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白が嫌いな青~剣と密室の頭脳戦~【小説】

プロローグ

 誰かが言った。
 白い色は、白いから価値がある。
 それは唯一、何色を混ぜても作れない色だから。

 赤は一見、鮮やかで華やかだけれど、
 色を混ぜれば誰にでもなれる色。

そして、一度赤く染まった白は、二度と白に戻る事はない。

――

「僕は、飛び降りなければならない。
 それも、彼女の見ている目の前で……」

そう優介は、歩道橋の上で呟いた。

ブーン ブーン

鈍い振動と共にスマホのアラームが六時を告げる。

六時一分
 そろそろ彼女の乗ったバスが下のバス停に到着する。

(彼女を救うには、もう『あの穴』へ僕が飛び込むしかないっ。)

優介は、ぼんやりと歩道橋の上から街を眺めた。
 整備された街並みの上空で、暖かい風が微かに吹いていた。

「サヤカ……。」
 そっと、確かめるように彼女の名前を呟いてから苦笑した。
 僕は彼女の事をどこまで知っているのだろう。
 ……何一つ知らなかった。
 彼女の本当の名前さえも。
 それでも僕は彼女を救いたかった。
 それがきっと僕が生きた証になるから。

「ねぇ、知ってる?
 時間って止まるんだよっ」
 彼女が言った何気ない一言が、僕の止まっていた時間を進めてくれた。

彼女がいつも使っているバス停は、歩道橋から右下に見下ろせる位置だった。
 これからやる事を考えると緊張して上手く息が出来ない。
 意識をして呼吸を整えながら待っていると、暗闇をゆっくりとバスが入って来た。
 バスが止まると、乗客が次々に降りて来る。
 そして、最後に一人の少女が降りて来た。

『サヤカだっ。』

彼女は公園のバス停に一人たたずむと、思い詰めた表情をしていた。
 そしてどこか不安そうに周りを見回すと、鞄からスマホを取り出した。
 
 僕は彼女を見つめたまま、歩道橋の手すりの上に登りスマホをゆっくりと耳にあてた。

「サヤカ、ごめん。
 たぶん、もう会えない。」
 その言葉には、預言めいた力があった。

「今、公園のバス停に着いた所です。
 優介さんは今どこですか?」
 不安そうに周りを見回しながらサヤカが言った。

「道沿いの歩道橋の上だよ。」
 僕はサヤカを見つめながら手を振ってみせる。

彼女は両手で大事そうにスマホを持ったまま周りを見回し、
 歩道橋を見つけると空を見上げた。

「えっ、何しているんですかっ。
 危ないですっ。
 すぐに降りて下さい。」

僕は微笑んで彼女を見つめた……。

彼女は心配そうに僕を見つめている……。

一瞬、歩道橋の下に視線を逸らすと『赤い光』がもう現れ始めていた。
 六時六分六秒に、六十秒間だけ現れる『赤い穴』。
 残された時間は、もう残り僅かだった。
 彼女の姿を見ると決心が少し揺らいだ。
 そんな自分を確認するようにスマホを切り替えて『あのメッセージ』を見る。

優介:サヤカを救いたかったら、サヤカの目の前で『赤い穴』へ飛び込め。
   大丈夫だ。それで必ず上手く行く。『青い海の天使』より。

僕は軽く頷いて迷いを打ち消すように意識してゆっくりと息を吸い込んだ。

「サヤカ、約束覚えてる?」
 僕は空を見上げて問いかけた。

「青い海の天使……」
 そうサヤカは、大事そうに頷いて答えた。

その言葉が聴けただけで、もう後悔はなかった。
 ゆっくりと優介の瞳が妖しく蒼く光り出す。
 『無鼓動症候群』
 時折、瞳が蒼く光って、心臓が止まる病気。
 そんな原因不明の体質によって、体は弱り、見たくないモノを見せられる。
 多分、僕の命はもうそんなに長くはないのだろう?
 もう一緒には居られない。

サヤカも『赤い穴』を見た瞬間に優介の意図を察していた。
 (分かるけど、分かりたくないっ)
 彼は私を救おうとしている。
 多分、自分の命と引き換えに。
 この『赤い穴』には私が飛び込むはずだった。
 突然の別れに涙が溢れる。
 まだ一度もちゃんと伝えていなかったけど、
 サヤカは優介のコトが好きだった。
 だから、こんな風には終われない。

「だって、俺は……君に」
「だって、私は……あなたに」
 
 『嘘をついている。』
 
 僕は両手を鳥のように広げ、消えかけている赤い光の中へダイブした。
 (こうするしか方法がないっ)
 この仕組まれた街の中で、秘密に気がついた異質な二人。
 魔眼な彼女にとって、もう僕しか居ないのだから……。
 
「きゃっ、飛び降り?」
「うぉっ、おっ、おぃ」
 道路沿いの人々の悲鳴があがった。

「ダメ~っ」
 サヤカが叫びながら夢中で駆け寄った。

歩道橋から飛び降り、優介の体がアスファルトに叩きつけられる瞬間。
 その姿は消え失せた。
 赤い光が揺らめいて、赤から黄色へ変わる。
 
 パァー、
 キィィィっ、

自動車の急ブレーキと共にクラクションが激しくなる。
 そんな中でサヤカもまた黄色い光へ飛び込んでいた。

第一話 優介:イレギュラー

「………………っ」

自分の頬に、ざらざらとした、冷たい感触がして目が覚めた。
 気がつくと俺は冷たい床に倒れていた。
 ぼーとする頭で、のろのろと立ち上がり、周りを見まわす。
 苔臭い匂いがする狭いトンネルのような作りの一本道。
 薄暗い、レンガ作りのヒンヤリとした冷たい通路が遠くまで続いている。

ひどい頭痛と共に軽い目眩がした。
 何か空を飛ぶ夢を見ていたような気がしたが思い出せなかった。
 (あの、どこまでも落ちていく浮遊感は何だったんだろう?)
 そんな事を考えながら、一本道の暗い通路をゆっくりと歩き始める。

足が重い。
 もう、どの位を歩いただろうか。
 薄暗い通路を進んで行った先に、赤い微かな明かりと共に階段が見えて来た。
 通路の先の石畳の階段を登っていくと、光と共に急にゾッとする様な赤い空が広がった。
 その空の赤は、夕焼けよりも遥かに赤く深い。
 まるで鮮血の様な真紅だった。
 真っ赤な空に、どこかで見た事があるような巨大な蒼い惑星が浮かんでいる。
 
 頭がぼんやりとして状況がよく分からない。
 
 ただ、この真っ赤に広がる空は、今まで見た事がない異様な風景だという事は分かった。
 長い階段を登りきり鮮血の空が視界から無くなると、今度は赤い鳥居のトンネルが続いていた。
 
 幾重にも連なる狭い赤い鳥居をくぐり抜けると突然、広い空間が広がった。
 むせかえるような苔の匂いと、生暖かい空気が淀んでいる。
 広間には、赤黒くくすんだレンガが敷き詰められていた。
 床のレンガは、何か重いもので踏み荒らされたようにデコボコに歪んでいる。

広間を進むと、眩しい程の白い衣装に身を包まれた少女が一人立っていた。

『サヤカ』

一瞬、そんな名前が僕の脳裏を駆け抜けた。
 だがよく見ると、彼女の背中には白い翼が生えていた。

『白翼の天使』

ファンタジーゲームでしか見た事がない可憐な天使がリアルで目の前に立っていた。
 あまりの美しさに思わず見惚れていると、
 突然、心臓に冷水をかけられたように鳥肌が立った。
 
 殺意の様な不気味な気配を感じて振り返る。
 気がつくと、俺の後ろには『黒翼の悪魔』が立っていた。
 二メートル程もある背丈に異形の顔立ち。
 今までやり込んだ、どのゲームの悪魔よりも邪悪で独特の異臭が漂っていた。
 狩る者と狩られる者。
 理屈では説明のつかない。
 動物としての自分が生命の危機を感じていた。

そして、周りには無数の影……。
 暗くて、よく見えないが得も言われぬ無数の蠢く気配と視線を感じた。
 
 白翼の少女は、僕を一瞥すると、声高らかに宣言をした。

「古の理により、選別の儀を開始する。」

ウォォォー、
 ガォッィー

その声と共に、周りの群衆が一斉に雄叫びを上げる。
 それと同時に僕は、両脇から腕を荒々しく捕まれ、白翼の天使の前でひざまづかされた。

多くの赤い鳥居に囲まれたデコボコの床の上。
 そこで僕は救いを求めるように少女の顔を見上げていた。
 赤い空に浮かぶ、その白い影は眩しく、どこか美しささえ感じた。

「自ら世界を渡った、愚かな人間よ。
 古の理により、選別の儀を開始する。」

白翼の少女は冷たくそう言うと、両手を広げ何かを唱え始めた。
 周りの空気が冷たく重くなった事を感じた時、床に青白い魔法陣が現れた。
 その青白い魔法陣は次第に浮き上がり、俺の体を包み込む。

ほわん、ほわん。

全身を包む青い光が、白へと変わっていく度に、段階的に意識が遠のいて行く。
 高鳴る心臓とは裏腹に、まるで青と白の光が自分という存在を蝕んでいくようだった。
 浸食される割合が増える度、自分が消えていくのを感じる。
 次第に心臓の鼓動が弱まり瞳が妖しく蒼く光り出した。
 そして、とうとう意識が途切れそうになった時、頭の中で自分の声が聞こえた。

「サヤカ、約束覚えてる?」

パァァァン

その瞬間、光は砕け散り闇の彼方へと消えて行った。

「おおっ、イレギュラーだっ。」
「イレギュラーだっ。」

周りの群衆が、一斉にざわめき出した。
 白翼の天使が、綺麗な顔を歪めて戸惑っている。
 奥から、こちらを伺っていた黒翼の悪魔が、ゆっくりと近づき言った。

「白翼の巫女よ、どうした?
 魂が変化しないではないか。」

「カオス・・・」

白翼の天使は、顔を歪めて嫌悪感を丸出しにして呟いた。

「バカな、カオスなど、ただの伝説だろう?
 再び、この世界に破滅が訪れるとでも言うのか。」

黒翼の悪魔も、顔をしかめたように見えた。

「そうだっ、破滅など起こる筈がない。
 きっと、この者の魂は全て白だったのだ。」

何かを振り切るように白翼の天使は手を振った。

「いや、全て黒だったのだ。
 だから、魂は変化しなかった。
 この者は、こちらが貰って行く。」

慌てて黒翼の悪魔が拳を振り上げて訂正した。

「待て、この者は危険だ。
 この者は、我ら天使が拘束する。」

そう言う天使に、悪魔が手をかざし言葉を遮る。

「そんな事を言って我ら悪魔だけ滅ぼすつもりだろ。
 独占したければ、力ずくで連れて行ったらどうだっ。
 出来るものならなっ。」

ウォォォー、
 ガォッィー

その言葉と共に、周りの暗闇から物凄い雄叫びが響き渡った。
 白翼の天使は黒翼の悪魔を睨みながら静かに手を上げた。

その刹那。

白い軍勢が現れ、一瞬にして黒翼の悪魔を取り囲んでいた。
 黒翼の悪魔を、抜刀した天使の軍団が取り囲む。
 それを囲むように、暗闇から雄たけびが上がっていた。
 一触即発の張り詰めた空気の中、二人の間に小さな煙が弾けた。

ボンッ。

「まいどっ」

そこには漆黒の服に身を包んだ一つ目の小悪魔が、笑みを浮かべてふわふわと浮かんでいた。
 その漆黒の服は、角度を変える度に、青白い色へと変わって見える。
 その色の揺らめきは、どこか実態のないホログラムの様な危うさを醸し出していた。

「ガクフル」

白翼の天使は、小悪魔を見ると嫌悪感を剥き出しでそう呟いた。

「数百年ぶりか。
 今まで姿を見せなかったお前が、いきなり何の用だ。」

黒翼の悪魔が顎に手を当てて懐かしそうに話しかけた。

「イレギュラー。
 コイツの色は、カオスなんやろ。」

そうガクフルと呼ばれた小悪魔は黒翼の悪魔へ訊ねた。

「確かに、この者の色はカオスだが……そんな事はありえない。
 それは、お前が一番知っているだろう。
 カオスとは全ての色の者を討伐した者のみが、なれる色。
 初めからカオスなど、ありえない。」

そう黒翼の悪魔は怯えるように強く否定した。

「けったいなコト言わはるなっ
 でも実際に、コイツの色はカオスを示してる。
 もしほんまなら、いきなりバベルタワーの開門が可能かもしれへんで。
 だからどちらも、コイツを自分の種族へ取り込もうとしている。
 ちゃうか?」

そう言うと、ガクフルは天使と悪魔を交互に睨みつけた。

「それは……」

天使と悪魔、共にバツが悪そうに目線を合わせない。
 あれ程騒いでいた群衆も、今は水を打ったように静まり返っていた。

しばらくの沈黙の後。

「コイツは、ワイが連れて行く。」

そう、ガクフルが言った。

「お待ちなさいっ、それは許されません。
 選別の儀は公平で神聖なもの。
 こちらに渡った人間の魂を善と悪に判別。
 善を天使が、悪を悪魔が引き取り、
 色の王とする習わしです。」

そう、白翼の天使が言った。

「だが、コイツの色は『紫色』。
 ステータス表示は『カオス』。
 つまりは、善悪に選別できない魂や。」

そうガクフルは強く反論した。

「確かに、そうだ。
 だが、だからと言って、お前が連れて行っていい事にはならないっ。」

黒翼の悪魔も強く言い張り引き下がらない。

「……連れていく、理由があればいいんやな。」

そう言うと、ガクフルは人間に近づき耳元で囁いた。

「おい。
 助けてやるから、ワイの問いに対して
 『我、汝と契約を結ぶ。』と叫べ。」

そう言うと、ガクフルは人間の前に恭しく膝まづき言った。

「誕生にしてカオスを持つ、偉大なる王よ。
 何卒、私を従者とする事をお許しください。
 この世界にて唯一、前カオス王の従者であった私なら、きっとお役に立つでしょう。」

そう言う一つ目の小悪魔を、人間は目をバチクリさせながら見つめていた。
 周りの黒い雄たけびも、いつの間にかなくなり、辺りは静寂に包まれている。
 一つ目の小悪魔は、本人にだけ聞こえる大きさで鋭く舌打ちをした。

(何しとるんやっ、
  こいつホンマしんどいわ~
  どついたろか?)

そして、今度は上目づかいに睨みつけながら、もう一度叫んだ。

「誕生にしてカオスを持つ、偉大なる王よ。
 何卒、私を従者とする事をお許しください。
 この世界にて、唯一、前カオス王の従者であった私なら、きっとお役に立つでしょう。」

優介は、突然の出来事に訳が分からなかった。
 ただ、一つ目の小悪魔のあまりの圧に、声をうわずらせながら慌てて叫んだ。

「わっ、我、汝と契約を結ぶっ。」

その言葉に、一つ目の小悪魔は満足そうにニヤリと笑うと

「ここに契約は結ばれた。
 これより、このお方は『バベル国のカオス王』である。」
 
 そう声高らかに周囲に宣言した。

「おぃっ、カオスだって」
「伝説のバベル王なのか?」
「そんな訳がないだろ?」
「でもあのガクフルが言ってるんだぞっ」  
 
 その言葉に周囲の群衆がざわめいた。
 そんな中ガクフルは無言で睨みつけている白翼の天使と黒翼の悪魔に軽く手を挙げる。

「ほなっ、さいなら」

ボン

煙と共に二人の姿は漆黒の闇へと姿を消した。

第二話 サヤカ:生き残りゲーム

黄色い光へ飛び込んから、サヤカは子供の頃の夢を観ていた。
 それは体が弱く長く入院していた頃の夢。

その頃の私は、ずっと白い世界に留まっていた。
 この白に囲まれた病室で……。

白い壁に囲まれ白いベットの上で白い天井の模様を眺めては、
 いろんな世界を空想して過ごしていた。
 
 天井の模様は空に見えるしベットの起伏は山に見える。
 当時の私のお気に入りは、誰もいない海で一人過ごす事。
 海辺で独り寝ころんだり、海でプカプカ浮かんだり。

もちろん妄想の中の話だけれど。
 それでも、そんな事を考えながら一日を過ごすと、病気の怖さも少しだけ薄らぐ気がした。
 
 私には一部の記憶がなかった。
 
 『魔眼病』

日常生活には支障はないけれど、生まれた時から『ナニカ』を観る度に記憶が欠落して行った。
 だから今までは、周囲に気がつかれないように騙し騙し暮らして来た。
 そして今では、ここ数年の記憶が抜け落ちていた。
 失っていく記憶の代わりに、そこには別の何かが生まれて行った。
 まるで自分の体を別の何かに浸食されていくようで突然、どうしようもなく不安になる。
 だからこの街に来てからは定期的に特区の施設で記憶を取り戻す治療を受けている。

今でも独りで白い検査室に入ると不安でいっぱいになる時があった。
 そんな時は、自分は青い海へ居るのだと思い込むようにしている。
 そうすると、まるで海にこぼしたインクのように、
 真っ黒な私の不安はこの青い海でどこまでも薄まり、綺麗な青へと色を変えていく。
 だから私はこの空想の青い海が大好きになっていた。
 
「特異な光景を体験すると、一時的に記憶が失われる事があります。」
 そう先生は説明した後、

「心配しないで、ゆっくり治療していきましょう。」
 といつも私を落ち着かせるように言っていた。

先生達が言う『特異な光景』という意味は、私には分からなかった。
 ただ分かっている事は、この特区バベルと言う街において私は特別な存在である事。
 レベル7認定の血液を持つ私は、街からかなりの額の補助金が支給されているらしい。
 さらに通っている大学も生活費も全て免除。
 この街に住んでいる限りは、マイナスの住民税により多額のお金が支給されているらしい。
 その為、治療費の心配はないという事だった。

ただ、それはバベル財団の研究モニターの意味合いからの優遇である。
 その為、定期的な検診が義務づけられていた。
 私は先生達の言われるまま検査のを繰り返す内に同じ夢を見る様になった。
 
 どこかの高校生活の記憶。
 
 夢の中で私は、いつも同じグループでお昼を食べていた。

『退屈な高校生活。』

毎日が何も変わらない、つまらない世界。
 毎日、同じグループで、同じ会話。

私は、そんな毎日にうんざりしていた。
 私だけが他の子と違っていたから……
 みんなが見えないものが見えていたから……
 でも本当は、私は知っていた。

毎日が変わらないのではなく、『変えてはいけないのだ。』と言う事を。

『みんな一緒。』
 私達は、それが大好きだった。

同じグループ。
 同じ行動。
 同じ敵。

同じ服装に、同じ場所に、同じ会話。
 秘密がバレたら、弾き飛ばされる。
 だから私は、お芝居をする。

みんな、同じ役で。
 みんな、同じセリフ。

それが安心だし、安全だと知っているから……。

『机と椅子の無人島。』
 私はこの場所を、そう呼んでいた。

夢の中で気がつくと私は必ず赤い封筒を持っていた。
 裏側にはバベル財団の文字が印刷されている。
 不思議そうな顔で私はいつもその赤い封筒の封を切る。
 中の用紙を引き出すと通知書と書かれた文字が見えた。

そこで必ず目が覚めた。

どこか記憶があるような赤い封筒。
 でも何が書いてあるのか思いだせなかった。

この街は私が生まれた場所ではない。
 その事は記憶がなくてもハッキリと分かった。
 でも高校生活を過ごした場所や友達の顔も思い出せなかった。
 
 検査の合間に看護師さんに聞いた所、私はこの街の全寮制の大学へ通っているのだという。
 どうして私は、この街へ引っ越して来たのだろう。

そして毎日見る、妙にリアルな高校時代の夢

『みんな一緒。』という名前の無人島。

夢の中の私は、この生活から抜け出したいけど抜け出せなかった。
 でも大学生になれば全ての自分を『リセット』してやり直せる。
 そう毎日、自分に言い聞かせていた。

そこから先は、思い出せない。
 どうして、この街に来たのか。
 そもそも、どうして『あの場所』に行ったのか。

「サヤカ、約束覚えてる?」
 思い出そうとすると、知らない男性の声だけが、頭の中に響いていた。
 その声を聞く度に瞳に違和感を感じる。
 サヤカは堪らず、瞬きをした。
 その瞬間、病室の白い壁が崩れ落ち、白の世界が崩壊した。
 何もない空間で落ちながらも次第に減速し、青い光に包まれ意識が遠のいて行った。

気がつくと、サヤカは冷たい床の上で眠っていた。
 ひんやりとした大理石の感触で目を覚ますと

「あの、よかったら、こちらに来て座りませんか。」
 そう、穏やかな声が遠くから聞こえた。

気がつくと、サヤカは冷たい床の上で眠っていた。
 ひんやりとした大理石の感触で目を覚ますと、そこには薄暗い部屋が広がっていた。
 目を凝らすと、その薄暗い部屋の中央には円い石のテーブルが置いてあった。
 そして部屋を取り囲むように大量の書籍で埋められた本棚が壁一面に敷き詰められている。
 正面奥には入り口らしい重々しい石の大きな扉。
 その扉はローマの彫刻のようにどこか重厚で、とても一人では開けられそうになかった。
 そして円いテーブルを囲むようにソファーやベンチ、椅子が点々と置かれている。
 見ると何人かが別々に黙って座っていた。

「あの、よかったら、こちらに来て座りませんか。」

そう、穏やかな声が背後から聞こえた。

サヤカが声の方を見ると、二人掛けのソファーの隅へ青年が一人座っていた。
 大学生だろうか?
 年はサヤカと同じ位に見えた。
 
 青年は、じっと正面の床を見つめたまま、もう一度サヤカへ声をかけた。

「そこは冷たいでしょう。
 よかったら、こちらに来て座りませんか。」

促されるようにサヤカは、おずおずと少し距離を空けてソファーに座った。

「ここは、どこなんですか。」

青年は正面の床を見つめたまま、こちらを見ずに答えた。

「僕も気がついたら、ここに座っていたので分かりませんが、
 先程から、いろんな人が、ここへ飛ばされて来ているようです。」

「飛ばされる?」

予想外の返答に思わずサヤカは聞き返した。

「さっきから次々と、人の気配が突然この部屋へ出現しています。
 先程のあなたのように。」

そう青年は、答えると正面の床を見つめたまま黙り込んだ。
 サヤカは、この沈黙に気まずさを感じながらも、青年の目線が気になって思わず訊ねた。

「あのっ、
 もしかして目が見えないのですか。」

沈黙を破る突然の指摘に青年は、恥ずかしそうに赤面していた。

「あっ、
 ごめんなさい。」

サヤカは、慌てて謝った。
 初対面の障害者へ失礼な質問をした事が恥ずかしかった。

「いえ、いいんです。」
 青年は何度も確かめるように繰り返し頷いた。

その青年は、伊集院 蒼季と言った。
 アオト君は気がつくと、このソファーに座っていたらしい。
 そしてその後、次々と、いろんな人がこの部屋へ飛ばされて来た。

人と話しをした事でやっと少しだけ気持ちが落ち着きサヤカはそっと周りを窺った。
 今まで気がつかなかったが、薄暗い部屋には点々と数人の人達が座っていた。
 円卓の向こう側には目つきの鋭い中年の二人組が何やらヒソヒソと話をしている。
 その右側のベンチには禿げずらの中年男性が一人オドオドと座っていた。
 サヤカの右側には中学生位のおとなしそうな女の子が下を向いて震えていた。

その少女のあまりの怯えように思わずサヤカは声をかけようとした。
 その瞬間、入り口辺りの明かりがつき、真っ赤なコートに身を包んだ仮面の女が現れた。
 どこか血を思わせる真紅のコートが眩しく異様に光る。
 そしてオペラのような銀のマスクがどこかホラー映画の殺人鬼や魔女を思わせた。

「皆さんっ。
 ようこそ、断罪の間へ。
 皆さんには、これから良いニュースと、悪いニュースをお伝えいたします。」

そう仮面の女が言うと、会場が少しざわめいた。
 その声は前から聞こえるような、背後から聞こえるような、不思議な響きを持っていた。
 まるでボイスチェンジャーを通したようなその声は、仮面の女を一層不気味にさせていた。

「まずは、悪いニュースから、
 この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」

仮面の女は、それぞれの反応を確かめるように黙って会場を見回してから話を続けた。

「次に良いニュースです。
 皆さんは、これから、ここで自分が殺される前に、相手を殺す事で生き延びる事ができます。
 あっ、申し遅れました。
 私は、この断罪ゲームのディーラーを務めます『シタワ』と申します。
 皆さんは『人間』です。
 自分が殺されるからと言って、無実の人間まで無差別に殺すのは『スマート』ではありません。
 それでは、ただの『獣』です。
 そこで皆さんには、これから『断罪ゲーム』に参加をしていただき、
 『スマート』に生き延びていただきます。」

「その話が、真実だと言う証拠は?」

奥にいた男性が、突然声を荒げた。
 仮面の女は呆れたように、やれやれという感じで顔を横に振った。

「何か、勘違いをしているのでは?
 こちらは、放っておけば七日後に殺される皆さんへ、
 生き残るチャンスを与えようと言っているんです。
 感謝こそされ、疑われるいわれも時間もありませんよ。
 安心してください。
 この『断罪の間』では、誰であろうと嘘をつく事は許されません。」

そう言うと、仮面の女は静まり返った部屋を見回し、それぞれへ円卓へ座るように促した。
 私達は、不安がいっぱいの気持ちでのろのろと席へついた。

全員が着席した所で、サヤカは、テーブルへ座ったメンバーをそっと盗み見た。
 この円卓には、六人が座っている。
 
 私の左には、盲目の青年『アオト』。
 右には、先程下を向いて震えていた『少女』。
 その向こうに禿げずらの『中年男性』。
 少し席を空けて『二人組の目つきの鋭い男性達』が座っていた。

仮面の女は全員が席に座った事を確認すると自分も席につき、満足そうに話し始めた。

「『断罪ゲーム』を始める前に、皆さんで自己紹介をして親睦を深めましょう。
 なにせ、これから皆さんは『殺しあう』わけですから。
 先入観を無くす為に皆さんの名前は、座った席の色で呼ぶ事といたします。
 それぞれ自分の色と、現実世界での職業をお名乗り下さい。」

そう言われて、全員が自分の席の色を見た。
 それぞれの席には色のついたプレートが埋め込まれている。
 そしていつの間にか、それぞれの胸にも同じ色のプレートが付いていた。

サヤカの胸には白のプレートが付いている。
 アオトの胸には青が、右の少女の胸にはピンクのプレートが付いているのが見えた。

仮面の女に促され、先程『証拠は?』と訊ねた男性が、女を睨みながら自己紹介を始めた。

「名前は、茶色。
 職業は、会社員だ。」

ボンッ

そう言った瞬間、火花が咲き、男性の全身が青白い炎で包まれた。

男は椅子から転げ落ち、苦しそうに床で転げまわった後、その体は光と共に消滅した。
 突然の事に誰一人、何も出来ずにただ青白い炎を見つめていた。
 炎を見つめているにもかかわらず、部屋の温度が急激に下がっているように感じる。

「この断罪の間では、誰であろうと、嘘を言う事は許されない。
 そう先程、説明したはずですが。」

仮面の女は、わざとらしく深いため息をついて見せて目を輝かせた。

「さあ、自己紹介を続けましょう。」

あまりの出来事に全員が凍りつく中、仮面の女の声だけが明るく響き渡っていた。

第三話 優介:デーモンソウル

一つ目の小悪魔『ガクフル』に連れられ、優介は奇妙な機械の前に座り頭を悩ませていた。
 
 『召喚契約の魔法陣』
 
 目の前には一見、現実世界のゲーセンの筐体のような機械が置かれていた。
 その機械には手前にキーボード、右下にはカードを差し込むスロットがついていた。
 画面には、『汝、何を求める。』という言葉が点滅表示されていた。

先程からガクフルが俺の周りをフワフワと浮かび、横でブツブツ言っている。

「ええかっ、この世界では時々、お前のような『色の者』と呼ばれる人間が流れついて来よる。
 色の者は白紙のカード十枚を所有し、この世界に現れ、
 その白紙のカードを契約書に召喚獣との契約を結ぶんや。
 
 以前は様々な魔法陣と媒介の生贄を使うて召喚契約が行われていた。
 その為、術者により異なる召喚獣が現れ、
 主と認められた術者のみが契約を結ぶ事ができたんや。
 その為には当然、高レベルの術者の魔力と特別な媒介が必要な為、失敗も多かった。 
 だがある転生者が現世のカードゲームの概念をこちらへ持ち込み画期的に進化した。
 それがこの『筐体の魔法陣や。』
 
 このシステムの優れた所は、デッキと呼ばれる召喚契約にある。
 メリットは必ず白紙のカード一枚にて一体の召喚獣と契約が出来る事。
 以前のように失敗する事なく主従の召喚契約を結ぶ事ができるんや。
 これにより入手困難な媒介も術者のレベルも必要なくのうた。
 また『キーワード』を入力する事で、希望する系統の召喚獣を呼び出す事もできるんや。

どやっ、ごっついやろ。

デメリットは、十体の召喚獣を一セットにしなければいけない事や。
 だが、それを差し引いてもこのシステムは画期的や。
 おおよその系統は、過去のデータから一部分かっとる。
 ほやから、これからワイがいろいろと教えて……」

(説明がなげーっ)

俺は心の中で叫んだ。
 剣・魔法・召喚獣と聴けばファンタジーゲームオタクの血が騒ぐ。
 今でこそ、やり込んではいないが引きこもりの暗黒時代にはドップリと浸かった組である。
 当時は全てのゼスチャーをコンプリートしチャット要らずのパントマイマーと恐れられた。
 だからこの『召喚契約の魔法陣』と聴いた時には心がときめいたが説明が長すぎる。

(何だかよく分からないが、要はガチャだろ?)

「あー、分かんね。」

ガクフルの永遠続く長いウンチクにイラつき言葉を遮るように、俺はデカい声で叫んだ。
 そして持っていた白紙のカードの全てを筐体のカードスロットに乱暴にぶち込む。
 そして『力を求める』とキーボードから入力し、エンターキーを叩いた。

「なっ、いらん事しい、
 あほかっ。」
 
 慌てるガクフルが叫ぶ中、筐体の画面では黒い魔法陣が現れ『漆黒の悪魔』が姿を現した。

――召喚獣名:デーモンソウル――
 召喚レベル4

「レベル4?
 嘘やろ。」

ガクフルは目を疑った。

「レベル4って強いのか。」

俺は不審に思いガクフルへ訊ねた。

「確かに設定レベルは1から7まであるが、現在、確認されているのはレベル3までや。
 レベル1で『フィールドのモンスター級』
 レベル2で『ボスモンスター級』
 レベル3で『色の召喚士の切り札級』
 レベル4なんて、ワイも一度しか見たことがない『レジェンド級』や
 しっかし、この筐体魔法陣はレベル1の召喚獣しか召喚できへんはずや。」

ガクフルは筐体の横を覗き込みながら、首をかしげた。

「でも、出た。」

そう言って、筐体魔法陣から『カード』を取り出し『カードホルダー』の中へ投げ入れた。
 その瞬間、無地の青白い箱だったホルダーは禍々しい魔力を放ち、悪魔の紋章と爪に囲まれた。
 カードホルダーは青白く淡い光を放ち、スタンバイの文字が浮き上がっている。

(人間と言う奴は、弱いくせに時々不思議な事をしでかすもんやな。
  これが色の者だけが持つ魔言の力と言うやつなんか?)

ガクフルは筐体魔法陣を睨みながら心の中で呟いた。

「それにしても何故、レベル4の召喚獣が召喚できたんや?
 そもそもカードは、一枚づつしか挿入出来へんのじゃないのか。」

筐体魔法陣の右下にある挿入口には、確かに十枚を重ねて入れる事ができる厚さはあった。
 しかし今まで誰一人として、複数枚を入れた者はいなかった。
 
 『当たり前だ』
 
 デッキは十枚をカードホルダーに入れなければ、召喚獣を召喚ができない。
 ましてや、貴重なカードを失うかもしれない状況で、そんな事をする奴などいるはずがない。

(このアホを除いては……。)

ガクフルは、転生されて来た『イレギュラー』の顔をそっと盗み見た。

(よく分からないが、リセマラせずにガチャでSランク当たりを引いたって事だろ?)

俺は自分の引きの強さにゲーマーだった頃を思い出し気持ちが高ぶっていた。

「『レジェンド級』か。
 もしかして、俺って無敵じゃね。」

視線に気がついた俺は、ニヤニヤしながらガクフルの肩を何度も叩いた。

(ほんま、このアホは何も分かっとらん。)
 ガクフルは、呆れた声で優介に答えた。

「お前、あほかっ。
 最初の俺様の話を聞いとらんやろ。
 
 この召喚術式はな、お前の世界のカードゲームをヒントに術式が組まれてるんだよ。
 ほやから、カードホルダーに入れるデッキは、『十枚が一セット』。
 どの召喚獣をデッキから引けるかは不確定。
 だがらこそ、普段扱えないレベルの召喚獣を契約で縛る事が出来るんだよ。
 どんなに、レジェンド級の召喚獣と契約していても、
 一枚しかカードホルダーに入っていない状態では、召喚する事さえできへんの。
 分かるか?
 このアホっ。」

「えっ、でもカードホルダーはスタンバイの文字が出てて、カードが引けそうだぜ。」

「そんなアホな事があるかっ。
 デッキは『十枚が一セット』や。」

「でもこれ絶対引けるって、引いてみようか。」

「待て、待て、待て。」

ガクフルは、慌てて優介を止めた。
 こんな狭い部屋で、万一召喚獣が、出現しようものなら大変な事になる。
 この筐体魔法陣に進化するまでに、どれだけの時間がかかったと思っとるんや。
 召喚されないと分かっとうても、世界に一台しかないオーパーツを失うわけにはいかへん。
 ガクフルは仕方なく、出来の悪い子供をあやすように優介を外へ連れ出した。
 
 筐体魔法陣のあった石畳の部屋を出ると、外は広い草原が広がっていた。
 選別の儀を行っていた中央エリアと違い、このエリアは青空が広がり心地よい風が吹いている。
 足首程の草が続く草原の木陰に、突然現れた人間と小悪魔の妙な二人組。
 それを警戒するように、数匹のゴブリンがこちらを窺っていた。

「うぉぉぉっ、
 本当にファンタジーゲームの世界みたいだな。」

俺はやりこんでいたゲームの世界に瓜二つの光景にときめいた。

「アホかっ、
 お前が前の世界でやっていたゲームが伝説や神話をモチーフにしているように
 その神話にも元ネタが存在するんや。」

「えっ、つまりはこっちがオリジナルって事か?」

そう訊ねる俺にガクフルはただ不気味な笑顔を浮かべていた。
 ガクフルは、フワフワと空中に浮かびながら変化したカードホルダーを改めて見た。
 不思議な事に見た目は優介の言う通りだった。
 禍々しい魔力を放ち、悪魔の紋章と爪に囲まれた中央には、スタンバイの文字が浮かんでいる。

「まあ、無いとは思うが、一応デッキ召喚について説明しといたる。
 デッキへ十枚の契約済みのカードがセットされるとスタンバイの文字が浮かび上がるんや。
 その文字をタッチする事により、ランダムに一枚のカードがデッキより射出され、
 契約の召喚獣が召喚される。
 その場合、召喚される召喚獣のレベル制限はない。
 ランダムという制限で契約を縛っているからや。
 それにより、運がよければ初手から切り札の召喚獣を召喚する事が可能や。
 まあ、十枚全てを高レベルの召喚獣で揃える事は、ほぼ不可能。
 毎回、希望のカードを引けるわけでもないんで、召喚バトルはかなり運に左右されるな。
 それでも召喚士のレベルが存在しないこの世界。
 召喚獣をはじめ、装備等、どれだけ強いものを所有しているかで全てが決まるんや。
 つまりは、何も持たないお前は、ただの人間ちゅうことや。」

ガクフルは、そう言うとため息交じりに首を振った。
 カオスと言う特殊なステータスをしていた為、もしやと期待してコイツを拾ったが、
 ただのアホ人間を拾ってしまったようや。
 この世界では、魔言という力が全てだった。
 言葉が力を持つこの世界では、どれだけ語彙と創造力を持っているかで全てが決まる。
 だから、何も考えずに行動するコイツは思慮が浅く、最弱の転生者と言わざるおえない。

「でも、スタンバイの文字は出てるぜ。」

そう、めげずに言うと俺はスタンバイの文字をタッチしてみた。

カシャ
 
 音を立てて、カードホルダーから一枚のカードが射出される。
 そのカードを引き抜くと、カードが黒い霧に変わり空へ散っていった。
 黒い霧は、やがて上空の一点へ集まり出し、斧を持ったデーモンの上半身へと姿を変えた。
 筋骨隆々の角が生えた悪魔。
 霧状にもかかわらずその漆黒の表皮はとてつもなく硬く感じられた。
 それは、アラジンの魔法の精のように下半身がなく、ふわふわと不気味に空へ浮かんでいる。

――デーモンソウル レベル4――

そう表示されている名前の下へ、体力と魔法力のゲージが表示されている。
 全身から暗黒の闘気を放ち周囲に異質な香りを漂わせていた。
 その姿はレベル4に相応しく、存在しているだけで圧倒的な存在感があった。
 デーモンソウルは無言でただそこに佇み、少し先のゴブリンの群れを睨んでいる。
 
 睨まれたゴブリンの群れは、見たことのない相手に身を竦ませていた。
 それは動物の本能として感知する死への予感。
 狩る者と狩られる者の明らかな違いを感じさせていた。
 窮鼠、猫を噛む。
 身の危険を感じたゴブリンの群れは、突然狂ったように一斉にこちらへ飛びかかって来た。

「うわっ、助けて。」

突然の出来事に先程までのにやけ顔が消え、俺はその場で腰を抜かし尻もちをついていた。

その瞬間。
 デーモンソウルの斧が横へ一振りされ、豪風と共にゴブリンの群れは一瞬にして光と消えた。

「一撃だと……。
 でも、何故、十枚ないのに召喚できるんや。」

雄叫びを上げたゴブリンの群れが一掃され、突然静寂の戻った草原。
 突然の出来事を理解できず、優介はいまだ腰を抜かし汗と草を握りしめていた。
 ガクフルは、慌てて優介へ言ってステータス表を開かせる。

――ステータス詳細――

名前:カオス
 ユニークスキル:ルールブレイカー

魔法1:
 魔法2:
 魔法3:

武器右:
 武器左:

頭:
 胴:旅人の服
 腕:
 足:

アクセサリー1:
 アクセサリー2:
 アクセサリー3:

デッキ
 1:デーモンソウル レベル4

当然、今の優介は先程手に入れた召喚獣のデーモンソウル以外の装備を持っていない。

(ユニークスキル:ルールブレイカー? )

色の者は、この世界に転生した時に、その者しか持っていない唯一の特殊能力を持っている。
 白の者の『完全蘇生術』や、茶の者の『アイテムクリエイト』等が、そうだ。
 しかし、このスキルは、長年この世界に居るガクフルでも聞いた事がないスキルだった。
 
 優介にユニークスキルのプロパティを開かせる。

ユニークスキル:ルールブレイカー
 装備や魔法について、全てのクラス制限に縛られる事なく使用する事ができる。

ガクフルは書かれている意味を必死に理解しようとした。

通常、装備や魔法にはクラスや系統が存在している。
 剣や鎧は戦士系。
 杖やローブは魔法系でないと装備ができない。
 魔法についてもそうだ。
 炎や水、時空系等は、それぞれの色に分類されている。
 だから通常は自分が所属する系統の魔法しか習得する事はできない。

だがこのスキルは全ての装備や魔法を制限に縛られる事なく使用が可能になるようだ。

色の召喚士は、転生した『ただの人間』である。
 だからこの世界には、プレーヤーのレベルという概念が存在しない。
 つまり、どんなに経験を積んでも、優介の居た世界のゲームのようにレベルは上がらない。
 だから強くもならない。
 体力も増えなければ、筋力も上がらない。
 上がったとしても、せいぜい筋トレのレベルである。
 だがらこそ、装備する物が全ての強さに直結する。
 どれだけ強い装備品を手に入れられるかで、強さが決まる。
 
 ただそれは非常に『困難な道』だった。
 
 まず高レベルのアイテムはなかなか手に入らない。
 もし手に入ったとしてもクラスが異なれば装備ができないからだ。
 その点、全てのアイテムを装備できるこのスキルは、最短で強くなれる可能性を秘めている。
 確かに白の召喚士のユニークスキル:『完全蘇生術』などに比べれば派手さはない。
 だがある意味『最強』とも言える無限の可能性を秘めていた。

(しかし、装備品のルールに制限されない効果が、デッキルールまで及ぶとは……)
 
 考えてみれば召喚獣の召喚契約もシステムへ術式を変換した時点で分類は装備品である。
 言いようによればルールブレイカーの適用内とも言えなくもない。
 だが今までカード一枚で試した人間は誰もいなかっただろう。
 
 そもそもこの『ルールブレイカー』というスキルがなければ成り立たない戦略だ。
 もしこのスキルがなければ今回の行動は貴重な白紙のカードが無駄になっていた。
 
 『白紙のカード』は転生者からしか入手ができない。
 
 何度か研究の末に複製を試みた転生者もいたが、この世界では作製する事は不可能だった。
 だから白紙のカードを手に入れたい場合は他の転生者から奪うしか方法がない。
 偶然だとはいえ初期段階で『レジェンド級』のレベル4を召喚できた事はかなり大きい。
 これがあれば、これから巻き込まれて行くであろう戦いも乗り切れるかもしれない。

(しかし命がけで襲いかかるゴブリンの群れを一撃とはな……
 レジェンド級の召喚獣の力を目の前で見せられれば優介の実力を認めざるをえなかった。
 最初はアホなパリピーかと思っていたが……
 案外コイツならバベルタワーを開門してワイの願いを叶えるかもしれへんな。)

そう思い、ガクフルは身震いをしニヤリと笑った。

「しっかし、お前は、無茶苦茶だなー、カオス。」

ガクフルは、優介へ声をかけた。

「カオス?」

不思議そうに聞き返す優介へ、ガクフルは再びニヤリと笑うと言った。

「そう、お前の名前は、今日から『カオス』や。
 紫色の者 『カオス』」

優介はこの名が『いわくの称号』であり、天使と悪魔の戦争の原因であった事をまだ知らない。

様々な思惑の中、二人の間に微妙な雰囲気が流れて行った。

第四話 サヤカ:ゲーム開幕

気がつくと見知らぬ部屋へ飛ばされ、謎の仮面の女に『断罪ゲーム』への参加を強制された。
 
 先程からサヤカは青い炎に包まれる男をただぼんやり眺めていた。
 一人の人間が焼け死んだというのに、まるで匂いは感じない。
 
 あまりの出来事に断続的に思考が止まった。
 でも自分だけは死にたくないという本能が出来事を必死に思い出させる。

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。
 しかしここで自分が殺される前に相手を殺す事で生き延びる事ができます。」
 
