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講義用ノート コミュニティ形成の東南アジア史(2) 地形、基層文化、神話体系


前回→. https://note.com/kishotsuchiya/n/n0efb8957dc94 

序論

シリーズ第二回として、今回は東南アジアのコミュニティ、地形、基層文化について概説的な理解を得ることを目指す。今回の要点として以下の3点を先にあげておく。
(1) 東南アジアは、共通の地域的特徴を持っている。
(2) 東南アジアは多様性を内包している。
(3) 先史時代のコミュニティの生存空間やエコシステム、それを支える神話体系をざっくりと掴むことにより、東南アジア史における「長期的持続」を視野に入れる

ノートの構成としては、まず東南アジアのコミュニティの特徴を抑え、次に地形に分析に入る。その上で、東南アジアの基層文化や先史時代のコミュニティについて考える。後半は、世界宗教の影響が少ないと考えられるダヤック族、セラム島、ティモール島の神話などを読み込むため、文化人類学的な内容になる。(考古学の重要な先行研究をいくつか読めてないので、読むことができ次第更新するつもり。)

前回のノートにおいて、コミュニティというのは場所、アイデンティティ、組織などを共有している集団だということを確認した。そして東南アジアがインドと中国の間の十字路であること地形的には大陸部・島嶼部、そして山岳地帯などがあるという話をした。東南アジアのコミュニティの基本的な共通点や多様性は、このような条件から生まれてきたものだ。

東南アジアの共通性

まず地域的共通性から見ていこう。パイオニア的東南アジア史家であるD.G.E.ホールジョルジュ・セデスが挙げている、インドや中国などと比較した場合の東南アジア文化の特徴として以下の5点がある。
(1) 言語ごとに明確な集団を形成していること
(2) 女性の地位が比較的高い
(3) 祖先、太陽神、大地の神の崇拝
(4) 高地に神祠を作る慣行を持つ
(5) 海と山との二元論の神話体系
さらに政治学者や人類学者たちが挙げている特徴を踏まえておこう。
(6) 個々人の人間関係に基づく社会構造
(7) (中央集権的ではなく)遠心力の強い社会
(8) 似通った物質文化
(9) 人口密度の低さ
これらの特徴は、あくまでパイオニア的な先行研究が主張していることなので、「教養」として覚えておいた上で、先端的な研究をやってる人はこのような認識の一部にメスを入れ始めている。だが、東南アジア文化の多様性を理解するためには、共通点の方を理解していた方が進みやすいのでしばらく共通点の話に付き合って欲しい。

まず、「人口密度が低い」ということが何を意味するのか考えてみたい。もちろん東南アジア域内でも比較的密度が高い地域(ジャワ、バリ、大陸部の大河川の河口地域など)もある。しかし、近代以前の東南アジアの空間の大部分には、人口密度の低い、1平方kmに数家族しか住んでいないという世界が広がっていた。ティモール島やフローレス島の田舎の方に行けば、今でもそのような陸地がある。

「経済成長」という概念が発見される以前の社会においては、「人口」というのは基本的に地域ごとの変動が少ない要素であった。ある社会が安定的に生産できる食料には限界があり、ゆえにその社会が許容できる人口というのも食料生産量によって限定されていた。それゆえ、この人口密度の低さというのが、東南アジアの基層文化を方向づけていたと言える。

「人口密度が低い」というのは、農耕する集団の観点では「耕作可能な土地は余っていて、それを管理・耕作する労働力の確保の方が比較的難しい課題」ということになる。それに権力者の側から見れば、武力になる兵士や徴税を行う官僚たちを養えなければ、そもそも国家として成立しえない。人口密度が低いのは、それ自体で中央集権的な国家の成立を防止する要因となる。つまり、東南アジアの田舎にいれば、土地所有者になることはそれほど難しいことではなかったが、数十人、数百人の労働者を養い、彼らの忠誠心を得るということは、環境的にも才能にも運にも恵まれた者だけが行えることであった。そのため、東南アジア人の権力者間の競争というのは、領土拡大をめぐるものであるよりは、戦争要員や労働者の確保、彼らを養うための経済力を得ることに向けられていた。これが人口密度が比較的高かったインドや中国と東南アジア政治の違いのひとつである。

ここから、コミュニティが強くなるために要請される指導者のイメージも、西洋の英雄たちとは違うものになってくる。「土地を守る」という発想が比較的弱い傾向にあるため、コミュニティも流動的になり、家柄というのもそれほど重視されなかった。古代の東南アジアの指導者たちは、人を引きつける魅力的なキャラクターを持っていたり、あるいは神秘的・魔術的な力を持っていると信じられていたり、あるいは喧嘩にめっぽうつよい荒くれ者だったりする。端的に言えば、人を動かす動員力やカリスマを持っているということが、指導者の第一の条件であった。

元々政治学者のカール・ランデなどが提唱していた「パトロン・クライアント関係」という理論がある。この理論は、権力者と追従者、権力者と他の権力者たちとの個々人の「恩」や「互恵関係」を重視した人間関係の理論だ。この理論の提唱者たちによれば、東南アジアでは指導者たちは、彼らの追従者たちにとってパトロンである。パトロンは、安全保障や職場や非常時の食料などを提供することによって恩を売る。クライアントである追従者たちは、必要があるときはパトロンに恩を返す。この恩に基づく忠誠心というのは、組織や階級に対するものではなく、個々人の関係を重視するものである。(「恩」「恩返し」などの概念がある日本人にはわかりやすいはずだ。)

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