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素直になれたら

「古橋さん、新しく入った高校生の子、かわいいっすよね」

バックヤードで品出しをしながら話かけてくる島田を見て、私は眉間に皺を寄せる。

島田は同じ大学の後輩で、たまたまこのコンビニのアルバイトで知り合った。生活スタイルが近いからなのか、シフトが一緒になることが多いので、バイト仲間の中では一番良く話をしていると思う。

私は新しく入ったその子の名前を思い出しながら、先日初めてシフトが一緒になった時の彼女の様子を思い出していた。

「新しく入りました桜井美月です。よろしくお願いします!」

長い髪を後ろで縛ってポニーテールにしているからか、威勢よく頭を下げると、尻尾がぴょこんと前に飛び出てくる。
元気が良くて、爽やかな子だな、というのが第一印象だった。

「ああ、桜井さんのこと?」
「そうそう」
「まあ、元気があるのはいいことよね、コンビニバイトも接客業なんだし」
「古橋さんもあのくらい元気ならいいのに」
「あぁん?どういう意味?」
「そういう元気はいらないです」

私が不機嫌そうに一睨みすると、島田は慌てて自分の分の品出しを終わらせて、レジ打ちに戻っていった。
……またやってしまった。不機嫌なのは嘘ではないけど、もう少し言い方があったかも。

だけど島田も悪い。そんなこと突然聞かれて、どう答えればいいのさ。
やっぱり男はああいう元気で可愛いらしい年下の子がいいのかね。ガラスケースに映る自分の姿を見てため息をつく。
やたらと上背は高いわりには、女性らしい起伏に乏しい自分を見るたびに複雑な気持ちになることは確かだった。


桜井美月ちゃんはすぐにこのバイトに馴染んでいった。
勤務態度はいたって真面目で物覚えも早く、しかも愛想も良い。
学校でもたぶん人気者の部類なんじゃないかと思えた。私もちょくちょく話すうちに彼女とは親しくなっていった。

それからも島田は美月ちゃんのことを私に話してくる。

だけどお目当ての美月ちゃんは、残念ながら島田の方を向くことはなく、教育係の斎藤くんに心惹かれているようだった。
斎藤くんはバイトのベテラン勢だった。無口ではあるけれど仕事にはそつがなくて、彼女と年も近い。
島田はどちらかというとおちゃらけたタイプだから、彼女の好みはきっと斎藤くんのようなタイプなんだろうな、と思っていた。
ただ彼女は誰にでも朗らかに接するから、島田が勘違いして調子に乗るのもまあ分かる気がした。

そんな日々はしばらく続いた。


シフト上がりに店の前で軽く一服するのが私のルーティンだった。店長がいると露骨に嫌な顔をされるけど、このルーティンを譲るつもりはない。

店の正面に設置してある灰皿の前でメンソールを吸っていると、いつものように同じタイミングでシフトを上がった島田がコーラ片手にこちらに近づいてきた。仕事中も思ったけれど、今日は珍しく元気がない様子だった。私の前に来るなり話しかけてくる。

「いやー、ショックだー……」
「なにが?」
「この前、駅前の辺りを歩いていたら、美月ちゃんと斎藤君が手をつないで歩いているとこ見ちゃいました」
「あ、そう」
「あれ、驚かないんですか」

私の淡々とした反応に、島田は意外そうに尋ねてきた。今更だけど、ネタ晴らしをしてあげるか。

「半年前くらいかな。島田はバイトに入っていなかったけど、大雨の時があってね。その時斎藤くんが早めに上がって珍しいなと思ったら、美月ちゃんと相合傘で帰ってた」
「……なんでその時言ってくれなかったんですか」
「馬に蹴られればいいと思って」
「もー、古橋さん意地悪だなぁ。俺バカみたいじゃん」
「まあまあ」

シフト上がりに二人で駄弁るこの時間が嫌いではない。……いいや、正直に言えば至福の時間と言ってもいい。
だからどっちかというとあの二人には上手く行って欲しいと思っていた。

実は美月ちゃんからもっと前にこっそり恋愛相談を受けていたのだけど、それも島田には黙っていた。
言いふらすべきではない話だということももちろんだけど、言えばなんとなく私が止めを刺したようになるのが嫌だったし、たとえ他の女の子の事だとしても島田とお喋りができるのは嬉しかったからだ。

私が素直じゃないのは昔からだけど、あの美月ちゃんの真っすぐさはうらやましいと思っていた。それゆえに彼女は傷つくことも多いだろうな、とも思っていたけれど。不器用そうな斎藤くんだけど、お似合いだとは思う。

島田はいまだに座り込んで凹んでいた。こいつもいい加減気づけよ、と考えてそこで唐突に気がついた。
……ああそうか、私は自分が傷つくのが怖かったのか。まるで思春期みたいじゃないか。すっかり煙草が板についたというのに。

「ねえ」
「何すか」
「煙草を吸う女はお嫌いで?」
「え、いや、そんなことないっすけど、え?」

思わず漏らしてしまった言葉に対しての島田の反応はそう悪いものではなかった。
人の事を言う前に、私はもう少し素直になるべきかな、と島田の呆けた顔を見ながら思ったのだった。

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斎藤くんと美月ちゃんのお話はこちらになります。よろしければ。


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