 そう突然現れた仮面の女は言った。
 
 そして断罪ゲームを開始すると言って、私達は自己紹介を始めた筈だった。
 円卓に座ったのは六人。

私の左に、盲目の男の子『アオト』
 右には『震えていた少女』
 その向こうに『禿げずらの中年男性』
 少し席を空けて『二人組の目つきの鋭い男達』

「断罪ゲームを始める前に、皆さんで自己紹介をして親睦を深めましょう。
 なにせ、これから皆さんは殺しあうわけですから。
 先入観を無くす為に皆さんの名前は座った席の色で呼ぶ事といたします。
 それぞれ自分の色と現実世界での職業をお名乗り下さい。」
 
 そう仮面の女に言われ、目つきの鋭い二人組の一人が自己紹介をした。

「名前は茶色。
 職業は会社員だ。」
 そう言った瞬間、火花が咲いて男性が炎に包まれ燃え散った。

どれ位の時間が経っただろう。
 重い空気を打ち破ったのは、燃えて消えた男と話していた男だった。

「おい、これはどうゆう事だ。
 何故、自己紹介をしただけで燃え死んでる。」
 男の声は少し震えていた。

「その男、いや失礼。
 茶色様が嘘をついたからです。」

仮面の女は当然だと言うように静かに答えた。

「そんな事は俺達は聞いてないぞ。
 それを一方的に殺すなんて理不尽じゃないか。」

男は震える声で仮面の女に食ってかかる。
 仮面の女は天井を見上げ、まるで泣いている赤ちゃんを諭すかのように静かに言った。

「ここでのルールは、ちゃんと説明しましたよ。
 『この断罪の間では誰であろうと嘘をつく事は許されない』と。
 ちゃんと聞いていないとダメじゃないですか、
 自分達の命がかかってるんですから。
 次からは気をつけましょうね。」

そう言うと静まり返った部屋を見回し、それぞれへ円卓へ座るように促した。

(生き残りたかったら、些細な言葉も聞き流してはいけない。)

仮面の女の静かな声の奥にそんな警告をサヤカは感じた。

今まで、何となく夢でも見ているような気でいた。
 でも目の前で人が炎に包まれて死ぬのを見ると、これが現実だという事を嫌でも思い知る。
 人が会話をしている声を聞くと意識が夢から現実に引き戻される。
 さっきから手の震えが止まらない。
 (しっかりしろっ、サヤカ。
  私はずっとクラスでも優等生。
  仲間内のもめ事も上手くこなしてきたじゃないのっ)
 私は自分にそう言い聞かせた。
 何とか生き残ろうと、あらためてテーブルへ座ったメンバーを注意深く見た。

仮面の女は全員が席に座った事を確認すると、自分も席につき満足そうに話し始めた。

「それでは、あらためて自己紹介を始めましょう。
 今回だけサービスで、もう一度説明してあげますね。
 これから皆さんは殺しあうわけですから、先入観を無くす為に皆さんの名前は座った席の色で
 呼ぶ事といたします。
 それぞれ自分の色と現実世界での職業をお名乗り下さい。」
 
 そう言われて全員が自分の席の色を見た。
 それぞれの席には色のついたプレートが埋め込まれている。
 そして、それぞれの胸には同じ色のプレート。

私の胸には白のプレート。
 そしてアオトの胸には青が、右の少女の胸にはピンクのプレートが付いている。

「名前は黒。
 職業は警察官だ。」
 炎で焼け死んだ茶色の男と話していた男はそう自己紹介をした。

黒の男の体が炎に包まれない所を見ると、警察官というのは本当らしい。
 すると先程焼け死んだ男も刑事だったのかもしれない。
 目つきが鋭かったのも頷ける。

続いて禿げずらの中年男性が、おどおどしながら自己紹介をした。

「名前は緑。
 職業は教師です。」

到底教師とは思えない挙動不審な態度に、頼りない風貌。
 禿げずらの頭もさることながら着ている服もヨレヨレで、どこか頼りなかった。

私の右に座っている少女の番になったが、下を向き怯えていて話そうとはしなかった。
 仮面の女に言われ、びくっと体を硬直させた後やっと少女は小さな声で自己紹介を始めた。

「ピンク……です。
 中学生で……す。」

中学生と名乗った少女は、それっきり下を向いて黙り込んでしまった。
 制服姿と微かに震えるツインテールの髪が一層少女を幼く見せていた。

私の番になった。
 私は何度も自分の胸に付いている色のプレートを確認し自己紹介をした。

「名前は、白です。
 女子大生です。」

続いて盲目の男の子『アオト』が、はっきりした口調で自己紹介をした。

「青です。
 学生です。」

ここへ飛ばされた時の緩んだ雰囲気は既になく、重い雰囲気と曖昧な温度が部屋を占めていた。
 全員の自己紹介が終わった所で仮面の女は言った。

「では、断罪ゲームのルールを説明します。
 皆さんは、これから『七日間』ここで過ごしていただきます。
 とは言っても、ルール上の七日間ですが……。

まず、『午前中』に皆さんで話し合い、投票により代表者を選びます。

『正午』に代表者名が発表され、『午後』に代表者は断罪者を指名します。
 断罪者に指名された者は一度、弁解の機会が与えられます。
 
 その後、全員で代表者・断罪者のどちらの意見を支持するかをもう一度投票。
 支持されなかった者は『午前零時』に処刑されます。
 もし代表者がここで支持を得られなかった時は一転して処刑対象になりますので御注意下さい。
 投票が同数の場合は記憶の解放が行われます。」

その説明に何人かは頷いていたが、質問をする者はいなかった。

――午前中――

「『午前中』になりました。代表者を決めます。
 話し合いを始めてください。」
 
 突然、天井からアナウンスが流れた。

まず、話し始めたのは黒の刑事だった。

「おいっ、お前達。
 俺に投票しろ。
 誰が殺人者なのか知らないが、こんな狂ったゲームは俺が終わらせてやるっ。」
 
 高圧的な口調だが、早口でどこか焦っているように私には感じられた。
 青のアオトが反論する。

「情報も与えずに、ただ俺に投票しろって理不尽じゃないか。
 だから大人は嫌いなんだよ。」
 
 テーブルを睨み苛立つように声が大きくなる。

「既に人が一人死んでるんだよっ。
 しかも、俺の相棒が……。
 こんな狂ったゲームは直ちに終わらせる必要がある。
 これ以上、罪もない人間を殺さない為に。」

黒の刑事が右手に力を入れて間髪入れずに反論する。

「自分が、殺されたくないだけだろう。
 それに俺は、あんたを信用していない。」

そう言いながら、青のアオトはテーブルを激しく叩いた。
 余りの怒鳴り声に二人の言い争いを私達は、ただ黙って聞いているだけだった。

(やっぱり、焼け死んだ茶色の男は刑事だったんだ。)

私は、男が焼けて消えたあたりをなんとなく見た。
 今では何の痕跡も見受けられない。
 焼け跡も匂いもなく、まるでそんな事がなかったかの様だった。

――正午――

「正午になりました。代表者を決めます。
 投票を開始して下さい。」

天井から再び無感情なアナウンスが流れた。

「俺は刑事だぞっ、
 俺に投票しろ。
 これは命令だ。」

黒の刑事が鋭く叫んだ。
 気がつくと目の前に投票画面が浮かび上がっていた。
 私は誰を投票していいか全く分からなかった。
 しばらく画面を見つめていたが最初に声をかけてくれた青のアオトをそっと選んだ。
 投票が終わり周りを見ると、それぞれも選び終わったようだった。

「投票が、終了しました。
 投票結果を発表します。」

天井からアナウンスが流れると、円卓の上に投票結果が浮かび上がった。

――投票結果――

黒の刑事⇒黒刑事
 緑の教師⇒黒刑事
 青のアオト⇒青のアオト
 白のサヤカ⇒青のアオト
 ピンクの少女⇒白のサヤカ

結果
 黒の刑事が、二票
 青のアオトが、二票
 白のサヤカが、一票

――午後――
「黒と青が、同数の為、今回は代表者による断罪者の指名はなく終了。
 記憶の解放が行われます。」

天井からアナウンスが流れた。

私は内心ほっとした。
 代表者が決まると、誰かを処刑しなければならないからだ。
 私には殺す人を決めるなんて出来そうになかった。
 投票結果の画面に自分の名前が表示された時はびっくりして心臓が飛び出そうになった。

「記憶の解放とは、何ですか。」

アオトが不審げに仮面の女に訊ねた。

「同数の者は、色のプレートに触れる事で、その色の記憶を読み取る事ができます。」

仮面の女がアオトの方を見るわけでもなく淡々と無表情に答えた。

「記憶の読み取り?」

アオトが眉をひそめて聞き返した。

「それは、既に死んだ者のプレートでもいいのか?」

黒の刑事が話に割って入る。

「はい。
 脱落した人を含め、誰のプレートでも選択可能です。」

「では俺は黒の刑事の記憶を読みます。
 黒の刑事っ、プレートを貸して下さい。」

アオトが言うと黒の刑事は乱暴に胸のプレートを外し、アオトの方へテーブルを滑らせた。

「俺は、相棒の記憶を読み取る。」

黒の刑事はそう言うと燃え尽きた死体へ近づいた。

黒の刑事は焼け消えた死体のあたりへしゃがむと茶色のプレートへ触れていた。
 そこには焼けたはずの死体はもう無い。
 真新しい茶色のプレートだけが床にピカピカと光っていた。
 黒の刑事がプレートを触っている間、誰一人として言葉を発する者はいなかった。
 私も不思議な気持ちでその姿を眺めていた。
 何か夢でも見ているようなそんな気分だった。

……と言うより、そう思いたい自分がいた。
 不思議な沈黙のまま少しの時間が流れていた。

「やはりな。」
 そう黒の刑事は一言だけ呟いて立ち上がり私達へこう言った。

「お前達、次は必ず俺に投票しろ。
 次でこのゲームを終わらせてやるっ。
 俺はこのゲームの『必勝法』を見つけた。」

自信げなその声が、暗い部屋中に響き、
 『ゲームの必勝法を見つけた。』
 という言葉だけが私の頭の中で繰り返されていた。

第五話 優介:青の国

緩やかな風が頬に当たり微かに体温を奪って行く。
 カオスこと優介は、不慣れな飛行術でガクフルと海を渡っていた。

『フライ』と呼ばれる飛行術の魔法は扱いが難しい。
 青の国へ向かう為に海を渡らなくてはならず、先程ガクフルから取得した。
 魔法を覚える方法は自分で開眼するか、使える者から教わるかの二つである。
 前者は転生時に修得しているユニークスキル。
 後者は使える者から教わるか、殺して奪う事で習得する。
 また魔法は三種類までしか覚えられず、一度覚えると取り消す事はできない。
 だがら選ぶ魔法は本来、慎重に選ばなければならなかった。
 俺がこの魔法の取得を選んだ理由は二つ。
 海を渡る為に必要だとガクフルから言われた事。
 そしてこの魔法がガクフルにしか使用できない『時空系魔法』だと聞いたからだった。

『レアな時空系魔法』

その言葉の響きに元ファンタジーゲームオタクとはしては心が騒いだ。

「天使など、翼を持つ種族も空を飛べるが、
 スマート差がまるで違うんやっ。」

とガクフルは力説する。

「ワイに言わせれば天使なんて、翼の力に任せた飛び方で原始的や。
 ワイの浮遊術は、まず自分の体を時空のオーラで包み込むんや。
 そして、そのオーラを数センチ上へ移動させる事で、
 オーラに包まれた自分の体も浮き上がるっ。」

「その割には、いつもフラフラ浮いているじゃねぇか。」

相変わらず蘊蓄が長いガクフルの話を切る様に
 俺は力説するガクフルへ、ちゃちゃを入れた。

「うっさい。
 他の事を考えてると位置イメージが固定しないんよ。
 やれば分かるが、無意識で位置イメージを固定し続けるのは意外と大変やで。」

そう言われ実際にやってみるとこれが意外と難しい。
 魔法の取得は終わっているので自分を時空オーラで包み込むまでは簡単だった。
 そこからオーラのイメージを少しづつ上へずらして行くのが難しい。
 浮遊だけに意識を集中していれば何とか飛んでいられた。
 だがガクフルと会話をしていると気が抜けてオーラが解けスーと海へ落ちそうになる。
 やがて飛んでいる内に少しずつコツが解って来た。
 オーラのずらすイメージを十センチから、二十センチ、一メートルと増やしていく。
 すると徐々に飛行のスピードが上がって行った。

「なんやっ、
 やればできるやないか」

ガクフルに褒められ俺は思わず頬が緩んだ。

スー

その瞬間に気か抜けて海へ落ちそうになる。

「アカンっ、
 さっきの言葉は撤回やっ
 コイツは直ぐに調子にのりよるっ」

ガクフルはため息まじりに天を仰いだ。
 やがて海が終わり青の国の陸地が見える頃には俺は自由に空を駆けていた。
 なんだかんだ言ってこの短期間に飛行術をマスターするのだから才能があるのかもしれない。
 これも何でも装備できるスキル『ルールブレイカー』の副次的効果なのか。
 ガクフルに連れて来られた場所は古いヨーロッパ風の古城がそびえる城下町だった。
 古城へ近づくにつれて一部の城壁が壊れ草が生い茂っているのが見て取れる。

『廃墟』

そんな言葉が相応しい程に寂れている。
 何より住民が一人も居なかった。

「ガクフル。
 本当にここが青の国の首都なのか。」

自分の描いていたイメージとはかなり違っている為、思わず訊ねた。

「アホっ、
 ここは旧首都のラブラドルや。
 先の大戦で荒廃し今は廃墟となっとるんや。
 現在の首都は別の場所にある。」

ガクフルは飛びながら答えた。

「なんでわざわざ、こんな所に?」

不思議に思い、更に訊ねる。

「お前はアホかっ。
 敵対している者が無断で他国の首都へ乗り込んだら大変な事になんぞ。」

ガクフルは当たり前だと言わんばかりに呆れ顔で答える。

「俺達は、この国と敵対しているのか?」

思わぬ敵対と言う言葉に、は眉間にしわ寄せた。

「それは、お前次第やでっ。」

ガクフルは意味あり気に答えた。

小さい頃から体が弱く幼くして兄を病気で亡くした俺は両親に怒られた事は一度もない。

『一人っ子の引きこもり。』

そう言ってしまえば身も蓋もないがファンタジーゲームには多少の知識と自信はあった。
 兄が生きていれば外で野球でもしたのだろうがスポーツに縁がない俺は筋肉とは無縁だった。
 そのくせスポーツ万能の兄への憧れは強く褒めには弱く責めには脆い性格である。
 そんな俺にとって頻繁にアホかっと言われる事は多少気づいた。
 そう言えばこちらの世界に来てからは体の調子が良く一度も心臓が止まらなかった。
 (それにしても、どうして悪魔が大阪弁なのだろう?)
 きっとこのエセ関西弁は転生者の誰かが教えたに違いなかった。
 それからしばらくは黙って飛行が続いた。
 突然静かになったガクフルを窺うと何か考え事をしているようだった。
 古城へ到着した二人は、正門を迂回し城の横へ回っていた。
 草が生い茂り長年誰も踏み入れていない事が分かる。
 廃墟と化していても近づくと古城の大きさに驚いた。
 かつてはかなり繁栄したのだろう。
 城壁の高さもさることながら隙間なく組まれた特殊な石垣へ刻まれた文字から力を感じる。
 その雰囲気から物理攻撃のみならず魔法攻撃にもかなりの耐性がありそうだった。
 大軍をもってしても容易くこの城を攻略するのは難しいだろう。

脇の壁の一部をガクフルが触れると黒く光りを放ち隠し扉が開いた。
 漆黒のゲート状に開いた空間を抜けると広い廊下が続いていた。
 その廊下は横幅も広く天井も遥か上に存在していた。
 全体がガラスで覆われ光がよく差している。
 廊下全体が青空に包まれまるで雲の中に居るようだった。
 ここだけ見ると、とてもここが城の中だとは思えなかった。

「無限回廊」

そうガクフルは呟いた。

「無限回廊?」

俺が聞き返すとガクフルは説明を始めた。

「ここは侵入者を閉じ込める無限回廊と呼ばれる次元トラップ空間や。
 この廊下は無限に続いており一度ここへ侵入した者は二度と出る事はできないんや。」

「じゃあ、俺達はもう出られないのか。」

そう訊ねるとガクフルは俺の顔を見て悪戯っぽく答えた。

「お前はな……。
 ふっ、嘘や。
 お前ももう、ここから出られる手段を持っとる。
 この国には昔から不思議な次元の歪みが存在していてな。
 特に六芒星の特異点に当たる、この場所はな。
 だからその次元の歪みを利用してワイが次元トラップを作ったった。」

「この無限回廊はガクフルが作ったのか。」

そう驚いて訊くとガクフルは懐かしそうに頷いた。

「ここに来る前に飛行術を教えたやろ。
 要はそれと同じや。
 この無限回廊内にマーキングしている点のオーラを意識の力で広げて行くんや。」
 
 そう言うと目の前に白く光るゲート状に開いた空間が現れた。
 驚く俺に歩きながらガクフルは言った。

「回廊へ入るのが『黒い門』
 脱出するのが『白い門』
 お前も『次元マーキング』しておけよ。
 帰れなくなるで。」

「『フライ』の魔法って、空を飛ぶだけじゃないんだな。」

感心してそう言うとガクフルの口調が突然真剣になった。

「いいか、よく覚えとけっ。
 魔法の神髄は『魔言』、仕組みを理解できるかで決まるんや。
 理を理解できずに、やり方だけを覚える術者にとって『フライ』は単なる飛行術でしかない。
 だがその仕組みを理解できる魔導士にとってはその先がある。
 魔導士になるか魔術師で終わるかはお前次第やっ。」

正直ガクフルの言っている魔法の神髄はよく解らなかった。
 ただここへ来る途中にオーラのずらす意識を十センチから一メートルに変える事で、
 飛行スピードが上がった経験から仕組みを理解する事が大切なのはなんとなく解った。

(フライはガクフルしか使えない魔法だと言っていた。
 つまりフライは『ユニークスキル』と言う事になる。 
 もしかしてガクフルは転生者なのか?)

そう思い俺はガクフルへ訊こうとした。
 だが思い直して黙って教えられるままに次元マーキングを行った。

「分かったよ。師匠。」

そう言うと俺は驚いて振り返るガクフルを追い抜き歩き始めた。

無限回廊を抜けると青空が抜ける広い闘技場へ出た。
 目を凝らすと奥に数人の人影が見える。
 近づくと王冠をした老女が懐かしそうにこちらを見て話しかけた。

「久しぶりですね。
 ガクフル。」

「久しぶりやな。
 女王も変わらんな。」

ガクフルも懐かしそうに答えた。

「私だけ、ずいぶん年をとってしまいました。」

女王と呼ばれた老女は少女の顔になり少し恥ずかしそうにうつむいた。
 そして横に居るカオスに少し目をやると言った。

「先の選別の儀での騒ぎは聞き及んでいます。
 その者が、例のイレギュラーですか。
 魂が分割できなかった位で、カオス王を名乗るなど、やりすぎでは。」
 
 その言葉には少し怒りが込められているように感じられた。
 その言葉に何か馬鹿にされた気がした俺は思わず喧嘩を売っていた。

「おい婆さん。
 カオスを名乗る資格があるかどうか試してみるかい。
 俺は誰にも負ける気がしないがな。」

女王は不快そうに少し眉を上げた後でガクフルを見つめた。
 ガクフルは困り顔で苦笑いを浮かべながらも黙って頷いた。
 女王はカオスへ視線を戻すと深いため息をついた後に言った。

「分かりました。
 元々あなたの実力を確かめるつもりでいました。
 我が国の騎士と試合をしなさい。
 あなたが勝てば、あなたをカオス王と認め青の国をあなたの好きにすればいい。
 でもこちらが勝てば言う事を一つ聞いてもらいます。
 いいですね?」

「ああっ、今日からこの国は俺のモノだ。」
 
 俺は、自信満々で答えた。

(ガクフルは言った。
 通常の召喚獣は『ボスモンスター級』でもレベル2。
 『色の召喚士の切り札級』でもレベル3。
 だが俺はレベル4の『レジェンド級』の召喚獣を持っている。
 しかもそれを初手で必ず召喚できるチートぶりだ。
 まるで負ける気がしねぇっ。
 そして何よりもこのリアルなレア召喚獣でバトルをしてみたかった。
 うぉぉぉ、
 ゲーマーの血が騒ぐぜっ)

「ゼロ。
 前に出なさい。」

女王に言われ後ろに控えて話を聞いていた一人の騎士が前に出た。
 前に出た騎士は青い鎧、小ぶりの剣を携えていた。
 体格はとても華奢でお世辞にも強そうには見えなかったがどこか意志の強さが感じられた。
 一見すると鎧や武器は王国級だがそれを使う者の実力が見合っていないのが見て取れる。
 
 広い闘技場の中央に完全武装の騎士と旅人の服を身に纏った手ぶらのカオス。
 
 そんなシュールな風景の中、試合は始まろうとしていた。
 そんな二人の間に、ガクフルはふわふわと浮かび言った。

「ルールは無制限一本勝負。
 先に参ったと言った方が負けや。
 両者、異存はないな」

「分かりました。」

華奢な騎士は王国風の礼をすると丁寧に言った。

「オーケー。
 ワンターンキルというのを教えてやるよ。」
 俺はガクフルへウインクして見せた。

ガクフルは二人を交互に見て頷くと言った。

「では、始め。」

その言葉と共に俺は勢いよく後ろへ下がりながら腰のカードホルダーをタッチする。

カシャ

そう音を立ててカードホルダーから一枚のカードが射出される。
 そのカードを引き抜くとカードが黒い霧に変わり空へ散っていった。
 黒い霧はやがて上空の一点へ集まり出し斧を持ったデーモンの上半身へと姿を変える。
 筋骨隆々の角が生えた悪魔、レジェンド級召喚獣デーモンソウルだ。
 それは圧倒的なオーラを放ち空へ浮かんでいた。

――デーモンソウル レベル4――

表示されている名前の下へ体力と魔法力のゲージが表示されている。
 上空に浮かぶデーモンが手にした巨大な斧を構え、圧倒的な圧力で青の戦士を威嚇している。
 それを見た華奢な騎士の体に一瞬緊張が走った。
 小柄な女騎士など強大な斧の一振りを食らえば一溜まりもないだろう。

「きた、きた、きたぁぁぁぁ
 どうだっ、
 レジェンド級っ。」

俺は嬉しそうに叫ぶとニヤリと笑った。

(さあ、近づいて来い。
 デーモンの一撃で試合終了だ。)

召喚された召喚獣の圧倒的な気配に華奢な騎士は足がすくんだ。
 しかし青の国の代表として戦いに臨むプライドがあるのだろう。
 その恐怖を己の意志の力で何とかはねのけ、剣を構えながら慎重に間合いを詰め始めた。

「どうした。
 俺は、無防備。
 丸腰だぜっ。」

チラッと地面に目線を送ってから両手を広げて挑発して見せる。

(あと一歩、前に来い。
 そうすればデーモンの一撃で試合終了だ。)

じりじりと近づく砂利の音だけが響く静寂が過ぎ、ぎりぎりまで間合いが詰められていた。
 剣が届く範囲まで近づこうと騎士の右足が前に踏み出そうとした瞬間、
 俺は勝利を確信して勝ち誇ったように叫んだ。

「やれ、デーモン。
 これで試合終了だっ。」

「ダブルターン」

どこかでそんな声が聞こえた瞬間、俺の喉元には剣が突きつけれらていた。
 上空には青い砂時計が浮いている。

「なっ。」

状況が分からず絶句する俺の耳元で華奢な騎士が囁いた。

「確かに、これで試合終了ですね。
 参りましたと言って下さい。」

「ばかなっ。
 お前、何をしたっ。」

訳が分からず俺の顔は驚きで青ざめていた。
 焦る俺へ今度は華奢な騎士が怒鳴る。

「さぁ、参りましたと言えっ。」

威嚇と共に喉元に突きつけられた剣に力が入る。

「参りました。」

そう俺が言うと華奢な騎士はため息をつき笑顔で言った。

「そうですか。
 では、しばらく動けないので……また後で。」

上空の青い砂時計の砂が全て落ちきり、
 華奢な騎士は石のように固まり動かなくなった。
 俺の喉元に剣が突きつけられたまま、しばらくの時が過ぎた……。

「騙したなっ、
 この野郎。」

俺は怒鳴った。

「綺麗に引っかかりましたね。」

ニヤニヤと女王は笑っていた。

「アホやっ、
 こいつ、ホンマのアホやっ」

ゲラゲラとガクフルは大爆笑である。

そんな中、俺は一人怒っていた。
 聞けば最後のあの瞬間、華奢な騎士ゼロは自身のスキル『ダブルターン』を発動していた。
『ダブルターン』とは時空系スキルで一瞬、相手の時間を止める事ができる。
 その代わりにその後、自身の時間が止まる。
 つまりは時間の前借りスキルである。
 だからあの時、俺は降参をする必要はなかった。
 上空の砂時計の砂が無くなるまで待ち。
 その後に動けなくなったゼロをデーモンで倒せば勝利出来ていたのだ。

「騙したな。
 ゼロ。」

困り顔のゼロに向かって尚も俺は大人げなく食ってかかった。

すると突然、子供にすねを蹴られた。

「いてっ。」

うずくまる俺へ尚も蹴りを入れながら子供は言った。

「姫をいじめるなっ、
 このっ、ポンコツ カオス。」

「止めなさい。
 セブン。」

ゼロはもっと困り顔になって言った。
 そんな光景を微笑ましく眺めながら女王は言った。

「騙されたと怒るが、カオス。
 これが戦争なら、あなたは死んでいる。
 レベル4の召喚獣『デーモンソウル』は確かに強い。
 私でさえ見た事がない『レジェンド級』です。
 まともに戦えばこの世界に勝てる者はいないでしょう。
 でも戦いとは力だけではありません。
 あなたは青の国王としてそれを自覚なさい。」

「ああ、分かった。
 反省するさ。
 ……んっ?
 青の国王?」

そう不思議そうに言う俺へ女王は意地悪そうに微笑んだ。

「試合に負けたら何でも一つ言う事を聞く約束ですよ。」

「つまり俺に青の国王になれと言う事か。」

女王の突然の言葉に驚き思わず俺は聞き返した。

「少し違いますね。
 カオスには私の娘ゼロと婚約してもらいます。」

女王は少し楽しそうに答えた。

「えっ、俺がゼロと結婚?」

ゼロを見ると華奢な騎士は兜を取った。
 そこには顔を赤らめた女性騎士の姿があった。
 どうりで体が華奢な訳だ。
 華奢に見えた体は女性だったかららしい。

「女だったのか?
 ちょっと待て、でもどうして突然そんな話になる。」

意味が分からず俺が聞き返す。

「あなたがカオス王としてバベルタワーを開門する為には全国統一が必要。
 だが私は愛する娘が殺されるのを見たくない。
 だったら結婚してカオス王の妻になる他ありません。」

女王が深刻そうなふりをし首を振りながら言う。

「バベルタワーの開門?
 全国統一って、なんだ。」

俺はガクフルへ訊くが聞こえないかのようにガクフルは知らん顔をしている。
 それを見た女王は深いため息をついてガクフルへ尋ねた。

「ガクフル。
 何も話していないのですね。」
 
「カオス。
 それを説明するにはこの世界の成り立ちから話さなくてはなりません。」

そう言って女王はこの世界に伝わる始まりの伝説を語り始めた。
 太古の昔、この世界ができる前。
 現世ではアトランティスという非常に文明が発達した島があった。
 最初の内は周りとの貿易も栄え周辺諸国とも上手くやっていたという。
 しかしやがてアトランティス文明のある秘密が周辺諸国へ漏れてしまった。
 アトランティスの高度な文明は全て一人の巫女によるものだと知れ渡ってしまったのだ。
 それは神の啓示でもなく天からの降臨でもなく突然一人の少女に現れた。
 その全能の巫女は島中央のバベルタワーへ幽閉されアトランティスが能力を独占していた。
 やがて全能の巫女の奪取を目論んだ周辺諸国は一斉にアトランティスへ攻め込んだ。
 奪取目前、アトランティスは大地震と洪水の為、一日一夜にして海底に没したと言われている。

現世では……

だがこの世界に伝わる伝説はここから始まる。
 ダムスの預言書によればアトランティスは海に沈んだのではなく、宇宙へ上がったのだと……
 アトランティスは月へとその名を変えしばらくの繁栄が続いた。
 しかしある時、月で内戦が起こった。
 規律を重んじる白の民と自由を重んじる黒の民の間で全能の巫女の奪い合いが始まったのだ。
 行き場を失った巫女は自身を四つの能力と二つの感情に分割し地上の胎児へ逃げ込んだ。
 やがて地上では四つの文明が栄え善と悪という二つの感情が生まれた。
 多くの月日が流れ人類の繁栄と共に人口の増加が始まった。
 その事により四つの指導者の力も薄まって行き能力も細分化されて行った。
 全能の力も回収不可能と思われた頃、月では奇妙な出来事が発生するようになったという。
 特別な能力を持った人間がこの世界へ転生して来るようになったのだ。
 『ユニークスキル』と言われるその特殊能力は古の全能の巫女を思わせた。

月の民の末裔達……

白の民は天使、
 黒の民は悪魔、と呼ばれていた。
 天使と悪魔は古の失敗を繰り返さない為にお互いの取り決めをした。
 古より存在する『鳥居の魔法陣』と呼ばれる遺跡にて『選別の儀』と呼ばれる儀式を行う。
 すると転生者の魂が変化した。
 その者の魂が白なら天使が黒なら悪魔が連れて帰る事とした。
 この世界には六芒星の形に六つの国が存在する。
 その中心には誰も立ち入る事が出来ない聖地『バベルタワー』が建っていた。
 黒の国、白の国、赤の国、緑の国、青の国、茶の国。
 それぞれの国には現在、ユニークスキルを持つ転生者が国を治め争っていた。
 その全ての国を統一した転生者だけがバベルタワーを開門する事ができる。
 そして開門した者は、どんな願いも叶うという。
 伝説上、過去に全国を制覇した者は一人のみ。
 青の国王だったその者は、全国を統一した瞬間、属性色が青から紫と表示が変わったと言う。
 その日から青の国王は『紫転王 カオス』と名乗った。
 属性色が紫の者だけがバベルタワーの門を開く事ができると伝承されている。
 だがバベルタワーへ挑んだカオスは戻ってくる事はなく、世界に変化も起こらなかった。
 女王よりここまで聴くと俺は質問した。

「婆さん。
 バベルタワーへ行くと何があるんだ。」

「どんな願いも叶える事ができると言われている。
 だからこの世界の種族達は自分達の願いを叶えて貰おうと転生者を奪い合う。」

それまで知らん顔を決め込んでいたガクフルが遠くで補足した。

「バベルタワーへ入れるのは転生者のみ。
 しかも全ての色の転生者を倒した者のみが開門できると言われている。」

「六人の色の転生者を殺さなければ、門が開かないのか?」
 
 俺が訊くと女王が答えた。

「正確には六つのユニークスキルが必要だと言われている。
 だからこの世界では永遠と色の転生者達による戦争が繰り返されている。
 色の転生者が亡くなり、しばらくすると新しい魂が転生して来る。
 現在、色の国王がいないのはこの青の国のみ。
 だからカオスが転生して来たと思われる。」

「婆さんやゼロは転生者じゃないのか?」

「私達はこちらの世界の人間だ。
 全能の巫女の奪取を目論みアトランティスへ攻め込んだ周辺諸国の末裔と言われている。」

「ゼロは?
 『ダブルターン』ってユニークスキルなんだろ? 」

「ゼロは青の転生者と私の間に生まれたこちらの世界の人間だ。」
  
 俺は、ガクフルの方を向いて訊ねた。

「師匠。
 初めて会った時、前カオス王の従者だって言ってたよな。
 ここの無限回廊も師匠が作ったと言っていた。
 この廃墟の城って唯一全国を制覇したという青の転生者の城なのか?」

「そう。
 そして私のお父さんの城。」
 
 ゼロがガクフルに代わって答えた。

「師匠。
 バベルタワーには何があるんだ?」

俺が訊ねてもガクフルは黙ったままだった。

「私も、聞きたいわ。
 ガクフル。
 あの人とあなたがバベルタワーへ向かってから何が起こったのか。
 どうして今まであなたは姿を消していたのか。」

女王もガクフルへ駆け寄り訊ねた。

「ガクフルさん。
 お父さんは、生きているの?」

ゼロも押し殺していた感情を抑えきれないように訊ねた。
 三人の思いを受けて長い沈黙の後ガクフルは俺の目を見て言った。

「今はまだお前はそれを知る立場ではない。
 説明した所で理解はできないだろう。
 色の転生者を倒すと三つの物が手に入る。

・ユニークスキル
 ・デッキカード
 ・失われた記憶

五つの失われた記憶が揃う時、バベルタワーの秘密が明かされる。
 今言える事はそれだけだ。」

「五つの失われた記憶。」

そう俺は呟いた。
 そう言えば自分は転生前の記憶がなかった。
 思い出せないが何か大切な事を忘れている気がした。
 女王達もそれ以上はガクフルへ何も聞かなかった。
 と言うよりは……聞けなかった。

「とりあえずこの古城の領土はカオス達の新居代わりに与えましょう。
 小さな町ですがカオス王の世界最小の独立国。
 それで名目上は他国の色の転生者と戦う事ができます。
 とは言えここは埃っぽ過ぎます。
 掃除と改修が整うまで私の城へ行きましょう。
 カオスとゼロの婚約パーティーもしなければっ。」

女王が手を叩き、話題を変えるように明るく言った。

「さあ、行きましょう。
 行きましょう。」

そう女王に背中を押されながら俺は気がついた。

「なあ、婆さん。
 ゼロが転生者じゃないんだったら、
 ゼロを殺す必要も結婚する必要もないのでは?」

「あれ。
 気がつきましたか。」

女王は嬉しそうにとぼけて見せた。

「……私は別に結婚してもいいんですけど。」

ゼロが顔を赤らめながらカオスを上目遣いで見ながら言った。

「こんなポンコツには姫は勿体ない。」

そう言ってセブンは再びカオスの脛を蹴って走り出した。

「いてっ」

「止めなさい。セブン。」

ゼロが恥ずかしそうに逃げるセブンを追いかけて行った。

第六話 サヤカ:必勝法

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」

仮面の女の宣言で始まった『断罪ゲーム』。
 ゲーム開始一日目、黒の刑事は言った。

「お前達、次は必ず俺に投票しろ。
 次でこのゲームを終わらせてやる。
 俺はこのゲームの『必勝法』を見つけた。」

自信げな声が暗い部屋中に響いていた。

「必勝法って何ですか?」

茶の教師が救いを求めるように訊ねた。
 その言葉を待っていたかのように黒の刑事が自慢げに頷いた。

「この中に俺達を殺す殺人鬼がいる。
 だがそれが誰なのか分からない。
 無実かもしれない人間を殺すのは嫌だが自分が殺されるのも嫌だ。
 違うか?」

「あんたならこの狂ったゲームを終わらせる事ができると言うのか?」

青のアオトが不満げに訊ねる。

「ああ。
 俺なら確実に殺人鬼を見つける事が出来る。
 しかも自分達の手を汚す事なく殺人鬼を殺す事もできる。
 だからお前達。
 次は必ず俺に投票しろ。」

「あんたの事はまだ信用できない。
 殺人鬼を見つける必勝法があるなら今ここでそれを証明して見せろ。
 大体、殺人鬼を殺す事が出来るのならそこで断罪ゲームは終了。
 あんたに投票する必要はない。
 違うか?」

青のアオトは訊ねるように仮面の女へ視線を向けた。
 話を聞いていた私達も一斉に仮面の女へ視線を向ける。

「その通りです。
 見事、殺人鬼を殺す事が出来た瞬間に『断罪ゲーム』は終了。
 皆さんはこの『断罪の間』より解放され元居た世界へ戻れます。」

「おぉぉぉ」
「解放」
「助かるのか」

そう仮面の女が言った途端に部屋中が騒めいた。

(この部屋より解放されて、元居た世界へ戻れる。)

私は一刻も早くこの狂ったゲームから抜け出したかった。
 ただ無実かもしれない人を殺すのも殺されるのも嫌だった。
 何よりもう目の前で人が死んでいく光景を見たくなかった。

(でも私の『元居た場所』って、どこだろう。)

サヤカは頭がぼんやりとしていてよく思い出せなかった。
 青のアオトに詰め寄られ黒の刑事はしぶしぶ話し始めた。

「いいだろう。
 まず、この断罪ゲームのルールを思い出してくれ。」

――断罪ゲームルール――
 ・七日間、断罪の間で過ごす。
 ・『午前中』に全員で話し合い、投票により代表者を選ぶ。
 ・『正午』に代表者名が発表され、『午後』に代表者は断罪者を指名。
 ・断罪者に指名された者は一度、弁解の機会が与えられる。
 ・全員で代表者・断罪者のどちらの意見を支持するかを投票。
 ・支持されなかった者は『午前零時』に処刑される。
 ・投票が同数の場合は、記憶の解放が行われる。

断罪の間の全員がこのルールを口にした。

「そこじゃないっ、
 俺の相棒が焼け死んだ大切なルールを見落としている。」

黒の刑事が苛立つように言った。

「この部屋では誰も嘘をついてはならない。」

ピンクの少女が小さな声で呟いた。

「そうっ、この部屋では誰も嘘をつく事ができない。
 もし嘘を言えば青い炎に包まれ処刑される。」

黒の刑事はこの言葉を強調するようにそれぞれの顔を見ながら言った。

「そうか。」

青のアオトが気づいたように叫んだ。

「えっ、どうゆう事ですか。」

私は意味が分からず青のアオトの顔を見る。

「つまり、一人づつ順番に、
 私は殺人鬼ではありません。
 と言って行くんだ。
 本物の殺人鬼は嘘がつけないから、その言葉を言う事ができない。
 だからこのセリフを言えなかった者が殺人鬼だ。」

その説明を聞き耳をたてて聞いていた周りの人達は、
 それぞれに複雑な表情を浮かべていた。

パンッ

「その通り。
 さあ、殺人鬼の処刑を始めようか。」

黒の刑事が勢いよく手を叩くと興奮した表情で叫んだ。
 そうして半ば強制的に殺人鬼の踏み絵が始まった。

「俺は殺人鬼ではない。」

まず、黒の刑事が自信気に言った。

一同が緊張な面持ちで見つめたが、何も起こらなかった。

「私は殺人鬼ではありません。」

緑の教師は顔を赤くして怒ったように言った。

……何も起こらなかった。

「わ・・たしは、・・殺人・・鬼では、ありませ・・ん。」

ピンクの少女が下を向いて囁いた。

何も起こらなかった。

(私の番だ。)

私は内心、焦っていた。
 正直、大人の二人のどちらかが殺人鬼だと思っていた。
 ピンクの少女は気弱そうで、とても人を殺すとは思えなかった。
 青のアオトは目が見えない。
 目が見えないのに人は殺せない。
 だからどこか高圧的な黒の刑事か、禿げずらで見るからに怪しい緑の教師のどちらかが、
 殺人鬼だと思っていた……でも違った。
 見ると、大人二人は私が犯人と言わんばかりに睨んでいる。
 ピンクの少女も上目遣いに不安そうにこちらを見ていた。

私は周りの視線を感じながら言った。

「私は人は殺しません。」

一瞬気圧が下がったような沈黙が起こったが何も起こらなかった。
 その瞬間。
 全員の視線が一斉に青のアオトへ注がれた。

(嘘っ。まさか、アオトが殺人鬼?)

私も青のアオトを見つめた。
 アオトのはずはなかった。
 この部屋に飛ばされて来た時、優しく声をかけてくれた彼が殺人鬼とは思えなかった。
 感情では殺人鬼ではないと私はアオトを信じていた。
 でももう一人の私が、あと答えていないのはアオトしかいないと言っている。
 黒の刑事と緑の教師は席を立ち、青のアオトを取り囲むように立っていた。
 それはまるで殺人犯を取り押さえる事件現場のようだった。
 絶対に逃がさないというような気迫を発しながら、じりじりと二人の大人が近づいて行く。

「お前の番だぞ。
 早く言え。」

黒の刑事がアオトから目を離さないまませかした。

「アオト。」

心配になり私は青のアオトへ声をかけた。
 青のアオトは、私の声を遮るように右手を上げると言った。

「俺は、殺人鬼ではない。」

…… ……

見つめる周りの緊張が、最高潮へ達したが何も起こらなかった。
 私は、ほっとした。
 でも同時に混乱した。

(じゃあ、殺人鬼は誰なの?)

「そんなバカな。」
「どうゆう事。」
「誰も、殺人鬼ではない?」

それぞれが混乱したように思った事を呟いた。

「本当にこの中の誰かに俺達は殺されるのか?」

黒の刑事が仮面の女へ噛みついた。

「その通りです。」

仮面の女が無表情に言った。

「この中に殺人者はいる。
 でも誰も嘘をついてはいない。」

青のアオトが考え事をするように口に手を当てて呟いた。

「その通りです。」

仮面の女が青のアオトを見つめながら何かを試すように言った。

「……そうかっ、俺達には記憶がないんだ。
 一日目の投票で同数だった俺は黒の刑事の胸のプレートに触った。
 記憶の解放とは、隠している殺人者の記憶を読み取る為だと思っていた。
 でも『断罪の間では、誰も嘘をつくことはできない。』
 だったら記憶なんて読み取らずに、さっきのように全員に質問をすればいい。
 じゃあ、なぜ、記憶の解放なんてルールがある。
 考えてみれば俺には、ここに飛ばされる前の記憶がない。
 みんなは、どうだっ。
 誰かここへ来る前の事を覚えている奴はいるか?」

青のアオトの問いに、誰も答える事が出来なかった。

(確かに、ここへ来る前の事を何も覚えていない。)

自分がどこの誰なのか分からない。
 私は急になんだか不安になり、アオトの傍へ寄り添った。
 誰かに触れていないと自分が消えてしまいそうだった。
 それぞれが何かを思い、いろんな場所を見つめていた。

寒い沈黙が続いた。

仮面の女も微塵も動かず人形のように何も言わなかった。
 突然、静寂を破るように黒の刑事が青のアオトへ言った。

「おいっ、待て。
 お前、さっき何て言った。
 俺の胸のプレートに触った? 。
 俺はお前にプレートを手渡した筈だ。
 どうして目の見えないお前がプレートが『胸についている』と知っている。」

青のアオトは黙っている。

「おっ、お前。
 私は目が見えませんって、
 言ってみろ。」

黒の刑事が震える声でアオトへ言った。
 青のアオトは黒の刑事を見つめたまま黙っていた。

「目が見えませんって、
 言ってみろっ。」

黒の刑事が恐怖に耐えきれず叫んだ。
 みんなが見つめる中、青のアオトはゆっくりと瞳を開いた。

第七話 優介:新婚生活?

