無事に帰るために使った日

12月29日土曜日

昼までホテルに引きこもる。昨日の昼、ガレット屋で間違って頼んだシードルのせいか怠い。その上、パッサージュ・ポムレーで、ミルクチョコレートのタブレットと間違えて買ったチョコレートも酒気が強かった。噛る度にクラッと来る。

朝食は昨日買ったクロワッサンとオレンジジュース、一昨日マルシェで買った柘榴。一昨日買ったチーズとトマトのサラダに付いてきた使い捨てフォークを柘榴の房に刺して切り取り線を作り、手で割った。その拍子に実がぽろぽろ跳ねてビーズのように転がった。拾って食べたそれは思ったより甘かった。後味の酸味が一瞬だけ舌を痺れさせる。食感がしゃきしゃきと心地いい。房の中にぎっしり実る粒を指先で摘み取る作業が続いて肩に力が入り、眉間に皺が寄った。

柘榴を半分残してペーパーバックに入れた。そこにはオレンジも残していた。茶色いペーパーバックに柘榴の深紅とオレンジの葉の枯れた緑が覗いている。

昼食は一本裏の通りのタイ料理屋。昨日行って美味しかったガレット屋は休み(料理は暖かいし、注文の仕方もシンプルで、しかもこの地方はバターと小麦とチーズが名物で良かったのに)。隣のパン屋もハンバーガー屋もトルコ料理屋もカフェも休み。休みの昼間に空いてる飲食店の方が珍しいようだ。

裏通りに入ろうとした時、サッカーボールが転がって来た。私はそれを持ち主であろう親子連れにそっと蹴り返した。薄いビニールの柔らかいボールだった。

料理の注文のときは隣に座ったマダムに助けられた。メニューの単語を携帯で調べていたのが、困っているように見えたのだろう。料理はジャスミンティーとタイ米のガーリックライスが暖かくて助かった。

一旦ホテルに戻った。ハウスキープが入ったようで、ゴミ箱が空になっていた。すぐ戻って来るつもりだったから、スーツケースを開けっ放しにしていたので恥ずかしかった。

向かいのスーパーで洋梨を買う。洋梨は小さいけど、とても美味しい。ライチも欲しかったが、無かった。店に入る前に特定のクレジットカードを持っているかチェックをされた。今日はそのカードでしか買い物ができないらしい。現金もだめ。しかも稼働してるのはセルフレジ(昨日はキャッシャーがいた)。果物は計り売りで包装もバーコードの出力もセルフ。クレジットカードのチェックをしていた警備員が(舌打ちしながら)助けてくれた。お礼を言ったら最後は笑っていた。舌打ちしてたのに、と拍子抜けした感じになってほうほう立ち去った。

残りの柘榴を少し摘まんでからコインランドリーに行く。椅子に座ってマダムが本を読んでいた。コインランドリーの使い方は事前にネットで調べいていたが微妙にボタンのマークや洗剤の自販機の型、クレジットカードの機械が違って手こずった。札を入れるところにクレジットカードを捩じ込んだり。見かねたマダム、後から来た若い女性、リネンを抱えて来たムッシュに助けられた。マダムは消毒剤を持っているかを気にかけてくれたし、若い女性は英語が話せたし、ムッシュには乾燥機の温度は最高にすべしと教わったし。結局、終わるのが一番最後になったけど。外に出ると強くて熱いヴァニラによく似た匂いがした気がした。洗濯中、マダムが一旦、外に出て煙草を吸っていたのを思い出した。マダムとムッシュは待っている間、本を読んでいた。古本は、旅行中よくかぐ煙草の匂いを冷やしたような匂いだ。

かなりかかった。本当は市役所の庁舎も見てみたかったが、開いてないだろうし、また来られたら。

洗濯物を置いて、トラムでナント駅へ。明日、モンパルナスへ戻るチケットの振り替えに行く。予定より一時間早いチケットを渡される。朝はむちゃくちゃ暗いのに。ワンチャン昼間のチケットにならないかな、なんて考えてたけど、昼間の時間のチケットが無いか訊いてもみたが、これで決まりのようだ。

トラムに乗ってまた戻る。乗り場近くのパン屋が開いていた。とにかく暖かいものが食べたかった。クロックムッシュを見つけて、思わず店に入った。

あ、レモンタルト。

つい目が行った。焼き固められたメレンゲを縁取るように、こっくりと黄色いクリームが覗いていて、まだクリスマスケーキ食べてないな、と……。

店の人に声をかけられ、レモンタルトを買った。まだ迷っている、と答えられなかったためためだ。

ホテルの近くにスターバックスがあるのを思い出し、そこでココアを買った。名前を訊かれ、ココアを受け取るときに名前で呼ばれた。名前は言葉の中でもいろんなものが絡みやすいのか、とココアの飲みながらホテルに戻った。