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アラタス講義録(2)「怠惰な原住民の神話」と学知の普遍性について

アラタス先生のこと

第一回目((https://note.com/kishotsuchiya/n/ne52daa22dc9e)の続きです。

サイド・フセイン・アラタス教授は、私がシンガポール国立大(NUS)の修士課程に入る少し前にマレー研究の教授を務めておられました。マレー半島では怖いもの知らずの知識人として畏敬されている人で、NUSで勉強し始めた頃に出会って最も衝撃を受けた思想のひとつがこの人物でした。生前最後に行われた講演では、ご自身のことを「社会の余計者」と呼んでおられたのが非常に強く印象に残っています。「余計者でも、社会にとっては余計な自分の時間を無駄にしたくない」「未来の読者に期待して書く」そうおっしゃっていました。

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これは院生時代に私が書いた似顔絵です。それなりに似てると思います。

NUSでは彼の息子であるサイド・ファリド・アラタス教授が今でも教えておられ、私は彼の授業を取る機会がありました。その後、彼の娘、フセイン・アラタス教授の孫娘は、後に学部生として私の東南アジア史の生徒にもなりました。

以下が講義録です。

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2,756字
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