カオスはゼロと王宮内の廊下を歩いていた。
 先のゼロとの対戦で『ダブルターン』の奇策にはまり不覚にも降参をしてしまった。
 その為、何故か青の国の女王の要求により娘であるゼロと結婚をする事になっていた。
 
 今考えてみれば、あの婆さんの計略に最初から乗せられていたのかもしれない。
 聞けば婆さんは、とぼけた顔してかなりの切れ者だった。
 青の国、第十二代目 女王。
 この世界唯一の全国を統一した転生者『紫転王 カオス』の妻にしてゼロの母。
 青の国崩壊後は王宮中が逃げ出す中、唯一国に残りその敏腕で国を復興させた奇跡の女王。
 戦後、病院視察中に包帯が足りないと聞くとその場で来ていた服を脱ぎ切り裂いた。
 驚く重臣達を尻目に、

「これを包帯の足しにして下さい。」

と笑顔で言ったという。
 
 別名:裸体の女神。
 
 それが心からの行動だったのか、贅沢を止めない重臣達への牽制だったのかは謎である。
 ただ結果、国内の女王の人気は高まり王宮内の散財派は駆逐された。
 『裸体の女神』、
 『亡国の狸』、
 『戦神の妻』、
 『歓喜の死神』等の様々な異名を持っている。

何かと謎の多い人物である。

婆さんが俺達の婚約披露パーティーをするからと一同は青の国の王宮へ招かれていた。
 先程まで居た旧首都のラブラドルの荒廃ぶりも凄かったが新首都の活気は凄かった。
 青の国は各国の中でも一番国力の低い農業国である。
 先の戦争により旧首都周辺の殆どが崩壊し、七十パーセントの国民を失った。
 戦争で国の主力たる若者や男性の多くが激減し人口比率が狂った時は生産が維持できず
 この国は一時、ゴーストカントリーと化した。
 にもかかわらず宮殿へ入るまでの街並みには人が溢れていた。
 そして出会う国民が次々と笑顔で婆さんへ手を振った。
 聞けば戦争で行き場を無くした人々をこの国は積極的に受け入れているのだと言う。
 どうして種族を問わず無条件で受け入れるのかと婆さんへ訊ねると

「私達人間は、そもそもが、よそ者。
 だから少数派は助け合わなければ生きていけない。」 
 
 と笑って言った。

現在、六つの国の中で唯一転生者の国王が居ない青の国。
 元々が農業国であり、軍事力を殆ど持たない青の国。
 それはいつ他国に滅ぼされてもおかしくない状況だった。
 だから一刻も早く転生の王が現れた事を国内外へ知らせ、国を安定させる必要があるという。
 青国に強力な転生者が現れたと流布して他国から攻められない抑止力にしたいのだ。
 
 つまりは『政略結婚』である。

「ほんの形だけの婚約じゃよ。
 嫌なら無理に結婚をする必要はない。
 ただ国が安定するまでは、結婚をするフリをしていておくれ。
 それが今回の戦いの約束じゃ。
 まあ、ゼロが気に入ったら本当に貰ってくれて構わんが。」

そう婆さんは笑いながら言っていた。

今までは本当は無防備な軍事力にもかかわらず嘘をついていた。
 前の王が全国を統一したというイメージだけで、あたかも鉄壁の国力があるように見せていた。
 他国から移民を受け入れている事もハッタリとしては有効だった。
 そんな青の国が貧しく疲弊しているという状況はこの国へ住めばすぐに分かるだろう。
 それでも民が笑顔でいるのは自分達の居場所を見つけた事による安心感だからだろう。
 不安定な精神状態の移民にとって生活の基盤となる居場所がある事は大きかった。
 そんなこの国の光景を目の当たりにしてカオスは少なからずこの国への好意を感じていた。
 王宮へ着くとゼロはパーティーの準備が整うまでとカオスの手を引いて宮内の案内を始めた。
 その顔はどこか嬉しそうで今では胸を押しつけて腕を絡ませている。

「おっ、おぃ、ゼロ
 そんなにくっつくなよっ」

余り女性経験のない俺は慌ててそう言った。
 思えば今まで彼女が居た事はなかった。
 体が弱く引きこもりの俺の事を好きになるような女性は居なかった。
 というより全く出会いがなかったのだ。
 なぜなら部屋には俺しか居ないのだから……
 大学を卒業して何とか就職してからも職場では上辺の付き合いばかり。
 恋人どころか親しい友達さえ出来なかった。

大人になると親友なんて出来ないものである。

それなのに今は一足飛びに女性が腕を絡ませている。

(国の安定の為の政略結婚か。)

そんな事を思いながらゼロの顔を見る。
 するとそれに気がづいたゼロが不思議そうにこちらを見上げていた。

「国の為の政略結婚。
 ゼロは本当にこれでいいのか。」

俺が訊くとゼロは少し顔を赤らめながら答えた。

「お母さまが移民を受け入れる時に言っていました。
 どんな困難があろうと人は、自分の居場所さえあれば幸せになれるって。
 私は転生者の父とこちらの世界の人間との間に生まれました。
 みんなは優しくしてくれますが、どこにも属さない異端児です。
 だから子供の頃からずっと孤独を感じていました。
 それが初めてみんなが私を必要としてくれています。
 こんなお荷物だった私でもこの国の役に立つことができるんです。
 だから、国の為の結婚と言われても、これでいいんです。
 ……これがいいんですっ。」

そう言って絡ませた腕に、ぎゅっと力を込めて抱きついた。
 その力と体温には、どこか女性の強さと意志が感じられた。

王宮内をしばらく進むと一面にステンドグラスが張り巡らされた広間に出た。
 見ると一人の少女が跪き、熱心に祈りを捧げている。
 手には十字架のペンダントが握られていた。

「セブン。」

ゼロが憐れむような目をして呟いた。
 余りに熱心に祈りを捧げているので気がつかなかったが、
 俺をポンコツと罵って脛を蹴った子供だった。
 セブンは元々、他国の戦争孤児だったという。
 両親や兄弟達を目の前で殺され、家もなく、食べる物にも不自由に国中を彷徨った。
 生死の狭間で歩く内に悲しいという感情も欠落し、空腹という感情さえも消えて行った。
 気がつくと名も知らない移民団に組み込まれ、ただ食べて生きていた。
 移民団がセブンを助けた訳ではない。
 ただ荷物運びの人手が欲しかったのだ。
 一年後、移民と共にこの国へ流れ着き、奴隷市場に売り払われた。
 そしてセブンは偶然市場に買い物に来ていた王宮人に奴隷として拾われた。

まるで調味料を買うように野菜と一緒に買われたのだ。

台所の下働きとしてこき使われ続けた三か月目。
 偶然、王宮内を探索していた姫の目に留まり、
 ゼロのお側係りとして身の回りの世話をするようになった。
 ゼロには身近に同世代が居なかったのだ。
 だからセブンを妹のように可愛がり、共に剣術を学び、学友として常に傍らへ置いた。
 そんなゼロをセブンは姉以上に慕って生活の全てをゼロへ捧げた。
 ゼロが成人し、騎士として『ゼロ』の称号を得た際には、寝る間も惜しんで努力し続けて
 姫の役に立ちたいと共に騎士となり親衛隊となった。
 そんな全てを失ったセブンにも宝物があった。

それは唯一の私物、『十字架のペンダント』

子供の頃、戦争で家族を殺され焼け野原で泣いていると一人の神父に出会ったと言う。
 神父は泣いているセブンに優しく声をかけ、十字架のペンダントを渡して言った。

「これから毎日、この十字架へ向かって祈りなさい。
 そうすれば、あなたは神の御心によりきっと救われるでしょう。
 だから、もう泣くのは止めなさい。
 泣きたくなったら祈るのです。」

そう神父は優しく言うと頷く少女の頭を撫でた。
 それからセブンは片時も十字架を離さず、時間があると祈りを捧げ続けている。
 青の国へ来れた事も、姫に出会えた事も、十字架へ祈りを捧げたからと信じている。

「なあ、この世界にも神様って存在するのか?」

その話を聴いた俺がゼロへ訊ねた。
 ゼロは悲しそうにただ黙って首を横へ振った。

この世界に神など存在しない。

それでも神へ祈りを捧げる事でセブンが生きられるのならと、周りは何も言わなかった。
 俺達が近づくとセブンも気づき立ち上がった。

「姫っ、まだこんな所に居たのですか。
 そろそろドレスへ着替える時間です。
 さあ一緒に参りましょう。」

そう言うと腕を組んでいるゼロをカオスから無理やり引きはがし手を引き歩き出した。
 何となくついて来た俺をセブンが姫に気がつかれないように睨む。
 (ポンコツ、カオスはついてくるなっ)と言わんばかりに、しっしっと黙って手を振った。
 ばつが悪くなり俺はゼロ達から離れて行った。
 
 ドレスルームへゼロを連れて行くセブン。
 腕を掴んでいたセブンの手は、いつしか手へ移動され指同士で手を繋いて歩いていた。
 いわゆる恋人繋ぎである。
 その姿は側から見ると本当に仲の良い姉妹の様だった。

「姫、結婚止めるなら今ですよ。」

セブンがゼロと目を合わせずに言った。

「私、カオス様と結婚する。
 これは私が決めた事なの。」

ゼロも目を合わせずに答えた。
 すると突然、セブンはゼロを引き寄せて唇を奪った。

長い口づけの後……

「ずっと、姫の事が好きでした。
 だから結婚しないで下さい。」

そう言って、もう一度キスをしようとした。
 そんなセブンをゼロは拒絶するように黙って押しのけると

「ごめん。」

そう小さな声で言って走り去った。

カオスは寝室のベットの上で一人座ってゼロを待っていた。
 先程まで続いていた婚約披露パーティーは盛大に行われた。
 突然の発表にも係わらず国内から多くの人々がお祝いに駆けつけた。
 ただ婚約をしたと言う発表だけでこんなにも国中が幸せなムードに包まれるとは驚きだった。
 この国の貧困や様々な問題は、何一つ変わらない。
 だがまるで全ての問題が解決されたかのような希望を皆が感じていた。
 婆さんも女王として何か一つやり遂げたような満足そうな表情を浮かべていた。
 最初は何となく言う事を聞く約束だからと流された感もある婚約。
 でも今では、まんざらでもない気がしていた。
 少なくとも一時でも多くの人々を笑顔にさせた事は間違いない。

(引きこもりのゲームオタクでも他人を笑顔にさせることができる。)

俺もまた少し幸せな気分になっていた。
 そんな事を考えていた為、いつの間にかゼロが隣に座っていた事に気がつかなかった。

「何か、楽しそうですね。
 旦那様。」

そう言うと胸を押しつけて腕を組んできた。
 振り向いた俺はゼロの姿を見て絶句する。

(なっ、なんだこれ?)

その姿は何故か紺の『スクール水着』で髪は少し濡れていた。
 鎧姿の時には気がつかなかったが、こうして胸を押し当てられるとゼロはかなりの巨乳だった。
 ゼロは背こそ低かったがショートカットのボーイッシュタイプの顔立ち。
 大きな瞳に肉厚な唇をしていた。
『旦那様』と見上げる顔がっ、とても可愛く、顔が……かなり近かった。

(これは引きこもりの童貞男には少し刺激が強すぎるっ)

突然の事に照れて思わず目線を外す俺へゼロが甘えた声で訊ねた。

「旦那様。
 この水着どうですか?」

「どっ、どうして、水着なんだっ。」

動揺よりも男心が勝りゼロに気づかれないようにチラッと目線を戻して盗み見る。
 基本はスクール水着だが胸元はかなり開いていて、窮屈な水着から胸がこぼれ落ちそうだっ。
 アヒル口の唇の下にハッキリと見える谷間が反則的な色気を醸し出していた。

「お母様が、新婦の勝負服は『スクール水着』か『裸にエプロン』だって。
 旦那様は、エプロンの方がよかったですか?」

ゼロが天然さを爆発させて訊いてくる。

「あの婆さん、
 世間知らずな娘に何を教えてるんだっ。」

俺は笑顔にピースサインの婆さんの顔を思い浮かべながら、
 (婆さんっ、グッジョブ。)と心の中で称賛した。

「旦那様、
 私、指輪欲しいかもです。」

そんな俺の気持ちをよそにゼロが左手を掲げ薬指を見つめながら甘えた声でおねだりした。
 姫はきっと今まで人に物をねだった事がないのだろう。
 顔を真っ赤にし、こちらを見上げながら恥ずかしそうに甘える瞳が(ダメ?)と訊いている。
 対戦の時に見せた凛々しい顔とのギャップ。
 俺は思わず吸い込まれる様にゼロを抱きしめていた。
 人生初めてかもしれない女性の温もりを感じながら

(婆さん。グッジョブ。二回目)

と心の中で称賛を繰り返す夜が優しく更けて行った。

第八話 サヤカ:アオトの嘘と他人の秘密

気がつくと見知らぬ部屋へ飛ばされ『断罪ゲーム』への参加を強制されたサヤカ。
 ゲーム開始、二日目、

「俺はっ、このゲームの必勝法を見つけた。」

そう言った黒の刑事の行動が不発に終わった直後に『それ』は起こった。
 静寂を破るように黒の刑事が青のアオトへ叫んだ。

「おいっ、待て。
 お前っ、さっき何て言った。
 俺の『胸のプレート』に触った? 。
 俺はお前にプレートを手渡した筈だ。
 どうして目の見えないお前がプレートが胸についていると知っている。」

青のアオトは黙っている。

「おっ、お前。
 私は目が見えませんって言ってみろ。」
 
 黒の刑事が震える声でアオトへ言った。

青のアオトは黒の刑事を見つめたまま黙っていた。

「目が見えませんって言ってみろっ。」

黒の刑事が恐怖に耐えきれず叫んだ。

私達が見つめる中、青のアオトはゆっくりと瞳を開いた。

「お前っ、
 本当は目が見えるのか。」

緑の教師が驚いた顔で聞いた。

「嘘でしょ。
 アオト。」
 
 私は寄り添っていた体を離し、思わず距離をとった。
 アオトは深いため息をつくと、苛立ちまじりに言った。

「ええ。俺は目が見えます。
 別に弁解するつもりはありません。
 だからっ、なんだってんだ。
 今、大事な事は新事実が分かった事でしょう。」

そう言うと同意を求めて沈黙するその場を見回し続けた。
 だが誰も目を合わせず、同意する者はいなかった。

「この中に殺人者は確実にいる。
 『断罪の間では誰も嘘をつくことはできない。』
 このルールがある前提で皆が自分は殺人鬼ではないと言った。
 誰も炎に包まれ処刑されなかったから誰も嘘をついていない事になる。
 でもこの中に殺人者は確実にいる。
 その答えは『殺人鬼に殺人の記憶がない。』のだと俺は思う。
 記憶がないから自分は殺人鬼ではないと言っても嘘にはならない。
 この部屋のルールは嘘をつかない事であって、真実を言う事ではないのだから。
 その証拠に断罪ゲームには、もう一つのルール『記憶の解放』が存在する。
 きっと、このゲームは闇雲に無実の人間を処刑するゲームではなく、
 『記憶の解放』により相手の隠された記憶を見つけるゲームなんだよっ。」

「だが、どうやって殺人鬼の記憶を暴くんだ。」

緑の教師がよく理解できないといった顔で訊ねた。

「簡単だ。
 今回は全員が自分に投票すればいい。
 そうすれが全員が同数となり、平等に誰かの記憶を読み取る事が出来る。」

アオトは自分の嘘をもみ消すように熱を持って説明した。
 今度は数人がアオトを見つめて頷いていた。

――午前中――

「『午前中』になりました。代表者を決めます。
 話し合いを始めてください。」

天井からアナウンスが流れる。
 先程まで目が見えないと自分達を騙していた男の提案。
 どこか信じられない気がしたが現状、自分達が生き残る為に他の手段がない事も事実だった。
 皆がそう思いながらも誰も話し出そうとはせずに時間だけが過ぎて行った。

――正午――

「正午になりました。代表者を決めます。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

「コイツが俺達を騙していた事は気に食わない。
 だが今は、自分達が生き残る為の情報が無さすぎる。
 だから今回は全員が自分に投票する事にしよう。」

正午になってようやくそう言って黒の刑事がそれぞれを説得して回り始めた。
 そして気がつくと目の前に投票画面が浮かび上がっていた。
 私は言われるがまま自分へ投票した。
 投票が終わり周りを見ると、それぞれも選び終わったようだった。

「投票が終了しました。
 投票結果を発表します。」

天井からアナウンスが流れると円卓の上に投票結果が浮かび上がった。

――投票結果――

黒の刑事⇒黒刑事
 緑の教師⇒緑の教師
 青のアオト⇒青のアオト
 白のサヤカ⇒白のサヤカ
 ピンクの少女⇒ピンクの少女

結果
 黒の刑事が、一票
 緑の教師が、一票
 青のアオトが、一票
 白のサヤカが、一票
 ピンクの少女が、一票

――午後――
「全員が同数の為、今回は代表者による断罪者の指名はなく終了。
 記憶の解放が行われます。」

天井からアナウンスが流れた。
 なんとなくアオトと一緒に居る事が気まずくなり、私はピンクの少女へ声をかけた。
 自己紹介の時、中学生と名乗った少女は『桃香』と言った。
 中学の制服姿とツインテールの髪のせいで実際よりも幼く見えた。
 発言もどこか頼りなく、常に下を向いて小さな声で話していた。
 聞くとやはりモモカも気がつくとここへ飛ばされ、それ以前の記憶がないのだと言う。

(誰の記憶を読もう。)

私はアオトの方を見た。

アオトに相談したかったが、とてもできる雰囲気ではなかった。
 しばらく考えて、一番怪しいと思った黒の刑事の記憶を解放した。
 黒の刑事のプレートへ触れると、サヤカの頭の中に黒の刑事の記憶が再生された。
 黒の刑事と死んだ茶の刑事が何か言い争っている。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 警察署内の廊下を足早に歩く黒の刑事を茶の刑事が追いかける。
「黒さんっ、待ってくださいよ。
 何を一人でコソコソ調べているんですかっ。
 単独捜査は厳禁だって知ってるでしょ。
 俺は黒さんの相棒なんですから、何でも言って下さいよ。
 二人で捜査しましょうよ。」

警察学校を卒業し交番勤務を経て刑事課に異動になって一年。
 黒さんとは絶えず一緒に行動してきた。
 ベテラン刑事の黒さんは俺を息子のように可愛がってくれて
 どんな事も経験だと些細な聞き込みにも必ず同席させた。

『刑事の技能は現場でしか磨かれない。』

それが黒さんの口癖だった。
 それが今回は一人で何かを探っていた。
 どんな質問でも笑顔で答えてくれる黒さんが、どうにも口ぶりが重かった。
 
 黒さんがヒソヒソ電話をしているのを見かけた事がある。
 俺に気がつくと慌てて切ったが、『名和大学』とか『女子大生』と言った単語が聞こえた。

『名和大学』

それは特区バベルにおいてバベル財団が経営する名門私立大学である。
 経済や芸能に特化している大学で、卒業生に有名企業の社長やアーティストが多い。
 この街に住む人間で名和大学を知らない者はいない有名校である。
 
 ただ、それだけにきな臭い。
 
 金と利権が渦巻き、闇の噂が絶えない学校だった。
 この街の経済の殆どを牛耳っているバベル財団という企業も謎が多い会社だった。
 本社がこの街に移転して来たのが数年前。
 膨大な資金を背景にあっという間にこの街はバベル財団の管理化に置かれた。
 街の財政が潤う代わりに住民の全てが何かしらバベル財団関連の仕事についている。
 現役の市長や市議会議員達が数年で名和大学卒業生に入れ替わった。
 その後この街が特区に指定をされると、独立国バベルと揶揄される程の鎖国ぶりである。
 黒さんの娘さんも今年から名和大学に通っていた。
 全寮制の名門大学。
 この大学に入学できれば将来の成功は約束されるとまで言われていた。
 以前、黒さんに娘さんの写真を見せて貰った事がある。
 父子家庭で育ったとは思えない程、明るく素直なお嬢さんだった。
 奥さんを早くに亡くし、祖母と暮らしている娘と休日過ごすのが黒さんの楽しみだった。
 名和大学に合格した時は、よっぽど嬉しかったのだろう。
 普段プライベートの話は一切しない黒さんが珍しく娘さんの事を話してくれた。
 今まで苦労をかけたが、これで娘は一安心だ。
 後は、お前みたいな男と結婚してくれれば。
 そう言って涙ぐんだ。
 俺が冗談で、
「じゃあ俺が娘さんを貰いますよ」って言ったら笑いながら小突かれた。
 それが今回、名和で何かが起こっている。
 バベル財団はパンドラの箱。
 下手に手を出すと命取りだった。

「別にっ、隠れて捜査なんかしてないさ。
 まだ初動の段階だから少し動いているだけだよ。
 本格的に何か掴めたら、お前にも話すから。
 捜査って程の案件ではない。」
 
 黒の刑事が頭を掻きながら、なだめる様に説き伏せた。
 だが納得できない茶の刑事は尚も黒の刑事へ食い下がる。

「俺っ、知ってるんですよ。
 黒さんの追ってるヤマって名和大学でしょ。
 あの企業への介入は危険ですって。
 娘さんが通っている学校だからって、
 単独捜査は不味いですって。」

そう言う茶の刑事を笑いながら手を振り、黒の刑事は去って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇

(名和大学って、私の通っている学校だ。)

私は、映像を見ながら思った。
 『記憶の解放』は他人の秘密を盗み見るようで少しだけ後ろめたかった。
 でも黒の刑事が私の学校の事を調べていた事は間違いなかった。

(黒の刑事が、茶の刑事を殺した?
 何か捜査を一人でやって、茶の刑事に隠していたみたいだけど……。)

そう思ったが、今回解放した記憶だけではよく分からなかった。
 私の学校を捜査している刑事に、教師に、学生……。
 なんとなく無作為に集まったと思っていたが、みんなが何かで繋がっている気がした。
 
 他人の秘密を覗き見るのは……、
 何となくドキドキする。
 
 刑事という一見、真面目な聖職も裏では殺人鬼の顔が隠れているのかもしれなかった。
 本人が忘れている殺人鬼の記憶……

(他の人は、どんな他人の秘密を盗み見たのだろう。)

私は周りの人間の顔色を窺いながら、何とも言えない高揚感に包まれていくのを感じた。

第九話 優介:緑国偵察

汗の匂いと共に、蒸し蒸しとする空気に包まれて少し汗が流れ落ちる。

「ダン様、
 もう少し先に進んでみましょうか。」

ゼロはそう言って森の中を先頭切って進んで行った。
 カオスとゼロは緑国の偵察へ来ていた。
 この深い森を進んでいるのは婆さんの助言があったからだ。
 現在この世界には六芒星の形に六つの国があり、五人の国王が治めている。
 それぞれの国王には、この世界へ来た『転生者』が王位に就いていた。
 
 各国の王は、その国の色から、
 『黒転王』
 『白転王』
 『赤転王』
 『緑転王』
 『茶転王』と呼ばれていた。
 
 青の国は永らく王が不在であったが、今回のゼロとの婚約により俺が青転王に就任した。
 六人の転王が揃った事で、いよいよバベルタワーを開門する王が出現する可能性が出てきた。
 今後、虚勢を張って守って来たこの青の国も他国に攻められる可能性がある。
 仮に攻められないにしても、俺が五人の転王を倒さなければならない。
 そこでまず、どの転王を倒すべきか俺は婆さんへ相談をした。

「今この世界で一番強いと言われているのが、悪魔族が治める黒国の『黒転王』。
 『完全なる死』というユニークスキルを持ち、現在、茶国と戦争中である。
 次に強いのは、天使族が治める白国の『白転王』。
 『完全蘇生術』というユニークスキルを持ち、白翼の女神と呼ばれている。
 赤国を治めているのが、ドラゴン王と呼ばれる『赤転王』。
 緑国を治めているのが、ビースト王と呼ばれる『緑転王』。
 現在、黒転王と戦っているのが、ドワーフ族が治める茶国の『茶転王』だ。
 お互いに国力が弱く、自給に不足がちな農業国の青の国と工業国の茶国。
 隣接する茶国と青国は昔から不可侵の同盟関係にある為、まず攻略するなら右の緑国だろう。
 まあ、いきなり戦わず、相手の内情を偵察し、しっかりと対策を練ってから戦う事じゃ。」

そう婆さんに言われ、俺はゼロと緑国の偵察に来ていた。

(姫様一人では心配)

とセブンも無理やりついて来たが……その割には様子がおかしかった。
 あれだけいつもゼロの世話を焼いていたセブンが、今日は一言もゼロと話そうとはしなかった。
 ゼロも何故かハイペースで一人、森の中を突き進んでいた。

「なあ、お前達。
 喧嘩でもしたのか。」

不思議に思い二人に訊ねた。

「私と姫が喧嘩するなどっ、ありえない。
 無駄口を叩いてないで、さっさと歩け。
 ポンコツ カオス。」

後ろのセブンが小突いてきた。

(ずっと、姫の事が好きでした。
 だから、結婚しないで下さい。)

そう言ってキスをしたセブンの事を思い出し、顔を赤らめながらゼロも言った。

「何でもないの、ダン様。
 この森、まだまだ奥があるようです。
 先を急ぎましょう。」

(ダン様。)

婚約初夜から、ゼロは俺の事を『旦那様』と呼び始めた。
 周りの手前、流石にそれは止めてくれと照れて頼んだ所、ふくれて怒りだした。
 やっと納得させた妥協案が『ダン様』だった。
 これもどうかと思ったが、
 ゼロの怒った顔からの、
 (駄目ですか?)の甘え顔のあまりの可愛さに、渋々承諾させられてしまった。

『ギャップ萌え』である。

どうも、婚約初夜からゼロのあざとい可愛さが加速している。
 その陰に見え隠れする婆さんのアシストを感じ、俺は思わず、

(婆さん。グッジョブ。)

と心の中で称賛していた。
 婆さんの策略に乗せられたとしても、それが好意からならば断わる理由もなかった。
 病弱な引きこもりの俺でも女性に興味がない訳ではない。
 妄想シミュレーションならむしろこの国一番を自負してもよかった。
 それにゼロが言った言葉。

「初めてみんなが私を必要としてくれています。
 こんなお荷物だった私でもこの国の役に立つことができるんです。」

(どんな困難があろうと人は、自分の居場所さえあれば幸せになれる……か)

幼い頃に兄貴が死んで両親に怒られた事がない一人っ子の引きこもり。
 タブーと忖度の狭間での隔離生活。
 気遣いという暴力を同じように味わって来た俺はその気持ちが理解できた。

そして何より昨晩のゼロの体温を経験してしまったら……

今まで経験がない分、落ちると早かった。
 恋への憧れと温もり。そしてスクール水着……
 今晩の裸にエプロンを想像すると悪魔に魂を売りそうだった。
 前を歩く、桃尻に見惚れながらゼロと会話を交わしながら進む。
 ゼロの甘えた声に魂が浸食されていくのを感じながら、頭を振って正気に戻る。

熱い緑国の森を突き進んで行く内に、流れる汗と共に俺は妙な違和感を感じていた。

今回の目的は緑国の偵察。

国境沿いの森を少し侵入し、最初に出会う敵の戦力を確認し、撤退する予定だった。
 しかし俺達は森をズンズン進んで行き、今ではかなり森の奥まで侵入していた。
 
 いや……『侵入し過ぎていた。』
 
 ゼロが、どんどん一人で先へ進んで行き、後ろからセブンに小突かれ気づかなかった。
 こんなに敵が国境線を越え侵入しているのに、敵に全く出会わないのはどう考えても変だった。
 偵察を中止し一度引き返す事を考え始めた頃、長い森が終わり開けた広場に出た。
 大理石のような黒い石畳が広場全体に敷き詰められている。
 先程までの少し汗ばむ暑さと変わり、どこかひんやりとした空気が漂っていた。
 俺は目を凝らして奥を見た。
 百メートル程先に太い柱に挟まれた祭壇のような物があり、何者かが立っていた。

「セブンは、
 ここに居ろ。」

俺はそう言い、ゼロを連れて注意深く祭壇に近づいた。
 祭壇へ近づくと緑のローブを羽織った初老の男が立っていた。
 猫背に片眼鏡。蛇のようなギラついた視線がゼロを嫌らしく舐めまわす。
 その視線にゼロは嫌悪感を覚え、我慢できずにカオスの後ろへ隠れた。
 睨む俺へ初老の男は、へらへらと不気味な笑顔を浮かべて言った。

「初めまして、青転王。
 私は『緑転王』と呼ばれる者。
 こんなに簡単に罠にはまるとは……まだまだ青い。
 さようなら。」
 
 緑転王が指を鳴らすと、周りの森から一斉に熊の軍団が次々と現れた。

(罠っ、)

俺はゼロを庇いながら後ろに下がると、カードデッキを叩いた。

「出でよっ。
 デーモンソウル。」

しかし召喚獣は一向に現れなかった。
 緑転王が笑いながら言う。

「無駄ですよ。
 この石畳の石は魔力を吸収する特別な石。
 この広間では誰も魔法を使う事はできない。」

「魔法無効化フィールド?
 だがそれは、
 お前も同じだろ?」

そう言う俺へ楽しくてたまらないという表情で緑転王が叫ぶ。

「魔力? 
 そんな物は必要ありませんっ。
 真の力とは魔力なんかではなく、
 科学ですよっ。」

熊の軍団が近づくにつれ、熊の異様な風貌が目に入る。
 緑の水晶を埋め込まれた眼に体の所々からはみ出る金属片。
 明らかに何かしらの機械が埋め込まれ『サイボーグ化』していた。

「私の転生前の職業は科学者でね。
 向こうでは、やれコンプライアンスだとか予算だとか
 いろいろと規制が煩かったが、こっちではやりたい放題ですよ。
 あいつらは何も分かってはいない。
 科学とは犠牲の歴史。
 私の才能をくだらない倫理観で、どいつもこいつも邪魔をする。
 それに比べてこちらの世界はいい。
 誰もが欲望に正直だ。
 自分の欲望を満たす為ならどんな犠牲も黙認なのだから。
 そろそろ動物実験にも飽きてきたので、人間に取り掛かりたかった所です。
 ちょうど別の欲望も満たしたかった所でね。」

そう言うと緑転王は、蛇のような目でゼロの胸を視姦した。
 陰湿な視線を感じてゼロは胸を隠して震えあがった。

そんな様子をセブンは遠くから眺めていた。
 遠い為、会話は聞こえなかったが、姫がモンスターに囲まれて危ないのは分かった。
 どうしようかと考えあぐねていると、突然、何者かに後ろから肩を叩かれた。
 今まで全く気配を感じていなかった為、驚きセブンは振り向いた。

「神父様?」

セブンは思わず声が出た。
 そこには戦争で家族を殺され焼け野原で泣いている時、
 優しく声をかけてくれた神父様が笑顔で立っていた。
 あの時、神父様はセブンに優しく声をかけてくれ、十字架のペンダントを渡して言った。

「これから毎日、この十字架へ向かって祈りなさい。
 そうすれば、あなたは、きっと救われるでしょう。
 だから、もう泣くのは止めなさい。
 泣きたくなったら祈るのです。」

それからセブンは片時も十字架を離さず、時間があると祈りを捧げ続けてきた。

「セブン、久しぶりですね。
 あれから毎日、ちゃんと祈りは続けていましたか?」
 神父は優しい声で訊ねた。

「はいっ、
 毎日、欠かさず祈りを捧げています。」
 セブンが十字架を出して嬉しそうに神父様へ見せた。

満足そうに頷いた後、黒い服の神父はゼロ達を見て眉をひそめて言った。

「あの女性は、
 あなたの大切な人ですか。」

「はい。
 この命を捨てても守りたい姫です。」

セブンは、すがる様に神父へ言った。

神父は膝をつき、そっとセブンを抱きしめると、残忍な顔で耳元で何かを囁いた。
 セブンは高揚した顔で何度も頷くと、ゼロの方へ走り出した。

「クロス・銃モード」

走りながらセブンが叫ぶと、十字架のペンダントは大きな銃に姿を変えていた。

俺は追い詰められていた。
 緑転王の罠にはまり、魔法が使えないエリアに誘い込まれた。
 その為こちらは、ほぼ丸腰の状態で機械によって狂暴化した熊に囲まれている。

以前、師匠が言っていた。

「ええかっ、色の召喚士は転生した『ただの人間』や。
 だから魔法が通用せんかったら直ぐに逃げ出せ。
 ひ弱な引きこもりなんか、あっという間にあの世行きやでっ」

特殊な魔法無効化フィールドによって今、俺は魔法が使えない。 
 唯一対抗できる武器は魔力を必要としないゼロの剣だが、あまり期待はできなかった。 
 無限回廊での経験から時空系魔法の『フライ・ゲート』を使用しようかと思った。
 無限回廊内にマーキングしている点へ移動するゲートを開いてここから脱出するのだ。
 だが魔法が使えないエリアでは、それも出来なかった。

チラッとゼロの方を見る。

俺だけなら隙をみて逃げ出せるかもしれないが、女の子を連れて逃げ切る自信はなかった。
 出会って間もない婚約者だったが、もう他人ではない。
 あのゼロの体温を経験した今、一人で逃げる気にはなれなかった。

(あぁぁ、今夜の裸にエプロン見たかったな~)

俺は薄っすら涙を浮かべて空を見上げた。

これはゲームではないっ。

死ねばそこで終わりなのだ。
 万事休す。
 生まれて初めての死の予感。
 経験した事のない嫌な汗が額から流れ出た。

「ダン様」
 
 不安そうにゼロがカオスに寄り添った。

「悪い。
 せめて、お前だけでも逃がしたいんだが、
 それも無理かもしれない。」

俺は引きつった顔で微笑んだ。

ドンッ。
 
 その時、背後で大きな爆音がして数体の戦闘熊が吹き飛んだ。
 見ると銃を抱えたセブンがこちらへ飛び込んで来る。

「姫、ご無事ですか。」

セブンが息を切らしてゼロに訊く。

「セブンっ、
 その銃は、どうしたの。」

大きな銃を抱えた突然のゼロの突入に驚いて訊ねる。

「話は後です。
 おいっ、ポンコツ カオス。
 姫を逃がすぞっ。
 何とかしろ」

そう言うセブンを俺は少し離れた所へ引っ張り、小声で訊いた。

「お前それ、あと何発撃てる。」

「一発だな。
 それで何とか姫を助けろ。」

「それならっ……あっ、いや。」

少し考えてから俺は言うのをやめた。

「おいっ、ポンコツっ、
 今、何か思いついたんだろ?」

「いやっ、別に……」
 
 ハッキリしない俺にセブンは苛立ち気味に胸ぐらを掴む。

「なんだ?、
 いいから言えよっ」
 
「……おっ、お前っ、姫の為に死ぬ気はあるか。」

「当たり前だろっ、
 俺はその為だけに生きているっ。」

セブンはその問いを待っていたと言わんばかりの笑顔で答えた。

その呆れた笑顔に俺も苦笑いすると、ゼロを呼び寄せて『偽の作戦』を伝えた。

「まずセブンが銃で後方の熊を吹っ飛ばし、空いた穴からゼロが先に撤退。
 その間、空いた穴が塞がらないように、俺が左へ、セブンが右へ移動し、他の熊を引き付ける。
 ゼロが安全圏まで移動した後にセブンが再び銃を撃ちまくり俺達も撤退する。
 だからゼロは後ろを振り返らずにそのまま先に撤退してくれ。
 後で青の王宮で落ち合おう。」

心配そうに二人を見つめるゼロへセブンが銃をかざして明るく励ました。

「大丈夫ですっ、姫。
 この銃の威力見たでしょ。
 あんな熊なんて銃乱射で瞬殺ですよ。
 ただ念の為、足が遅い姫が先に脱出するだけですっ。」

「そうそう、
 ゼロは巨乳が邪魔して早く走れないからな。」

俺も悪戯っぽく笑い援護する。

「ひどい、二人共。
 ゼロも早く走れるもん。」

ゼロがやっと安心したように笑った。

「では、ちゃちゃっと終わらせますかっ。」
「では、ちゃちゃっと終わらせますかっ。」

二人が、同時に声を張り上げた。

セブンの最後の一撃で後方に一瞬、穴が開いた。
 ゼロが脱出した事を見届けると、二人は背中合わせに立ち、囲まれた戦闘熊を睨んでいた。
 一瞬開いた穴も直ぐに塞がれ、弾切れの二人には、ここから脱出する術は残されていなかった。

「俺、お前の事、嫌いだよ。」

セブンが叫んだ。

「俺はそうでもないぜ。
 ゼロがお前の事、好きだからな。」

そう叫ぶと、セブンは気が抜けたように苦笑いをした。

「やめたっ、
 このまま、殺されるのは性に合わない。」

セブンが言った。

「同感だっ、
 じゃあ、予定通り、お前が左で、俺が右。
 どちらが死んでも恨みっこなしで。」

そう言うとセブンは初めて普段、姫にだけ見せている笑顔を俺に見せた。

「姫を助けられた時点で、恨んでなんかいないよっ。
 ありがとう……っ」

「オラッ、オラッ、バカ熊共っ
 こっちだよっ」

そう言ってセブンは左の熊の群れへ突っ込んで行った。
 俺も黙って右へ走り出した。
 途中、セブンのうめき声が後ろで聞こえたが振り返らずに走り続けた。
 その後の事は覚えていない。
 ただ闇雲にあちこち走り回り、気がつくと見知らぬ森深くで傷だらけで倒れていた。
 渓流の水が頬に触れ、水の流れる音に目を覚ます。
 見上げると、二匹の蒼い狛犬がこちらを見ている。
 どうやらこの狛犬に助けられたようだった。
 深い森に差し込む光が二匹の狛犬と渓流の水を蒼白く輝かせている。

『神獣』

そんな言葉が相応しい程、二匹の狛犬からは荘厳なオーラが溢れていた。
 全身が蒼い毛で覆われており、左は一本の、右は二本の角が頭から生えていた。

「助けてくれたのか。」

そう訊ねると、頭の中に神獣の声が響いた。

「緑転王は命を弄んでいる。
 森の獣に機械を埋め込み意志を奪い。
 命を使い捨てる。
 そんな王を我々は王とは認めない。」

俺は、よろよろと立ち上がると『フライ・ゲート』で無限回廊へのゲートを開いた。
 神獣の領域だからなのか?
 ここでは時空魔法が使用できるようだった。

「俺の名は青転王カオス。
 いつか必ず、お礼にまた来る。
 だからここに時空ゲートのマーキングをさせてもらうよ。」

そう言うと俺は『神獣』へ名前を尋ねた。

「我らは、『あ・うん』。
 始まりと終わりを司る者。
 感謝の気持ちがあるのなら緑転王の暴挙を止めてくれ。
 その為なら、いくらでも力を貸そう。」

カオスは深々と狛犬達へお辞儀をすると、時空ゲートの中へ入って行った。

第十話 サヤカ:桃香の記憶

気がつくと見知らぬ部屋へ飛ばされ、モモカは『断罪ゲーム』への参加を強制されていた。

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」

そう不気味な仮面の女は言った。
 それを聞いた時、正直何が起こっているのか分からず、あまり恐怖は感じなかった。
 実はモモカには『リアル』がなかった。
 ずっとイジメられて過ごしてきたせいか、全ての出来事が他人毎のように思えてならない。
 それはいつの間にか自然と身に付いたモモカなりの処世術だった。
 どんなに辛い事があっても、これは自分に起こった事ではないと思い込む。
 そうするとフィルターがかかって少し気持ちが楽になった。
 それと引き換えに、もう一人の私が現れた。
 その私は、いつも一歩下がった場所で怯える私を達観視していた。

私はそっとこの部屋にいる人達の様子を窺った。
 周りにいる人達は誰もが大人ばかりで、とても話しなんて出来そうになかった。
 大学生の男女も居たが、スクールカーストの一軍にいるような人達でとても馴染めない。
 中学生活をずっと『ボッチ』で過ごした。
 そんなヒエラルキーの底辺にいるモモカにとっては眩し過ぎる人達。
 その光は一緒の部屋に居る事が息苦しい程だった。

『断罪ゲーム』という殺し合いが続いている間もモモカには決定権はない。
 ただ自分に自信のあるリア充な人達で事が決まって行った。

「今は自分達が生き残る為の情報が無さすぎる。
 だから今回は全員が自分に投票する事にしよう。」
 
 黒の刑事が言ったそんな言葉も、
 つまらないドラマでも観ているようにぼんやりと眺めていた。
 
「全員が同数の為、今回は代表者による断罪者の指名はなく終了。
 記憶の解放が行われます。」

天井からアナウンスが流れた。

『殺人鬼に、殺人の記憶がない。』
 『記憶の解放』により相手の隠された記憶を見つけるゲーム。

そんな言葉が耳に入った瞬間、モモカの鼓動は高鳴った。
 この部屋に来て初めて自分の感情が動き出す音を聞いた気がした。

それは殺人の記憶がないという言葉にではない。

人を殺すなんてとてつもない事を私なんかが出来るとは思えなかった。
 私が動揺したのは『自分に記憶がない。』という事実に気がついたからだった。
 元々いつもボッチな私にとって、自分の存在なんて無いも同然だった。
 それでも自分の中には、ささやかな感情があったし、スクールカースト一軍への憧れもあった。
 でも今の私には全く自分の記憶が無かった。
 なんだか自分自身が昔読んだ絵本の人魚の様に、海の泡となって消えてしまった気がした。
 だから周りが殺人鬼探しに夢中になっている時、私は一人そっと自分の記憶を解放した。

少しでも自分の中にあった感情を取り戻したかったから。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 モモカは名和高校の教壇の前に立っていた。
 三年生の終わりではあったが、一人親元を離れ、誰も私を知らない町へ引っ越して来た。

(今度こそ、私は変わる。)

そう強い思いで教壇の前で自己紹介をしていた。
 強い意気込みと反比例するようにクラスの生徒達のモモカへの関心は薄い。
 自己紹介の間も誰も私の話を聞いていないように感じられた。

先月までの高校生活を思い出すと吐き気がした。
 今度こそ無理やりキャラを作ってでも、スクールカーストの一軍に入らなければならない。
 でなければ、無理やり引っ越しまでして『人生をリセット』した意味がなかった。

その為に手に入れた『赤い切符』を使ったのだから。

自己紹介をしながら教室内を見渡すと一際輝いている女生徒が居た。
 ヒエラルキーの底辺から、カーストの一軍を羨望し続けて来た私には、一目で分かった。
 一軍を制するのは不良グループでもメジャー系運動部でもない。

ただ『美人というだけで、何もしない女』
 
 昼休みになると、私は早速その女に声をかけた。
 その女は『サヤカ』という名前だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇

記憶の解放が終わり、まだ意識が、ぼーっとしているモモカは声をかけられた。
 振り返ると、そこには先程の記憶の中に居た
 
 『美人というだけで、何もしない女』が立っていた。
 
 その女は心配顔で上から目線で話しかけて来る。
 先程まで男子にベッタリだった筈が、青男子の嘘が発覚した途端に私へ声をかけて来る。
 
 モモカはそんなサヤカの無意識な暴力に体が微かに震えた。

(自分は誰からも拒絶されないと思っている。)

そんなスクールカースト一軍特有の『ずうずうしさ』に羨望とは別の感情も生まれていた。

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」

そう言った仮面の女の言葉が何故かモモカの頭の中で繰り返されていた。

第十一話 優介:茶転王の魔道具

(いつまで経っても帰って来ない。)

