」
男   「おわぁぁぁぁ!どっから沸いてきた!?死ぬか思うたわ!」
山田 「いやいや、だからあなた死ぬんですって」

男、山田につめよる。

男   「お前な。いい加減にせえよ!だいたいお前は何もんや?名を名乗れ!」

山田しばらく考え込んで

山田 「山田……太郎と申します」
男   「(後ろにのけぞる)……思いっきり偽名やないかい!なめとんのか!適当なこと言うとると……(心臓のあたりを押さえながら)うっ!」

男、急に胸に鈍痛が走り、その場に崩れる。

山田 「(男を支えながら)おっと、大丈夫ですか?」
男   「(苦しみに耐えながら)何や……何やねん、これ……まさか……ほんまやいうんか……」
山田 「だから、本当だって言ってるじゃないですか」
男  「そ、そんなアホな。今まで一度だって病気したことなんてないねんで」
山田 「あなたが仕事が忙しいって、ずっと人間ドックサボってただけです」
男   「……な、何でそれを……。あと何日や?何日残ってんねん!?」
山田 「(男のバラを取り上げ)あと……そうですねぇ。20日間ってとこです」
男   「もう……それしかないのか……」

山田と男、いつの間にか立っている娘に気づく
男、よろよろと立ち上がる。

山田 「あ」
娘   「お父さん、大丈夫?誰と話してるの?」
男   「え?いや、この前からこいつがつきまとってきて……あれ?」

いつの間にか山田がいない。

男   「(平静を装い)いつからそこに?」
娘   「少し前から……」
男   「……見えて……ないんか……」
娘   「どこか具合悪いの?」
男   「な、何でもない。そ、そうや。話って何や?」
娘   「あれからお父さんとは疎遠になってたけど」
男   「……ああ。そうやな」
娘   「でも、これだけは伝えないとって……。私ね、結婚するの」
男   「え!?け、結婚!?」
娘   「……うん……」
男   「……そうか。もうそないな歳なんやな……」
娘   「うん。それで、お父さんにも式には出てほしいなって。唯一の肉親だから」
男   「もちろんやろ。相手はどんな男や?」
娘   「とってもやさしい人よ。一緒にいて安心できる人」
男   「幸せか?」
娘   「ええ。とっても!」
男   「そうか。お前が幸せならそれでええ」
娘   「お父さん、ありがとう」
男   「それで、式は……式はいつや?」
娘   「来月に。向こうのご両親にはもう話してあるわ」
男   「ら、来月!?(独白で)ってことは、間に合わんやないか……」
娘   「え!?何が間に合わないの?」
男   「い、いや。何でもない」

男、神妙な面持ちで考え込む。

娘   「もしかして都合が悪いとか」
男   「なぁ、無理なことは分かっとる。何とか今月中に式をやってくれんか?」
娘   「え!?そんな。彼もご両親もそのつもりでいるし、招待状も配っちゃったし」
男   「どうしても無理か」
娘   「予定を変えるのは難しいよ。(腕時計を見て)あ、私もう行かないと」
男   「……せ、せやな。悪かった。変なこと言うて」
娘   「(招待状を手渡して)はい。今度は……結婚式くらいは出て下さい。じゃ、また」
男   「も、もちろんや」

娘はける。すれ違いに同じ方向から山田が入ってくる。

山田 「(娘と男を交互に見て)何というか、本当お気の毒ですわ」
男   「出てきたな。山田太郎」
山田 「一部始終そこで聞かせてもらいました」
男   「立ち聞きとは趣味が悪いな」
山田 「ああー。すいません」
男   「まぁええ。せやけど、やっと分かった。お前が何者か。何で他人から見えないかいうことが。お前は、その……」
山田 「その?」
男   「(山田を指差し)おまえ、死神やろ!」
山田 「……そうですけど?」
男   「そうやろそうやろ。やっぱりな。ってえええええ!?ほんまに死神なんかい!?」
山田 「ま、そんなところです」
男   「ま、まぁええわ。だったら、頼みがある!何とか娘の結婚式まで待ってもらえないやろか。それが終わったらすぐにでもおれを殺ってもらって構わへんから!」

