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LAIKA CAME BACK


その日、いつものように地上から上がってきたパレットから荷物を降ろしていると、どこかでガタガタと音がした。

「なんか音がしねえか?」

同僚のユイカに問いかける。彼女は手元の端末で積み荷の中身と個数のチェックを行っているところだった。
端末から目も上げずに彼女が言う。

「えー、タカヤさんの気のせいじゃないですか?」
「いや絶対したって、ガタガタっていったぞ」
「積み荷の梱包が甘かったんじゃないですか?」
「それはそれで問題だけどさ」

ここは地上35,788kmにある荷受ステーション、の第63番ピット。
静止衛星軌道上にある宇宙船(正式名称は『播種船』らしいが)「エウトピア」の下部に引っ付いてる、要は荷受倉庫みてえなところだ。
地球の海が原因不明のウイルスで汚染されてからこっち、人類は必死こいてこのウイルスの駆除を目論んだが、見込みがたたないとみるや人類のおよそ2/3はもともと国際的プロジェクトとして予定されていた外宇宙への進出に駆り出された。
地上が完全に死の世界になったわけではなかったから、これは当時「棄民政策」として相当批判されたらしいが、それでも一部の大国を中心に予定の半分ほどが出発を強行された。つまり人類の1/3だ。
地上に残ったのが1/3で、残り1/3はここをはじめとした静止衛星軌道上に軌道エレベータで繋がれたまま停泊している宇宙船に、スタッフ兼住民として住み着いている。

地球と宇宙の間で宙ぶらりんで生きているのが俺達ってわけだ。

地上の汚染物質を持ち込まないように、この荷受ステーションに来る途中の中継ステーションで荷物は全数滅菌・消毒されるし、仮に生物を持ち込むなら検疫があるから、この荷受ステーションに来るのは食料や資材だけのはず。

「気のせいかなぁ」
「ほら、タカヤさん、ぼーっとしてないで手動かしてください」
「へいへい」

大量の荷物を電動ハンドリフターで捌いていく。
ここでの生活には地上から送られてくる生活物資が欠かせない。

ここは宇宙船と言われてはいるが、1/3が出発したあとは計画が凍結され、半ばコロニーと化して人類の活動拠点となっている。もちろんここでも太陽光発電などでエネルギーを賄い、プラントで植物やら育てて可能な限り自給自足ができるようにしている。そうでなくては本来の目的である外宇宙に出発できるわけがない。とはいえ無限に物資が生成できるかというとそれは無理なので、今この宇宙船は地上から送られてくる物資と引き換えに、ここでしかできない合成物質や加工品を地上に渡すことで成り立っている。
でっかい複合工場(住居付き)と思ってくれればいい。

さて荷物だ。
俺とユイカが担当するこの63番ピットでは番号に対応した街区の荷物を処理することになっている。63番街区に工場はないので基本的には個人宛の荷物が大半だ。こまい荷物が多いので全自動化できず、俺がわっせわっせと荷物を仕分けることになる。抱えられないような大きな貨物はあらかたリフターで運んだので、あとは持ち運べるサイズの荷物を仕分けていく。
作業に集中していたのでさっきの物音のことはすっかり忘れていたのだが、
銀色の金属テープでぐるぐる巻きに梱包された荷物を抱えて運んでいるときにそれは起きた。
その荷物は見た目に反してけっこう重量があり、マッスルスーツを着て運ぶべきだったなとちょっと後悔しかけた時、突如抱えた荷物がガタガタっと揺れたのだ。

「おわっ!?」

びっくりして思わず取り落とす。
ガシャンと音がしたかと思うと中から「キャン!」と鳴き声が聞こえた。音を聞きつけてユイカがこちらにやってくる。

「ちょっとなにやってるんですかタカヤさん!」
「いや、なんか生き物入ってるぞ、これ」
「はぁ!?」

驚くのも無理はない。生き物のたぐいは全て検疫に送られるはずになっているのだ。しかし箱からはあきらかに何かの生き物の声がする。

「キューン…」
「…鳴いてますね」
「…鳴いてるな。ユイカ、この荷物のタグどうなってる?」
「ちょっと待ってください」

荷物に添付されたデジタルタグをユイカの端末でスキャンすると、ピーッとエラー音が鳴り響いた。

「なにこれ、『送り主、宛先が見当たりません』って出てます。初めて見ましたよ、こんな表示」
「よし開けよう」
「え、ちょ、ちょっと本気ですかタカヤさん」

ここで荷物を眺めていても仕方がない。一度落としちまったし、開けてみないことには荷物の正体も分からない。
べりべりと金属テープをはがして梱包をこじ開けると、中には一抱えほどの装置と、