ゼロは自分の手を握りしめ、不安に震えながら王宮の部屋に居た。
 偵察の為に緑国の森へダン様とセブンの三人で入り緑転王の罠にはまった。
 足の遅い私が先に離脱して、後から二人もすぐに脱出するはずだった。
 だが、未だに二人は戻って来なかった。
 日も落ち、暗くなりかけた頃、部屋に傷だらけのカオスが帰って来た。

「ダン様っ。」

ゼロは泣きながら傷だらけのカオスへ抱きついた。
 カオスはそのまま床へ倒れこみ、仰向けになりながらゼロへ訊ねた。

「ゼロっ、
 セブンは……帰って来たか。」

「まだ帰って来ないのっ、
 何があったの?
 セブンの銃を乱射して、
 すぐに脱出できるはずだったじゃないっ。」

ゼロは泣き顔を振りながら同じ問いを繰り返していた。

「そうか。」

それだけ言ってカオスは涙を浮かべて天井を見つめた。
 左右に別れて走り出した際に後ろで聞こえたセブンのうめき声。
 この時間になっても戻らないからには、多分セブンはもう生きていないのだろう。
  
(俺、お前の事、嫌いだよ。)
(姫を助けられた時点で、恨んでなんかいないよ。
 ありがとう。)
 
 そう言ったセブンの言葉が頭の中で繰り返されながら、
 カオスの意識は遠のいて行った。

数日後、カオスは茶国の門を叩いていた。
 茶国はドワーフが治めるこの世界随一の工業国である。
 この世界で唯一のミスリル鉱山を所有する国で、金属の加工技術が進んだ職人集団の国だった。
 門をくぐると町には鉱山を採掘した跡地を利用した住居が続いていた。
 茶国には仕事熱心で、面倒くさがり屋、無類の酒好きで、がさつという国民性がある。
 その為、町は仕事場と住居・酒場が直結して作られていた。
 つまりは『掘る』・『飲む』・『寝る』が最短で行える構造となっているのだ。
 鉱山をくり抜いた天井の低い王宮を進み、今は控えの間で王への謁見を待っていた。
 先程から入り口に立っている髭モジャのドワーフの見張りがこちらを睨んでいる。
 
(どうしてドワーフは皆が口髭を生やしているのだろう。)
 
 これまでにすれ違ったドワーフ皆が背が低く髭モジャで、まるで見分けがつかなかった。
 入口の見張り二人も持っている斧の形状は違うものの背格好はまるで同じだった。
 顔を覆うモジャモジャの髭が一層区別をつきにくくしている。
 そんな見張りの視線を感じながら俺は茶国へ来た理由を思い出していた。
 
 満身創痍で緑国から逃げ帰ってから三日間。
 意識を失っていた俺が目を覚ました後、婆さんと師匠とで今回の事について話し合った。
 婆さんへは今回の経緯を説明し、セブンはゼロを逃がす為にたぶん死んでいる事を伝えた。
 婆さんは時折、頷きながら黙って説明を聞くと、泣いているゼロの背中を擦り、

「本人の決めた結果を誰も否定してはいけない。」

そう一言、強い口調で皆に言った。
 不思議なのはセブンが持っていた銃だった。
 結局、二発しか撃つ事が出来なかった銃。
 だが魔法が使用できない広間においてその威力は絶大だった。
 
「たぶん、それは『魔道具』やな。」
 そう、聞きなれない言葉をガクフルは言った。

婆さんが言うには、『魔道具』とは茶国の茶転王のスキル『クリエイト』でのみ作製が可能な
 特別なアイテムだと言う。
 茶転王の使用する武器に似たような銃があるとの事だった。
 『魔道具』については茶国の独占品の為、他国へ流出する事は絶対にない。
 また茶国が独占しているからこそ、この世界最強と言われている黒国と戦えているのだ。
 だから他国の従者に過ぎないセブンが『魔道具』を持っている事は考えられなかった。
 だが他にあの銃の性能の説明がつかない事も事実だった。
 
 茶国に来たのは、その疑問を解決する為。
 そして緑国攻略の為に出来れば『魔道具』を譲ってもらいたいと思ったからだった。
 青国と茶国はお互い不可侵の友好国である。
 戦後、荒れ果てた国を立て直す為に青国は軍事力を捨てて農業に力を入れて来た。
 一方、職人バカ集団の茶国は工業に没頭する余り食料が不足していた。
 高い技術力を持つ茶国。
 食料問題は魔道具を輸出すれば解決するが、黒国との戦争中の為、技術の流出は避けたかった。
 そんな時に青国の婆さんが食料支援と引き換えに不可侵の友好条約を申し出た。
 無防備な青国の安全と食料難の茶国との間で利害が一致し両国は友好関係にあると聞いている。
 だが実際に来てみると妙にピリついた雰囲気で、想像していた対応とかなり違っていた。
 先程からこちらを睨んでいる見張りのドワーフも、明らかな警戒心が見え隠れしている。

しばらくして、やっと俺は王の間へ通された。
 王の間に入り長い赤絨毯の上を進む。
 王座の右に女ドワーフが立っており、階段下の左に宰相らしいドワーフが控えていた。
 だが王座には肝心の茶転王の姿はなかった。
 散々待たされた挙句の王の不在。
 説明を促すように俺は二人のドワーフへ視線を向けたが二人共に押し黙っている。
 見ると宰相らしきドワーフは何やらブツブツ言いながら、目線があちらこちらに泳いでいた。

(明らかに何やら動揺している。)

同盟国の王が訊ねて来たので仕方なく王の間へ通した。
 だがその後の対応がまるで決まっていないかの様だった。
 俺は待ちきれずに階段下の宰相らしきドワーフへ声をかけた。

「失礼ながら、茶転王は今どちらに。」

「王は今、大変御多忙の為……その。」

宰相ドワーフがしどろもどろに答えた。
 俺は苛立ち強めに怒鳴った。

「同盟国の王が会いに来たというのに、
 多忙の為、会えないとはどういう事か?
 何たる不敬っ、
 茶国は青国と戦争をするおつもりかっ。」

「それは、その……つまり……あの。」
 
 宰相が慌てて答える。

「もう、よい宰相。」
 
 そんな宰相へ女ドワーフがため息まじりに声をかけた。
 多分、王女なのだろう。
 風貌はツインテールに白銀の胸当て、膝まであるブーツに高貴なローブを羽織っている。
 来客だというのに手にはまるで花束を思わせる黄金の斧を持っていた。

「青転王殿
 大変失礼いたしました。
 私共にそのような他意はございません。
 実は茶転王は、先の黒転王との戦いで負傷し寝込んでおります。
 その為、御用は后である私がお伺いいたします。」

そう后が言うと宰相はウンウンと何度も俯いた。

(はぁ、なるほどそう言う事か。)

仕方がなく俺はドワーフの后へ緑国での出来事とこの国へ来た理由を伝えた。
 ドワーフの后は頷きながら話を聞いた後に困り顔でため息をついた。

「申し訳ございません。
 その答えは茶転王しか答えられないでしょう。
 急を要する内容に、お仲間も一人亡くなっている……。
 ……分かりました。
 少しの間だけですが茶転王の元へ御案内いたします。」

そう言うと后は慌てて止める周りの反対を押し切り、カオスを茶転王の元へ連れて行った。

薄暗い神殿のような部屋に入ると、淡く光る祭壇が部屋の中央にポツンと置かれていた。
 近づくと、その祭壇のような所に一人の男が横たわっている。
 周りのドワーフ同様、背が低く小太りだ。
 だが頭や顔にも一切の毛はなく、黄金の鎧に全身が包まれていた。
 鎧の隙間から赤い鎖帷子が覗いている。
 枕元には鎧と同じ色の黄金のハンマーが置かれていた。

「茶転王は先の黒転王との戦いで黒転王のユニークスキル『完全なる死』をかけられました。
 『完全なる死』は、かけられた者が即死するスキルですが、装備していた魔道具により、
 現在は辛うじて意識不明のまま生きています。
 ですが私の寿命も残り僅か、間もなく私達は死ぬでしょう。
 残り時間はそうありませんが、どうぞこの指輪をつけてお話し下さい。」

そう言って后は指輪を外し、カオスへ差し出した。
 俺は指輪を受け取り、勧められるまま指へはめてみた。

――『リンクリング』――
  リンクしますか?

突然、目の前の空間へメニューが浮かび上がる。
 ドワーフの后の方を見ると勧めるように微笑んで手を出していた。
 俺は頷いて答え、承認をすると急激に自分の体力と魔法力が吸い取られていくのを感じた。
 軽い目眩の中、しわがれた声が頭の中から聞こえる。

「坊主っ、
 こんな死にかけの爺になんの用だ。」

驚いて祭壇を見るが、目の前の茶転王は横たわったままだった。
 どうやら『リンクリング』という魔道具は、お互いの全てをリンクさせるアイテムらしい。
 こうしている間も俺の寿命は『完全なる死』によってドンドン削られている事になる。
 茶転王が即死しなかったのは、このリングによって后の命を拠り所としたからだろう。
 残り時間があまりないと言われた理由がやっと理解できた。
 
(つまりは時間をかけると俺の寿命も底を尽き、共にあの世行きという訳だ。)

俺は慌てて用件を切り出した。
 まず俺は茶転王へ緑国での出来事を話し、セブンの銃について訊いてみた。

「たぶんそれは、黒転王が作った儂の銃の模造品だろう。
 お前さんの仲間は黒転王の実験に利用されたんじゃろ。
 だが所詮は模造品。
 『魔道具』の秘密を知らない限りエネルギーがすぐに枯渇する。
 坊主は色の転生者を殺すと何が手に入るか知っておるか?」

そう茶転王はカオスへ訊ねた。

「・ユニークスキル
 ・デッキカード
 ・失われた記憶
  と聞いている。
 そして五つの失われた記憶が揃う時、バベルタワーの秘密が明かされると。」
 
 俺は師匠の言葉を思い出しながら答えた。
 それを聞いた茶転王は高らかに苦笑しながら言った。

「ふっ、ふっ、ふぁっ
 バベルタワーの秘密じゃとっ?
 そんなもんは都市伝説じゃよ。
 誰も入った事も、戻った者もいないのに、何故それを知っている。
 転生王が戦う理由はただ一つ。

『失われた記憶の奪還』じゃよっ。

儂はこの世界に転生する前は町の小さな技術者だった。
 来る日も、来る日も、機械をいじり、歯車と油に囲まれて過ごしたもんじゃわい。
 だが転生される直前の記憶がない。
 お前もじゃろ、
 どうだ?」

確かに俺にもこの世界に来る前の記憶がなかった。
 思い出そうとすると『サヤカ』と『青い海の天使』という言葉だけが頭痛と共に浮かんで来る。
 その度に切ない気持ちになって、何か大切な約束を忘れているような気がしていた。

「転生者は皆、王になり権力を持つと自己について知りたくなる。
 自分は何故この世界に転生して来たのか。
 どうして前の世界の肝心な部分の記憶のみが欠落しているのか。
 自分は必要だからこの世界へ呼ばれたのか、
 不要だからこの世界へ飛ばされたのか。
 儂は長年、黒転王と争ってきたが、肝心な事は分からぬまま死を迎えるようじゃ。
 悔しいが致し方あるまい。
 まぁ、良い妻に恵まれ、愉快な仲間達と好きな機械弄りに明け暮れた。
 この世界に転生して来て伝説のミスリル鉱山を発見した時には歓喜して
 三日三晩、酒を飲み飽かしたもんじゃわいっ。
 楽しかったな~。
 酒はこの世で最も偉大な発明じゃわいっ。
 これはこれで幸せな人生じゃった。
 ……そうじゃっ、
 このまま、黒転王へ戦利品を盗られるのも悔しいから、
 嫌がらせに坊主にコレをくれてやろうっ。」

そう茶転王が言うと、俺の目の前にメッセージが表示された。

――三つの『オーパーツ』を獲得しました。――
 ・ユニークスキル『クリエイト』
 ・魔道具『ソウルイーター零式』
 ・『失われた記憶』

「まずはユニークスキル『クリエイト』を登録し、
 メニューを開いてみろ。」

そう茶転王の声が聞こえた。
 言われるままにスキルを触る。
 
(スキルを登録しますか、破棄しますか)とメニューが表示された。

登録を選び、スキルメニューを開く。

――『クリエイト』――
 アイテム名:
 機能説明:
 召喚契約:
 エンチャント:
 という欄が表示されている。

「ユニークスキル『クリエイト』は『魔道具』を作製できるスキルじゃ。
 その神髄は、まず機能説明にある。
 坊主は魔言という言葉を知っておるかの?
 儂達転生者が発する言葉には、この世界の者にはない不思議な力が宿っておる。
 昔の人間はそれを言霊と呼んだりしたが、この世界では魔言と呼び崇められている。
 漠然としたイメージで作製する一般的なアイテムとは異なり、
 詳細に説明欄へ魔言を記述する事により強力かつ、複雑なアイテムの作製が可能じゃ。
 またプログラムを書き込む事で自動運転も組み込める。
 しかし強力な威力や複雑性を求めれば求める程、それに伴うエネルギーが必要となる。
 黒転王が作った模造品の銃が数年蓄積した魔力で二発しか撃てなかったのが良い例じゃ。
 そこでエネルギー元に召喚契約をした『召喚獣』を組み込む。
 その召喚獣が強ければ強い程、その魔道具の威力は強大になる。
 魔の道具と言われる理由がそこにある。
 儂の愛機の魔道具『ソウルイーター』もその一つじゃ。
 この銃の優れている所は、剣モードで二刀の短剣になり、切った相手の魂を食らっていく事。
 貯まった魔力は柄の周りに埋め込まれた魔法石へ蓄積されていく。
 銃モードで二丁の銃へ変形し、蓄積された弾数まで発砲が可能じゃ。
 剣の切れ味や銃の威力は契約されている召喚獣のレベルによる。
 残念だが儂の死と共に『ソウルイーター』と契約している儂の召喚獣も消える。
 銃は譲ってやるから契約する召喚獣は坊主が自分で探すのじゃ。
 また通常手に入る儂の『デッキカード』はこの銃に組み込んであるので手に入らない。
 欲しければこの魔道具を砕くがよい。
 魔道具を作製するには『深い知識』、『デッキカード』と『召喚契約』が必要になる。
 魔道具が量産できず儂しか作製できない理由はそこにある。

あっ、そうそう。

エンチャントについてじゃが、魔道具を作っていると稀にエンチャント欄がついたアイテムがで
 きる事がある。
 この『ソウルイーター』にも最大の三スロットがあるのが見えるじゃろ。
 いわゆる付加能力をつける機能だが、この世界には武器へ属性を付与する技術が存在しない。
 儂もアイテムへ付与できないかと方々探した。
 だが誰一人としてできる者がおらず文献すら存在しなかった。
 残念だが諦める事じゃ。

説明は以上じゃ。
 さあ、儂の指輪を外して楽にさせてくれ。
 その『リンクリング』も一緒に持っていくとよいっ、
 なに遠慮するな婚約祝いじゃよ。」

そう言って茶転王が祭壇の上で悪戯っぽく笑ったように見えた。
 俺は二刀の短剣が納められたホルスターを大事に腰へ巻いた。
 そして茶転王へ深くお辞儀をして、ゆっくりと指から指輪を外した。
 手を握り真剣に見つめる后の隣で茶転王が眠る様に息きを引き取っていく。

「茶転王。
 あなたの愛銃は砕かず大切に使わさせていただきます。
 それにこの魔道具に契約してくれそうな『神獣』に心当たりがあります。」

俺はそう言うと背筋を伸ばし、緑国、神獣の森へのフライ・ゲートを開いた。

第十二話 サヤカ:緑川の記憶

気がつくと見知らぬ部屋へ飛ばされ、緑川は「断罪ゲーム」への参加を強制されていた。

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」

そう仮面の女は言った。

(どうして私はこんな殺人ゲームへ参加しているのか。)

緑川はこの部屋へ飛ばされてからずっとその事ばかりを考えていた。
 身なりこそ安月給の為ヨレヨレの服を着ているが、これでも名門 名和大学の教師だ。
 ストレスと禿げずらの頭のせいで存在感はまるでないが、それでも教師である。
 ゲーム開始、二日目、私は不満気に自分の記憶を解放した。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 私は教師である。
 それも名門校と名高い『名和大学』の……

名和でなければ人にあらず。
 この街の住人は二種類に分けられる。

名和出身者とそうでない者。

私が学生の頃には名和大学はまだ存在していなかった。
 これでも子供の頃は神童と呼ばれ、勉強はかなり出来た方だった。
 だから名和大学がもしあったらきっと受かっていただろう。
 前職の学校にも名和出身の教師が居たが、決して自分の方が劣っているとは思わなかった。
 それなのに名和出身でないというだけで出世も出来ずに不遇な扱いを受けていた。
 転機が訪れたのは一年前、学校の健康診断の数日後に赤い封筒が届いた。
 通知書と書かれたその紙で人生が変わった。
 バベル財団関連企業への就職資格を得たのだ。
 その後、名和大学教員試験を受け私は憧れの名和大学教員となった。
 名和大学。
 それは特区バベルにおいてバベル財団が経営する名門私立大学である。
 名和学園は創立以来、上級学校への進学を目的としており、殆どの生徒が名和大学へ推薦枠にて
 進学をする高大一貫の教育機関である。
 クラスはM組、E組、I組、W組、A組と五つあり、M組とE組は特別クラスである。
 M組は大会社の社長の子息等で構成されており、莫大な寄付金を背景に最新設備と教師陣により
 徹底した経営理論を叩きこまれる。
 E組は画家や音楽家等の芸能の子息達で構成されており、感性を育てる事を目的に自由とクリエ
 イティブな環境が徹底されている。
 その為、有名企業の社長が名和出身と言う事も多く、絵画や音楽の賞も多数受賞している。
 二つのクラスの実績こそが名和が名門と言われる所以である。
 その他の三つのクラスは一般クラスだが決して他校と比べて偏差値が低い訳ではない。
 むしろ平均よりも抜きん出て高い位である。
 しかしこの特別クラスと一般クラスの間には天と地程の開きがあった。
 名和大生と名乗れるのは特別クラスの生徒だけ。
 一般クラスの生徒は『雑種」と影では呼ばれていた。
 
 それは教師も同じである。

憧れの名和大学教員となりバラ色の人生を送れると思っていたが現実は違った。
 名門校にて通常クラスの教師である私は『雑種教師』との扱いを受けていた。
 これなら前職の学校の方がまだマシなくらいだった。
 華やかな特別クラスの教師とは違い存在感がまるでない空気のような存在。
 通常クラスの生徒にも『透明教師』と影で呼ばれる程だった。
 そのくせ厄介事は押しつけられる事が多く、通常クラスの生活指導員をやらされていた。
 通常クラスの教師が教師なら生徒も生徒だ。
 特別クラスに見る華やかでおしとやかな空気はまるでなく、
 ただガサツでプライドだけ高い密閉された集団だった。
 これならまだ前職の学校の不良達の方が可愛げがあった。
 毎日押しつけられる雑用にうんざりし退職も考え始めた頃にそれは起こった。

今日も私は日課の校内巡回を行っていた。
 退屈な生活指導員の巡回業務にも密かな楽しみがあった。
 廊下を歩いている途中、いつもの場所で足を止める。
 向こう側の校舎の窓際に一人の女生徒の姿が見えた。
 
 「サヤカ。」

私は年甲斐もなく胸をときめかし頷きながら呟いた。
 遠くから毎日数分間、彼女の様子を見守って癒される。
 これが私の密かな、そして最大の楽しみだった。

恋心。

そんな言葉にも似た感情と共に私は数か月前からこの女生徒が気になっていた。
 担任ではないが廊下ですれ違う度に彼女は私に挨拶をしてくる。
 担任のクラスの生徒でさえ『透明教師』と呼び、挨拶どころか目線すら合わせない。
 そんな生活を送っていた私にとってそれは些細だが衝撃的な出来事だった。
 それから私は時折、巡回の際に校舎越しにサヤカを見守るようになった。
 サヤカはいつも涼しげで大人しい生徒だった。
 それでいて華があり、いつも周りに人が集まっている。
 時折、窓の外を眺める表情がどことなく大人びた色気を感じさせた。
 それはこの大学の教師になる前に想い描いた理想の名和大生そのものだった。
 サヤカは決して自分の席を離れない為、常にいる取り巻きも時間毎にメンバーが変わっていた。
 だが最近は転校して来た『モモカ』という女生徒がベッタリと横についている。

今日もモモカが何やらサヤカへ話しかけていた。

モモカを見て私は思わず眉をひそめた。
 おしゃべりで、どこか下品なモモカはサヤカには合わないと思っている。
 私は生活指導員という立場上、いろいろな生徒に関する情報が入ってくる。
 信憑性のある内容から噂話程度の話まで様々な事柄が集まって来るが、
 その中に
 『サヤカのグループが、お金を貰って大人達と遊んでいる。』
 といる噂があった。
 
 いわゆるパパ活である。
 
 名和学園はここ特区の中でも異彩を放つ学校だった。
 バベル財団の研究モニターの意味合いから特別な優遇が生徒には与えられている。
 その為、定期的な検診が義務づけられていた。
 その検診の結果、ある値が一定値を超える生徒だけが入学と在籍を許された。
 男女交際はその値を著しく下げるとされ、高校から男女は完全隔離。
 全寮制の上、徹底した指導が行われていた。

『男女交際一切禁止』

一見、時代錯誤に見えるが名和学生があらゆる分野で能力が抜きん出ている事も事実だった。
 最初その噂を聞いた私はサヤカに限ってそんな訳はないと一笑した。
 だがモモカとの姿を見てどこかモヤモヤするものを感じていた。
 
(モモカがサヤカを不純な道へ引っ張っているのなら、
 私が止めなければっ)
 
 そう最近では思うようになっていた。
 サヤカに限ってパパ活等ないとは思うが念の為、確認をする事にした。
 生活指導員として建前上、念の為である。

放課後、私はモモカを生活指導室へ呼び出した。
 八畳程の面談室でテープルを挟み向かいへモモカが座っている。
 静寂に包まれた部屋の中でつまらなそうにツインテールの髪を触っている。
 咳払いをして私はモモカへ注意を促した。
 やっと髪をいじるのを止めてモモカが私の顔を見る。
 いつもは校舎越しに眺めていた為、モモカを近くで見るのは初めてだった。
 見ると、あまりいじっていない太眉に素朴な顔立ちをしていた。
 二つに縛ったツインテールが年齢よりも幼く見える。
 無邪気に笑う顔は人懐っこい。
 サヤカのように美人ではないが誰からも好かれる顔をしていた。

「あの先生、
 突然呼び出して何ですか?」

モモカがあどけない顔で聞く。

「うっ、うぅぅん、
 別に大した事ではないんだっ。
 ただ校内で妙な噂が立っていてね。
 形式的な確認だけだよ。
 うん、そう、生活指導としての形だけの質問なんだ。」

私は慌てたように汗を拭きながら弁明した。
 言いにくそうに私が黙っていると我慢できなくなったモモカが切り出した。

「形式的な質問ってなんですか?」

「うんっ、その、なんだ。
 本当にくだらない噂なんだが、
 お前達がお金を貰って大人達と食事やお茶をしているというんだ。
 ただの噂で嘘だよな。」

そう私は恐る恐る訊ねた。

「ひどいっ、
 私はそんな事はしてません。
 誰がそんなデタラメを言いふらしているんですか。」

モモカが泣きそうな顔で答えた。

「そうだよなっ、
 悪い悪い。
 先生だってそんな噂を信じてはいないさ。
 我が校の生徒に限って『パパ活』なんてする筈ないじゃないか。
 ただ噂がある以上、一応生活指導真として確認が必要だっただけさ。
 もう行っていいぞ。」

私は非難から逃れたい一心で必至に弁明した。

モモカが椅子を立ち一礼して部屋を出ようとする。
 私はやっと緊張が解けて何気なく訊いた。

「なあ、モモカ。
 お前がそんな事をしていない事は分かったが、
 もちろんサヤカもしてないよな。」

それを聞いたモモカは怪訝な顔で振り向いた。

「どうしてここでサヤカの名前が出てくるんですかっ。
 みんなサヤカ、サヤカって、
 私を使うんですねっ。」

そう言うと足早に部屋の入口から引き返した。
 椅子に座る緑川の膝の上に座り顔に手をまわす。

モモカの顔が近い。

先程まで無邪気に笑っていた幼い顔ではなく妙に色っぽい顔で頬を指でなぞる。

「おっ、おい。」

狼狽する私の耳元へ唇を近づけてモモカが囁く。

「先生っ、
 サヤカの事が好きなの?
 お金くれたらサヤカと遊ばせてあげよっか。」

そう言ってモモカは狼狽える私の耳たぶを妖しく噛んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇

記憶の解放が終わると私の脳裏に鮮明に校舎越しのサヤカとモモカの姿が浮かび上がった。
 どうして今まで二人の事を忘れていたのだろう。
 私は改めて断罪の間の二人を見た。
 
 目の前のモモカはどこか怯えた中学生で弱々しい。
 記憶のモモカのイメージとはまるで違ったがツインテールの幼顔はどことなく面影があった。
 
 サヤカの方は何度も校舎越しに見た姿のままだった。
 涼しげで大人しく芯のある優等生的な雰囲気のままだった。

(サヤカは私の事を覚えていないのだろうか?)

そんな事を考えていると、

「『午前中』になりました。代表者を決めます。
 話し合いを始めてください。」

天井からアナウンスが流れた。

第十三話 優介:リベンジ緑国

「ゼロっ、
 この指輪を受け取って欲しい。」

そう言ってカオスはソファーの横に座りそっとゼロへ指輪を差し出した。
 茶国から帰還した俺は緑国へ一人で戦いへ挑もうとしていた。
 ついて行くとせがむゼロをソファーへ座らせて先程から残る様に説得していた。
 前回の戦いで姉妹同然のセブンを亡くしたゼロ。
 もう独りぼっちになるのは嫌だと泣いている。
 そんなゼロへ俺は、茶国の秘宝『リンクリング』を差し出して言った

「ゼロ、この指輪を受け取って欲しい。
 この指輪は茶国の秘宝『リンクリング』
 身に着けた者同士のHP・MP・スキルがリンクされ、
 文字通り『死が二人を分かつまで』お互いが死ぬ事はない。
 俺が死ぬ時はゼロも死ぬ時だ。
 もちろんゼロの事は俺が守る。
 決して独りぼっちにはさせない。
 だからゼロはこの王宮で待って一緒に戦ってくれ。」

ゼロは頷き、涙を拭きながら指輪を薬指にはめると指輪を見て笑った。

「ダン様。
 ゼロが指輪を欲しいって言っていた事。
 覚えていてくれたんですねっ。
 嬉しいっ
 ねぇ、ダン様のコト……凄く好きです。」

そう言って、俺の膝の上に寝転ぶと甘え顔で頭を差し出した。

「俺も好きだよ。」

俺は優しくゼロの頭をひとしきり撫でると緑国へ旅立った。

見覚えのある熱い森を抜けると漆黒の大理石が敷き詰められた広間に出た。
 先程までの少し汗ばむ暑さと変わり、どこかひんやりとした空気が漂っている。
 目を凝らすと百メートル程先の太い柱に挟まれた祭壇に何者かが立っている。

緑のローブに猫背に片眼鏡。

蛇のようなギラついた視線は忘れもしない『緑転王』だ。
 睨むカオスへ初老の男はへらへらと不気味な笑顔を浮かべて言った。

「生きていましたか、青転王。
 仲間を見捨てて無様に逃げ惑っておきながら、
 また殺されに来るとは馬鹿なんですか?
 今度は逃がしませんよっ。」

緑転王が指を鳴らすと周りの森から一斉に熊の軍団が次々と現れた。

その熊の息遣いに先日の戦いの記憶が蘇る。

(セブン……)

「戦う前に訊きたいっ。
 俺と居たセブンという子供がいただろう。
 あいつはどうした。」

一途の望みをかけて俺は真剣な眼差しで訊いた。
 緑転王が笑いながら言う。

「あなたは食事の後で数日前に食べた野菜達の事を覚えていますか?
 そんなゴミの事なんて知りませんねっ。
 たぶん熊の餌にでもなってるんじゃないですか。」

「そうか。」

悲痛な表情でそう言うと俺は両手に短剣を引き抜いた。

「仮にも一国の王たる者が何を小娘一人に泣いているのです。
 力とは積み上げた屍の上に現れるモノ。
 さあ、今度こそ真の力とは魔力なんかではなく、
 科学と言う事を教えてあげますよっ。
 倫理観なぞ何の役にも立たない。
 圧倒的な力の前に泣きながら散るがいいっ。」

その言葉を合図に緑の水晶と鋼鉄でサイボーグ化した熊の軍団がカオスを取り囲む。
 じわりじわりと取り囲むと一斉に数匹がカオスへ牙をむいた。
 その攻撃をかわし俺は短剣で切りつけた。

ボトッ

スッと音もなく刃が通り過ぎ熊の腕が地面へ落ちる。
 まるで薄い紙をナイフで切り裂くかのように鋼鉄の体を短剣が切り裂いていく。

『ソウルイーター零式』

茶転王より譲り受けた愛機は森の神獣『あ・うん』との召喚契約により最強の魔道具として
 蘇っていた。
 狛犬の蒼白い毛並みと同様に刀剣は妖しく蒼白い光を放っている。
 
 「一匹づつ挑むなっ、
 数匹で一度に攻撃するのです。」

緑転王が慌てて戦闘熊達へ指示を出す。
 唸り声を上げながら数匹の戦闘熊が一斉にカオスへ襲い掛かる。

「銃モード」

そうカオスが言うと蒼白い短剣は二丁の銃へと姿を変えた。

銃に散りばめられた魔法石は全て満タン状態。
 蒼く力強い光を放っている。
 襲い掛かる戦闘熊をほぼ一撃で強烈な弾丸が頭を吹き飛ばしていく。
 そこには前回のような危うさは微塵も感じられなかった。
 俺は銃から再び短剣へ『ソウルイーター零式』を変化させると、
 立ちふさがる熊を切り裂きながら緑転王へ近づいていった。

「中々やるじゃないですか。
 でもこれならどうですかっ。
 出でよ我がしもべ、メカコング。」

そう緑転王が言うと目の前の床が開き全身を銀色に輝かせたゴリラがせり上がって来た。
 戦闘熊の囲みを突破し緑転王の目前まで来たカオスをメカコングが立ちふさがる。
 一度距離を取ろうと下がる俺へメカゴングが前傾姿勢から一気に距離を詰めて来る。

(速い。)

そう思った瞬間、メカゴングの体当たりによって俺の体は宙を浮いていた。

ぐはっ

何とか受け身をとりながら転がる。
 戦闘熊と違いメカコングは圧倒的な速さと力を持っていた。
 あの腕力での攻撃をまともに食らったら一溜まりもない。
 襲い掛かるメカコングの腕を何とかかわして切りかかる。
 キンっと甲高い音がして刀身が弾き返される。

「ふっふっふっ。
 通りませんよ。
 このメカコングの体は全身ミスリルで出来ています。
 しかも戦闘熊と違い脳は私とリンクしており私が自由に動かせるのです。
 このメカキングはもはや最強。
 私の分身同然なんですよっ。」

緑転王が蛇のような目で嬉しそうに勝ち誇る。
 見るとメカコングは全身がミスリルで覆われていた。
 基本はゴリラをベースに改造を施しているのだろう。
 熊よりも動きが早く、しかも緑転王の操作で動きに無駄がなかった。
 だがそこにはもう動物としての姿はない。

「緑転王は命を弄んでいる。
 森の獣に機械を埋め込み意志を奪い。
 命を使い捨てる。」

神獣『あ・うん』が言った言葉が脳裏に蘇る。

「お前は命を弄んでいる。
 それは許されない事だっ。」

そう言う俺へ緑転王は薄ら笑いを浮かべた。
 俺は『ソウルイーター』を銃へ変更し一発メカコングへ食らわせる。
 ボンっという鈍い音と共に命中したが、有効なダメージは与えられなかった。

(ちっ、
 直接、緑転王を叩くしかないか。)

俺は両手に銃を抱えたまま緑転王へ突っ込んだ。

「直接、私を狙う気ですか?
 作戦としてはいいですが、
 一手遅いんですよっ。」

そう言うとカオスと緑転王の間にメカコングが割り込んで来た。

「いや、俺の方が一手早いっ。
 『ダブルターン』」

「……」

そう呟くと俺は緑転王の背中に銃を突き付けていた。

「馬鹿な『ダブルターン』だとっ、
 何故お前が青国の騎士のスキルを使えるっ。
 だが知っているぞっ、
 仮に使えたとしてもしばらく動けない筈。
 メカコングっ、
 コイツを殺せっ。」
 
 緑転王が叫んだ。

「そう、しばらく動けないさ。
 王宮のゼロがなっ。」
 
 そう言うと銃を構えた。

「ばかなっ、
 この私がっ、
 何もかもを犠牲にして来た私が
 魔法なんぞに破れると言うのか?」

「お前は魔法に負けるんじゃないっ。
 お前が切り捨ててきたモノに負けるんだよっ」
 
 そう言うと俺は銃の引き金を引いた。

――三つの『オーパーツ』を獲得しました。――
 ・ユニークスキル『生物改造』
 ・『白紙のデッキカード』
 ・『失われた記憶』

目の前にメニューが現れた。
 俺はユニークスキル『生物改造』をタップすると破棄を選んだ。

「このアイテムはオーパーツです。
 破棄すると二度と手に入らない可能性があります。
 本当に破棄しますか」

追加でメッセージが表示される。
 俺は迷わず破棄を選びユニークスキルを消滅させた。
 これは神獣『あ・うん』と召喚契約を結ぶ際の条件でもあった。

「森の動物の命を弄ぶような能力は存在してはならない。
 その為なら我は主と召喚契約を結び力になる事を約束しよう。」

『あ・うん』に言われるまでもない。
 俺は貴重なスロットをこんな気色悪いスキルで埋める気にはなれなかった。
 今回勝てたのは力を貸してくれたみんなのお陰だった。
 魔力を封じられた広間で戦う力を与えてくれた茶転王の愛機『ソウルイーター零式』。
 その魔道具により倒した相手の魂を銃弾へと変換させる動力『神獣 あ・うん』。
 なにより『リンクリング』により一時的に時間を前借りできるスキル『ダブルターン』。
 そのデメリットを請け負ってゼロは今頃王宮で動けなくなっているだろう。
 セブンの敵討ちとか言うつもりはないが自分なりにケジメはつけられた気がした。

「さて、帰りますか。」

そう呟いて俺は『フライ・ゲート』を使いゼロの待つ王宮への帰路へ着いた。

その頃、黒国では黒転王が王座に座り水槽を眺めていた。
 禍々しい魔力を放つ液体に一人の女性が数日間浸かっている。

「そろそろか」

そう言って黒転王が指を鳴らすと水槽が消え液体と共に全裸の女性が床へ流れ出た。
 長い眠りから覚めた女性がぼんやりと王座を見上げる。

「神父様?」

そう言う女性に黒転王は思わず苦笑する。

「まだその名で呼ぶか、セブン。
 我は黒転王。
 やがてこの世界を支配する者だ。
 瀕死の状態のお前を我が拾い上げた。
 この水槽は白転王のユニークスキル『完全蘇生術』を模して作った魔道具。
 だが実験結果は白翼の女神には程遠い。
 完全蘇生どころか単なる治癒でさえ何日もかかった上に急速に老化が進む。
 瀕死のお前で実験したが治癒の為に老化が進み子供が成人の女に変化した。」

黒転王はどこか悔しそうな表情を見せた。

「神父様、助けてくれてありがとう。」

セブンが弱々しい声で言った。

「ふっ、別にお前を助けた訳ではない。
 単なる実験台に使っただけの事。」

そう答える黒転王へ不思議そうな顔でセブンが答える。

「違う。
 僕ではなく、
 姫を助けてくれてありがとうって言ったんだよ。」

「それもお前を茶転王の『ソウルイーター』を模した魔道具の実験へ利用しただけの事。
 我は十字架の銃が数発しか撃てない事を知っていた。
 つまりはお前が死ぬ事を知っていて送り出したのだ。
 どうだ。幻滅したか。」

そう言うと黒転王は意地悪く微笑んだ。

「それでも姫を助けられた事が嬉しいんですっ。
 神父様が来てくれなかったら、
 姫を助ける事ができなかったと思います。」

セブンは首を振って否定した。
 黒転王は少し驚き手を顎に当てて考え込んだ後に意外な提案をした。

「お前、我の女にならないか。
 何不自由ない暮らしをさせてやるぞ。」

セブンは微笑んで首を振る。

「僕は姫を愛しています。
 姫以外を愛する事はありません。」

「たとえそれが実らない恋だとしてもか?」

静かにセブンは頷いた。

「性別を越えた実らない恋か……面白い。
 我の命令を拒んだ奴はお前が初めてだ。
 ……では、賭けをしよう。
 我がお前を黒国の暗黒騎士として蘇らせてやる。
 お前は自由にその力を使い愛する姫を守るがよい。
 だがその強大な力を使う度にお前のその白い肌は黒く蝕まれていく。
 全身が暗黒に包まれた時お前は我の女となり我を一生愛し続けるのだ。
 どうだっ、我の物になりたくなければ力を使用しなければよい。
 お前に損はない賭けだろう?」

黒転王はセブンの姫への愛を試すように言った。

「姫を助けられるなら喜んでっ。
 僕はその為だけに生きている。」

セブンは黒転王の目を真っすぐに見つめて言った。

「契約成立だ。」

黒転王が王座から立ち上がり叫ぶとセブンの周りに暗黒の魔法陣が現れた。

第十四話 サヤカ:反逆のモモカ

この中に殺人者は確実にいる。

『断罪の間では、誰も嘘をつくことはできない。』
 このルールがある前提で私達は皆が自分は殺人鬼ではないと言った。

「このゲームは闇雲に無実の人間を処刑するゲームではなく。
 『記憶の解放』により相手の隠された記憶を見つけるゲームなんだ。」

そうアオトが言って、みんながそれぞれ怪しいと思う人間の記憶を解放した。
 サヤカも黒の刑事の記憶を解放し、自分が通う名和大学の事を刑事が調べている事が分かった。
 なんとなくアオトと一緒に居る事が気まずくなり私はピンクの少女へ声をかけていた。
 自己紹介の時、中学生と名乗った少女は『桃香』と言った。
 中学の制服姿と微かに震えるツインテールの髪が一層少女を幼く見せている。
 発言もどこか頼りなく、常に下を向いて小さな声で話していた。
 聞くとやはりモモカも気がつくとここへ飛ばされそれ以前の記憶がないのだと言う。
 二人がそれぞれ記憶の解放を行った後、情報交換の為もう一度私はモモカへ話しかけた。

「モモカっ、
 記憶の解放どうだった。
 私は黒の刑事の記憶を解放したんだけど、
 私の大学の事を何か調べていたみたいなんだ。」

そう私が話かけるとモモカも笑顔で答えた。

「サヤカは黒の刑事を調べたんだっ。
 大学の事を調べてるって私達の名和?」

あまりの変わり様に私は驚いた。
 記憶を解放する前は内気で頼りなく下を向いて話していた少女。
 今は馴れ馴れしくタメ口をきいてくる。
 表情も明るく自信ありげで先程とは別人だった。
 聞けばモモカは自分の記憶を解放し私とモモカは名和大学の同級生で親友だという事だった。
 私はモモカの事を全く覚えていない。
 そもそも大学生活の記憶が全く無かった。
 私も自分の記憶を解放すればモモカの事を思い出すのだろうか。
 そんな事を考えていると突然アナウンスが響き渡った。

――午前中――

「『午前中』になりました。代表者を決めます。
 話し合いを始めてください。」

天井からアナウンスが流れる。

「どうだっ、
 誰か前回の記憶の解放で殺人鬼の正体を突き止めた奴はいるか。」

黒の刑事が皆に聞いた。
 刑事は返事を待ち沈黙したが黙ったまま誰も答えなかった。

「情報が足りなすぎる。
 もう一度、全員が自分に投票して情報を集めよう。」

しばらくして青のアオトだけが黒の刑事の問いに答えた。
 何の手掛かりも意見もないまま何となくもう一度自分に投票という事で場の雰囲気が流れた。

――正午――

「正午になりました。代表者を決めます。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

「青が俺達を騙していた事は気に食わない。
 だが今は自分達が生き残る為の情報が無さすぎる。
 だから今回も全員が自分に投票する事にしよう。」

そう言って黒の刑事がそれぞれに念押しをした。
 気がつくと目の前に投票画面が浮かび上がっていた。
 私は言われるがまま自分へ投票した。
 投票が終わり周りを見るとそれぞれも選び終わったようだった。

「投票が終了しました。
 投票結果を発表します。」

天井からアナウンスが流れると円卓の上に投票結果が浮かび上がった。

――投票結果――

黒の刑事⇒黒刑事
 緑の教師⇒緑の教師
 青のアオト⇒青のアオト
 白のサヤカ⇒白のサヤカ
 ピンクのモモカ⇒青のアオト

結果
 黒の刑事が、一票
 緑の教師が、一票
 青のアオトが、二票
 白のサヤカが、一票
 ピンクのモモカが、零票

――午後――
「青様は断罪者の指名を行って下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

「……」
「……」
「えっ」

(青のアオトに二票入っている。)

「モモカっ、
 みんなで自分に投票しようと決めたじゃない。」

私は驚いてモモカへ訊ねた。

「ごめんっ、サヤカ。
 緊張して押すボタン間違えちゃった。」

モモカが舌を出して悪びれずに答えた。

「こうなった以上は誰かを処刑しなければならないっ。
 悪いが俺は黒の刑事を指名する。」

そう青のアオトが言った。

「おいっ、ちょっと待て
 俺を処刑とはどうゆう事だっ。」

慌てて黒の刑事が反論して周りを見る。
 突然の出来事に他の人間は状況についていけない様だった。

「処刑者を決定いたします。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

「待て、待て、俺は刑事だぞっ、
 殺人鬼の筈がないだろ。
 こんなのはおかしい。」

そう言って黒の刑事は近くにいたサヤカの肩を掴んだ。
 突然肩を掴まれた私は恐怖のあまり思わず口走る。

「止めてっ、離して、
 絶対って事はないっ。
 だってあなた隠れて私の学校の事調べてたでしょう。
 娘さんの事でやましい事があるんじゃないのっ。」

「……」
「……っ」

その言葉で周りに動揺が走った。
 疑惑の視線が一斉に黒の刑事に注がれる。

「いやっ、まてっ
 ちょっと待ってくれ、
 違うんだっ
 みんなっ、俺の話を聞いてくれっ」

「投票時間となりました。
 今後一切の弁明を禁じます。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

――投票結果――

黒の刑事⇒青のアオト
 緑の教師⇒黒の刑事
 青のアオト⇒黒の刑事
 白のサヤカ⇒黒の刑事
 ピンクの少女⇒黒の刑事

結果
 黒の刑事が、四票
 青のアオトが、一票
 
「投票の結果。
 黒様の処刑が決定いたしました。
 即時、処刑が実行されます。」

「そっ、そんなっ
 こんなバカな事ってあるかっ
 俺はただっ、娘が心配で……」

天井からアナウンスが流れた瞬間。
 黒の刑事が蒼い炎に包まれた。
 断罪ゲーム開始三日目、初めて投票により処刑が実行された。

(殺らなければ、私が殺られるっ)

