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悪魔の架けた橋


(スイスの民話より)

その川には長年橋が架かっていなかった。
村人たちは橋を架けようと何度も挑戦したものの、大雨のたびにせっかく架けた橋は流されてしまっていた。

今回も村人総出で橋を渡したものの、村長が大雨の翌日に川に行ってみると、橋は一部の橋脚を残して濁流に押し流されてしまっていた。村長は無残な姿の橋を見つめて悔し涙を流す。

「ああ、なんてことだ、またも橋がこんな姿に……もはや悪魔にでも頼むしかないのか……」

がっくりと地面に膝をついて落ち込む村長の前に、ふと影が差す。ちらりと村長が見ると、その影の頭には、山羊の角が生えていた。
慌てて村長は顔を上げる。
彼の目の前には黒いコートを羽織り、牙を生やし、そして額に山羊の角を持つ大男が立っていた。

「私を呼んだのは、お前か?」
「あ、あなたはもしや」
「そうだ。お前は今、悪魔を呼び出しただろう。それに応じて出てきてやったぞ。望みがあるのだろう?」
「望み……、それは橋を架けてくださるということですか?」

恐る恐る尋ねる村長に、悪魔と名乗る男はにやりと笑って答える。

「そうだ。お前の望み通り、この川にたとえ大雨でも流されることの無い橋を架けてやろう。ただし…」

ごくりと唾を飲み込んで、村長は尋ねる。

「ただし……?」
「ただし、その代償として最初に橋を渡ったものの魂をもらう。それで構わないな?」
「そ、それは…、それはあまりにも重い代償です。お金、そうお金では駄目なのでしょうか」

問いかける村長に、悪魔はふん、と鼻で笑って答える。

「金だと?そんなもの地獄ではまったく価値がない。今晩にも橋をかけてやる、いいな、代償は魂だぞ。必ず寄こすんだ」

悪魔が言うと黒い風が吹き、その姿は消え去った。後には目を見開いた村長だけが残された。村長は頭を抱えながらつぶやく。

「ああ、私は何ということをしてしまったのか……。よりによって悪魔と約束を交わすだなんて」

翌日。村長がおそるおそる川へ様子を見に行くと、そこには石造りの立派な橋が架かっている。
信じられないといった面持ちで村長がその橋を見つめていると、いつの間にかその背後には昨日の悪魔が立っていた。

「どうだ。約束通り橋を架けてやったぞ。そちらも約束通り魂を俺に寄こすんだ」

村長は首を振って、必死に答える。

「魂を引き渡すなど、私にはできません」
「それは通らない。これは契約なのだから。約束通り最初に渡ったものの魂をもらう」
「そこをなんとか……」
「ならぬと言っているだろう!」

二人が押し問答をしているうちに、いつの間にか村に住み着いている野良猫がとてとてと機嫌よく橋を渡っていた。

「「あ」」

声を揃えて呆然とそれを見つめる村長と悪魔。
首を悪魔に締め上げられたまま、村長が静かに問いかける。

「あの、この場合は……あの猫の魂でよろしいので?」

ぎりぎりと悔しそうに歯を食いしばりながら悪魔は答える。

「……仕方ない。契約だからな」

悪魔は村長の首を離すと、猫に近寄ってその体を抱える。すると再び黒い風が巻き起こり、悪魔は消えていった。

「痛って!」

消える前にそんな声が聞こえた気がする。猫に引っかかれたのかもしれない。後には立派で美しい橋と、事の成り行きにいまいち着いて行けずに呆然と佇む村長だけが残された。


今でもその橋は村に架かっており、美しい橋として観光名所になっている。
なぜかその周りには野良猫がいつも集まっており、それもまた旅人の癒しとなっているのだ。

もしかしたら、悪魔が野良猫を気に入ったのかもしれない、と村では言い伝えられている。

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