子犬がいた。


閉じ込められた環境から出られて嬉しいのか、俺達をまぶしそうに見つめながら、へっへっ、と尻尾を振っている。

「…犬ですね」

ユイカが呆然とつぶやく。さすがに開けた俺もびっくりしたが、年長者の威厳を保つために驚きを押し込めて答える。

「…犬だな。種類はシベリアンハスキーか?純血種じゃなさそうだが」
「いや犬種とかどうでもよくないですか?なんでこんなとこに犬が入っているんですか!」

んなこと俺に分かるか。とりあえず逃げる様子はなさそうなので、そこらに大量に転がっている空箱につまんで放り込んでおく。
首根っこをつままれた犬は存外おとなしく箱の中に納まった。ついでにぼろ布を箱の底に敷いてやる。

「触って大丈夫なんですか」
「いやまあどう見ても犬だし。一応中継ステーション経由してるから消毒はされてんだろ。とりあえず今日の分の仕事終わらせんぞ」
「ええー…そりゃそうですけど」

しぶしぶとユイカも仕事を再開する。彼女も気になるのか、作業中も子犬が放り込んである箱の方をちらちらと見ていた。

子犬問題で遅れた分、定時ぎりぎりまで時間はかかったが、何とか作業を終わらせた後、俺とユイカは近くの管理署(まあ市役所+警察みたいなところだ)まで、子犬とそれが入っていたよくわからん機械を持ち込んだ。
俺達は管理署から個人で委託を受けて荷受作業をしているので、雇い主みたいなもんでもある。


「…犬ですねぇ」

鳩が豆鉄砲くらったような顔をした係員にキャン、と子犬が愛想よく返事をする。ちょっと巻きの入った尻尾をぶんぶんと振っており、どうやらさっき俺がミルクをあげたことで機嫌がいいらしい。鼻の頭にすこしミルクが付いている。
さきほど子犬の全身スキャンと病原菌チェックが今更ながら行われたが、結果、病気も持っていない、ただの健康な犬ということが分かった。
俺が落とした時だろう、ちょっとこぶができていたくらいだ。

「この場合、どういう扱いになるんですかね」
「いやー、私もこのケースは初めてですね。ちょっと待ってください。上司と相談してきます」

頭を抱えながら奥へ引っ込んでいく係員を見送って、俺とユイカは受付ロビーのソファに並んで腰かける。
ユイカの膝には子犬がちょこんと座っている。

「触って大丈夫なんですか、とか言っていた割にはずいぶんとかわいがっているじゃねえか」
「ほっといてください。いいじゃないですか、かわいいんだし。タカヤさん、なんか機嫌悪くないですか」
「いや、俺も膝に乗せたい」
「あ、そっち?」

しばらくすると係員が戻ってきて説明を始めた。送り主も宛先も不明のため、拾得物扱いとなるらしい。要は落とし物だ。

「で、ですね。本来拾得物は期限までこちらで預かるんですが、なにぶん生き物なので」

そちらで預かってほしいとお願いされた。ユイカと顔を見合わせる。
ユイカは非常に残念そうな顔をしながら、「私のうち、生き物禁止なんです…」と訴えた。
結局よくわからん機械だけ管理署に預けて、俺が子犬を預かることになった。

その日からは毎日子犬を連れてピットまで出向き、作業中は休憩スペースにつないでおいて、作業が終われば家まで連れて帰るというのが一日の流れになった。
俺は持ち家に一人暮らしなので、昼間の家に置いておくのもなんとなくかわいそうだし、犬を連れてきてはいけないという就業規則は無かった。
俺に仕事を委託するのも、犬を預かれといったのも管理署なので、仕事さえきちんとしていれば文句もいわれないだろう。

拾得物預かりの期限が切れる数日前、管理署から改めて連絡があった。
どうやらこの子犬が入っていた機械は冷凍睡眠装置のようだということ。
どうやって荷物に紛れていたかはいくら調べても履歴が残っておらず分からないが、検疫チェックに引っかからなかったのは装置の中で冷凍睡眠状態でいたため、生物反応が拾えなかったかららしい。

そして仮に期限が切れた後、誰も引き取り手が現れなかった場合、管理署に引き取られた子犬は殺処分されるだろうと伝えられた。


俺はその日、子犬に名前をつけることにした。
そこから数日たって預かり期限が来た日に俺はそのまま子犬を引き取った。




さて、その子犬(もう子犬ではなく、今日もピットを元気に走り回っているが)の名前だが、故事にちなんで「クドリャフカ」という。
宇宙に来た犬なら、この名前だろう。
もしかしたら奇特な誰かが本当に当時乗っていた犬を回収していたのかもしれないと思ったりもする。まあ、ちょっとした妄想だ。

「なあ、そう思わねえか、クドリャフカ」

名前を呼ばれたクドリャフカは元気よく、ワン!と返事をした。

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