私は蒼い炎を見つめながら背筋が冷たくなるのを感じていた。

第十五話 優介:ゼロ姫、お金を稼ぐ

箱入り娘の初めてのお使い。

生まれてから一度も青の国を出た事がなかったゼロは
 緊張した面持ちで馬車に揺られて一人、茶国へ向かっていた。
 青国の特使として隣国の茶国との友好関係を更に強化する為だった。
 昔から茶国と青国はお互い不可侵の友好関係を結んでいる。
 しかし今回、黒国との戦いで茶転王が死去し茶国は非常に危うい状態にあった。
 茶転王の死については秘密にされていて一部の者と死に立ち会ったダン様しか知らない。
 茶転王の死が公になれば直ぐにまた黒転王が攻めて来るだろう。
 だから何としても情報が他国へ漏れる前にダン様を中心とした合衆国を作る必要があった。
 緑国は先日ダン様が緑転王を倒し平定している。
 これに今回、茶国を加え三国による『カオス合衆国』を作ろうとしていた。

現在この世界は天使と悪魔の二強が圧倒的な力を持っていた。

そこでその他の種族で合衆国を作る事で二強に対抗出来る勢力を作るのが狙いだった。
 人間やドワーフ、森の民等、その他と言っても文化や考え方はそれぞれである。
 今までは『敵対はしないが協力もしない』という関係で踏み込んだ外交は出来なかった。
 しかし今はカオスというカリスマが現れ、それぞれの国の弱体化もあり一気に話が進んでいた。

私は馬車で揺られながら飲んでいたオレンジジュースを見て思い出していた。 
 今回の茶国訪問は個人的にもう一つ重要な目的があった。
 それはダン様が緑国討伐から戻り私と話していた時の事だった。

「なあ、ゼロ。
 『リンクリング』でゼロのスキル『ダブルターン』を使ってみて気がついたんだが、
 ゼロのスキルは、俺の『フライ』のような時空魔法ではない気がするんだ。
 もっとこう、錬金術や付与魔法のような『等価交換』に基づいた魔法を感じる。」

そうカオスはゼロへ語った。
 私が不思議そうな顔でダン様を見つめると
 ダン様はテーブルの上のオレンジジュースを手に取って説明した。

「例えばこのオレンジジュースへ『ダブルターン』をかけてみる。」

そう言ってダン様は『ダブルターン』を自分へではなくオレンジジュースへ唱えた。
 するとコップのオレンジジュースは水へと変わり目の前にオレンジが現れた。
 驚く私へダン様が説明する。

「『ダブルターン』の基本は『等価交換』。
 自分の未来の時間を代償に今の時間を先に使用する。
 ゼロは青国の風土や父親やガクフルのイメージから、
 自分のスキルを時空魔法系と思い込み使用方法を時空系へ寄せていたが、
 本当は『何かを失い、何かを得る。』能力なんだ。
 その証拠に今オレンジジュース内のオレンジを失う代わりに一つのオレンジを得た。」

そう言ってカオスは出現したオレンジをゼロへ投げた。
 私は渡されたオレンジを触りながら驚いた。
 そこには紛れもなく絞る前のオレンジがあった。

「でもダン様。
 同じ物を失って同じ価値の物を得ても結局の所、損得ゼロではないでしょうか。
 やはり私のスキルはあまり使えず皆さんのお役に立てそうにありません。」

私は自分の不甲斐なさにしょんぼりした気持ちになった。

そんな私にダン様は目を輝かせて言う。

「ゼロっ、これは画期的な事なんだよっ。
 このスキルを使えば成分の移動が可能になるんだ。
 この世界では失われた『武器への付与』が可能となる。
 だから『等価交換』の鍛錬を積んで、
 この『ソウルイーター零式』へ付与魔法をかけてほしい。」

そう言って『ソウルイーター零式』を見せる姿に私は不安を覚えた。
 私は転生者でもこの世界の人間でもない半人前。
 ダン様の大事な魔道具へ手を加えるなんて本当に出来るのだろうか。

(もし失敗したら取返しのつかない事になる。)

不安そうなゼロの手を取りカオスは手を重ねてお願いをする。

「頼むゼロっ、
 これが成功すれば『ソウルイーター零式』は更なる進化を遂げるんだ。」

ダン様が私に頼み事をするのは初めてだった。

ダン様の手の暖かさが伝わり、私は失敗してダン様に見捨てられる不安が薄らぐのを感じた。

(私だって何かダン様のお役に立ちたいっ。)

幼い頃から王宮で大事に育てられた私。
 身の回りの事は周りが全てやってくれた。
 だがそれは裏を返せば何一つ自分でやらせて貰えない事を意味していた。

「お嬢様はお座りになっていて下さい。」
「そんな事は私共が致しますから。」

いつもそう言われて自分で何かをした事がなかった。
 ましてや人にお願いされる事など生まれて初めてだった。

(やっぱり、ダン様だけが私を対等に扱ってくれるっ
 私はこの人の為に生きてみたいっ)

その時私は初めてダン様へ抱いていたぼんやりとした感情が愛だと悟った。

(きっとこの気持ちが、お母様が言っていた『愛おしい』という事なんだ。)

「ダン様、
 私っ、がんばりますっ。
 『ダブルターン』の本当の使い方を教えて下さい。」

そう言う私を見てダン様は本当に嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあ、さっそくやってみよう。
 ゼロ、こっちへ来て。」

そう言うとダン様は私を後ろから抱きしめてオレンジジュースを持たせた。
 抱きしめられて顔を赤らめる私の手を取り説明を始める。

「いいかい、ゼロよく覚えておいて。
 スキルの神髄は仕組みを理解できるかで決まる。
 理を理解できずにやり方だけを覚える術者にとって『ダブルターン』は
 代償と共に少しの間、速く動ける術でしかない。
 だがその仕組みを理解できる魔導士にとってはその先がある。
 魔導士になるか魔術師で終わるかはゼロ次第なんだ。
 このスキルの神髄は『等価交換』だ。
 これはアイデア一つで無限の可能性を秘めている。
 まずはグラスの水へオレンジ成分を付与する練習をしてみよう。
 オレンジを代償に水へオレンジ成分を移動させるイメージを強く持って……。」

「もしかして、それが転王だけが使える秘儀。
 魔言なのですか?」

不安そうに訊ねる私にダン様は優しく答えた。

「魔言とは本来、そんな特別な能力ではないんだっ
 言霊……いや、大切な祈りみたいなものなんだよ。
 ゼロにも絶対に失いたくない大切なモノがあるだろ?
 それを思い浮かべながら祈るといいっ」

(私の絶対に失いたくない大切なモノ……)

私は触れているダン様の体温を感じながらイメージを重ねた。

二人の練習はその日の夜まで続いた。
 私は茶国への馬車の中で自分がダン様とのラブラブな特訓をしている事を思い出した。
 思わず顔がにやけているのを感じる。

(いけない、いけない。)

青国の特使ともあろう私がにやけて惚けているなど他に示しがつかなかった。
 私は馬車の従者の様子をそっと伺い咳払いをした。
 私は今回、自分の小遣いの全てを持って来ていた。
 ダン様とのオレンジジュースの特訓である事を思いついたからだった。

(私だってダン様のお役に立ちたいっ。)

私は緑国での戦い以来、強くそう思うようになっていた。
 もう自分のせいで周りが死んでいくのは嫌だった。

茶国へ着くとドワーフの兵士に案内をされ王の間へ通された。
 王の間に入ると王座に王女が座っており、階段下の左に宰相らしいドワーフが控えている。
 王女はツインテールに白銀の胸当て膝まであるブーツに高貴なローブを羽織っている。
 王女はゼロを見ると優し気な表情で話しかけた。

「特使殿っ、ようこそ茶国へ。
 先日来られたカオス殿はかなり血気盛んな方だったので、
 どんな婚約者が来られるかと思っていましたが、
 随分と可愛らしいお嬢さんなのですね。」

そう言われゼロは少し顔を赤らめた。
 続けて横に控える宰相が話しかける。

「本来ですと盛大な歓迎の宴を開く所ですが、茶転王の死は内密の為、
 今回の特使殿の来訪はお忍びとなっております。
 ささやかですが今晩身内のみの歓迎会を開き、
 明日より数日間、合衆国への参加について協議をさせていただきます。
 内容が内容なだけに御無礼をお許し下さい。」

「ありがとうございます。
 今回の話し合いが両国にとって、
 有益な結果になる事を望みます。」

そう言って王女へ一礼をし私は宰相と共に王の間を出た。

「長旅お疲れでしょう。
 今晩はゆっくりとお休み下さい。
 御依頼のありました許可証の件ですが、
 御指定いただいたお名前にて発行しておきました。
 ささやかですが両国の友好の証としてお受け取り下さい。」

そう言って宰相は一枚の許可証をゼロへ手渡した。
 私は受け取った許可証を確認する。
 そこには『貿易許可証 行商人ロゼ』と書かれていた。
 私は嬉しくて飛び上がりたい気持ちを抑えながら宿泊場所へ急いだ。
 宿泊場所への途中で早速、貿易許可証を使用して有り金全てでミスリルを買い込だ。

これこそが今回、お母様へ無理を言って私が特使として茶国へ来た理由だった。

ダン様とのオレンジジュースを使った付与魔法の特訓。
 その中でこのスキルが付与だけではなく成分の分割にも使用できる事に気がついた。
 部屋に戻ると私は早速テーブルへ買い込んだミスリルを広げてその一つを手に取った。 
 オレンジジュースを水とオレンジに分けた要領。
 そんなイメージを強く持ち『ダブルターン』を発動する。
 するとミスリルとその他の成分に分離した。

「うぉぉぉ、
 YESっ
 やった~
 成功よ。」

思わず私はブンブンと両手を振り上げて歓声を上げた。
 その瞬間テーブルの果物皿に手が当たり銀食器がひっくり返る。

ガラガラ ガッシャン

「姫様っ。
 どうなさいました。
 大丈夫ですか?」

不審な音に廊下で待機する護衛が慌ててドアをノックする。

「なっ、何でもないのっ、大丈夫。
 大丈夫だからっ」

慌てて私は取り繕った。
 頑なにドアを開けない姫に心配顔の護衛が顔をしかめながら渋々元の位置へ戻った。

私はドアに耳を当てて聞き耳を立て護衛が遠のくのを確認した。
 護衛が居なくなると胸を撫でおろして私は分離したミスリルをあらためて眺めた。
 胸の高揚が止まらないっ。
 そもそもミスリルとは茶国の鉱山でのみ産出される非常に高価な鉱石である。
 それは銀の輝きと鋼をしのぐ強さを持ち武器や防具に使用されれば無類の強さを持つ。
 特にその純度の高いミスリルは全体の数パーセントしか産出されず破格の価格で取引される。
 このミスリルは茶国の力の源であり国外への輸出は全面禁止。
 純度の低いミスリルでさえ国外へ出る事はない。
 それを今回ダン様の功績と友好国の特権でごり押しした。
 『一人の行商人のみ、一人が運べる範囲内』との制約付きで貿易許可証を発行させたのだ。

その特別行商人こそが『ロゼ』。

つまりはゼロ、私である。
 この事は私の独断であり、お母様へも言っていない。
 特別に発行された貿易許可証を使い有り金全てで通常のミスリルを買い込んだ。
 それを私のスキル『ダブルターン』で純ミスリルとその他の鉱石へ分離させたのだ。
 『ダブルターン ロゼ』とこの分離錬金を私は名付けた。

(もしかしたらミスリルの中の不純物を取り出せるかもしれない。)

オレンジジュースを水とオレンジに分離した際にこのアイデアが浮かんだ。
 でも実際にやってみるまでは実際に成功するか不安だった。

(私だってダン様のお役に立ちたいっ。)

その強い思いだけで全財産をつぎ込んでいた。
 もし失敗していたら破産である。

「待っててね。
 ダン様。」

私は喜ぶダン様を想像し、にやけながら一晩中ミスリルの分離錬金を繰り返した。

翌日、眠い目を擦りながら私は会議室を後にした。
 茶国は合衆国参加へ前向きだった。
 元々友好国であり茶転王が死んだ今、他に選択肢がない事もある。
 だが茶転王が死の直前にダン様と直接交流を持った事。
 愛機の魔道具『ソウルイーター零式』をダン様へ託した事が大きいようだった。
 それ程、茶国にとって茶転王は英雄であり、死してもなお強い影響力を持っていた。
 会議が終わると私はコッソリと抜け出し茶国一の職人工房へ来ていた。
 手には一晩かけて精製した純ミスリルと許可証を大事そうに抱えている。

茶国において尊敬されるドワーフは二人いた。
 一人は年に一度開催される酒飲み大会のチャンピオン『フワド』。
 もう一人は王宮工房の職人長『ガサド』である。
 そんな王宮工房一の職人の元へ青国の小娘が来たと聞き、白髪の職人長は顔をしかめた。
 無下に追い返す訳にもいかず職人長室にてこうして面会をしている。
 先程からガサドは散らかり放題の机の上に足を乗せていた。
 ふんぞり返りながら許可証とゼロの顔を交互に睨んでいた。

(気に入らない。)

王宮工房長ともなると茶国の大抵の情報は黙っていても集まって来る。
 だが他国の者が来ているなど全く聞いていない。
 ましてや貿易許可証など初めて見た。
 だが紛れもなくこの許可証は茶国が発行した物であり本物だった。
 気に入らないという雰囲気を全面に出してガサドは横柄に訊ねた。

「で、青国の行商人が儂になんの用じゃ。
 儂は忙しいんでの、取引なら町の職人相手に勝手にやれや。」

ゼロは気まずそうに恐る恐る言った。

「すみません。
 最初は町の職人さんへ相談したんですっ。
 でもこんな高価な物は取引経験がなく出来ないと言われました。
 それが出来るのは茶国でも職人長のガサドさん位だと……」

そう言ってテーブルの上に大量の純ミスリルを広げた。
 それを見た瞬間、ガサドは椅子からずり落ちテーブルへ食らいついた。

「純ミスリルじゃないかっ、
 しかもこんなに大量に。
 お前さん、これをどこで手に入れた。」

ガサドは驚いて尋ねた。
 純ミスリルと言えば全体の数パーセントしか取れない貴重品である。
 その価値は非常に高く通常ミスリルの数百倍で取引される。
 それがテーブルの上に大量に置かれている。
 これだけの量になると茶国で十年掘っても採れるか分からなかった。

「実はここだけの話なんですが、
 最近、青の国にて純ミスリルの鉱山が発見されまして……。
 ただ我が国にはこれを加工する技術がない為、需要がなくどうしたものかと」
 
 そうゼロが職人長の顔色を窺いながら嘘をつく。

「売ってくれ。
 いくらでもいい。
 全部買うからっ、売ってくれ。
 幾らだ。」

前のめりでガサドが叫んだ。
 これだけ質が良いミスリルは見た事がなかった。
 ここで買わなければ二度と手に入れる事は出来ないだろう。
 ミスリル職人として、どうしてもこのチャンスを逃す訳にはいかなかった。
 その為なら全財産をつぎ込んでもよかった。

「あの、すみません。
 欲しいのは、お金ではないんです。」

ゼロが申し訳なさそうに言う。

(足元を見て吹っ掛けて来た。)

ガサドは思った。
 これだけの一品だ、
 吹っ掛けて来るのは仕方がないが、途方もない金額を要求してくるだろう。
 それでも、この純ミスリルは手に入れたい。
 地位も名誉も手に入れたガザドにとって、残る野望は生涯最高の一品を作る事だけだった。
 これだけの純ミスリルがあれば、いくらでも挑戦できるだろう。
 ただ問題はガサドの資産で足りるかどうかだった。

「お金ではないって、
 では何を希望なんだっ。」

ガサドが不安げに訊ねた。

「出来ればマジックミスリルと交換していただきたいのですが。」

ゼロがガサドの顔色を見ながら震える声で言った。

「えっ、マジックミスリル?」

ガサドが絶句する。

(ありえない。)

マジックミスリルとは鉱山の奥深くで稀に採れる魔力を帯びたミスリルである。
 確かに希少性は高いがミスリルの純度が低くとても武器等には使えない。
 その希少性から一応、王宮工房の倉庫に保管されているが、使い所のない『ゴミ鉱石』である。
 訊けば青国ではミスリル加工の技術がなくまた認知もされていない。
 その為ミスリルの需要がなく主に指輪やブレスレット等の宝飾品としての価値しかないと言う。
 だから宝飾品としては硬度は低くても美しく光るマジックミスリル。
 その方が商売になるのではないかと考えているという事だった。
 
(コイツは馬鹿だ。)

ガサドは呆れ返った。
 二度と手に入らないかもしれない純ミスリル。
 それを何の役にも立たない『ゴミ鉱石』と交換して欲しいなど意味が分からない。

そう思った瞬間にガサドの中に欲が芽生えた。

(この無知な小娘を騙して、
 宝とゴミを交換できるかもしれない。)

咳払いをしてガサドは言った。

「そうか、そうか。
 マジックミスリルは魅力的な輝きがあるからの。
 滅多に採れない鉱石じゃが、この王宮倉庫には数百年に渡り採り貯めた分が大量にある。
 本来なら譲るのは惜しい貴重品だが、せっかく遠くからロゼ殿が来たんじゃ。
 今回は特別に倉庫のマジックミスリル全てと交換でどうじゃ。」

バツが悪そうに言うガサドへゼロが笑顔で答える。

「はいっ、
 是非お願いいたしますっ。」

ゼロの気が変わらない内にと使用人達に倉庫の鉱石を運ばせるガサドへゼロが話しかける。

「今回はありがとうございました。
 また珍しいミスリルが見つかりましたら是非お知らせ下さい。
 純ミスリルを持ってお伺いします。」

ガサドが驚いて振り返る。

「まだ純ミスリルの鉱山は枯渇していないのかっ、
 分かった。
 珍しいミスリルを国中からかき集めておくから、
 他の職人には売らないようにしてくれっ。」

「分かりました。
 必ず御連絡をお願いいたします。」

ゼロが高揚した顔で念押しをした。
 そうして二人は笑顔のまま別れた。
 来た時には迷惑そうだったガサドが出る時には出口まで見送る変わり様だった。

二日間に渡る話し合いの結果、茶国の『合衆国 カオス』への参加が決定された。
 ゼロは青国への帰国の馬車の中で純魔ミスリルを眺めながら二つの成果を噛みしめていた。
 一つは特使として無事に合衆国への参加を決めるという外交に成功した事。
 もう一つは純度百パーセントの魔力を帯びたミスリルを手に入れた事だった。
 あれだけの量のマジックミスリルも『ロゼ』で分離錬金した結果、大幅に量が減ってしまった。
 それでも『世界初の純魔ミスリル』が誕生したのだ。
 これを使って私はダン様の防具を作るつもりだった。
 かなり量は少なくったが何とか防具一人分位は作れそうだった。
 今回手に入れたマジックミスリルを集めるのに数百年かかったとガサドさんは言っていた。
 なのでもう今後、純魔ミスリルは手に入れる事は出来ないだろう。
 各国の転王と戦うというのにいつまでも『旅人の服』というのは、あまりにも危険だった。
 だから私は最高の素材でダン様へ防具をプレゼントしたかったのだ。
 私は馬車に揺られながらダン様の防具の構想を練り始めた。
 やがてそれは何処にハートマークを入れるかを妄想し、デレ顔で『ムフムフ』し始めた。

(ダン様っ、待っててね。
 あ~、ラブリーなハートの防具を早く着てもらいわ。
 ダン様。可愛い過ぎますっ)

ゼロの初めての一人旅は偉大な功績と怪しい愛情にて大成功で終わろうとしていた。

第十六話 優介:浮気の記憶?

カオスは王宮で一人ゼロの帰りを待っていた。
 先日の緑転王との戦闘でかなりの深手を負ってしまった。
 その為、ゼロが茶国へ特使として行っている間、青国の王宮で治療へ専念していた。
 
 今は王宮庭園の木陰で寝転び空を眺めている。
 涼し気な風が心地よい。
 俺は地面の芝生の柔らかな感触を感じながら何気なくメニュー画面を開いた。

――ステータス詳細――

名前:カオス
 ユニークスキル:ルールブレイカー

魔法1:『フライ』
 魔法2:『クリエイト』
 魔法3:

武器右:『ソウルイーター零式』
 武器左:――

頭:
 胴:旅人の服
 腕:
 足:

アクセサリー1:『リンクリング』
 アクセサリー2:
 アクセサリー3:

デッキ
 1:デーモンソウル レベル4

ガクフルと出会い初めてメニュー画面を開いた時は何も項目が埋まっていなかった。
 こうして見ると今では少しづつ項目が埋まっている。
 装備やスキル、一つ一つ全てに思い出が詰まっていた。
 記憶を失った自分にとってはこの世界での記憶が唯一であり誇りだった。
 魔導の手ほどきをしてくれたエセ関西弁の師匠のガクフル。
 あざとくて性格が悪いが、密かに指導者として尊敬している婆さん。
 こんな俺に真っすぐに愛情を向けてくれるゼロ姫。
 一人っ子の引きこもりでファンタジーゲームオタクの俺は女性に免疫がなかった。
 俺が幼い頃に亡くなったスポーツ万能の兄ならスマートにエスコートしたのだろうが
 ヘッポコの俺はあまりの直球な愛情にかなり戸惑っている。
 巨乳でアヒル口がセクシーな美少女にあれだけ愛情表現をされ続けて嫌な男はいないだろう。
 今では俺も少なからずゼロへ好意を抱いていた。
 
 続いて所持品欄へ目を向ける。

――所持アイテム――

・『白紙のデッキカード』
 ・『失われた記憶』×二

緑転王を倒した事で『白紙のデッキカード』を手にしている。
 『筐体の魔法陣』がある場所まで一度戻って召喚獣との召喚契約が可能だった。
 だがカード一枚では強い召喚獣は呼べないだろう。
 緑転王と戦ってみて感じる事は生半可な召喚獣では役に立たないという事だった。

(もっと強大か、特殊な能力を持った召喚獣が必要だな)

そう考えていた。
 だったらいっそ白紙のカードを使って新たな魔道具を作製してみる方が良さそうだ。
 そう思いながらメニュー画面を閉じようとしてカオスは手を止める。

『失われた記憶』というオーパーツを二つ所持していた。
 
「五つの失われた記憶が揃う時、
 バベルタワーの秘密が明かされる。」

師匠の言葉を思い出す。
 俺には自分がこの世界に転生する前の記憶がなかった。

(どうして俺はこの世界へ転生したのか?)

急に興味が沸き『失われた記憶』を一つ解放してみた。
 その瞬間、光と共に五感の何かが切り替わり脳裏に過去の記憶が蘇る。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 優介は今日も図書館の中を当てもなくぶらぶらとしていた。
 特区バベルに移り住んでから毎週この曜日にはこの図書館へ来ている。
 仕事に撲殺されていた以前とはかなり違った生活を今は送っていた。
 きっかけは会社の健康診断だった。
 義務化されている血液検査を受けた数日後、
 この特区を運営しているバベル財団から赤い封筒が届いた。
 それをきっかけに思い切って会社を辞めて特区へ引っ越して来た。
 そして今はバベル財団の関連企業で働いている。
 特区住民として義務付けられている定期的な検診の煩わしさはあるが、
 かなり優遇されていた。
 だから今ではこうして図書館へ通う等、毎日ゆったりとした生活を送っていた。
 普段なら気になった本を手に取り一日読書をして過ごす。
 でも今日はなぜか、そんな気分になれなかった。
 自分が興味が沸く本を求めてタイトルを読みながら本棚を回遊して行く。
 そして普段なら足を踏み入れない専門書棚を通り過ぎ歴史書棚で行き止まりになった。

「特区と財団の百年史か。
 こんな本、誰が読むんだろう。」

そんな独り言を言いながら何気なく特区の歴史書を手に取ってみる。
 パラパラとページをめくるが全く興味が沸かなかった。
 諦めて本を本棚に戻そうとした時、一枚の紙が床へ落ちた。
 何気なく拾うと

『五月一日 一時 屋上』

そう綺麗な字で書かれていた。
 五月一日といえば今日である。
 俺は何げなく腕時計を見た。

(十二時五十分)

一時まで後、十分だった。
 この図書館は複合施設の中に存在しており、この施設には屋上が存在した。
 興味が沸く本がなく暇を持て余していた俺は何気なく興味本位で屋上へ上がった。

屋上へ出ると時折吹く風が少し肌寒い。
 屋上には誰も居ないように見えた。
 よく見ると一番奥で制服姿の女子大生が一人、フェンスを背に座っている。
 胸に特徴的な紋章が刺繍されている。
 あの制服は名和大学の学生だろう。
 名和大学と言えばこの特区の唯一の学校にして誰もが知っている有名校である。
 だが確か完全全寮制で高校から大学卒業まで外出禁止の筈だった。
 少し不思議に思いながら近づくと一人空を見上げて誰かを待っているようでもなかった。
 女子大生は気配に気づき一度俺をチラッと見たが直ぐにまた空へ視線を戻した。

(メモの人ですか?)

と訊くのも変なので何となく少し離れて俺もフェンスを背に座った。
 こっそりと女子大生の様子を窺うが俺など気にも留めずに空を眺めていた。
 つられて俺も彼女が見ている空を見上げる。
 
 空では、ゆっくりと雲が流れていた。
 
(気持ちいいっ、
 雲を見るのは何年ぶりだろう。)
 
 ゆっくりと流れる雲を見ていると自分は惑星に住んでいるのだという事を感じる。
 雲の上から今の自分達はどう見えるのだろう。
 今までの生活や体の悩みなんて何もかもがちっぽけに少し思えた。
 十五分程、ぼーっと雲を眺めていると彼女は突然立ち上がり屋上を去って行った。

(あのメモは何だったんだろう)

そんな事を考えながら俺も立ち上がり尻の埃を手で払った。
 そもそも五月一日が今年とも限らず、屋上もココとは限らない。
 以前にあの本を借りた人が栞代わりに挟んだだけかもしれない。
 それに釣られて屋上までわざわざ来て自分も相当な暇人だと少し可笑しくなった。
 そんな自分に苦笑しながらも素敵な雲を眺めてその日はそのまま図書館をあとにした。

翌週も俺は図書館に来ていた。
 先週のメモが気になり何となく同じ本をまた手に取る。
 パラパラとページをめくると新しいメモが入っていた。

『五月八日 一時 七番テーブル』

そのメモには見覚えのある綺麗な字でそう書かれていた。 
 この図書館では閲覧席が設けられている。
 エアコンが完備されている事もあり、ここで仕事や勉強をする人も多い。
 電源コンセントも各席に常備している為、人気があり席を予約する事も可能だった。
 その為、席には番号が振られていて予約されている席には予約札が立てられている。
 興味が沸き俺は七番の閲覧席へ行ってみた。

一二時四十五分、七番テーブルには誰も座っていなかった。
 
 俺は適当な雑誌を手に取って隣の八番テーブルへ座った。
 よく見ると七番テーブルへは予約札が立てられていた。
 緊張しながらパラパラと雑誌をめくるが中身が頭に入らない。
 腕時計を見る。
 
 十二時五十七分
 
 一時までにはまだ三分程あった。
 こんなに長く感じた三分は今までなかった。
 俺は妙な汗をかき、自分の心臓の音が聞こえるのが分かった。
 
 ガガ

突然、椅子を引く音と共に隣で気配を感じた。
 
 雑誌越しに隣の席を盗み見る。
 そこには先週屋上で空を見上げていた彼女が座っていた。
 それを見て俺はメモを書いたのは謎の女子大生だと確信した。
 でも何故メモを挟むのか全くの謎だった。
 
 俺がメモを発見したのは偶然だった。
 
 だから俺へ向けての伝言ではない。
 他の人への伝言だとしても屋上で誰かと待ち合わせていたような雰囲気はなかった。
 それに今どきの女子大生が友達との待ち合わせにメモなんて原始的な方法を使うとは思えない。
 現に今も謎の女子大生が座ってから十五分が経過しているが誰も現れていない。
 だから誰かとの待ち合わせではないのだろう。
 
 俺は無性に隣の女子大生へ声をかけてこの疑問を晴らしたい衝動に駆られた。
 
 だが見ず知らずの『おっさん』が突然、声をかけるなんて怪しさ満載である。
 モヤモヤしていると突然隣で椅子を引く音がした。
 見ると謎の女子大生が荷物を片付け始めている。
 動揺する俺に目もくれず彼女はさっさと荷物を全て片付け終わった。
 そして俺の机の上にメモを置くと、そのまま黙って立ち去った。
 驚いてメモを広げるとそこには有名メッセージアプリのID番号が書かれていた。 
◇◇◇◇◇◇◇◇

脳内の光が消えて行き、俺は自分の意識が戻るのを感じた。
 王宮庭園では涼しい風が吹いている。 
 気がつくと汗ばんだ手で地面と芝生を握りしめていた。
 
 これが『失われた記憶の解放』
 
 図書館での出来事は全く記憶になかった。
 ましてや図書館に現れた彼女の事はまるで知らない。
 俺は『謎の女子大生』の事が気になり二つ目のオーパーツを使用した。
 すると再び脳内に光が満ちて行った。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 俺はある喫茶店で謎の女子大生を待っていた。
 紅茶を飲みながら、ここへ来た経緯を思い出す。
 先週、閲覧席の俺へ突然届いたID番号。
 あれからメッセージアプリのIDを登録して六日経ったが全く連絡が来る気配はなかった。

何故、本にメモが挟まっていたのか?
 何故、彼女は俺にID番号を渡したのか?
 
 疑問は深まるばかりだったが怖くてこちらから連絡する勇気はなかった。
 先週の事件から六日が過ぎようとした夜、やっとメッセージが入った。

『五月十五日 十六時 喫茶レガシー』

俺は喫茶レガシーの窓際の席に座り紅茶を飲みながら外を眺めていた。
 目の前の高校では見覚えのある制服の女子高生がチラホラと見えた。
 この喫茶店は図書館の近くにありその横には名和学園の校舎があった。
 名和学園は高大一貫の教育施設である。
 広大な敷地に高校・大学、競技施設や寮など様々な建物が混在していた。
 その近代的な風景と対照に喫茶レガシーはかなり古びていた。
 店内には古き良き時代のアンティークが並び、別時代の雰囲気を感じさせる。
 だがいかにも古く、とても若い女性が利用するとは思えなかった。
 
 俺は紅茶を飲み干して二杯目の紅茶を注文すると腕時計を見た。

十六時三分。

謎の女子大生は現れなかった。

(からかわれたのかもしれない。)

そう思った。
 思えば女子大生が見ず知らずのおっさんへ連絡先を渡すなんてありえない事だった。
 それなのに舞い上がってノコノコ来た自分が何だが可笑しかった。

(二杯目の紅茶をキャンセルして帰ろう)

そう思って店員を目で探す。
 レジ辺りへ目を向けた時、突然入口のドアが開き女性が息を切らして入って来た。
 店内を見回し俺と目が合うと小走りに駆け寄り前の席に座った。
 
 「遅くなってごめんなさい。」

息を切らしながら小声で言った。
 それっきり彼女は下を向いたまま黙ってしまった。
 聞きたい疑問が沢山あったが何を言えばよいか分からなかった。
 
「お待たせしました。
 紅茶でございます。」 
 
 長い沈黙を破る様に二杯目の紅茶が運ばれて来た。
 店員は俺の前へ紅茶を置くと彼女の方を見て待機する。

「あっ、ミルクティーをお願いします。」

店員の意図に気づき思い出したように注文をした。
 それっきり彼女は下を向いたまま黙ってしまった。

(何か言わなきゃ)

そう焦り言葉を探しているとスマホが震えた。

――メッセージ一件―― 
 見るとメッセージが来ていた。
 
 彼女に見つからないようにこっそりとアプリを開く。
 メッセージは目の前の彼女からだった。

サヤカ:遅くなって、ごめんなさい。

驚いて目の前の彼女を見たが、黙って下を向いて話そうとしない。
 仕方がなく机の下に隠したスマホで返事を返した。

優介:大丈夫。僕の名前は優介。早川優介です。

サヤカ:サヤカです。

優介:うん。初めまして……(三回目だけど)

サヤカ:優介さん、今年の桜はもう見ましたか?

優介:そう言えば、今年はまだ見ていない。

サヤカ:寮と大学の間に桜並木が続いていて
    わたしは桜の下を通っています。
    もう花の命は散らし始めているけれど
    空をかくす桜の散る様は雪のようです。

「お待たせしました。
 ミルクティーです。」

そんな声が聞こえて顔を上げると、
 店員が怪訝な顔でテーブルへミルクティーを置いた。
 サヤカはスマホを置いてミルクと砂糖をたっぷりと入れて匂いを嗅いだ。
 その表情を見ているだけで甘い香りがこちらにも届きそうだった。
 少しの間、香りを楽しんだ彼女は幸せそうにゆっくりとミルクティーを飲み干した。
 そしてそのまま何も言わずに突然席を立ち、喫茶店を出て行ってしまった。
 殺風景な店内には静寂の中、ただテーブルの上の小銭と俺だけが取り残されていた。

翌週も俺はサヤカと待ち合わせをした。
 サヤカの指定は映画館。
 二人は映画館の入口で待ち合わせをして恋愛映画を一緒に見た。
 映画を見終わった後、映画について感想を言い合っていた。
 映画は
 未来から来た彼女が、
 三日後に事故死をする彼氏とデートをする。
 という話だった。

「サヤカは永遠ってあると思う?」

俺はサヤカに訊ねた。
 少し考えてから軽いため息をつくとサヤカは答えた。

「永遠であるべきものは永遠であって欲しいです。
 でも普段は永遠はないと感じる事の方が多いです。
 雨の夜に部屋に入って来る空気の匂いを嗅ぐと切なくなります。
 なんとなく終わりの時間が近づいたのだと思うから。
 幾千もの雨が降り、やがて学校を卒業して皆と散り散りになって……
 そのうち一人づつ現実から消えて行く。」
 
 そう答えるとサヤカは少し震えているように見えた。
 前回の喫茶店と違い、今日は随分とサヤカは喋った。
 高三の冬にこの街へ引っ越して来たばかりの大学一年生だと言う。
 微かに揺れるツインテールの髪が実際よりも彼女を幼く見せていた。
 それから映画の後のカフェで二人は取り留めも無い話をした。
 屋上から眺める空の話や夕立の後の匂いの話……
 夕立や海の匂いを嗅ぐと昔包まれたような記憶がするらしい。
 
 でも肝心な聞きたかった疑問は結局聞く事が出来なかった。
 
 カフェを出て歩いているとサヤカが腕を組んできた。
 俺は自分からサヤカへ連絡を取るのは止めよう。
 でもサヤカからの誘いには全て答えよう。
 そう思っていた。

俺は歩きながら先程の話を思い出して思いっきり空気を吸い込んだ。

サヤカの言う『記憶のある匂い』というのは、よく分からなかった。
 いつか雨に打たれながらサヤカの言う桜並木を歩いてみたかった。
 雨と一緒に桜の子供も一緒に降りて、黒いアスファルトを隠していくのだと言う。
 俺は無邪気にじゃれるサヤカの顔を見て説明のつかない感情が沸くのを感じていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇

俺は自分の意識が戻るのを感じた。
 王宮庭園では涼しい風の匂いがしていた。 
 『失われた記憶の解放』
 全く記憶になかったが転生する前に俺はサヤカという女子大生と出会っていたらしい。
 
「サヤカ。約束覚えてる?」
 
 サヤカの事を思い出そうとすると、そう言う自分の声が聞こえた。
 内容を思い出せないが転生する前に俺はサヤカと大事な約束をした気がする。
 もう一つ脳裏を駆け抜ける言葉があった。

『青い海の天使』

こっちは全く意味が思い出せなかった。
 サヤカへの恋心が蘇る度に、なぜがゼロの顔がちらつき後ろめたい気持ちになった。
 その日から俺は気がつくと無意識に匂いを意識するようになっていた。

第十七話 サヤカ:アオトの初恋

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」
 
 そう仮面の女が言って始まった『断罪ゲーム』も四日目を迎えようとしていた。
 アオトは焦っていた。
 三日目の投票で俺は代表者に選ばれて仕方がなく黒の刑事を処刑した。
 確かに黒の刑事とはこの『断罪の間』へ飛ばされて以来ずっと対立を続けていた。
 俺達の大学を調べていたというサヤカの言葉が本当なら黒の刑事が殺人鬼なのかもしれない。
 しかしまだ処刑するには情報が無さすぎた。

それよりも危険なのは『モモカ』だ。

今回、間違えて投票したというが『絶対にわざと』だ。
 彼女は危うい牙を隠し持っている。
 いつその牙がサヤカへ向くか分からない。
 今この断罪の間にいるメンバーの中で俺だけがその『理由』を知っていた。

(俺はサヤカをモモカから守らなければならないっ。)
 
 二日目の記憶の解放でアオトは自分の記憶を解放していた。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 俺は名門校と名高い『名和大学』へ通っていた。
 名和学園は創立以来、上級学校への進学を目的としており
 殆どの生徒が名和大学へ推薦枠にて進学をする。
 クラスはM組、E組、I組、W組、A組と五つあり、M組とE組は特別クラスである。
 M組は大会社の社長の子息等で構成されており
 莫大な寄付金を背景に最新設備と教師陣により徹底した経営理論を叩きこまれる。
 その憧れの名和大学M組こそが俺のクラスである。

大学生活は非常につまらない。

M組に入った時点で将来の成功は約束されていた。
 いや、伊集院家の長男として生まれた時点で、家柄、財力、将来の社長の座も約束されており、
 ただ決められたレールを歩くだけでよかった。
 反抗期にはそのレールから外れる事を試みたが、その度に見事に強制的にレールへ戻された。
 それだけ伊集院家の家長の権力は絶大で運命からは決して逃れることは出来なかった。
 だから今の日常などただのゲームのレベル上げのようなものだった。

(うんざりだ。)

だがそんなアオトにも密かな楽しみ。
 校内に思いを寄せる女性が居た。
 
 一般クラスの『サヤカ』だ。
 
 雑種クラスの為、接点はまるでないが、
 雑種の中にあっても群を抜くカリスマ性と清楚な顔立、負けん気の強さが気に入っている。
 だが最近、そのお気に入りの妙な噂を耳にした。

『サヤカのグループが、お金を貰って大人達と遊んでいる。』

というものだった。
 しかもリーダー格の『モモカ』という生徒が先日その件で生活指導室に呼ばれた言う。
 M組ともなれば言い寄って来る女生徒も多く別にサヤカとも付き合いたい訳でもなかった。

『男女交際一切禁止』

名和学園はある値が一定値を超える生徒だけが入学と在籍を許されている。
 男女交際はその値を著しく下げるとされ高校から男女は完全隔離。
 全寮制の上、徹底した指導が行われていた。

『男女交際一切禁止』

一見、時代錯誤に見えるが名和学生があらゆる分野で能力が抜きん出ている事も事実だった。
 事実かどうかは不明だが学園が禁止している恋愛が原因で数値が下がり
 定期健診の結果、特区から追放されてもつまらない。
 ただサヤカが他の男と付き合うとなると話は別だ。
 そこで俺は放課後『モモカ』を呼び出した。
 
 突然の呼び出しにモモカは顔を赤らめながら教室に入って来た。
 モモカを見るのは初めてだったが、他の女子生徒の様な垢ぬけた感じはなく地味だった。
 二つに縛ったツインテールがまるで少女のように幼く見える。
 甘えるような感じが誰からも好かれる印象を持っていた。 
 
「あのっ、アオト君。
 突然呼び出して、
 モモカに何か用ですか?」

モモカが甘えるような声でアオトに訊ねた。

(コイツも結局、他と同じか。)

俺はうんざりした気持ちでため息をついた。
 今までこんな女生徒を何人も見て来た。
 アオトが声をかけると舞い上がり、王子様に選ばれたシンデレラのような顔をする。
 そして勝手に将来の幸せを妄想して行く。
 きっとコイツも俺がモモカへ告白でもすると期待しているのだろう。
 俺は面倒臭くなり直接ぞんざいに訊いた。

「君達が金を貰って、
 大人達と遊んでいるって聞いたけど本当?」

「えっ、誰からそんな事聞いたんですか?」

モモカが驚いた表情を見せて尋ねる。

「おっさんと遊んだって楽しくないだろ?
 俺が金出してやるから俺のオンリーになれよ。」

俺は自信気に提案した。

「あの、
 私と遊びたいんですか?」

突然の提案にモモカは顔を赤らめながらモジモジ訊ねた。

「ああっ、お前じゃなく、サヤカな。
 お前のグループに居るだろ?」

そう俺が言うとモモカは急に表情を変えて黙って教室を出て行った。

(なんだよ。アイツっ。
 二人一緒に金で遊んでやればよかったのか?)

