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【読書】『ホリー・ガーデン』江國香織


― 名もない感情に名前をつける。

はっきりと美しいわけでもなく、はっきりと醜いわけでもない。

どっちつかずの思いや煮え切らなさに、静かにスポットライトを当てた、心の揺らぎを愛おしむような作品だ。


本書は、幼いころからの友人同士であり、共に30歳を目前にした二人の女性の物語である。
恋愛、仕事、生活、互いへの思いが、それぞれの目線を通して描かれる。

二人の友情は、この物語のある種下地としての役割を果たしている。

ただしそれは、対立や和解といった目に見える変化の形をとらず、どちらかというとゆるやかな音楽の旋律のように、作品を通して流れていく。

そして例えば、次のような一節になって現れる。

結局、感情的になった方が負けなのだ。余分な好意が人を感情的にする。
お客はどうでもいい人たちだから、お客にならうんとやさしくできるのだ。
言いすぎた、なんて、うっかりほんとうのことを言ってしまってごめんなさいねと言うようなものだ。


本書には確固たるテーマというものは無いように思うが、あえて探すとすれば、それは「続いていくこと」とでも呼ぶべきだろうか。

いくつかの小さな出来事が様々な感情を巻き込みながら、各々に人生が続いていく。これまでも、これからも。
それは物語の最後まで変わらない。

この点が、いささか退屈に感じられることもあるかもしれない。

だが、自分自身を振り返るにつけ、日常生活というのはドラマチックでも何でもない出来事の積み重ねによって形作られているように思う。

その行間を埋める心の機微が、本書では丁寧に描き出されている。

確かにその瞬間生じたはずなのに、気づかぬうちに流れて消えていってしまう感情が、実は日常生活の明るさや暗さを決定づけている。

本書ではそうした感情に注意深く目が向けられ、言語化されているのだ。

それゆえ、自分の日常と重ね合わせながらあたかもそこに説明を加えるかのように、読み進めることができる。
それがきっと、「心洗われる」ような感覚として胸に迫るのではなかろうか。

私にとっては、江國香織さんの小説を好きになるきっかけとなった作品だ。


mie



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