山田、しばらく黙り込む。

男   「頼む!」
山田 「無理です」
男   「何でや!死神やったら、命延ばすいうのも簡単やろ?(土下座して)この通りや。頼む!」
山田 「無理なものは無理です」
男   「こない頼んでもか!?」
山田 「できんものはできんです」
男   「(立ち上がって)は!死神いうやつはやっぱりただの人殺しかい!」
山田 「と、突然、何言い出すんですか」
男   「神さんから見れば50年なんて瞬き一回分くらい言うし、大した価値なんてないんやろ。でもな、おれたち人間はその短い命で精一杯やっとる!お前らみたいにダラダラやってるんとちゃうんや!」
山田 「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
男   「だいたい、人間の命奪って何かおもろいんか!」
山田 「(怒りをあらわにして)勝手なこと言わないで下さいよ。私だってこんなことやりたくてやってるんじゃない。それに勘違いしてます。私たちは命を奪いに来てるんじゃありません!」
男   「ウソつけや!死神はごっつい鎌で人間の命を刈ってくんやろ!」
山田 「そんなことしてませんって。私たちはですね、人間がそれぞれ決められた命を全うするその時に、迎えに来てるだけです」
男   「迎えに来てるだけ?」
山田 「そうです。あなた方の命はこの青い空よりもはるかに高ーいところで管理されてるんです。人間一人が生まれる時には、それはそれはエラい会議をしとるんです。その時にいつ死ぬかも決められる。私たちみたいな下っ端でどうこうなるもんじゃないんですよ」
男  「この命も定められたものいうんか」
山田 「そう。人間もまた自分たちの寿命を自分たちで決められんのです。それなのに、自分で管理していると勘違いして勝手に命を放り投げる者もいる。あれは重罪中の重罪ですよ。ほんと」
男   「そ、そうなんや……」
山田 「私たちの役目は死期のせまった人間を、然るべきところまで案内することです。私たちが来ないと、どこに行けばいいか分からないでしょ。そうなって困るのはあなたたちです」
男   「そんなん天使の役目か思っとった。『パトラッシュ』とかそうやろ?」
山田 「そんなのは人によって見え方が違うだけの話です。ある人にとっては天使、またある人にとっては鎌を持ったそれは恐ろしいドクロ」
男   「おれの場合はお前みたいなふざけた男だったと」
山田 「ふざけた、て。これでもまじめにやってるんですけどねぇ」
男   「(笑いながら)わかったわかった。責めて悪かったな」
山田 「分かってくれたらいいんです」
男   「……せやけど、ほんま困ったわ。娘の結婚式に出られんのか」
山田 「何かいい方法があればいいんですけどねぇ」

山田、『う~ん』とか『え~と』とか言いながら考え込んでいる。
男、まじまじと山田を見る。

山田 「な、何です?」
男   「お前……結構ええやつかもしれんな……」
山田 「初めて言われました、そういうこと」
男   「ははは。さて、そろそろ仕事に戻らんと」
山田 「何か思いついたら連絡しますよ」
男   「ああ。頼んだで」

男、はける。

山田 「さてさて、どうしたもんか。送り出す日は変えらないし。いや、まてよ。少しだけなら……」

ロザリー、登場。手には『マル死(○の中に『死』)』のファイル。

ロザリー「そんなことしたら……未来永劫暗いところに閉じ込めちゃうわよ」
山田 「そ、その声は……(振り返ってロザリーを見て)ひぃぃ。あんたは!あんたは……マ、『マル死』の女!」
ロザリー「死神監査局のロザリーです。クライアントを然るべき時間までに所定の場所へ送らなかった場合、死神法4章第35条『クライアントの誘導に関する条項』に違反。理由いかんに関わらず……(首をはねるようなジェスチャー) 即刻、煉獄逝き」
山田 「ひぃぃ。それだけはご勘弁を!よりにもよってあんたが来るなんて」
ロザリー「(ファイルを見ながら)あなたにはいろいろと問題があるようね。一番最近のは、クライアントを5分遅れで連れて来た。それが原因で謹慎処分になってるわね」
山田 「あの時は、ちょっとトイレに行ってて遅れただけですよ。それなのに百年も謹慎なんて鬼ですか、あんたたちは!」
ロザリー「あら。あれでもだいぶ甘いくらいだったのよ?そうでなくともあなたにはたくさんの問題行動がある。今度1分でも遅れたら、どうなるか……」
山田 「わかりました。わかりました。ちゃんと連れてけばいいんでしょ。まったく」
ロザリー「わかっているなら、余計な私情を挟まずやってちょうだい。そもそもクライアントに対して1ヶ月前宣告するなんて、どうかしてるわ。当日にしょっ引けばいいじゃないの」
山田 「人間のことをちっともわかってないから、そんなこと言えるんですよ。人間はね、死ぬまでに整理しとかなきゃいけないことが山ほどあるんです」
ロザリー「そう?そうだとしても私には関係のないことだわ。(時計を見ながら)とにかく、今度はちゃんと定時に連れてきなさい。じゃ」

ロザリーはけようとする。

山田 「(ロザリーの真似をして)とにかくちゃんと連れてきなさい。ほんときっついわ」
ロザリー「(急に立ち止まって)あ、そうそう」
山田 「へ!?」
ロザリー「あなたの行動は全て監視されているということを忘れないように」
山田 「わ、わかってますよ。『マル死のロザリー』さん!」

山田、(ああー)と地団駄を踏み、やがてはける。
ロザリーがやれやれといった感じではけようとすると、電話がかかってくる。

ロザリー「はい。ロザリーです。……ええ。たった今、登録ID26306に接触しました。ええ。報告にあった通り、死神としては問題が多いようです……。引き続き監視を続けます」

ロザリー、電話を切り、足早にはける。
暗転
薄明かりで、N登場。

N    「あ、どうも。実は死神と呼ばれるエージェントはたくさんおりまして、クライアントひとりひとりに別の者がつきます。基本的には迎える当日に本人の前に現れるのです。先ほどの山田くんのように一ヶ月前に予告するというのは、一風変わったやり方です。それはさておき、死期を悟った部長さんは、結婚を控えた娘さんに何をしてあげられるのでしょうか。山田くんは、そんなクライアントを時間までに彼を未練なく連れて来ることができるのでしょうか。気になる続きは、休憩の後と致しましょう。それではまた」

N一例してハケ。
しばらくして明転。


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