俺は苛立ち机を蹴った。
 お気に入りのおもちゃを横取りされたようで無性に腹が立った。
 別に俺はサヤカと付き合いたい訳ではなかった。
 ただ他のおっさんと遊ぶ事を止めさせたかっただけだ。
 それだけなのに、どうしてこうも上手く行かないっ。

(あ~っ、ムカつくっ。)

俺は椅子を蹴り倒して教室を出た。
◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 記憶の解放の後、中学生のモモカが将来サヤカと同級生になる『モモカ』だと気がついた。
 二人の会話を盗み聞きした所、サヤカにはまだその記憶が解放されていないようだった。
 俺が自分の思い通りにならなかったのは、あれが初めてだった。
 自分で何かしようと思ったのも、これが初めてだった。
 この今まで感じた事のない執着にも似た感情。
 たぶんこれが俺の初恋だった。

この『断罪の間』へ飛ばされた時、俺は内心嬉しかった。
 初めて伊集院家から解放されて自分の意志で行動していたからだ。
 サヤカへの記憶が戻った今、サヤカへの執着が募って行った。

俺は『断罪の間』の残りのメンバーを見た。

ヨレヨレの服を着た禿げづらの『緑の教師』。
 全く面識はないが、たぶん名和学園の教師なのだろう。

そして俺が怒らせたツインテールの中学生『モモカ』。
 今、一番危険な存在だ。

そして俺が守るべき『サヤカ』。
 モモカとの記憶は、まだなく危険に気がついていない。

そして俺の四人だった。

この中に俺達を殺す殺人犯が居るのだろう。
 それはたぶん『緑の教師』か『モモカ』だろう。

(何とかしてサヤカを守らなければっ。)

ふつふつと使命感にも似た感情が沸き上がって来る。

(俺だけがこの異様な現状を理解している。
 そしてそれを制する事が出来る選ばれた人間だ。)

しかしどちらが殺人犯か、現時点では判断がつかなかった。

――午前中――

「『午前中』になりました。代表者を決めます。
 話し合いを始めてください。」

天井からアナウンスが流れた。
 その言葉に皆が三日目の黒の刑事の処刑を思い出して委縮していた。
 そこで俺はもう一度みんなに提案をした。

「みんなっ、情報が足りなすぎる。
 もう一度、全員が自分に投票して情報を集めよう。
 モモカっ、今度は絶対に間違えないようにしてくれよ。」

突然の俺の念押しにモモカは驚いているようだった。
 どうやらモモカには俺の記憶が解放されていないようだ。

――正午――

「正午になりました。代表者を決めます。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。
 アナウンスと共に見慣れた投票画面が目の前に浮かび上がる。
 無言でそれぞれが投票を開始した。
 
「投票が終了しました。
 投票結果を発表します。」

天井からアナウンスが流れると、円卓の上に投票結果が浮かび上がった。

――投票結果――

緑の教師⇒緑の教師
 青のアオト⇒青のアオト
 白のサヤカ⇒白のサヤカ
 ピンクのモモカ⇒ピンクのモモカ

結果
 緑の教師が、一票
 青のアオトが、一票
 白のサヤカが、一票
 ピンクのモモカが、一票

――午後――
「全員が同数の為、今回は代表者による断罪者の指名はなく終了。
 記憶の解放が行われます。」

天井からアナウンスが流れた。
 今回は誰も裏切らずに自分に投票したようだった。
 皆が安心した顔をしたが直ぐにそれぞれが不安げな表情に戻っていた。
 処刑が先送りされただけで数日後には自分が殺されるかもしれないからだ。

薄暗い部屋の中、重苦しい雰囲気でそれぞれが記憶の解放を始めた。

第十八話 優介:幻の転生者 剣聖

「出来たっ。」

ゼロは歓声を上げた。
 茶国にて世界初の魔力を帯びたミスリル『純魔ミスリル』の精製に成功したゼロ姫。
 帰国後の数日間は青国の工房に閉じこもり防具の作製に没頭していた。
 まず純魔ミスリルで胸当て等を作っていった。
 ダン様は魔導士である。
 全身を覆う鎧では動きが妨げられてしまう。
 だがら心臓等の急所だけは胸当てで覆った。
 他の部分は純魔ミスリルの糸で編んだマント状のコートで体を覆う。
 純度百パーセントのミスリルの硬度は通常ミスリルの数倍硬い。
 通常武器では傷一つだってつける事は出来ないだろう。
 またミスリルの糸で編んだコートはしなやかで強い。
 その機能性は鎖帷子を優に超えていた。
 だが何より注目すべきはその魔力だった。
 魔力を帯びたミスリルはあらゆる魔法攻撃から身を守る。
 また蓄積されている魔力を使用する事で最大魔力量も増加していた。
 通常、魔法を使用した際に大気に発散される使用済み魔力も、
 そのまま魔ミスリルに吸収されていく。
 つまりはこの防具を装備すれば圧倒的な物理・魔法耐性を得て魔力は使いたい放題なのである。
 唯一の欠点は周りの猛反対にあい、
 ダン様の似顔絵とハートマークが外側ではなく防具の内側になってしまった事だった。
 ゼロは早速、防具をカオスの所へ持って行き試着をさせた。

「ダン様っ、
 ゼロの愛の防具が出来ました。」

防具を大事そうに抱えたゼロが笑顔で駆け寄った。

「帰国して何をコソコソやっているかと思ったら俺の防具を作ってくれていたのか。
 おーっ、これはミスリルか。
 しかもとんでもない魔力を感じる。
 どこでこんなすごい物を……。」

カオスは驚嘆する。
 それを嬉しそうにゼロが説明しながらカオスへ着付けをしていく。
 胸当てを手にした所でカオスの手が突然止まった。

「あのっ、ゼロさん。
 この内側に描かれているイラストとハートマークは……。」

そこには幼稚園児のお絵かきの様なカオスの似顔絵とハートマークが描かれていた。
 ゼロが一際喜んで説明を始めた。

「これこそが、この防具最大の機能『愛注入』ですわ。
 これがダン様で横に居るのがゼロです。
 後ろに飛んでいるのがガクフルさんで……。」

ゼロの機能説明は永遠と続いた。
 ゼロの話を多少引き気味に聞きながらカオスは思った。
 今回の思わぬプレゼントによって不安だった防御力の弱さが解消された。
 攻撃力においても『ソウルイーター零式』でかなり強化された筈である。
 しかし問題はカオスにその武器を使いこなす力量が足りない事だった。
 そこで俺は婆さんと師匠へ相談をしてみた。

「師匠、俺に剣術を教えてくれないか。」

そう言う俺へガクフルが即座にツッコミを入れる。

「あほかっ
 ワイ、魔導士。
 武器は専門外や。」

「婆さんは……無理だよな。」

俺が婆さんのプロポーションを眺めて嘆いた。

「失礼な目で見るんじゃないよ。
 勿論、私には無理だね。
 剣術の指導ねー。
 魔道具の使い方指南なんて出来るのは『剣聖』位じゃないかね。」

そう言って婆さんはガクフルの同意を求めた。

「剣聖か。
 奴なら確かに使えるかもしれんな。
 ワイは暫く旅に出る。
 だから、これからはカオス一人で戦う事になる。
 良い機会や。
 ごっつい奴やから
 剣聖の元で修行をしてくるといい。」

ガクフルもフワフワと浮かびながら頷いた。

「剣聖?」

俺が訊ねると婆さんが頷いた。

「この世界は六芒星の形に六つの国で出来ていると前に教えたね。
 だが正確には六つではない。
 各国の周りに大小様々な島が点在しており、それぞれの国に属している。
 青国の離島に『剣聖』と呼ばれる剣の達人が住んでいる。
 『剣聖』は転王になりそこねた転生者で、
 あらゆる武器や武術のスキルを会得していると言う。
 『剣聖』がこの世界に転生して来た時、
 既に全ての国に転王がおり、強大な力を持っていながら転王になる事が出来なかった。
 だが先の青転王がその力を認めて無人島を直轄領として与えて青国へ招いたのだ。
 本人は欲がない少し変わり者だがカオスの役には立つだろう。
 他の転生との戦いの前に腕を磨いて来るとよい。」

(あらゆる剣術スキルを会得している『剣聖』)

何だか興味をそそる響きである。
 俺は早速、剣聖の孤島へ旅立った。

青国の海岸沿いから『フライ』で飛ぶ事三時間、やっとその島は見えて来た。
 『フライ』も大分使い方が慣れて来た。
 今では目に見える範囲ならゲートを開かなくても一見瞬間移動のように飛行する事ができる。
 これを俺は『フライ 瞬移』と呼んでいた。
 方法は簡単、要は『フライ』の際の移動イメージを線ではなく点に変えるだけである。
 島へ到着すると一人の男が岸でバーベキューをしていた。
 『剣聖』という響きから規律に厳しい人物を想像していた俺は、
 相手の顔色を窺いながら恐る恐る近づいた。

「よう、肉食うか?」

『剣聖』と見られる男がカオスへ話しかける。
 大柄な男は髪を後ろで束ね侍のような着物を着ていた。
 横にはゆるやかな曲線を描いた日本刀が地面に刺さっている。

「あんたが剣聖か?
 俺はカオス。
 あんたに剣術の教えを乞い来た。」

そう俺が緊張な面持ちで自己紹介をした。

「知ってるさ、有名人だからな。
 緑転王を倒したそうじゃないか。
 それに腰につけているのは、茶転王の『ソウルイーター』か
 また防具も凄い物を身に着けているな。
 さてはお前はアイテムオタクと見た。
 気に入った。」

剣聖は肉をかじりながら豪快に笑った。
 防具を褒められゼロの描いた似顔絵が頭に浮かぶ。
 剣聖とまで言われる剣の達人にそこまで褒められると、
 とてもこの防具の内側にゼロの書いた似顔絵とハートマークがあるとは言えない。
 いや、いっその事、幼稚園児のような俺の似顔絵を見せて、
 俺の評価のハードルを下げてやろうかとも一瞬、考えた。
 ゼロの似顔絵を頭から振り払い気を取り直して訊ねる。

「では、俺に剣術を教えてくれるのか?」

「それは無理だな。」

剣聖が二つ目の肉に手を伸ばして呑気に答える。

(え~っ、今、俺達打ち解けた雰囲気だったよね?)

「でも先程、俺を気に入ったと……。」

「ああっ、悪い、悪い。
 説明が足りなかったな。
 世間では俺が厳しい修行によりあらゆる剣術の悟りを開いたと思われているが、
 実は違う。
 本当はスキル『レアハンター』でレアスキルをドロップするモンスターを召喚できるだけだ。
 無人島で暇つぶしに片っ端からドロップしてたら、いつの間にか剣聖と呼ばれていたんだな。
 要はお前と同じ収集オタクという訳。
 君なら分かるだろ?
 一度集め出すとコンプリートするまで止められないこの衝動。
 だからせっかく来て貰って悪いが剣術を指南する事は出来ないよ。」

突然の剣聖の告白に俺は思わず脱力した。

(収集オタクって……
 そりゃあ俺もキャラのゼスチャーコンプリートしたけどさ)

肩を落とす俺の肩を叩き剣聖が励ます。

「そんなにガッカリするなよ兄弟。
 同じ収集オタク仲間じゃないか。
 教える事は出来ないが、
 適当なレアスキルをドロップするモンスターを俺が召喚してやるよ。」

そう言うと海岸沿いに無数の鎧の騎士が現れた。
 驚く俺へ剣聖はニヤリと笑い言った。

「その前に、お前の実力を見せて貰おうか」

(九十八……九十九……百。)

俺はやっと百体の鎧の騎士を倒し終えた。
 剣聖の入門試験的な戦いで俺は全力で戦った。

文字通り『全力』である。

まず『デーモンソウル』を召喚。
 カードを引き抜くとカードが黒い霧に変わり、
 斧を持ったデーモンの上半身へと姿を変える。
 筋骨隆々の角が生えたレジェンド級の悪魔。
 それはまるで圧倒的な気配を放ちながら、ふわふわと不気味に空へ浮遊した。

次に『ソウルイーター零式』を剣モードで両手に持つ。
 そして、デーモンソウルと共に鎧の騎士軍団へ飛び込んだ。
 デーモンソウルがその巨大な斧で鎧の騎士を蹴散らして行く。
 こぼれて向かって来る鎧の騎士を俺が『ソウルイーター零式』で切り裂いて行く。
 そして短剣の宝石にソウルが貯まるとデーモンを後ろに下げ銃モードにて一掃。
 
 今回『フライ 瞬移』も実戦で試してみた。
 
 実際に試してみるとフライで上空に移動して銃で撃つよりも、
 瞬移で瞬間的に相手の背後に回っての攻撃の方が圧倒的に効率が良かった。
 百体全てを倒し終わると剣聖が関心したように首を振り手を叩く。

「流石、緑転王を倒しただけはある。
 やるねー。
 だが力に頼った力押し。
 同等の力を持った相手には勝てないだろうね。」

その言葉に俺は内心ドキリとした。
 流石は剣聖。
 俺の戦いを一目見ただけでその弱点を見抜いている。

「剣聖、俺は合格ですか?」

恐る恐る訊ねてみる。

「ああ、いい瞳をしてるね。
 オタク仲間として、どっぷり修行に付き合おうじゃないか。」

そう言って立ち上がるとブンブンと肩を回し手にした剣を一振りした。

「では、早速修行を」

意気込み焦る俺を剣聖がたしなめる。

「まあ、そう焦るなよ。
 その前にメニューを確認して見ろ。
 ドロップ品が手に入っているだろう?」

そう言われ確認して見ると『大脱走』をいうアイテムを入手していた。
 この世界に来て初めてのレアアイテムの獲得。
 なんだか胸が高鳴るのを感じて剣聖の勧めるままにレアスキルを使用する。

――レアスキル『大脱走』を習得しました。――
 スキル名:大脱走
 効果:相手のスネを蹴り、全力で逃げ出す。
    スネへの蹴りがヒットした場合は、逃走成功率百パーセント

(えっ、自分の目を疑い思わず何度も説明文を読み直す。
  ……ショボ過ぎる、いらねー)

俺は剣聖を白い目で見た。
 だが剣聖は涼し気な鉄仮面で俺の視線をやすやすと跳ね返している。

(本当にこの人は強いのだろうか?)

俺の中で剣聖の尊敬株が暴落して行くのを感じた。
 そんな白い視線を感じ取ったのか剣聖が気まずそうに咳払いをした。

「まあ見た所、その両手の短剣で使える剣術がいいだろうね。
 例えばこんな技とか。」

そう言うと剣聖は半身になり鎌のような日本刀を上段に構えて左手を相手の方に伸ばした。

『七連撃』

電光石火のように剣聖の一振りが七回打撃を与えていた。
 俺の中で先程暴落したばかりの尊敬株の値が持ち直して行く。
 この凄い技が何の苦労もなく一瞬で習得できるのだ。
 する事はただモンスターを倒してドロップ品を手に入れるだけ。 
 俺の中のオタク魂が蘇り胸が高鳴るのを感じた。
 
 だが、ここからが本当の苦行の始まりだった。

レアスキル『七連撃』ドロップモンスター『小次郎』。
 『二連撃』を使いこなす侍タイプの戦士で背丈程の剣を携えている。
 動きが素早い為、デーモンソウルの攻撃は当たらない。
 仕方がなく両手剣にて挑むが、受け流しが上手く切りつける事が出来なかった。
 最初の内は銃モードで倒していたが、その後、宝石の魔力がつき弾切れとなった。
 純魔ミスリルの魔力を使う事も出来たが何か負けたようで意地になって使用しなかった。
 剣聖がニヤニヤ笑いながら小次郎に押されているの俺を見ていたからだ。
 しばらく苦戦していると何となくコツが分かって来た。

この世界のモンスターはどこか昔やりこんだファンタジーゲームに似ていた。

相手の『二連撃』が発動した瞬間に『瞬移』で相手の背後に回って切りつける。
 『二連撃』発動時には相手が硬直し避けられないのだ。

(だが……しかし落ちない。)

流石にレアスキルと言うべきか、倒しても倒してもスキルがドロップしなかった。
 何体倒したか分からない。
 日が暮れて夜になり、半ば意識が朦朧とした時にやっと

――ドロップ品を獲得しました。――

メッセージが頭上に現れた。
 喜びの余り叫び出しそうになりながら、震える手でメニューを開く。

――レアアイテム『緑茶』を習得しました。――
 アイテム名:緑茶
 効果:湯呑に入った熱いお茶。
    正座して飲むと、HPとMPが全回復する。

「何じゃこりゃ。
 なめとんのか?」

俺は魂の雄叫びをあげた。

……その後の事は覚えていない。

剣聖によると、その後の俺は鬼神のような面持ちで大量の小次郎を殺戮し続けたと言う。
 そのエピソードから後に俺は、影で『緑茶の鬼神』と呼ばれているとかいないとか……。

第十九話 サヤカ:サヤカの罪

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」

そう仮面の女が言って始まった『断罪ゲーム』も四日目を迎えていた。
 ゲーム開始三日目、初めて投票により処刑が実行された。
 サヤカは蒼い炎を見つめながら確実に『死』が自分達に忍び寄っている事を実感した。
 背筋が冷たくなる。 
 殺される日が近づいている。
 あと四日以内に『殺人犯』を見つけなければいけなかった。
 私は断罪の間の残ったのメンバーを改めて見た。

ヨレヨレの服を着た禿げづらの『緑の教師』。
 名和大学で私の親友だと言うツインテールの中学生『モモカ』。
 『断罪の間』へ飛ばされて来た時に初めて声をかけてくれた『アオト』。

この中に私達を殺す殺人犯が居る事になる。
 私は自分のせいで黒の刑事を処刑する事になってしまった事を後悔していた。
 それは『記憶の解放』の為に、それぞれが自分へ投票しようと決めた三日目に起こった。
 モモカのミスにより誰かを処刑しなければいけなくなった。
 私は最初から何となく『黒の刑事』か『緑の教師』が怪しいと思っていた。
 でも明確に『黒の刑事』が『殺人犯』だとはまだ決めかねていた。
 でも黒の刑事に突然肩を掴まれたあの時、恐怖のあまり思わず口走ってしまった。

「止めて、離して。
 絶対って事はない。
 だってあなた隠れて私の学校の事調べてたでしょう。
 娘さんの事でやましい事があるんじゃないの。」

その言葉で周りが動揺し、結果『黒の刑事』が処刑された。

(私のせいじゃないっ)

そう思いながらも処刑のきっかけを作ってしまったコトに何か後ろめたいものを感じていた。

そして四日目。
 今回は誰もミスをする事なく自分に投票した。
 皆が安心した顔をしたが直ぐにそれぞれが不安げな表情に戻っていった。
 処刑が先送りされただけで数日後には自分が殺されるかもしれないからだ。
 何だかとてつもなく息が苦しかった。
 薄暗い部屋の中、まるで水中にいるような重苦しい雰囲気が部屋を支配している。
 
 やがてそれぞれが記憶の解放を始めた。
 
 私はどの記憶を解放しようか迷っていた。
 今、一番『殺人犯』だと思われる『緑の教師』にしようかと思った。
 でも記憶の解放後に急に馴れ馴れしくなった『モモカ』の事も気になっていた。
 記憶を解放する前は内気で頼りなく下を向いて小さな声で話していたモモカ。
 今は馴れ馴れしくタメ口をきいてくる。
 表情も明るく自信ありげで以前とは別人だった。
 訊けばモモカは自分の記憶を解放し、私とモモカは名和大学の同級生で親友だという。
 私はモモカの事を全く覚えていない。
 そもそも学校生活の記憶が全く無かった。

(私も自分の記憶を解放すればモモカの事を思い出すのだろうか。)

気になった私は少し迷った後、自分の記憶を解放した。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 私は教室の席で周りが話しているのをぼんやりと眺めていた。
 モモカが転校して来てから私の見る風景が少し変化していた。
 以前は自然と私の周りに人が集まってワイワイと賑やかにしていた。
 でも今は私の横でモモカを中心に会話が進んで、私はそれを観ている事の方が多かった。
 名和学園は高大一貫の為、そのまま高三のクラスメンバーが大学のクラスとなる。
 三年間寮と学校の往復で隔離生活を送って来た私達にとって唯一外から編入して来た
 モモカはかなり新鮮だった。

名和生の結束は固い。

その為、高校時代にも編入生は稀にいたが、影で『雑種』と呼ばれ無関心や仲間外れにあって
 直ぐに学校を辞めてしまう事が多かった。

だがモモカは違った。

高三最後の少ない期間であっという間に周りに溶け込み、大学に上がると『支配』を始めた。
 今ではモモカの不良っぽい所が他者を圧倒している。
 時折モモカが私へ話しを振って私はそれを微笑んで頷く。
 別に自分がクラスの中心になりたい訳でもないけれど、どこか寂しさを私は感じていた。
 ひとしきり会話が終わると他の生徒は去って行きモモカと二人になった。
 二人になるとモモカは椅子を引いて周りを見回した後にサヤカへそっと話しかける。

「ねえ、サヤカ。
 今日は『バイト』一緒に行くでしょ。」

最近ずっとモモカは私へ『バイト』へ一緒に行く事を勧めてくる。
 どうやら大人と食事をして、お小遣いを貰っているらしい。
 名和学園は入学当初から『男女交際一切禁止。』だった。
 こんな時代錯誤の校則を持ち出して、いい子ちゃんぶるつもりはなかった。
 別に周りがそうゆう小遣い稼ぎをしても構わないが、自分は何となく気が進まなかった。

「ごめん。
 私はちょっと、そうゆうのはいいや。」

私は言いにくそうに断った。
 するとモモカは周りを見回してから私へ顔を近づけて囁いた。

「みんな、やってるって。
 サヤカだけ、やらない訳にはいかないよ。
 ねっ、一度だけ。
 私の横で何もしないで笑ってるだけでいいから……。
 じゃないと、これ以上モモカもサヤカを庇いきれないよ。」

(クラスの輪から外される。)

私の脳裏にそんな言葉が響いた。

「じゃあ、一度だけ。
 顔を出したら、私すぐに帰るから。」

私が引きつった笑顔で答える。

「ありがとう、サヤカっ、 
 これでサヤカを守れるよ。
 今日の放課後パーティーあるから一緒に行こう。」

モモカが嬉しそうにサヤカの手を取り言った。
 放課後、私とモモカは学園敷地内の一室に来ていた。
 暖色にライトアップされた施設の最上階、かなり広い一室だった。
 早く来過ぎたのか、まだ誰も居なかった。
 その方が喜ぶからとモモカが言って、サヤカ達は高校時代の制服姿で部屋へ来ていた。
 紺のミニスカートに碧いリボン。
 女子高生を卒業して暫く経っていたが、その姿はまだまだ現役でイケそうだった。
 モモカは私を奥のベット隅へ座らせると鞄から縄を出して後ろ手に縛った。

「ちょっと、モモカ。」

驚く私へモモカが言う。

「ただのサプライズオブジェだよ。
 おじさんが部屋に入って来た時に喜ぶから。」

そう言うとモモカは縛られて動けない私へアイマスクを着けて目隠しをした。
 モモカは不安そうに座っているサヤカを見ると満足そうに微笑んだ。

「サヤカ。
 今夜は楽しんで。」

そう耳元で囁くとモモカは耳たぶを噛み私へ耳栓をした。

(えっ、これは何?)

制服姿でベットの上で縛られて目隠しをされている。
 この状況は明らかにただ男性と食事をするだけとは思えなかった。
 後ろ手に縛られて身動きがとれない。
 身をよじればよじる程、ミニスカートが捲れ上がり下着が露出していった。
 目隠しと耳栓で私の五感が研ぎ澄まされる。 
 不安で何度もモモカの名前を呼んだがモモカは黙ったままだった。
 良からぬ妄想で私は不安と恥ずかしさでいっぱいになった。

暫くすると入口でドアが開く音がした。
 モモカが振り返ると、そこには名和学園の教師『緑川』が立っている。

「先生、来たのね。
 お金持って来た?」
 
 モモカが悪戯っぽく笑う。
 緑川は、ベットの上で目隠しで縛られているサヤカを見て驚く。

「おいっ、
 モモカっ、何をしているんだっ。」

モモカはサヤカの表情を楽しむように髪を撫でながら怯える姿を緑川へ見せつける。

「先生。
 サヤカの事、好きなんでしょう?
 サヤカの事『めちゃくちゃ』にしていいよ……。」

そう言うと突然、サヤカの髪を乱暴に掻き乱して部屋から出て行った。

「馬鹿な事を言うんじゃないっ。
 サヤカ大丈夫か。
 今、助けてやるからな。」

そう言って緑川はサヤカの後ろへ手を回して縄をほどいた。

「嫌っ、離して……」
 突然、誰かに抱きつかれて私は恐怖でいっぱいになった。

「もう大丈夫だ。
 さあ、こんな所早く出よう。」

緑川が愛おしい瞳で見つめながら優しくサヤカのアイマスクを外す。
 
 いやらしい顔で私を見つめるオヤジを見て私は震えながら呟いた。

「誰?」

(誰?)

その信じられない言葉に緑川の中の何かが回り始めた。

(誰?)

学校の廊下ですれ違う度に挨拶を交わしているじゃないか。

(誰?)

校内巡回の度に校舎越しにサヤカを見守っているじゃないか。

「サヤカっ、サヤカ……」

緑川は我を忘れてベットへ上がりサヤカへ襲いかかった。

(犯されるっ)

私はパニック状態で必死にベットの上で抵抗した。

「いっ、嫌っ」

押し倒そうとする緑川の胸にサヤカの蹴りが入り、緑川はバランスを崩しひっくり返った。

「うっ」

ベットから後ろ向きで落ちた緑川は鈍い音と共に動かなくなった。
 見るとテーブルへ頭をぶつけ頭から血を流して倒れている。
 私は夢中でそのまま部屋を飛び出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇

サヤカは記憶の解放から戻ると自分の手が震えているのを感じた。

(殺した? 私が殺した。
 私が殺人犯なんだ。)

自然と涙がこぼれた。

――正午――

「正午になりました。代表者を決めます。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れる。

「サヤカ?」

サヤカの様子が変な事に気づきアオトが心配そうに声をかけた。

(私が殺人犯だってバレたらみんなに殺される)

私は涙を手で払い、慌てて笑顔を振りまき取り繕った。

「投票が終了しました。
 投票結果を発表します。」

天井からアナウンスが流れると円卓の上に投票結果が浮かび上がった。

――投票結果――

緑の教師⇒緑の教師
 青のアオト⇒青のアオト
 白のサヤカ⇒白のサヤカ
 ピンクのモモカ⇒白のサヤカ

結果
 緑の教師が、一票
 青のアオトが、一票
 白のサヤカが、二票
 ピンクのモモカが、零票

――午後――
「白様は断罪者の指名を行って下さい。」

天井からアナウンスが流れる。

「処刑は緑さんで……。」

私は下を向いて小さな声で宣言をした。
 驚くアオト。
 モモカは可笑しそうに、こちらを見て笑っている。 
 緑川は信じられないという表情を浮かべてサヤカへ近づく。

「待ってくれ、サヤカ。
 違うんだ。
 お前は記憶を失っているかもしれないが俺達は分かり合えている。
 学校の廊下ですれ違う度に挨拶を交わしていたし、
 校内巡回の度に私はお前を見守って来た。
 だから私が殺人犯な訳がないじゃないか。
 よく思い出してみてくれ。
 なあ、そうだろう。」

「……ごめんなさい。」

私は震える声で囁いた。

「処刑者を決定いたします。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

「みんな待ってくれ。
 これは何かの行き違いなんだ。
 そうだっ、次にみんなで私の記憶を解放してくれ。
 そうすれば私がサヤカを殺す筈がない事が分かってもらえる。
 なあ、サヤカ。
 これは誤解だ。
 早まるなっ、チャンスを……。
 もう一度だけ、チャンスをくれっ。
 頼む、殺さないでくれ。」

そう言って緑川が床へ膝をつき必死に訴えかける。

「投票時間となりました。
 今後一切の弁明を禁じます。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが無表情に流れた。

――投票結果――

緑の緑川⇒青のアオト
 青のアオト⇒緑の緑川
 白のサヤカ⇒緑の緑川
 ピンクのモモカ⇒緑の緑川

結果
 緑の緑川が、三票
 青のアオトが、一票
 
「投票の結果。
 緑様の処刑が決定いたしました。
 即時、処刑が実行されます。」

天井からアナウンスが流れた瞬間。
 緑川の体が蒼い炎に包まれた。
 緑川は炎に包まれながらサヤカを見つめ『違うんだ』と首を振っていた。
 
 断罪ゲーム開始五日目、二人目の処刑が実行された。
 私は蒼い炎を見つめながら自分が生き延びる事だけを考えていた。

第二十話 優介:赤転王のドラゴン

カオスは離島で剣聖との訓練に励んでいた。
 手に入れたレアスキル『七連撃』を使いこなす為だった。
 剣聖との組手をしていて改めて俺は剣聖の強さを感じていた。
 髪を後ろで束ねて着物を着ている剣聖は正に侍という言葉が相応しい。
 がっちりした体はバランスの良い筋肉をつけておりパワーとスピードを兼ね備えている。
 剣聖は鎌のように曲がった日本刀を構えてカオスの攻撃を待つ。

(まただ)

剣聖は明らかに俺の攻撃を誘っている。
 幾度となく挑むがかわされカウンターの『七連撃』を撃ち込まれた。
 同じスキルを使用しているのにまるで違うスキルを使っているようだった。

その理由は『間』だった。

剣聖は『間』の使い方が抜群に上手い。
 俺は劣等感を感じつつも少しずつ『間』の使い方を体に覚えさせていく。

「フライ 瞬移」
 
 剣聖のカウンター七連撃の発動に合わせて背後を取る。

「七連撃」
 
 俺はこの日初めて剣聖へ打撃を与えた。

「やるなー、兄弟。」

剣聖が感嘆の声をあげる。

「いえ、散々やられてやっとですから。」

そう俺が笑顔で答えた時、青い鎧の兵士が二人へ駆け寄って来た。

(あれは青国の伝令……)

そう思っていると伝令は二人の前で跪き息を切らして報告をする。

「申し上げますっ。
 赤国、赤転王軍が緑国を制圧しそのまま青国へ侵攻。
 現在、ゼロ様が軍を率いて国境線へ防衛に向かっておりますが苦戦。
 カオス様も至急、青国へお戻り下さい。」

突然の思わぬ報告に俺は思わず剣聖と顔を見合わせた。
 剣聖に促されるまま俺は急いで『フライ・ゲート』を開き王宮へ戻った。
 ゲートを潜ると婆さんが待っていた。

「ああっ、カオス」

俺の姿を見ると慌てて婆さんが駆け寄ってきた。

「赤転王が攻めて来ったて?
 何だって突然。」

俺が困惑した表情で口早に訊ねる。

「今までは白国が睨みを利かしていたので動けなかったがどうやら状況が変わったらしい。
 黒国の『暗黒騎士』と名乗る者が突然白国へ攻め込み小競り合いが始まった。
 その隙に赤転王が無人の緑国を制圧。
 そのまま我が国へ侵攻して来ている。
 ゼロが軍を率いて防衛へ向かったが正直ゼロでは荷が重いじゃろう。
 悪いが急いで救援に向かって欲しい。」

そう言う婆さんへ俺は頷いた。
 国境線へは時空ゲートをマーキングしていない為ゲートにて移動はできない。
 仕方がなく俺は『フライ』にて飛んで向かった。
 向かっている途中で俺は自分のHPが減るのを感じた。
 このHPの減りは装備している『リンクリング』の効果によるものだ。
 つまり現在ゼロが敵と戦闘中でありダメージを受けていると言う事を意味していた。

(死ぬなよ。ゼロ)

俺はそう祈りながらゼロの元へ急いだ。

ゼロは剣を握りしめて後悔していた。
 先程、青国の国境線付近の平原にて赤国軍との戦闘状態に入ってしまったからだ。
 当初ゼロは赤転王軍と戦うつもりはなかった。

(私の役割はダン様が戻って来るまでの時間稼ぎ)

その為に赤転王軍と衝突する直前で右の森へ逃げていた。

「申し上げます。
 斥候の報告によると青国軍は正面にはおらず
 我が軍の左の森へ移動した模様です。」

その報告を聞いて赤転王は驚いた。
 赤転王の転生前の職業はプロボクサーだ。
 脳筋の彼には戦略などという概念はなくただ叩き潰す。
 それだけだった。
 だからてっきり敵も正面からぶつかって来るものとばかり思っていた。

「新青転王は何考えてる?
 このまま我軍が侵攻すれば王都ががら空きじゃねぇか?」

首を傾げる赤転王へ側近が具申する。
 
「陛下。
 敵は多分、我々が青国の国境を越えた所で引き返し背後を狙う作戦かと。」

「ふんっ、小癪なっ、
 じゃあ、本陣はこのままここへ陣を張って待機。
 その他はそのまま左の森へ入り、敵を殲滅してこいっ」

「はっ」
「はっ」
「はっ」

部下達は一斉に左の森へ入って行った。

――数時間後――

「申し上げます。
 斥候の報告によると青国軍は森にはおらず
 更に奥の森へ移動した模様です。」

「……そのまま追撃しろっ」

「はっ」
「はっ」
「はっ」

――数時間後――

「申し上げます。
 斥候の報告によると青国軍は森にはおらず
 その姿を見失いました。
 おそらく国境を越えて青国へ戻った模様です。」

「なんだとっ。
 青転王の野郎は戦う気があんのか?
 一日中逃げ回りやがって一体何を考えてるっ。」

不可思議な敵の行動に赤転王が首を傾げていると別の伝令が走り込んで来た。

「申し上げます。
 本陣の背後から青国軍が突如現れ我軍の補給部隊が壊滅。
 そのまま姿を消しました。」

「なっ、何だと?」

「陛下、大変申し上げにくいのですが
 我が軍はドラゴンを主力とした大所帯。
 このまま補給なしの進軍は出来ません。
 既に緑国、青国と二か国を進軍しております。
 帰りの経路を考えると早急に撤退の必要があるかと愚言いたします。」

「ばかなっ、
 何を言っている。
 誇り高き赤転王軍が戦いもしないで撤退だとっ?
 そんなばかなことができるかっ」

赤転王は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「しっ、しかし、
 このままでは本陣の兵糧も尽きて自滅いたします。」

「本陣の兵糧はあるんだよなっ
 じゃあ、赤国軍は即時撤退しとけよ。
 これから俺達本陣のみで王都へ殴り込みをかける。
 親衛隊っ、俺について来いっ。」

そう言うと赤転王は自ら進撃を開始した。

ゼロは困っていた。
 どんな強大な軍隊でも補給がなければ戦えない。
 だから敵の補給を断てば撤退してくれると思っていた。
 ところが撤退を始めたのは主力軍のみ。
 何故か本陣だけが逆の動きをして王都へ向かって進軍を開始していた。

(守りが逃げて王だけが単独で突っ込んで来るなんて……)

そんな戦略なんて聞いた事がなかった。
 ゼロは幼い頃から歓喜の死神と異名を持つ母から軍略の教育を受けていた。
 やがて家督を継いで女王となった時に国を守らなければならないからだ。
 第十二代目 女王にて歓喜の死神と呼ばれる母は軍師としても一流だった。
 いかにして少ない損失で国を守るのか徹底して軍略を叩きこまれた。
 その為、過去の戦いについては全て頭に入っているゼロだったがこんな戦い方は見た事がない。
 王とは必ず守らなければいけない存在であり王だけが撤退する事はある。

それが王だけが突っ込んでくるなんて……

ダン様へは救援の伝令が向かっている筈だったが駆けつけるまでには時間がかかった。
 このまま赤転王の進軍を許せば無防備な王都など直ぐに壊滅してしまうだろう。

(このままでは、大切な街のみんなが死んでしまう。
 ダン様……)

ゼロは仕方がなく赤転王軍を食い止める為に国境付近の平原に陣を張った。

ゼロは剣を握りしめて後悔していた。
 先程、青国の国境線付近の平原にて赤国軍との戦闘状態に入ってしまったからだ。
 青国軍は殆どが全滅。
 私達は赤転王が召喚した数体の竜兵に囲まれていた。
 竜兵は単体ではゼロと同じ位の戦闘力だったが流石に複数相手だと歯が立たない。
 その為、先程からじわりじわりとダメージを受け始めていた。

(こんな事ならミスリルで自分の鎧も新調しておくんだったわ。)

私は体の痛みを堪えながら後悔した。
 王宮を出る際に、お母様がダン様へ伝令を送ると言っていた。
 勝てないまでもダン様が駆けつけるまで時間を稼ぐつもりだった。
 だが竜兵の向こうに見える巨大な『レッドドラゴン』。
 そしてその向こうの赤転王の姿を見るととても出来そうになかった。

(うゎ~、ドラゴンでかっ、
 赤転王こわっ、
 鼻息荒いし、やばいっ、これ死ぬっぽいです。
 ……さて、どうしましょ。)

ヒュンッ

剣を握りしめて考えていると目の前を黒い影が通り過ぎた。
 見るとそこには全身を漆黒のフルアーマーで身を固めた騎士が立っていた。

手には体程もある斧を手にしている。
 禍々しい魔力に反応したのか近くの竜兵が漆黒の騎士を取り囲む。
 一斉に竜兵が漆黒の騎士へ襲いかかった。
 その瞬間、漆黒の騎士は自分を中心に斧を回転させ周りの竜兵を壊滅させた。

「強いっ。」

思わずゼロが声をあげる。
 私も騎士の端くれ、一目で漆黒の騎士がかなりの強さを持っていると分かった。
 その後、漆黒の騎士は私を取り囲んでいた竜兵を、あっという間に壊滅させた。
 敵を倒す度に全身を纏う禍々しい魔力が邪悪さを増していく。
 その邪悪な魔力は気になるが行動から敵ではなさそうだった。

「助けてくれてありがとう。
 あなたは誰。」

私は近づき漆黒の騎士へ恐る恐る話しかけた。
 その瞬間、上空から風切り音が聞こえた。
 振り向いて背後の空を見上げると物凄いスピードで何かが近づいて来る。

カオスがゼロの元へ到着したのだ。
 
「ダン様っ。」

ゼロは安心で体が熱くなるのを感じた。
 
 カオスは空からゼロの側へ降り立つと
 『湯呑に入った熱い緑茶』を差し出して言った。

「ゼロ、大丈夫か。
 とりあえず、正座してお茶を飲め。」

「はいっ。
 ダン様。」

ゼロが正座をして湯呑に入った熱い緑茶を飲んで『ほっこり』する。

するとみるみるゼロのHPとMPが全回復して行った。
 お茶を飲み干して顔を上げると、そこには漆黒の騎士の姿はもうなかった。

「来た早々に、のんびり茶を飲んで
 『ほっこり』するなんざ随分と舐めた事してるじゃねえか。」

軽くイチャつく二人を見て赤転王が切れ気味にカオスへ話しかける。

「お前こそ人の許嫁をいじめるなんて
 舐めた事してくれるじゃねえかっ。」

そう言って睨みながらカオスはゼロを後ろへ下がらせた。
 俺はゼロが安全な距離まで避難した事を確認して腰のカードホルダーを叩いた。

『デーモンソウル』召喚。

音を立ててカードホルダーから一枚のカードが射出される。
 カードを引き抜くとカードが黒い霧へ変わり空へ散っていった。
 黒い霧はやがて上空の一点へ集まり出し斧を持ったデーモンの上半身へと姿を変える。
 俺の最大の切り札、筋骨隆々の角が生えた悪魔。
 レジェンド級召喚獣の姿がそこにはあった。
 
「ほう、レベル4の召喚獣か。
 それならこちらもレベル4の召喚獣で対抗だ。」

そう言って赤転王が後ろへ下がると控えていた『レッドドラゴン』が前に出る。
 別名『ファイアドラゴン』とも呼ばれる赤転王の切り札的な召喚獣である。
 その強さは『デーモンソウル』と同じレジェンド級のレベル4である。
 巨大な体は硬い鱗で覆われており時折全身から炎のような物が噴出していた。
 
 カオスも『ソウルイーター零式』を剣モードで両手に持ち換えて後ろへ下がる。
 その為、草原の中央でレベル4の『レジェンド級』同士の召喚獣が激突する事となった。
 
 まずは『デーモンソウル』が『レッドドラゴン』へ飛びかかり巨大な斧で切りつける。
 『レッドドラゴン』が負けじと尾を『デーモンソウル』へ打ちつける。
 ノーガードの殴り合いが続き、お互いのHPが削られて行く。

「なかなか強いじゃないか。」

赤転王が嬉しそうにカオスへ声をかけた。

「レベル4同士。
 実力は互角か。」

初めてのレジェンド級同士の戦いに戸惑う。
 その言葉が聞こえたかのように赤転王が答えた。

「それは違うな。
 お前の召喚獣は切り札を持っていない。」

そう言うと『レッドドラゴン』は体当たりで『デーモンソウル』を吹き飛ばすと、
 大きく口を開いた。
 ドラゴンの口に赤い光が集まって行く。
 収縮が最高潮に達した時、巨大な炎が『デーモンソウル』へ放たれた。

『ドラゴンファイア』

炎の直撃を受けて『デーモンソウル』は光と共に消えて行った。

「馬鹿なっ。」

何が起こったのか理解できずに驚く俺へ赤転王が笑う。

「同じレベル4でも、『必殺技』を習得しているかどうかで差が出たな。
 俺の『レッドドラゴン』は強化済なんだよ。
 お前も炎で焼け消えろっ。
 やれ、『レッドドラゴン』」

そう赤転王が命令すると再びドラゴンの口に赤い光が集まって行く。
 そして収縮が最高潮に達した時、巨大な炎がカオスへ放たれた。
 
 『ドラゴンファイア』
 
 炎の直撃を受けてカオスも光と共に消える……筈だった。
 だが、そうはならなかった。
 ドラゴンの口から炎が放たれるとカオスの前へ『黒い門』が突然現れた。
 そして炎はその中へ吸い込まれて行く。

「瞬移」

そうカオスが言い、一瞬で姿が掻き消えたかと思うと、
 『レッドドラゴン』の脇腹へ現れた。

「フライ・ゲート」

そうカオスが言うと、目の前に今度は『白い門』が現れる。
 ゲートがゆっくりと開き、中から赤い光と共に収縮された炎が現れた。
 強力な炎がレッドドラゴンを襲う。
 『レッドドラゴン』は自分の『必殺技』を受けて光と共に消えて行った。

「……っ、
 お前っ、何をした。」

今度は赤転王が何が起こったのか理解できすに驚愕した顔で訊ねた。

「ちょっとした手品さ。
 無限回廊って言っても、お前には理解出来ないだろうよ。」

俺は笑って言った。
 
 そう、『レッドドラゴン』の口から炎が発射された時、
 俺は『フライ・ゲート』を使って無限回廊へのゲートを開き
 炎を『無限回廊へ飛ばした』のだった。
 その後、炎は無限に続く回廊をグルグルと周り続けた。
 そして俺は『瞬移』で『レッドドラゴン』の脇腹へ移動。
 再び今度は無限回廊からの出口『白のゲート』を開き、炎をドラゴンへ直撃させていた。

咄嗟の判断とは言え『本来移動用』として使うゲートをカウンターとして使うなど
 無茶苦茶な作戦である。
 もしその時に無限回廊へ人が居たなら今頃は丸焦げになっていただろう。
 だがガクフルが調査の為に青国を離れている今、
 カオスには無限回廊へは誰もいない自信があった。
 そういう意味ではカオスは剣聖とはまた違ったタイプの天才なのだろう。

「そろそろ、転王同士の直接対決と行こうじゃないか。」

いまだ驚き狼狽する赤転王。
 今が絶好の攻め時だった。
 俺は『ソウルイーター零式』を両手に携えて赤転王へにじり寄る。
 『デーモンソウル』は倒されたが赤転王が召喚した竜兵も『レッドドラゴン』ももう居ない。
 残るは赤転王ただ一人だった。
 赤転王は召喚士なのだろう。
 鎧はおろか手には何も武器を装備していなかった。

「おぉぉぉ
 ドラゴンを倒した。」
「勝てるぞ。
 カオス様の勝利だ。」

後方で心配そうに見守っていた青国の兵士達が歓声をあげた。
 歓声を聞いた赤転王は思わず苦笑して我に返る。

「くっくっく
 おかしなことを言う奴らだ。
 勝てるだと?
 どうしたらそういう話になるんだ?
 召喚した召喚獣が全て倒されたから勝てると思ったのか?
 俺が鎧も武器も装備していない丸腰だから勝てると思ったのか?
 バカ過ぎて笑えるなっ
 お前達は大きな勘違いをしている。
 俺が武器や防具を装備していないのは、
 『必要ない』からだよ。」

「召喚以外にまだ何かあるとでも言うのか?」

その言葉にカオスが眉をひそめて訊ねる。

(あの自信、
 妙に胸騒ぎがする。)

俺は『ソウルイーター零式』を銃モードへ変更し距離を取った。

「元プロボクサーの俺に向かって
 召喚以外にまだ何かあるのかだと?
 『まだ』じゃねぇよ
 俺には『コレ』が本命よ。」

そう言うと赤転王の体がみるみる赤い魔力で包まれた。

「ユニークスキル『身体強化』」

そう言うと赤転王の体の筋肉が急激に盛り上がり信じられない形態へ変化して行く。
 一回り大きくなった赤転王の体は赤い魔力で包まれた。
 その見た目からも大幅に戦闘力が上昇しているのが分かる。
 こいつは『ヤバい』と俺の本能が言っていた。
 俺は恐怖から反射的に銃を発砲した。
 全弾が赤転王の体へ命中したが対してダメージを与えられなかった。

(嘘だろ。)

俺は冷や汗が出るのを感じた。
 赤転王はニヤリと笑みを浮かべると走り出しカオスへ強烈なアッパーを繰り出した。
 軽々とカオスの体は宙を浮き後方へ吹っ飛ばされる。

「ぐへっ。」

カオスは地面に体を叩きつけられ口から血を吐いた。
 純ミスリルの防具を装備していてこのダメージ。
 ゼロの作ってくれた防具が無ければ即死していただろう。

「ソウルイーター壱式」

痛みを堪えて立ち上がるとソウルイーターを銃から短剣形態へ戻した。

「瞬移」

その瞬間、カオスは赤転王の背後に現れた。

「レアスキル『七連撃』」

その言葉と共に短剣が赤転王へ七回の打撃を与える。
 剣聖との特訓で編み出したコンボ技だ。
 今度は確実に打撃を与えたが赤転王へ無数の切り傷を与えた程度。
 多分たいしてHPは減っていないのだろう。

「お前の切り札も、その程度か。
 緑転王・茶転王を倒したと言うから、
 どんなに強いかと期待していたが
 ……興が醒めた。
 そろそろ死ね。」

そう言って赤転王は首と指を鳴らした。
 距離を取る俺へゆっくりと赤転王が近づいて来る。
 『瞬移』と『七連撃』を使い繰り返し攻撃をするがHPを空にするには程遠かった。
 対応策を見いだせず攻めあぐんでいると
 『七連撃』発動後に赤転王に捕まり顔を掴まれボディへ強烈な一撃を食らう。

「ぐはっ。」

口から血が噴き出し俺は倒れこんだ。
 純ミスリルを装備しているにもかかわらず脇腹へ激痛が走る。
 蹲るカオスへ更に赤転王は蹴りを入れた。
 更なる激痛と共に地面へ転がり倒れる。
 苦しそうに見上げるカオスを見下ろして赤転王は右手を振り上げた。

「何度攻撃しようが、
 お前程度に俺を傷つける事なんかできねえよ。
 しつこいハエが、うっとうしい。
 死ねっ。」

そう言って拳を振り下ろそうとする赤転王へカオスは尚も抵抗する。

「七連撃」

そう言って俺は地面に倒れたまま連撃発動の構えをとる。
 それを見た赤転王は呆れた顔でため息をついて両手を広げて言った。

「だから無駄だと言っているだろう。
 何度も何度もハエのように……
 お前は馬鹿か。」

七連撃発動と共に俺は叫んだ。

「馬鹿はお前だっ。」

『七連撃』が一瞬、赤転王の纏う赤い魔力を切り刻んだように見えた。
 そして気がつくと赤転王の赤い魔力はなくなり、姿も『身体強化』発動前に戻っていた。

「なっ、これは?」

赤転王が困惑した顔で両腕を見つめて呟いた。

「『ソウルイーター壱式』
 漆黒の刃がお前の魔力を切り刻む。」

俺は答えた。

(やっと効果が現れたか)

俺は内心で胸を撫でおろしていた。
 ゼロへ『ソウルイーター』への付与を頼んでから直ぐに剣聖への修行へ出かけた。
 その為、実践で使うのはこれが初めてだった。

ゼロの『ダブルターン』に『等価交換』の能力。

つまり魔道具へ『成分付与』ができると分かってからずっと考えていた。
 緑国の魔力封じの広間へ敷き詰められていた黒い『魔封じの大理石』。
 ゼロはその石を持ち帰り、
 その成分をゼロへ頼んで『ソウルイーター』の三つあるエンチャントスロットの一つへ
 『魔力封じ』をエンチャントした。

それがこの『ソウルイーター壱式』だった。

壱式形態になると青い短剣の刃は、漆黒へ変化し切られた相手の魔力を封じていく。
 俺は最初の『七連撃』で赤転王の魔力を封じられると思っていたが、
 どうやら相手の魔力量に比例して、繰り返し斬撃を与えないと効果がないらしい。
 それでやっと今、赤転王の魔力が『枯渇』した。
 
 『俺の勝利だった。』
 
 レジェンド級召喚獣も身体強化も失った今、いかに元プロボクサーと言えども
 丸腰の赤転王にはもう勝機はなかった。
 赤転王は理由は分からないが『身体強化』スキルが封じられた事を悟り観念したようだった。
 突然、大声で笑いだすと両手を広げて大の字に草原に横たわる。

「あ~っ、負けた負けた。
 俺の負けだ。
 TKOってやつだ。
 好きにしろ。」

俺は黙って赤転王へ馬乗りになると短剣を振り上げる。

「……やめた。」

そう言って俺は立ち上がり、短剣を腰のホルダーへ戻し歩き出した。

「おい、何だっ。
 情けはいらねえぞ。」

赤転王は憤慨してカオスの背中へ怒鳴った。

「情けなんかじゃねえよ。
 ただこんな騙し討ちみたいな勝ち方じゃなく。
 いつか正々堂々と倒してみたくなっただけだ。」

そう俺は振り返って言うと赤転王へ手を振って再び歩き出した。
 喜び駆け寄るゼロの元へ戻るカオス。
 すると突然、目の前へメッセージが表示された。

――『オーパーツ』を獲得しました。――
  ・『失われた記憶』

驚いて振り向くと、赤転王が照れながら言った。

「どんな戦い方でも負けは負けだ。
 『失われた記憶』は持って行け。
 緑国もお前に返してやる。
 だから……そのっ、何だ。
 今度、赤国へ遊びに来いよ。」

「それは合衆国 カオスへ赤国も参加するという事ですか?」

隣にいたゼロが赤転王へ訊ねる。

「カオスが望むなら、それもいいだろう。」

赤転王は少年のような笑顔で答えた。

「ぜひ頼む……
 あーっ、今度、赤国へ遊びに行くから。」

俺も照れながら答えた。
 何だか子供の頃によく読んだ青春漫画みたいで照れ臭かった。

大人になると友達を作るのは難しい。
 
 青国へ帰る途中、腕を絡ませたゼロが(わたしもー)と言う顔をしていたが、
 俺はわざと気づかないフリをしていた。

(ゼロを連れて行くと、手作り防具の似顔絵を披露しかねないっ。)
 
 何とか『最強の敵』の侵攻を阻止して『最強の友』を手に入れたようだった。
 安心した途端に気が抜けて赤転王へ殴られた肋骨に激痛が走った。
 
 俺は思い出したように立ち止まり、正座をして熱い『緑茶』を飲んだ。

第二十一話 優介:青い海の天使

スヤスヤと安心した顔でゼロがカオスへ抱きつき寝息をたてている。
 俺はそっと抱きついているゼロの手を外すと、こっそりとベットを出た。
 寝室のドアを開ける前にゼロの寝息をもう一度、確認する。
 赤転王との戦い以来、ゼロは俺にベッタリだった。
 久しぶりの婚約者水入らずだからと護衛も遠ざけている。
 俺とそうゆう雰囲気になった時に夜の営みの声が護衛に聞こえないようにとの事らしい。
 そういった配慮は婆さんの策略が見え隠れする気がした。
 わざと意識をさせてあわよくばそう言った雰囲気へ誘導しようとしているのだろう。

俺は誰もいない夜の王宮庭園へと足を運ぶ。
 ここなら誰も来ず王宮の中なので治安も万全。
 しばらく意識を失っていても大丈夫だろう。
 王宮庭園の木陰で寝転び空を眺める。
 涼し気な夜風が心地よい。
 空には蒼い惑星が浮かんでいた。
 俺は地面の芝生の感触を感じながらメニュー画面を開いた。

――所持アイテム――

・『白紙のデッキカード』
 ・『失われた記憶』

そこには赤転王から譲り受けた『失われた記憶』が保存されていた。
 俺は以前『記憶を解放』した時の事を思い出す。
 この世界に転生する前、俺はカオスではなく『優介』という名前だった。
 毎週通っていた図書館で何気なく広げた本に挟まっていたメモがきっかけで、
 謎の女子大生『サヤカ』と出会った。
 その後、何回か会う内にメッセージアプリのID番号を交換し一緒に映画を観た。 
 映画の後のカフェで二人は取り留めも無い話をした。
 屋上から眺める空の話や夕立の後の匂いの話……
 夕立の匂いを嗅ぐと昔包まれたような記憶がするらしい。
 でも前回の記憶再生では肝心な訊きたかった疑問は結局聞く事が出来なかった。
 『失われた記憶』の解放でこの記憶が解放されるという事は、
 俺がこの世界へ転生して来た理由がきっとこの出会いにあるのだろう。

「サヤカ……」

何となく彼女の名前を口に出してみた。
 別に転生前の話だし、やましい事は一つもなかった。
 だが何となくゼロの前で記憶を解放するのは気が引けた。
 俺はどうしてもサヤカとの出会いが気になり
 メニューを選択し『失われた記憶』を解放した。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 優介は、ぼ~っとスマホの画面を眺めていた。
 
 サヤカと映画を観てからサヤカの事が頭から離れない。
 腕を組みながら歩いている時に聞いた『記憶のある匂い』という言葉が思い出される。
 いつか雨に打たれながらサヤカの言う桜並木を歩いてみたかった。
 雨と一緒に桜の子供も一緒に降りて黒いアスファルトを隠していくのだと言う。
 優介は無邪気にじゃれるサヤカの顔を見て説明のつかない感情が沸くのを感じていた。
 サヤカの事をもっと知りたかったが自分からサヤカへ連絡を取るのは止めようと決めていた。
 それが年の離れた社会人としてのケジメだと思っていた。

……それは単なる言い訳だった。

本当は……自分の感情に名前を探しているとスマホが震えた。
 
――メッセージ一件―― 
 見るとメッセージが来ていた。
 
 アプリを開く。
 サヤカからだった。

サヤカ:もう寝ました?

優介:いや、大丈夫。

サヤカ:この前は映画 (デート)ありがとうございました。
    楽しかったです。

優介:うん。楽しかった。
   んっ、デート?

サヤカ:私はそう思っていますよ。

優介:デート……かな。

サヤカ:そう言えば、この前、優介さんと腕を組んで歩いている所を友達に見られたみたいで
    お金貰って食事とかしてるのって聞かれました。

優介:それで?

サヤカ:うん。そうだよって言っておきました。

優介:おいおい、お金払ってないし……

サヤカ:ごめんなさい。
    何か恥ずかしくて。

優介:どうせサヤカから見たら、僕はおっさんですから。

サヤカ:でも私は好きですよ。
    優介さんの事。

優介:誰と比べて?

サヤカ:いじわる。

優介:ごめん。
   照れ隠し。

サヤカ:そう言う優介さんは彼女さんは居るんですか?

優介:どう答えたらガッカリしてくれるのかな?
   ……ごめん、居ないよ。
   俺の事好きってライク?
   それともラブ?

サヤカ:私にとって優介さんは、お月様のような存在です。
    大丈夫なようにしていても私の傷はやっぱり癒えないけれど
    月に照らされると痛みが和らぎます。

優介:僕らは友達になれたのかな?

サヤカ:お互いを認めて認められれば、それはもう友達なのではないのでしょうか。
    サヤカにとって優介さんは大切な人だと思っていますよ。

優介:あれ、好きからお友達へ格下げかな?

サヤカ:バカ。

そして僕達は何の目的もない約束をした。
 ただ会いたかった。
 会って下らない話をしたかった。
 もう映画を観るとか『会う為の理由』は必要なかった。
 腕を組んで歩いていると突然サヤカが立ち止り車通りが激しい道へ飛び込もうとした。
 慌ててサヤカの腕を掴んで止める。
 サヤカを見ると歩道橋の方を指さして見つめていた。
 歩道橋の下を見ると『赤い光』が現れていた。

六時六分六秒に、六十秒間だけその『赤い穴』は現れる。

サヤカの通っている名和学園は生活に必要な施設は全て敷地内に揃っていた。
 その為、基本的に敷地外の外出は禁止されていた。
 ただサヤカは財団が運営する特区最大の図書館での貴重な資料の閲覧という名目で
 外出許可証をとっていた。
 その理由は息苦しい学園生活からの脱出と息抜きだそうだ。
 だから度々サヤカはコッソリと学園を抜け出しては街へくり出していた。
 この道は学園と図書館を繋ぐ通り道で時々見る赤い光が気になっていたと言う。
 最初は気にも留めなかったが、あまりにも毎回見るので少し怖かったらしい。

(私は頭がおかしくなってしまったのだろうか?)

転校したばかりで周りに馴染めず友達関係で悩んでいた時期でもあり落ち込んだ。
 話しても信じてもらえないと思いサヤカは誰にもこの『赤い光』の事を言わなかった。
 でも僕にもその『赤い光』が見えるのだからサヤカの思い込みではないのだろう。
 二人で見つめているとやがてその『赤い穴』は光を失い徐々に消えて行った。

再び歩き出した二人の話題は自然と先程の『赤い光』になった。
 こっちに引っ越して来てから何度もこの道を通っているが最初の頃は見えなかったと言う。

それがある日を境に突然見えるようになった。

この道を通っても見る時と見ない時があったので、調べる内に
 毎日、六時六分六秒に、六十秒間だけその『赤い穴』は現れるという事が分かった。
  
「あの『赤い光』を見ていると呼んでいるようで吸い込まれるの。」

そうサヤカは不安そうな声で言った。
 でも不思議な光が優介にも見えた事でサヤカは少し安心したようだった。
 サヤカの気持ちを落ち着かせる為にサヤカを噴水がある公園へ誘ってベンチへ腰かけた。
 少し薄暗くなってくると目の前の噴水がライトアップされた。
 暖色のライトに照らされた噴水が水の音と共に心を和ませる。

夜風に乗って少し水の匂いがした。

サヤカは下を向いたまま黙り込んでいた。
 見ると少し震えている。
 その姿は最初に出会った頃のサヤカのようだった。
 沈黙を埋める様に話題を探した僕は何となく子供の頃の『青い海』の話をした。
 子供の頃は心臓が弱く長い入院生活が続いていた。
 毎日ベットに寝転んで同じ風景を眺めていると病室の天井の模様は空に見えた。
 そしてベットの起伏は波に見える。
 そう妄想するとシーツの感触が砂浜の感触とリンクした。

だから僕は誰もいない海で独り過ごす。

海辺に寝転んで一日中波の音を聴いて過ごした。
 そんな誰もいない『妄想の青い海』で、
 どこかに居る『青い海の天使』に出会った時に、
 この病気は治ると信じていた。

サヤカも病室で海を妄想した事があるらしく、
 何度も頷きながら共感してくれた。

「さやかの海は、さざ波です。
 周りに密やかにたてられて私のエゴで高さを増すけれど……
 いつか私も、『青い海の天使』に出会えるでしょうか。」

そうサヤカは下を向いたまま呟いた。

「サヤカも僕の妄想の海へ遊びに来たらいい。
 一緒に天使を探そう。」

僕はサヤカの手を握りそう言った。
 
 何か怖い記憶を思い出したのだろうか?
 サヤカは下を向いたまま震え出していた。

「サヤカ。こっちを見て。」

僕は安心させようとサヤカの正面にしゃがんで呼びかけた。
 ゆっくりとサヤカが顔を上げて僕の顔を見た。

バチッ

「……っ」

サヤカと目が合った瞬間、突然大きな音がして青い火花が飛び散った。
 ベンチの周りには点々と地面が青い炎で燃えている。

(何故移動できない?
 お前はまさか。)

そんな見知らぬ女性の声が僕の脳裏を駆け巡った。
◇◇◇◇◇◇◇◇

光が消えて行き俺は自分の意識が戻るのを感じた。
 王宮庭園の涼しい夜風がべっとりと張り付いた汗を乾かしていく。

『失われた記憶の解放』

全く記憶になかったが転生する前に俺はサヤカと付き合っていたらしい。

(最後のあの声……)

どこかで聞いた声だった。
 それも転生してからこっちの世界で聞いた気がした。

(絶対にこっちの世界で会っている。)

そう確信したが、どうしても思い出せなかった。
 内容を思い出せないが転生する前にサヤカと大事な約束をした気もしていた。
 もう一つ脳裏を駆け抜ける言葉があった。

『ダムスの預言書』

こっちは全く意味が思い出せなかった。
 その日から俺は戦いながら『最後のあの声の女性』を探し始めていた。

第二十二話 サヤカ:アオトの決意

断罪ゲーム開始五日目、二人目の処刑が実行された。
 サヤカは蒼い炎を見つめながら自分が生き延びる事だけを考えていた。

自分の事を同じ大学へ通う親友だと言うモモカの事を思い出したくて記憶を解放した。
 気が進まなかったが仲間外れにされるのが怖くて一度だけの約束でモモカと部屋へ行った。
 そこで何故かモモカに縛られて、目隠しをされて、知らない男に襲われて……。
 気がつくと床で緑川が死んでいた。
 私は記憶の解放から戻ると自分の手が震えているのを感じた。

(殺した? 私が殺した。
 私が殺人犯なんだ。)

自然と涙がこぼれる。
 
 記憶の解放中は襲ってきた男が誰だか分からなかったが今なら分かる。
 だって目の前で青い炎に包まれ燃えているのだから。  
 私はようやくこの『断罪ゲーム』を理解した。

つまりは私が殺人犯で緑川が自分が殺される前に私を処刑するゲームだったんだ。

(私が殺人犯だってバレたら殺される)

私は溢れる涙を手で払い必死に明るく笑顔を振りまいた。

『アオト』はサヤカの異変に気がついていた。

サヤカが緑の教師を処刑した理由も……

今回の記憶の解放で俺は自分の記憶を解放していた。
 だからあの部屋のパーティーの記憶を思い出していた。
 あの日、モモカに呼ばれパーティーがあるという部屋へ俺も行った。
 サヤカが参加すると言われたからだ。
 名和のM組ともなれば言い寄って来る女生徒も多い。
 別にサヤカと付き合いたい訳でもなかった。
 だがサヤカが他の男と付き合うとなると話は別だ。
 だから金を積んでサヤカをおっさんから取り戻そうと考えていた。

しかし部屋に入るとサヤカ達は居なかった。
 ただ、おっさんが頭から血を流して倒れていた。
 何となく事情を察して俺は伊集院家の人間を使って、おっさんを病院へ運び恐喝した。
 幸い頭を軽く切っただけで命に別状はなかった。

驚く事に名和の教師だと言う。

本人は何もしていないと言い張ったが、どうだか怪しいものだ。
 何もしていない人間が頭から血を流して倒れている訳がない。
 俺は金を渡しこの事が明るみに出たら、お前の教師人生は終わりだと脅し口止めをした。
 この断罪の間へ飛ばされた時、俺は内心嬉しかった。
 初めて伊集院家から解放されて自分の意志で行動していたからだ。
 記憶が戻った時、サヤカへの執着だけが残り募っていた。

(サヤカへ君は緑川を殺していないと伝えたい)

だがもし緑川から乱暴されていたらと思うとモモカの前では話しづらかった。

『モモカ』は後悔していた。
 今回の記憶の解放で優介さんと出会った事を思い出したから。
 サヤカを嫉妬から部屋へ連れて行った偽のパパ活パーティー。
 本当はモモカは、お金を貰って大人と食事なんてしていなかった。

ただ優介さんと一緒にいる所を目撃した友達に『パパ活』と勘違いされただけ。

その時は恥ずかしさから、お金を貰って大人と食事をしていると強がってしまった。
 転校前の高校生活を思い出すと吐き気がする。
 あの時の私は無理やりキャラを作ってでもスクールカーストの一軍に入りたかった。

美人でもメジャー系の運動部でもないモモカ。

ヒエラルキーの底辺から一軍へ入るには不良っぽいキャラを演じるのが手っ取り早かった。

なんでもない小さな嘘……で終わる筈だった。

それなのに、みんなが私の海へ密やかに波をたてる。
 あの教師も、憧れのM組男子も、サヤカ、サヤカと私を無視する。

(みんな知ってるんだよ。
 お前が偽物だって。)

そんな自分の声が頭の中で繰り返し聞こえた。

――正午――

「正午になりました。代表者を決めます。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

「サヤカ、ちょっと話せないかな。」

アオトが心配そうな顔でサヤカに声をかけた。
 サヤカは笑顔を見せて答える。

「もう投票だよ。
 どうしたの?
 アオト?」

「うん、そのちょっと、あのパーティーの事で。」

そう言いにくそうに伝えるアオトの言葉を聞くとサヤカの表情が一変した。

(えっ、なんでアオトはあの部屋の事を知っているの?
 きっと私の記憶を解放したんだ。
 アオトは私が殺人犯じゃないかと疑っている。
 私が殺人犯だってバレたら殺される)

私は慌ててアオトから遠ざかった。

「サヤカ?」

意味が分からずアオトはサヤカへ近づいたが激しくサヤカへ拒絶された。
 
 何を話しかけても今は誰とも話したくないとしか言わなかった。
 視線に気づいて振り向くと、それを楽しそうにモモカが見つめていた。

(まずい。
 このままだとサヤカが殺される。)

アオトは時間の無さに焦った。

「モモカ。」

真剣な顔でアオトはモモカを呼んだ。

「投票が終了しました。
 投票結果を発表します。」

天井からアナウンスが流れると、
 円卓の上に投票結果が浮かび上がった。

――投票結果――

青のアオト⇒ピンクのモモカ
 白のサヤカ⇒白のサヤカ
 ピンクのモモカ⇒ピンクのモモカ

結果
 青のアオトが、零票
 白のサヤカが、一票
 ピンクのモモカが、二票

――午後――
「ピンク様は、断罪者の指名を行って下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

「じゃあ、アオトさん、
 処刑されて下さい。
 いいよね、サヤカ。」

そうモモカが処刑を宣言してから私に訊いた。
 
 私は下を向いてただ黙っているだけだった。

「処刑者を決定いたします。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。
 誰も目を合わす事もなく、ただ静寂が包まれたまま投票が行われた。

「投票時間となりました。
 今後一切の弁明を禁じます。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

――投票結果――

青のアオト⇒青のアオト
 白のサヤカ⇒青のアオト
 ピンクのモモカ⇒青のアオト

結果
 
 青のアオトが、三票
 
「投票の結果。
 青様の処刑が決定いたしました。
 即時、処刑が実行されます。」

天井からアナウンスが流れた瞬間。
 アオトの体が蒼い炎に包まれた。
 アオトが自分の処刑を選んだ事に驚いた私は燃えゆくアオトを見つめていた。

「どうして?」

驚く私へアオトが優しい顔で微笑み、私に向かって右手を上げた。
 断罪ゲーム開始六日目、三人目の処刑が実行された。

第二十三話 優介:ネクスカリバー

カオスは赤国の一室で一心不乱に腕輪を作っていた。
 赤転王へ呼ばれて赤国へ遊びに来る時、俺は二つの材料を持ち込んでいた。
 一つはゼロが俺の防具を作った際に少しだけ残った『純魔ミスリル』。
 もう一つはゼロが『謎の商人ロゼ』として最近手に入れた『ラブラドライト』秘石である。

『ラブラドライト』とは、最近、茶国領のラブラドル半島で発見された秘石である。

一見漆黒の魔法石だが光が当たると深い蒼色の光を放った。
 その魔力は物事の真相を見極め未来を予知すると信じられている。
 俺はユニークスキル『クリエイト』を使用し『魔道具』作製のメニューを開いた。
 『純魔ミスリル』の土台に『ラブラドライト』を取付けていく。
 『秘石』を取付ける度に腕輪部分にルーン文字が浮かび上がっていく。
 そして『白紙のデッキカード』を取り出して『魔道具』へ吸収させた。
 すると先程まで光沢を放つ銀色をしていた腕輪が燻した黄金のような色へ変化した。

「大方の形はこんなものか。
 後は……。」

そう言って俺は機能説明欄へ入力を始めた。

――『クリエイト』――
 アイテム名:シュタイン
 機能説明:
 召喚契約:
 エンチャント:
 という欄が表示されている。

ユニークスキル『クリエイト』は『魔道具』を作製できるスキルである。
 その神髄は魔言と呼ばれる機能説明にある。
 漠然としたイメージで作製する一般的なアイテムとは異なり、
 詳細に説明欄へ記述する事により
 強力かつ複雑なアイテムの作製が可能となる。
 またプログラムを書き込む事で自動運転も組み込める。
 初めて作る自分専用の『魔道具』。
 アイテム名は『シュタイン』と決めていた。
 機能説明欄を書いていると赤転王がラム酒を持って入って来た。
 
「よう、はかどってるか?」

赤転王が上機嫌で訊ねた。
 俺が約束通り赤国へ遊びに来た事がよっぽど嬉しかったのだろう。
 朝からずっと酒を飲んでは頻繁に声をかけて来る。
 
(少しうざい。)
 
 俺は少しだけ赤転王を方を見てから眉を上げて首をかしげるとそのまま説明を書き続けた。
 赤転王は近くの椅子を隣に寄せてその様子を眺めている。

「で、どんな『魔道具』を作ってるんだ。」

赤転王がラム酒を瓶ごとラッパ飲みしながら訊ねる。

「アインシュタインの相対性理論って知ってるか?」

俺が作業を続けながら顔も上げずに訊ねる。

「あー、何だっけ?」

赤転王が窓の外を見ながら興味がなさそうに答えた。

「簡単に言えば、
 『早く動く物ほど、時間はゆっくりと流れる。』
 という理論だ。
 今回はその原理を『フライ』を使って『魔道具』へ組み込む。

まず『フライ』で自分の体を少しだけ上へ飛ばしてから少しだけ下げる。

これを高速自動で繰り返すプログラムを組み込んだ。
 一見まるで変化がないような範囲で高速移動をする事により、
 自分の流れる時間がゆっくりとなる。
 俺はこれを『フライ・シュタイン』と名付けている。」

「何かスゲーが、本当にそんな事は可能なのか?」

疑う声で聞きながらラム酒を飲み干す。

キーン

甲高い音が一瞬部屋に響いた。
 見るとカオスがラム酒の瓶振りながら笑っていた。

「おいっ、
 今何をした?」

赤転王が驚いて尋ねる。

「シュタインを発動した。
 実は『フライ・シュタイン』という魔法は時空魔法『フライ』の応用技。
 『魔道具』へ組み込まなくても使用できる。」

「じゃあ、腕輪なんて作る必要ないじゃないか。」

不思議そうな顔の赤転王へ俺は説明を続ける。

「問題は二つある。
 一つは魔力の問題。
 シュタインの発動には膨大な魔力が必要なんだ。
 だから俺なんかの少ない魔力量では目の前の酒瓶を取るのがやっと。 
 もう一つは集中力の問題。
 シュタインは速度コントロールが難しい。
 通常で『瞬移』の倍程度の移動速度。
 シュタインの倍速を上げれば、どこまでも早く行動が出来る。
 最終的には相手の時も止められるだろう。

(理論上は……)

ただ問題は『時空酔い』が酷い。
 速度を上げると直ぐに集中力が切れて『シュタイン』を維持できなくなるんだ。
 その点、魔道具なら魔力の心配はない。

(召喚契約する『召喚獣』が見つかればだが……。)

自動プログラムなら集中力が切れる心配もない。

(『時空酔い』に耐えられればだが……。)

魔の道具と言われる理由がそこにある。」
 
「何だがよく分からねえが、時の流れを操作できるのか。
 魔道具ってのは凄いんだな。」

そう赤転王が新しいラム酒の瓶を開けながら言った。
 
(凄いのは、お前だろ、そのラム酒何本目だよ。
 『時空酔い』対策に、酒に酔わない方法を教えて欲しいくらいだよ。
 それに酒くっさ。)

そう思いながら窓を開けて酒臭い部屋の空気を入れ替える。
 赤転王の城はドーナッツ型の円状に作られていた。
 窓を見下ろすと円状の中庭の中心に岩が盛り上がり剣が刺さっていた。

「庭の剣のオブジェかっこいいな。」

俺が何気なく声をかけた。

「ああ、それ本物。」

赤転王が机に顔をつけて答えた。

「本物の剣を埋め込んでるのか。
 いいセンスしている。
 まるで伝説のエクスカリバーみたいじゃないか。」

俺は赤転王のセンスを素直に褒めた。

「だから本物のエクスカリバーだって。」

赤転王が酒瓶をいじりながら答えた。

「えっ、えぇぇぇぇっ。
 ほんとかっ、
 見たいっ、見たい。」

ゲームオタクで培った俺の中の『中二病』がうずく。
 それを聞いた赤転王も机から跳ね起き騒ぐ。

「だろっ、だろ。
 おぉぉぉっ、
 このロマンが分かるとは……
 お客さんっ、さてはいける口だね。」

二人は盛り上がって庭へ出た。
 
 近くで見るとかなり大振りの剣である。
 鞘から少しだけ剣が引き抜かれた状態で岩に埋まっている。
 訊けば赤転王がこの世界に転生し赤国の王となった時にこの剣を見つけたらしい。
 ユニークスキル『身体強化』を使用して引き抜こうとしたが駄目だった。
 でも鞘から少しだけ剣を引き抜いたというから赤転王の『身体強化』もたいしたもんだ。
 結局、赤転王もこのエクスカリバーのロマンを諦めきれずにここに城を作ったと言う。
 憧れの眼差しで剣を眺めていると腰の短剣が青く光り神獣『あ・うん』が現れた。

(カオス殿。大した剣であるな。)

『あ・うん』がカオスへ語り掛ける。

(やっぱり伝説の剣は何かが違うのかな。)

そう思っていると『あ・うん』が答える。

(永年生き続けた物には魂が宿る。
 もはやこの剣は物にあらず。
 『神獣』レベルの魂を感じる。)

しきりに感心する俺へ赤転王がけしかける。

「カオスも記念に引き抜いてみるか?
 アーサー王を超えるかもしれないぜ。」

中二病を見透かされた俺が照れながら答える。

「無理っ、無理っ。
 ……でも記念に触って行こうかな。
 御利益あるかもしれないし……」

俺はドキドキしながら岩へ登ると剣を擦ってみた。

流石に伝説の剣。

何か風格が違うように見えた。
 たっぷりと伝説の剣の感触を堪能し終えて大満足した俺は
 岩から降りようと柄に手をかけて足を下げる。

チン

妙な音と共にバランスを崩して俺は岩から転げ落ちた。
 心配して駆け寄った赤転王があんぐりと口を開けて指を差す。

「お前っ、それ。」

気がつくと俺は鞘に納められた剣を持っていた。
 落ち着いてもう一度、岩から落ちた時の事を思い返す。
 伝説の剣を撫でた後、岩から降りようと剣に掴まった。
 すると『チン』という音と共に少し出ていた剣が鞘に収まり剣が抜けた。
 剣が岩から抜けてバランスを失った俺はそのまま岩の下へ転げ落ちていた。
 そう、この伝説の剣を手に入れる方法は『引く』のではなく『押す』が正解だったのだ。
 
 それからは周りが大騒ぎになった。
 
 歓喜に沸く中『あ・うん』の薦めもあって伝説の剣との召喚契約に臨んだ。

俺はスキル『クリエイト』を使用し『魔道具』への召喚契約を結ぶ為に精神世界へ入る。
 光に包まれ目を開けると目の前に伝説の剣の魂が現れた。

「我が名は、ネクスカリバー。
 全てを打ち滅ぼす者なり。」

(ネクスカリバー?)

俺は内心で首をかしげる。

「我と契約をしたければ、三食 昼寝つきが条件である。」

よく分からないまま召喚契約を結ぶと
 眩い光と共にカオス専用魔道具『シュタイン』が完成した。
 精神世界から戻ると赤転王達が羨望の眼差しでこちらを見ていた。

「どうだった。
 伝説の剣との召喚契約成功したのか?」

皆が心配そうな顔で訊ねる。

「ああ。」

俺は気のない声で答えた。
 その返事を聞いて周りが歓喜に沸いた。

「成功だぁぁぁ。」
「うぉぉぉぉっ」
「エクスカリバーかーいいな。」

「あっ、エクスカリバーではない。
 ネクスカリバーね。
 あと契約条件が『三食 昼寝つき』だから、
 一度攻撃すると昼寝してしばらく出て来ないらしいんだ。」
 
 そんな空しい告白も歓喜に沸いた人々の耳には届かなかった。
 その日、歓喜の宴は赤国中で翌朝まで続いたと言う。

第二十四話 優介:暗黒騎士の秘密

セブンは湯に浸かりながら自分の体を眺めていた。
 しなやかな腕に引き締まった体、豊満な胸に長い黒髪。
 姫に仕えていた頃は幼児体形だったが今では大人の女性へ成長していた。
 緑国での戦いで姫を助ける為に瀕死の重傷を負って黒転王に助けられた。
 禍々しい魔力を放つ液体へ浸かって数日。
 白転王のユニークスキル『完全蘇生術』を模して作った魔道具。
 その欠陥品は治癒と引き換えに急速にセブンの老化を進めた。
 その為まだ子供だったセブンは成人の女へ変化していた。

(神父様。)

今になってもなお、黒転王をそう呼んでしまう自分が居た。
 黒転王は自分を魔道具の実験台にした。
 私は騙され利用されていたのだ。
 そう自分へ言い聞かせれば言い聞かせる程、別の感情が沸いて来る。
 セブンはもう一度、自分の裸体を眺めた。
 あれ程、白かった肌も今ではほどんとが暗黒に染まっていた。

「お前、我の女にならないか。
 何不自由ない暮らしをさせてやるぞ。」

あの時、黒転王は言った。
 断る私に黒転王は少し驚き考え込んだ後に意外な提案をした。

「では、賭けをしよう。
 我がお前を黒国の暗黒騎士として蘇らせてやろう。
 お前は自由にその力を使い愛する姫を守るがよい。
 だがその強大な力を使う度にお前のその白い肌は黒く蝕まれていく。
 全身が暗黒に包まれた時、お前は我の女となり我を一生愛し続けるのだ。
 どうだ、我の物になりたくなければ力を使用しなければよい。
 お前に損はない賭けだろう?」
 
 あの時、黒転王は私の姫への愛を試すように言った。

それから私は黒転王の暗黒騎士となった。

無力で何一つ姫の役に立てなかった私……

だが今では強大な力を得て白国の天使とも互角以上に戦えている。
 赤転王が青国へ侵攻したと聞いて居ても立っても居られずに
 白国との戦いを放り出して姫の元へ駆けつけた。
 無事に姫は守れたが力を使い過ぎたようだ。
 今では顔以外の全てが暗黒に染まってしまった。
 もう一度戦えば、全身が暗黒に包まれるだろう。

(その時、私はあの人の女になる……。)

そう思いながら黒い体に湯をかけた。
 私は黒転王が意地悪く微笑む後に時折り見せる寂しそうな表情を思い出していた。

第二十五話 優介:見えない敵と白翼の巫女

白の国。

現在この世界で一番強いと言われているのが悪魔族が治める黒国の黒転王。
 『完全なる死』というユニークスキルを持ちその絶対の死からは誰も逃れられないと言う。

次に強いのは天使族が治める白国の白転王。
 『完全蘇生術』というユニークスキルを持ち白翼の女神と呼ばれていた。
 元々白転王は転生する前は盲目の女性である。
 生まれながらに目が見えない彼女は少女の頃は非常に思慮深く慎ましい女性だった。
 転機が訪れたのは高校生になり世の中の不条理を知った頃だった。

『どうして私だけが不当に不自由を虐げられるのか』

その疑問は嫉妬に変わり、やがて世間への憎しみに変わって行った。
 その憎しみが最高潮に蓄積された頃にこの世界へ転生された。
 彼女が生まれて初めて見た風景は膝まづいた天使達だった。
 美しい顔立ちに純白の翼。
 その美貌に誰もが彼女を女神と崇め、もてはやした。
 生まれて初めての特別扱いに最初は戸惑った。
 だが次第にこれは今まで虐げられていた分の御褒美だと思い始めた。
 死んだ者を生き返らせる事ができる『完全蘇生術』というユニークスキル。

どんなに偉い人間も死からは逃れられない。

貴族も金持ちも紳士も淑女も私の前では涙を流して無様に延命を願い媚び諂う。
 そんな人の本性を見て彼女は自分こそが世界に選ばれた女神だと心底信じた。

『私は……どんなに理不尽な事をしても許される』
 
 そんな甘美な猛毒は彼女を次第に浸食して行った。
 そして数年が経った頃には美貌の女神は残忍な暴君となっていた。
 
 それはまるで世界を不条理で押し潰すかのように……

その不死の女神へカオスと赤転王は戦いを挑もうとしていた。

カオス軍は首都目前の岩場にて白転王軍と激突していた。
 崖の向こうには首都の街並みが広がっている。
 まるでローマ宮殿のような円柱の建物の中心に黄金のドーム状の屋根が見える。
 ここが天使族の聖地であり目の前に立ちふさがるのが白翼の女神『白転王』である。
 大量の十字架状の槍を携えた天使兵達がカオス達を取り囲む。
 天使兵は白い翼を持ち空を浮遊する為、慣れない戦いに赤転王の竜兵達も苦戦していた。
 流石のレジェンド級の召喚獣達も正面に押し寄せる大軍には有効だが、
 広い範囲で包囲する敵には苦戦していた。
 
 流石に白翼の女神こちらの弱点をよく知っている。
 
 そんな中、赤転王は初戦から『身体強化』を使い脳筋全開で天使兵達を蹴散らしていく。
 
「ここは任せて先へ行け。」

痺れを切らした赤転王がカオスへ叫ぶ。
 俺は単身、天使兵の包囲網を飛び出して白転王へ向かった。

「ふっ、愚かな。
 あの敵を打ち滅ぼせ。
 フローラルっ」

そう言うと白転王が何かを召喚したようだった。
 
(よしっ、天使兵の集団を抜けた。
 少し距離はあるが、後は白転王ただ独り。
 行けるっ。)

そう手ごたえを感じた俺は走りながら短剣を引き抜いた。
 小さな岩場を飛び越して白転王の元へ向かう俺へ突然激痛が走った。

(……っ、
 攻撃された?)

痛みに耐えながら思わず両手に短剣を広げて身構えた。
 辺りを見回すが遠くに白転王が居るだけで誰も居ない。
 背後からまた激痛が走る。

(明らかに攻撃をされているっ。)
 
「愚かな敵を打ち滅ぼせ。
 フローラル」

先程そう白転王は言っていた。
 あれは何かの召喚獣を召喚したに違いがなかった。
 だが目を凝らすが敵はいない。
 俺は目を細め全身に神経を張り巡らせて、短剣を構えた。
 防具のコートへ何がが当たる。
 慌てて横へ転がり逃げる。
 すると風切り音と共に横を槍のような影がかすめて行った。
 
 目に見えない敵……
 槍がかすめた時に微かに花の香がした。
 
(フローラル……そうか)
 
 俺は匂いに全神経を集中させて香りがすると横へ転がり逃げた。
 先程まで俺がいた地面の砂が槍が突き刺さった様に跳ね上がる。
 俺は匂いを見失わないように注意しながら風下へと岩場を逃げ回った。

「一国の王がピョンピョンと跳ね回って……
 まるで醜いカエルのようですね。
 無様ですこと。
 でもいつまで逃げられるかしら。」

白転王が嘲り笑う。
 ゴツゴツした岩場も風下へ下がる内に岩が多くなって来た。
 そうやって必死に逃げる内に一本道へ追い詰められた。
 気づくと後ろが壁になり俺は逃げ場を失った。

「随分とあがいたようだけど、
 いよいよ逃げ場がなくなったようね。
 フローラル、殺っておしまい。」

白転王が命令する。
 槍が風を切る音と共に、花の香がする。

「逃げ場がないのは、どっちかな。」

俺はそう言うと『ソウルイーター零式』を銃モードへ変更し、
 一本道を乱射した。

(手ごたえあり。)

ドサッという何かが倒れる音と共に槍を持った天使が姿を現した。

「なるほど……
 逃げたのではなく、一本道へ誘っていたのね。
 雑種にしてはやりますね。」

そう言う白転王の声は妙に落ち着いていた。
 カオスは『ソウルイーター零式』を短剣に戻して白転王へにじり寄る。

「これで後は、お前だけだ。
 お前は後衛の回復タイプ。
 戦闘力はない筈。
 降参したらどうだ。」

そう言う俺へ白転王が笑い飛ばす。
 その笑みは奇妙に歪み、楽しくて仕方がないようだった。

「うふふ、そうね。
 確かに私は回復タイプ。
 だからこそ絶対に負ける事はないの。
 起きなさいっ、フローラル。
 ユニークスキル『完全蘇生術』」

そう言うと白転王は右手を振りかざした。
 その言葉と共に天から白い光が注がれ、
 背後で倒れていた筈のフローラルの姿が忽然と消えた。

「カオス大丈夫か。」

天使兵を全て倒し終えた赤転王達が近づきながら声をかける。

「来るなっ、
 姿が見えない敵がいる。」

そう俺は赤転王へ叫んだ。
 そして全神経を嗅覚に集中させる。
 花の香がした瞬間に横へ逃げ飛ぶ。

「ふふふっ、
 また無様に転げ回るのね。
 でも、もう一本道へ誘い込まれる事はないわよ。」

白転王が含み笑いをする。

(逃げてばかりでは倒せない。)

焦った俺は匂いがする方向へ避けながらも懸命に短剣を振るった。

だが短剣は空を切るばかりで当たらない。

すると今度は花の香が左右からした。
 どうやら左右に頻繁に移動して香を分散させているようだった。
 匂いが特定できずに迷っていると俺の背中に激痛が走った。
 
 急所への槍の直撃。
 
 純魔ミスリルの防具でなければ心臓を貫かれて即死している。
 ゼロの防具にまた救われたようだ。
 だがこのまま攻撃を受け続ければ殺されるのも時間の問題だった。

(いちかばちかやるしかないか。)

意を決した俺は心配そうに見つめる赤転王へ叫んだ。

「赤転王っ、俺に『ドラゴンファイア』を撃ち込め。」

「おいおいっ、
 勝てないからって共倒れするつもりかよ。
 後はまかせたとか……そう言うのは要らないぜ。」

無謀な指示に赤転王が迷う。

「大丈夫だ。俺を信じろっ。
 いいから、早く撃て。」

「……分かったよ兄弟。
 レッドドラゴン。」

そう言うとドラゴンの口に赤い光が集まって行く。
 そして収縮が最高潮に達した時、巨大な炎がカオスへ放たれた。

『ドラゴンファイア』

赤い光がカオスを包む。
 炎の直撃を受けてカオスが光と共に消える……と思われた。
 
 その瞬間俺は前方へ銃を乱射した。

そして振り返り『黒い門』を出現させる。

すると炎はその中へ吸い込まれて行った。
 前方を見るとフローラルが絶命して倒れている。

「ばかなっ、
 見えない筈。」

事態が理解できずに白転王が絶句する。

「光だよ。
 『ドラゴンファイア』の強い光でフローラルに影が出来た。
 姿は迷彩で消せても影までは消せなかったようだな。
 さてどうする。
 ユニークスキル『完全蘇生術』はさっき使った。
 知ってるぜ、一度使うとしばらく使えないんだろ?」

「お前っ、わざと私に『完全蘇生術』を使わせたな。
 雑種の分際で生意気な。
 少しだけお前の力を侮っていたか。
 だが勝てずとも、倒されなければ負けはない。」

そう言うと白転王は突然翼を広げると上空へ逃げ出した。

「そう言うと、思った。」
 
 パチンッ

俺は空に向かって指を鳴らして見せた。
 すると空へと逃げた白転王の頭上へ『白い門』が現れた。
 ゲートがゆっくりと開き、中から赤い光と共にグツグツと収縮された炎が現れる。
 
 『ドラゴンファイア』

「ばかなっ、私は世界に選ばれた全能の女神だぞっ
 こんな下等生物に私が……」

白転王はそう叫ぶと紅蓮の炎を受けて光と共に消えて行った。

――三つの『オーパーツ』を獲得しました。――
 ・ユニークスキル『完全蘇生術』
 ・『召喚獣 フローラル』
 ・『失われた記憶』

目の前にメニューが現れた。
 俺は『フローラル』を『白紙のデッキカード』へ変換し『完全蘇生術』は修得とした。
 これで全ての魔法枠が埋まった。
 これ以上ユニークスキルは修得出来ない。

「ふぅ、やれやれだな。」

そう呟いていると赤転王達が駆け寄って来て歓声を上げた。

「最後のあの技。
 俺を倒した時のブラックホールみたいな奴か?」

「ああっ、無限回廊だ。」

「そんな作戦があったなら先に言っとけよ。
 俺はてっきり奴と心中するつもりかと思ったぜ。」

「作戦なんてないさっ、
 行き当たりばったりの博打だよっ」

「えっ
 ……お前って几帳面な様で案外いい加減なんだな」

「脳筋のお前に言われたくないよ」

「誰が脳筋じゃいっ
 まぁとにかく、
 野郎どもっ、
 俺達の勝利じゃいっ」
 
 そう言って手を振り上げると嬉しそうに俺の肩を叩いて祝福した。

「うぉぉぉ」
「うぉぉぉ」
「うぉぉぉ」
 
 それを合図かのように兵達が一斉に勝ちどきを上げた。
 
 『俺達の勝利である。』

白転王を倒した俺は赤転王と共に崖の向こうに見える白国の首都へ乗り込んだ。
 しかしその時の首都神殿は混乱の極致にあった。
 女神と崇められていた白転王が倒されたからだ。
 特に信仰が厚い白国では白転王は神格化されており女神と信じられていた。
 その為、神が人間ごときに敗北する等、誰一人考えていなかった。
 『女神消滅』の知らせに国中に激震が走った。
 またあろうことか下等生物である雑種達からなる『合衆国 カオス』の管理下へ入るという。
 それはプライドの高い天使族にとって到底受け入れられる事ではなかった。
 
 白国は美しい国だった。
 とりわけ聖地と言われる首都は白い大理石で作られた神殿が並び、
 円と放射線状に貯められた水が張り巡らされた
 美観と機能を併せ持った都市だった。
 その中心には黄金のドームからなる王宮がそびえている。
 
 王宮に入ると両脇に天使達が列をなしてカオスを出迎えた。

俺はその間を足早に通り過ぎると乱暴に王座へ腰かけ足を組んだ。

赤転王から天使族はプライドが高い。
 白転王を倒したしても絶対に合衆国には従わないだろうと言われていたからだ。

(舐められないように座ってみたが、
 さてここからどうするかな。)

俺はわざとつまらなそうに王座に腕を置き右手を顎にあてて踏ん反り返る。
 俺の横柄な態度に頭を下げている天使達から明らかに不快と嫌悪の感情が溢れ出した。
 しばらくして、それを抑える様に一人の少女が前に出た。
 眩しい程の白い衣装に身を包まれたその少女は一見、幼い人間のように思われた。

『サヤカ』

一瞬、そんな名前が俺の脳裏を駆け抜けた。
 だがよく見ると、彼女の背中には白い翼が生えていた。

「お初にお目にかかります。
 カオス様を天使一同、心より歓迎いたします。」

白翼の天使が恭しくお辞儀をする。

「フンッ
 心にもない事を言うなよ。
 本当は、はらわたが煮えくり返っているんだろ。
 雑種風情に王座に座られて。」

相手の本心を探ろうと挑発して見せる。

(古の理により、選別の儀を開始する。)

その瞬間、俺の頭に白翼の少女の声がよぎった。

「そんな事はございません。
 転王を倒した王が私達の王……
 ……カオス様?
 どうかいたしましたか?」
 
 心ここにあらずのカオスを見て白翼の天使は話の途中で訊ねた。

(何故移動できない?
 お前はまさか。)

そんな見知らぬ女性の声が俺の脳裏を駆け巡った。
 その瞬間、思わず王座から立ち上がる。

「そうかっ、お前だ。
 ずっと、あの声の女の正体を思い出せなかった。
 お前は俺がこの世界に転生した時に、
 赤い鳥居に囲まれた広間で『選別の儀』を行った。」

「……それは私であって、
 私ではありません。」

白翼の天使は恭しく答えた。

「嘘だっ、
 それにお前には転生する前にも会っている。
 お前はサヤカをどうするつもりだ。
 移動できないとは、どうゆう意味だっ。」

興奮して思わず俺は声を荒げる。
 突然の出来事に周りの天使はもとより赤転王達も困惑顔でざわついた。
 それを感じた白翼の天使は少し声のトーンを落とすと囁いた。

「そうですか、あちらの世界でも私に会ったのですね。
 申し訳ございませんが、お人払いをお願いできますか。」

その申し出を受けて俺は全員を外へ出した。

「私の名前……いや、私達の名前は『ノア』と申します。
 古よりこの世界に仕える巫女でございます。
 私達『ノア一族』の使命は『あのお方』の意志を実現させる事。
 私は天使族を導く事を、
 『選別の儀』を行ったノアは魂の選別をする事が使命となります。
 あなたが前の世界で会ったと言うノアもまた、
 『あのお方』の意志を持ってそこにいます。」

確かに赤い鳥居に囲まれた広間で会った『白翼の天使』と
 目の前の『白翼の天使』は姿や声は同じだが少し雰囲気が違う気がした。

「サヤカといるノアは何が目的なんだ。
 移動できないとはどうゆう事だ。
 あの『赤い光の穴』は何なんだ。」

俺は今までの感情を白翼の天使へ全てぶちまけた。
 訊きたい事が沢山あった。
 白翼の天使は少し困ったような顔をしながらも話を続けた。
 それは慎重に言葉を選んでいるようにも見えた。

「『赤い穴』は時代によって、その名を変えます。
 ある時代では『バミューダトライアングル』
 ある時代では『神隠し』
 ある時代では『通りゃんせ』……
 申し訳ありません。
 私も全てを知っている訳ではありません。
 ノアもそれぞれ役割が異なり他のノアの使命までは分かっていないのです。」

「『あのお方』とは誰だ。
 サヤカは無事なのか?」

「『あのお方』については、申し上げる事は出来ません。
 ですが、あなたは転王。
 いずれ知る時が来るでしょう。 
 向こうの世界のノアの使命については直接お聞きになって下さい。」
 
「そんな事が可能なのか?」

驚いて訊ねる俺へ白翼の天使は決意を持って頷く。

「手に入れた『失われた記憶』をこちらへ。」

そう言われた俺は白転王から手に入れた『失われた記憶』を差し出した。

「この世界へ舞い降りた選ばれし転王よ。
 古の理により記憶の儀を開始する。」
 
 そう言うと白翼の少女は両手を広げ何かを唱え始めた。
 周りの空気が冷たく、重くなった事を感じた時、床に青白い魔法陣が現れた。
 その青白い魔法陣は次第に浮き上がり俺の体を包み込む。

ほわん、ほわん。

全身を包む青い光が白へと変わっていく度に段階的に意識が遠のいて行く。
 まるで青と白の光が自分という存在を蝕んでいくようだった。
 その割合が増える程、自分の存在が消えていくのを感じる。
 そしてとうとう世界との繋がりが途切れそうになる瞬間、頭の中で声が聞こえた。

「記憶の干渉。」

その瞬間、光は砕け散り意識が闇の彼方へと消えて行った。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 気がつくと俺は噴水のある公園のベンチに腰掛けていた。
 辺りは薄暗く、目の前の噴水が暖色にライトアップされている。

(ここは?)

ぼんやりとした頭が戻っていくと噴水の水の音と夜風の匂いを感じた。

(今、カオス様は御自身の記憶へ干渉しています。
 天命は変えられませんが運命は変えられる筈です。)

儀式を行ったノアの声が頭の中から聞こえた。
 隣を見るとサヤカが下を向いたまま黙り込んでいた。
 見ると少し震えている。
 デジャヴにも似た不思議な感覚を覚えながら過去の記憶を手繰り寄せる。
  
 たしか俺は子供の頃の『青い海』の話をした。
 子供の頃は心臓が弱くて長い入院生活が続いた。
 毎日ベットに寝転んで同じ風景を眺めていると病室の天井の模様は空に見えた。
 そしてベットの起伏は山に見える……。
 
 俺は以前の記憶の再生で見たセリフを思い出しながら続けた。

そう妄想するとシーツの感触が砂浜の感触とリンクした。
 だから俺は誰もいない海で独り過ごす。
 海辺に寝転んで一日中波の音を聴いて過ごした。
 そんな誰もいない『妄想の青い海』で、
 どこかに居る『青い海の天使』に出会った時に、
 この病気は治ると信じていた。

「さやかの海はさざ波です。
 周りに密やかにたてられて私のエゴで高さを増すけれど……
 いつか私も『青い海の天使』に出会えるでしょうか。」

そうサヤカは下を向いたまま呟いた。

「サヤカも俺の妄想の海へ遊びに来たらいい。
 一緒に天使を探そう。」

俺はサヤカの手を握りそう言った。
 何か怖い記憶を思い出したのだろうか?
 サヤカは下を向いたまま震え出していた。

「サヤカ。こっちを見るんだ。」

俺はサヤカの正面にしゃがんで呼びかけた。
 ゆっくりとサヤカが顔を上げて俺の顔を見た。

バチッ

サヤカと目が合った瞬間、当然大きな音がして青い火花が飛び散った。
 ベンチの周りには点々と地面が青い炎で燃え始めた。

(何故移動できない?)
 そんな見知らぬ女性の声が俺の脳裏を駆け巡った。

「やっと会えたな『ノア』」

俺は探る様にサヤカへ話しかけた。
 見るとサヤカの瞳が青く光っている。
 明らかに目の前にいるのはサヤカではなかった。
 驚いた表情でサヤカが答える。

「お前は何者だ。
 どうして私の名前を知っている。
 『ノアオペレーション』を邪魔しに来たのか?」

(ノアオペレーション?)

聞きなれない言葉に俺は疑問に思いながらも鎌をかけてみた。

「そうだ。
 『あのお方』の命令だ。
 『ノアオペレーション』は中止。
 サヤカには何もするな。」

そう言う俺へサヤカは声を荒げる。

「そんな筈はない。
 『あのお方』は伝言などしない。
 お前は嘘をついている。
 だが何故、お前は私と会話ができる?
 何故、人間ごときが私と会話を
 ……そうか、お前がダムスの預言の」

そう言ったきりサヤカは気を失った。

(逃げられた?)

俺はサヤカをゆっくりと膝に寝かせながらため息をついた。

(どうやら運命は変えられなかったようだ。
 ……でもそれならっ。)
 
 俺はサヤカの頭を撫でながらスマホを取り出すといじり始めた。
 送信ボタンを押すとスマホが震え出した。
 
――メッセージ一件―― 
 見るとメッセージが来ていた。
 
 アプリを開いて確認する。
 自分からだ。

優介:サヤカを救いたかったらサヤカの目の前で『赤い穴』へ飛び込め。
   大丈夫だ。それで必ず上手く行く。『青い海の天使』より。
◇◇◇◇◇◇◇◇

突然、俺は自分の意識が引き戻されるのを感じた。
 目の前にはノアが心配そうにこちらを見ている。

『記憶の干渉』

本当は使用してはいけない巫女に伝わる禁術だった。

「運命を変えられましたか?」

ノアが心配そうに訊ねた。

「いや、失敗だ。
 あの女に逃げられた。
 だが、あちらの世界の俺にメッセージを残して来た。
 妄想の海で出会う『青い海の天使』の事は、
 サヤカに話すまで誰にも話した事はない。
 だから俺なら絶対にあのメッセージを信じる筈。
 後の事はあちらの世界の俺に任せて、
 こちらの俺はやれる事をやるだけだ。」

そう言って立ち上がると王の間のドアを勢いよく開けて、
 退席していた天使達に叫んだ。

「我は四転王を倒したカオス王である。
 必ず黒転王を倒しバベルタワーの門を開門してお前達の願いを叶えよう。
 お前達は下等生物の合衆国へ従うのではない。
 我に従うのだっ。
 叶えたい願いがある者はついて来い。」

そう言って勢いよく拳を振り上げた。

「………………」
「………………」
「………………」

静寂に包まれた雰囲気が俺の心に突き刺さる。

(あれっ、
 もしかして俺、すべった?)

拳を振り上げたまま固まり冷や汗を流しているとノアが手を叩き始めた。
 そして嬉しそうに高揚した顔で跪く。
 続いて赤転王達も跪き、押されて白国の天使達も次々と跪いた。

ノアは全員が膝まづいた事を確認すると声を張り上げた。

「我ら白国一同、
 偉大なるカオス様へついて参ります。
 我らの願いをどうぞ叶えていただきたく存じます。
 我らの王はただ独り。」

ダンダン

「我らの王はただ独り。」
「我らの王はただ独り。」
「我らの王はただ独り。」

一斉に兵士達が足を踏み鳴らして連呼を始めた。

世界統一までアト一人。
 謎は多いがもう進むしかなかった。

第二十六話 サヤカ:モモカとサヤカ

「投票の結果。
 青様の処刑が決定いたしました。
 即時、処刑が実行されます。」

天井からアナウンスが流れた瞬間。
 アオトの体が蒼い炎に包まれた。
 アオトが自分の処刑を選んだ事に驚いたサヤカは燃えていくアオトを見つめていた。

「どうして?」

呟くサヤカへアオトが優しい顔で微笑み、サヤカに向かって右手を上げた。
 断罪ゲーム最終日、サヤカとモモカは最後の投票を迎えようとしていた。
 困惑するサヤカへモモカが話しかける。

「ねえ、サヤカ。
アオトが何で自分の処刑を選んだが知りたい?」

「教えて下さい。」

サヤカが消えそうな声で懇願した。

「サヤカは緑川を殺してはいない。
 それをサヤカに伝える為にアオトは死んだ。」

(どうしようか迷ったけど、約束だから伝えたよ。)
 
 そうモモカは心の中でアオトへ報告をした。
 六日目の投票の時、アオトは自分の記憶の解放をした。
 そこで多分サヤカが緑川を殺したと勘違いをしている事を知ったんだ。
 アオトはサヤカにそれを伝えようとしたけどサヤカはそれを頑なに拒否した。
 このままだとサヤカが処刑されると思ったアオトは私と取引をした。
 
 『自分が処刑されるから、今回はサヤカに投票しないで欲しいと……。』

「馬鹿だよね。
 自分が死んだら七日目はどうすんのって。
 でも私の気持ちはスッキリした。
 あいつ、私を無視したんだ。
 わざわざ呼び出しといて、サヤカ、サヤカって……。
 緑川の奴もそう、わざわざ生活指導室まで呼び出しといて
 もちろんサヤカはしてないよなだって。
 もちろんって何よ。もちろんって」

そこまで言ってモモカは頬の涙を手で拭った。 
 
(嘘。
 私は緑川を殺していない?
 じゃあ私は、どうしてアオトを処刑したの。)

モモカの言っている事が、直ぐには理解できずにサヤカは困惑していた。

「サヤカごめん。
 もうこんなゲーム続けるの無理だわ。
 私、優介さんの記憶を思い出したんだ。
 だから最終日は、それぞれ自分に投票してゲームオーバー。
 楽しい思い出と共に一緒にお別れしよ。」

モモカは少し泣いていた。
 優介という人物の事は分からなかったが
 今のモモカは初めて会った時の少女に戻ったようだった。
 サヤカがどう返事をしたらいいか答えを出せないでいると
 モモカは全てをサヤカへ告白をした。
 
 名和学園へ転校して来た時、今までの自分を変えたくてキャラを作っていた事。
 それが苦しくて時々抜け出しては学校近くの図書館で過ごしていた事。 
 そこで大切な人、優介さんと出会った事。
 本当はお金を貰って大人達と食事なんてしていない事。
 サヤカの名前を騙って優介さんと付き合い始めた事。
 サヤカに嫉妬して偽のパーティーに誘い部屋へ連れ出した事……。

モモカの告白をサヤカは黙って聴いていた。
 
――正午――

「正午になりました。代表者を決めます。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

「分かったよ。モモカ。
 でも最後くらいは相手を信じて終わりたいな。
 だから最後はお互いに投票して終わるのはどうかな?」

全ての事情を聴いたサヤカは穏やかな顔で提案した。

「うん、分かった。
 モモカはサヤカへ投票する。
 今までごめんなさい。」

モモカは泣き顔を手で拭って答えた。

「投票が終了しました。
 投票結果を発表します。」

天井からアナウンスが流れると、
 円卓の上に投票結果が浮かび上がった。

――投票結果――

白のサヤカ⇒白のサヤカ
 ピンクのモモカ⇒白のサヤカ

結果
 白のサヤカが、二票
 ピンクのモモカが、零票

――午後――
「白様は、断罪者の指名を行って下さい。」

天井からアナウンスが流れた。

「えっ?」
「モモカを処刑。」

驚くモモカを尻目にサヤカが冷たく処刑を宣言をした。

「サヤカ? どうして?
 最後はお互いに投票して終わろうと約束したじゃない。」

モモカはサヤカの突然の処刑宣言に驚いて責めた。

「約束はしていない。
 ただ提案しただけ。
 モモカは私を騙して部屋へ連れて行ったよね。」

サヤカは冷たく言い放ち憎悪の目でモモカを睨んだ。

(騙されたっ、
 私はサヤカに殺される?)

その憎悪の視線にモモカは背筋が凍りついた。

(とにかくもう一度話し合って誤解を解かないと)

「処刑者を決定いたします。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが流れた。
 目を合わす事もなく、ただ静寂が包まれたまま投票が行われた。

「投票時間となりました。
 今後一切の弁明を禁じます。
 投票を開始して下さい。」

天井からアナウンスが淡々と流れる。

――投票結果――

白のサヤカ⇒白のサヤカ
 ピンクのモモカ⇒白のサヤカ

結果
 
 白のサヤカが、二票
 
「投票の結果。
 白様の処刑が決定いたしました。」
 天井からアナウンスが流れた。
 
「えっ、サヤカ?
 どうして……」

もうモモカは訳が分からなかった。

「こうでもしないとモモカは私に投票しないでしょ?
 モモカは生き残って、もう一度優介さんと会わなければダメ。
 まだ優介さんへ告白してないんでしょ?
 恋は告白しなければ恋のまま、
 恋愛にしなければだめだよ……」

そう言ってサヤカは優しい顔でウインクして微笑んだ。

「サヤカ……」
 
 モモカが言葉を探しているとモモカの体に青い炎がつき始めた。
 自分の死を認識したサヤカは真っすぐにモモカを見つめて言った。

「最後だから言っちゃうけど、
 本当は私もモモカに憧れてたんだ。
 私も周りの目なんか気にせずに自分の思うままに振舞いたいって……。
 だからモモカには、この恋は逃して欲しくない。
 だって優介さんへ恋しているのは『サヤカ』なんでしょ?」

サヤカはどこか嬉しそうに悪戯っぽく笑っていた。
 そして細かい光に包まれてサヤカは炎と共に消えて行った。

(恋は告白しなければ恋のまま、
 恋愛にしなければだめ……)

無音の部屋の中でその言葉だけがモモカの頭に繰り返されていた。

この断罪の間へ飛ばされて七日。

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」

そう言われていきなり始まった『断罪ゲーム』がようやく終わりを迎えようとしていた。

(サヤカが譲ってくれた最後のチャンス。
 元の世界に戻ったら優介さんへ本当の名前を伝えよう。
 そして駄目かもしれないけれど今度こそちゃんと告白しよう。)

そうモモカは心に決めた。

六人居たメンバーも今はモモカ一人になっていた。
 これで『断罪ゲーム』が終了。
 モモカは元の世界へ帰れると少しほっとした。

「七日間が経過しました。
 期間内に殺人者を処刑する事が出来なかった為、
 殺人者による殺人が開始されます。
 残されたプレーヤーの皆さんは御注意下さい。」

突然、天井のスピーカーからアナウンスが流れた。

「えっ、嘘?」

モモカは驚いて誰も居ないはずの部屋を見回した。
 部屋の隅で黙って座っていた『仮面の女』が仮面を外すと、ゆっくりと立ち上がった。

第二十七話 優介:黒転王の秘密

カオスは白国の王座に座り悩んでいた。
 六つある国の内、五つまで制圧した。
 あと一つ落とせばバベルタワーを開門できる筈だった。
 バベルタワーを開門した者は、どんな願いも叶うと言う。
 だが問題は黒転王だった。
 『完全なる死』というユニークスキルを持つ、この世界の最強王。
 また部下の暗黒騎士もかなり強いらしい。
 先の小競り合いでは白国の天使兵が何人も暗黒騎士に倒されていた。

(さて、どう攻めたらよいものか……)

そんな事を考えていると難しい顔をしてノアがやって来た。
 ノア一族は『あのお方』に代々仕える巫女一族である。
 あのお方と呼ばれる謎の人物に仕え、世界各地で暗躍しているらしい。

『ノア オペレーション』
 
 そう、サヤカの中のノアは言っていた。
 ノア一族は全員が同じ顔をしているが性格や任務はそれぞれ違うようだった。

『記憶の干渉』

本当は使用してはいけない巫女に伝わる禁術を使用したノア。
 たぶん『あのお方』により処刑される事になるだろう。

目の前のノアを他のノアと区別する為に『ノアノ』と俺は名付けた。

最初にノアをノアノと呼んだ時、ノアノは驚いた顔をしていた。
 でも今は呼ぶ度に少しはにかんで嬉しそうにしている。

後で知ったが、この世界では名前を授ける事には『特別な意味』があるらしい。

この世界で改名すると言う事は所属する一族からの脱却を意味している。
 そして改名を受け入れると言う事は、名付け親への生涯の忠誠を意味していた。
 それだけこの世界において言葉には力があり、重いのだ。
 そんな『ノアノ』が難しい顔をして告げた。

「カオス様。
 黒国の使者と名乗る者が入口に来ております。」

「黒国の使者?」

俺は驚いて聞き返した。

「それが、あの『暗黒騎士』でして……
 カオス様の暗殺を狙っている可能性があります。
 追い返しましょうか。」

ノアノが心配顔で相談する。

『暗黒騎士』

赤国との戦い中、白国を攻めて大量に天使兵を虐殺した戦士だった。
 確かに向こうから戦争を仕掛けておいて今度は使者などと罠としか思えなかった。
 ノアノが言うように会った瞬間に暗殺される可能性があった。

追い返そうかと考えあぐねているとノアノが続けた。

「それが変な事を言っておりまして……
 セブンが、ポンコツカオスへ会いに来た。
 そう言えば分かると。
 偉大なるカオス王へ向かってポンコツなどと失礼にも程があります。」

そう言って、ノアノは可愛い顔を膨らませて憤慨していた。

(ポンコツカオス?
 まさか)

俺は急いで使者を呼び寄せた。

目の前には黒国の暗黒騎士が立っている。
 全身を漆黒のフルアーマーで身を固め、手には体程もある斧を持っていた。
 全身からは禍々しい魔力を放ち周りの天使達を圧倒していた。

「セブン。
 お前はセブンなのか?」

外見の余りの変わり様に思わず訊ねる。
 すると暗黒騎士は無言でヘルムを外した。
 そこには大人の女性へ成長したセブンの顔があった。

「生きていたのか?
 随分と大人っぽくなったじゃないかっ。」

俺は思わず駆け寄って抱きしめる。
 それを黙って引き離すとセブンは言った。

「久しぶりだな。
 ポンコツカオス。
 いや、今は偉大なるカオス王と言うべきか。
 本日は黒転王様の使者として来た。
 黒転王様はカオス王との会談を希望されている。
 従者を一人連れて黒国へ来ていただきたい。」

「何故、お前が黒転王なんかに仕えている。
 それにその姿……。
 一体何があったんだ?」

不審そうな顔で訊ねた。

「その姿だと……。」

ムッとした顔でそう言うとセブンは鎧を脱いで全裸になった。
 全身を包む禍々しい魔力の為、周りの天使達からは姿が見えない。
 だが近くの俺にはセブンの体が漆黒に染まっているのが見えた。

「俺は何も変わらない。
 今も姫を守る為だけに生きている。
 だが、もうそれも出来ない。
 黒転王はお前が思っている以上に冷酷で強大だ。
 カオス、バベルタワーを目指すのをやめる事は出来ないのか?」

そう言うセブンは悲痛な顔をしていた。

「それは出来ない。
 もう今は俺だけの問題ではないんだっ。
 青国の民、合衆国の民、
 主人を裏切って俺についたノアノ
 その全てを背負っている。
 そして何よりも俺が知りたいんだ。
 なぜ俺はこの世界に転生して来たのか?
 今、サヤカに何が起こっているのか?
 『ノアオペレーション』とは何なのか?」

もう今更、後戻りはできない。
 俺もまた以前の俺ではないんだ。
 今は、はっきりとした意志を持って戦っている。
 お前と同じ様に俺にも守りたい人々ができたんだ。

「……分かった。
 カオス王。
 黒国にて……お待ちしております。」

そう言うとセブンは鎧を装備し王の間を出て行った。 
 セブンが出て行くと心配そうにノアノが駆け寄って来た。

「大丈夫でしたか?
 禍々しい魔力を放って何かしていたようですが……
 黒国へは私が従者としてついて参ります。」

そうノアノが言うと遠くで声が聞こえた。

「いや待ちや、
 ワイが一緒に行くで。」

驚いて振り返ると、そこには旅に出ていたガクフルの姿があった。

「師匠?
 今まで、どこにいたんですか?」

ガクフルの突然の訪問に驚いて訊ねる。

「黒転王について気になる事があってな、色々と調べてたんや。
 その結果、ある仮説が生まれた。
 それを確かめる為にもワイが従者として会談に同席するで。」

ガクフルは険しい顔でそう言った。

黒転王は玉座で少し眠り昔の夢を見ていた。

とうに忘れた筈の娘の夢。

『あの日』最悪の事実を知らされ失意のまま城へ戻ると妻が妊娠を俺に告げた。
 『最悪』と『最高』が融合した時、俺はそのまま逃げだした。
 この幸せが目の前で崩れていく様を見ていられなかったからだ。
 だが結局、未練という鎖に繋がれ今もこうして生きている。
 この世界に復讐する為に全てを捨てた筈がどこか何かの繋がりを求めていた。
 もしあの時、逃げ出さずに運命に立ち向かっていたら……
 後悔の念と共に夢の中で思わず娘に手を伸ばした。

「黒転王様。
 カオス王と従者の方が到着されました。」

そんな暗黒騎士の声で目が覚めた。

(結局、夢の中でさえ娘に触れる事も出来ないのか。)

黒転王は深いため息をついた。

「分かった。
 ここへ通せ。」

黒転王は冷たい声で暗黒騎士へ命じた。
 カオスとガクフルは黒国の王の間に座っていた。
 部屋には紅の絨毯が敷かれ周りには異様な悪魔の彫刻が散りばめられている。
 テーブルの食事をロウソクと怪しい魔光が照らしていた。

向かいの席には黒転王が一人座っており、後ろには暗黒騎士セブンが控えていた。
 目の前に座る黒転王は不気味な魔力を秘めていた。
 暗黒騎士に比べ殆ど魔力を感じない。
 魔力の大きさから言えば暗黒騎士の方が大きいくらいだ。
 だが暗黒騎士の魔力が一定なのに比べて、黒転王の魔力は揺らいでいて安定しない。
 消えて無くなりそうかと思えば、一瞬、底が見えない程膨れ上がる。
 それはまるで底が見えない深淵を覗いているかの様だった。
 俺は黒転王の底が見えない不気味さにこの世界に来て初めて恐怖を感じていた。

「ようこそ、カオス王。
 我が黒国の黒転王である。
 回りくどい事は嫌いだ。
 単刀直入に言おう。
 死にたくなければバベルタワーの開門は諦めろ。」

黒転王がワインを飲みながら静かな声で要求する。

「お招きいただき申し訳ないが、
 それは出来ない。」

俺ははっきりとした口調で即答した。

「そうか……そうだろうな。
 ところで、ゼロは元気か?」

天井を見つめながら黒転王が訊ねる。
 黒転王の意外な問いかけに俺は戸惑った。

(何故こんな所でゼロの話題が出る。
 言う事を聞かなければ婚約者を殺すと脅しているのか?)

「ああっ、元気にしている。
 ゼロがどうかしたのか?」

「そうか、元気か……
 別にどうという事はない。
 話を戻すがバベルタワーの開門を諦めるつもりはないのだな?」

黒転王が念を押す。

「くどい。
 どんなに脅されても諦めるつもりはない。」

俺は声を荒げた。

「そうか。」

黒転王が小さな声でそう言った後、何かを呟いた。

突然、俺の視界が暗黒に覆われた。

一瞬意識が途切れ、その後で意識が戻った。
 思うように体が動かない。
 気づけば体力が瀕死状態にまで減っている。

『完全なる死』

慌てて俺は自分へ白転王から習得した『完全蘇生術』を発動させた。
 天から白い光が注がれ体力が回復して行く。

(危なかった。)

『リンクリング』を装備していた為、即死は免れたが間違いなく『カオス側の命』は枯渇した。

俺は一度死にその後『リンクリング』によりゼロの寿命分だけ生き残った。
 しかし会談の途中でいきなり『完全なる死』を発動してくるとは正気ではないっ。

「なるほど、我の『完全なる死』をもっても死なないか。
 ……忘れていたわ。
 我々は転王。
 戦いという言語でしか会談など出来はしない。」

そう言って黒転王は静かに立ち上がった。
 俺も立ち上がり横の広間へ移動する。
 黒転王は暗黒騎士を後ろへ下がらせて前へ出る。
 俺もガクフルを下がらせて自分が前へ出た。

黒転王は漆黒のコートに背丈程もある杖を持っていた。
 たぶん魔法系なのだろう。
 剣や鎧の類は装備していなかった。

(こうなったら戦うしかない。)

俺も『ソウルイーター零式』を短剣モードにして両手に構えた。
 とっておきの『完全蘇生術』はしばらく使えない。
 だがそれは『完全なる死』も同じはず。

だが相手はこの世界『最強』と謳われる『黒転王』。

どんな隠し技を持っているか分からなかった。
 その為、発動に時間がかかり隙が生まれる召喚などは危ないだろう。

(ならば発動最短のコンボ技で一気に決める。)

「瞬移」
 
 俺は瞬移で黒転王の背後に回ると続けてスキルを発動する。

「七連撃」
 
 七つの斬撃が黒転王を襲った瞬間、刃は空を切り俺は逆に背後を取られていた。
 慌てて距離を取り直す。

「……っ、
 黒転王も瞬移だと?
 何故、黒転王がユニークスキル『フライ』系の技を使える。」
 
 あり得ない現象に俺は動揺した。

『ユニークスキル』とは術者を殺して奪うか教わらない限り習得は出来ない。
 だが黒転王が今、俺の背後を取った技は間違いなく『瞬移』だった。
 起こった事が理解できず、思わず俺は答えを求めてガクフルの方を向いた。

「師匠、これは?」
 
「『フライ』を使用できるのはこの世界には三人しか居ない。
 ワイとカオスと『紫転王』……
 やはり生きていたのか『裏切り者』。」

そう言った瞬間、ガクフルの体は暗黒の炎に包まれた。

「おしゃべりは嫌いだ。」

黒転王はそう言うと、さらに炎の威力を高めた。
 暗黒の炎に包まれガクフルはその場に倒れ動かなくなった。

(『紫転王』だと……)

紫転王と言えば、先の大戦にて全ての転王を倒した『前カオス王』だった。
 バベルタワーの開門に向かい行方不明になったと言う。
 それが何故こんな所で黒転王となっている。
 師匠の言った『裏切り者』とはどういう意味なのか。

「紫転王なのか?
 だったら、師匠は昔の『バディ』仲間のはずだ。
 何故、仲間を殺したんだ。」

思わず叫ぶ。
 黒転王は無言のままカオスへ暗黒の炎を放った。
 俺は『瞬移』で背後を取り、『七連撃』を放つ。
 すると七つの刃は空を切り、再び『瞬移』で切り返される。

「ほう、
 この短期間でここまで『フライ』を使いこなすとは大したもんだ。
 だが『瞬移』には、まだ先があるのを知っているか?」

黒転王が不適な笑みを浮かべる。

「そうかよ、先輩。」

そう答えて、俺は『ソウルイーター零式』を銃モードに変更して残弾の限り撃ちまくった。
 大量の弾が黒転王へ襲いかかるが、黒転王は魔法壁を展開し砂煙を上げるだけだった。
 だが砂煙が消える頃、黒転王の目の前に『白い門』が現れていた。

「食らえっ、
 ドラゴンファイア」

そう叫ぶとゲートがゆっくりと開き、中から赤い光と共に収縮された炎が現れた。
 紅蓮の炎の衝撃で黒転王の魔法壁が破られる。

そして炎は黒転王へ直撃したかに思われた。
 
 だがその瞬間に黒転王の姿が陽炎のように掻き消えた。

『幻影』

「どうした、何を驚いている?
 『瞬移』にはまだ先があると言っただろう。
 その顔だと、まだここまでは『フライ』を使いこなしてはいないようだな。
 ガクフルは『幻影』までは教えてくれなかったのか?」

そう黒転王は馬鹿にしたように言った。

「師匠は初めから何も教えてはくれないさ。」

俺は師匠を馬鹿にされた気がして言い返した。

「ほう、何も教わらずに『瞬移』まで習得するとは、
 さすが『本物』と言う所か……
 だが、今更現れても遅すぎる。
 どうして今更現れた。」

その言葉には、どこか怨念が込められていた。

(正直かなりヤバかった。)

戦う前に『完全蘇生術』を使用させられ『フライ』も向こうが一枚上手。
 相手が『瞬移』を使えるから時間のかかる召喚も使えない。
 だから『ソウルイーター零式』の弾数全てを使って煙幕を張った。
 その隙に赤転王に事前に充填して貰ったとっておき、
 『ドラゴンファイア』を使ったがかわされた。

残された技はただ一つ。

それが通用しなければ終わりだった。

「何故それほどまでにバベルタワーを目指す?」

黒転王が訊ねる。

「みんなの願いを叶える為だ。」

「くだらない。
 無知というのは、それだけで罪だ。
 教えてやろう。
 罪の本質は神へ対する反逆だ。」

そう言う黒転王へ俺は叫んだ。

「それでも俺は……
 『シュタイン』」

身に着けている『魔道具』の宝石が光を放つ。
 高速振動により俺の時間の流れが緩やかになっていく。
 見た事のないスキルに黒転王が警戒して『幻影』で距離を取った。
 その動きでさえ今の俺にはスローモーションで黒転王の動きがはっきりと見えた。
 緩やかな時の流れの中で後ろに控えていたセブンが黒転王へ切りかかるのが見える。
 驚いた黒転王は魔法壁にてその攻撃を防いでいた。
 俺は黒転王の背後にまわり最後のスキルを発動した。

『ネクスカリバー』

俺の頭上に巨大な聖剣が召喚され黒転王へ振り下ろされる。

(よしっ、捉えたっ)

凄まじい衝撃と共に俺は手ごたえを感じた。
 衝撃光が消えて行く中、ネクスカリバーもまた昼寝の為にその姿を消して行く。
 激しく息を切らしながら跪いた黒転王が片膝をついて睨んでいる。

(嘘だろ?
 これでも倒せないのか?)

俺にはもう戦う術は残っていなかった。

「そんなに知りたければ教えてやる。」

黒転王が憎しみのこもった声で叫んだ。
 その瞬間、黒転王の姿が掻き消えて俺の目の前に現れた。
 黒転王が俺の耳元で囁く。

「○○×♯※◇□※※」

驚く俺を離れ、黒転王は気を失ったセブンを抱きかかえていた。
 セブンのその姿は全身が漆黒に染まり完全なる黒転王后『暗黒騎士』となっていた。
 
 セブンは黒転王と賭けをしていた。

「では賭けをしよう。
 我がお前を黒国の『暗黒騎士』として蘇らせてやろう。
 お前は自由にその力を使い、愛する姫を守るがよい。
 だがその強大な力を使う度に、お前のその白い肌は黒く蝕まれていく。
 全身が暗黒に包まれた時、お前は我の女となり我を一生愛し続けるのだ。
 どうだ、我の物になりたくなければ力を使用しなければよい。
 お前に損はない賭けだろう?」

セブンは姫を守る為にその賭けに乗った。
 そして今まで姫を影で支えて来たのだった。
 そして最後の力を黒転王の隙を作る為に使った為、

契約術式により黒転王の『モノ』となった。

何故、黒転王がセブンにそんな賭けを持ちかけたのかは誰にも分からない。
 ただ言える事は、セブンは姫を愛しており、その姫は黒転王の娘だと言う事……。

「真実を知った今、どうするかはお前次第だ。
 その為の『鍵』はくれてやる。」

そう言って、黒転王はセブンと共に姿を消した。
 二人が消えて行くのをぼんやりと見つめる俺の目の前へ、
 静かにメッセージが表示された。

――『オーパーツ』を獲得しました。――
  ・『失われた記憶』

第二十八話 サヤカ:本当の殺人者

この断罪の間へ飛ばされて七日。

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」

そう言われ、いきなり始まった『断罪ゲーム』がようやく終わりを迎えようとしていた。

(元の世界に戻ったら、優介さんへ本当の名前を伝えよう。
 そして駄目かもしれないけれど、今度こそちゃんと告白しよう。)

そうモモカは心に決めた。
 六人居たメンバーも今は私一人になっていた。
 これで『断罪ゲーム』が終了。
 私は元の世界へ帰れると少しほっとした。

「七日間が経過しました。
 期間内に殺人者を処刑する事が出来なかった為、
 殺人者による殺人が開始されます。
 残されたプレーヤーの皆さんは御注意下さい。」

突然、天井のスピーカーからアナウンスが流れた。

「えっ、嘘?」

私は驚いて誰も居ないはずの部屋を見回した。
 部屋の隅で黙って座っていた『仮面の女』が仮面を外すと、ゆっくりと立ち上がった。

「ねえ、どうして?
 私以外の全員が居なくなって、
 『断罪ゲーム』は終了じゃないの?」

仮面の女に訊ねる。

「この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。」

仮面の女が立ち上がったまま答えた。
 『断罪の間』の隅で立ったまま話しているので言葉がよく聞き取れない。
 私は苛立って仮面の女に近づきながら怒鳴った。

「だから、この部屋には私以外誰もいないじゃない。」

「誰も居ない?
 居るじゃないですか。
 もう一人『ココ』に」

そう言って仮面の女はナイフを取り出した。

(もう一人?)

この中の誰かが『七日後』ここにいる誰かに殺されます。
 
 『ここにいる誰かに』

やっと仮面の女の言っている意味が分かり、モモカの足が止まる。
 私達はずっと殺人鬼はこの部屋へ飛ばされた『六人の誰か』だと思っていた。
 でもこの部屋には『もう一人いた』。
 
 そう、目の前の『仮面の女』が……
 
 後ずさる私に後ろのソファーが当たり私はそのまま座ってしまった。
 ソファーへ座り込む私へ『仮面の女』がナイフを片手に近づいて来た。
 その顔を見て思わず呟いた。

「えっ、誰?}

仮面を取ったその顔は『私』にそっくりだった。

「私は、あなた。
 あなたは、私。
 私はあなたの中で、ずっと見てきました。
 醜く他人に嫉妬する姿。
 周りを憎む憎悪の気持ち……
 だから、あなたはここで断罪されなければいけません。
 先程あなたは誰?と訊ねましたが
 私の名前は初めから名乗っているじゃありませんか。
 『シタワ』=『ワタシ』だと……」

そう言って『仮面の女』は不気味に微笑んだ。

今までのボイスチェンジャーの様な声が消え、その声は私の声だった。
 『仮面の女』がナイフを振り上げる。
 ソファーに座り込んでいる私は逃げる事が出来なかった。

(殺されるっ)

そう思った瞬間にサヤカの声が聞こえた。

(恋は告白しなければ恋のまま、
 恋愛にしなければだめ……)

私は必死に叫んだ。

「私はっ、私を殺そうとしない。」

驚いて『仮面の女』の振り上げた手が一瞬止まる。

「お前は何を言っている?」

私は必死に叫んだ。

「あなたは、私。
 私は、あなた。
 これでもう、あなたは私を殺す事はできない。
 もし殺そうとしたら、私達は嘘をついた事になる。
 『断罪の間』では誰も嘘をつくことはできない。
 もし嘘をついたらその身は炎に包まれる。」

仮面の女が『私は、あなた』と言った時、その身は炎に包まれなかった。
 だから、それは『嘘』ではないのだろう。
 『私は、私を殺そうとしない。』と私が言った瞬間、仮面の女は私を殺せない。
 
 なぜなら、殺そうとすれば『嘘』をついた事になるのだから……
 仮面の女がナイフを振り上げると、微かに青い炎がくすぶり始めた。
 驚いて振り上げたナイフを下げると炎が消えた。
 憎しみを込めた目で『仮面の女』が私を睨んでいた。
 静寂の中しばらく睨み合いが続いた。

「もうよい、ノア。
 戻って来なさい。」

突然、天井のスピーカーから声が聞こえた。

「しかし、まだこの者の回収が終わっておりません。」

『ノア』と呼ばれた『仮面の女』が慌てて答える。

「お前が焼かれて、今まで回収した全てを失う訳にはいきません。
 その者は諦めます。
 戻って来なさい。」
 
 その声には誰も逆らえないような強さがあった。

「イレギュラー」

そう仮面の女は私を睨みながら呟いて姿を消した。
 私は全身の力が抜けた気がしてソファーへ沈み込んだ。

必死だった。

(殺される)

そう思った瞬間にサヤカの声が聞こえて生きたいと強く思った。
 そうしたら頭の中で

『私は、あなた』
 『断罪の間では、誰も嘘をつくことは出来ない』

という言葉が、グルグルと廻り続けて……

『私は、私を殺そうとしない。』と夢中で叫んでいた。
 
 放心状態のまま、かなりの時間が過ぎた。
 
 あれほど色々あった『断罪の間』が今は静寂に包まれている。
 少し落ち着いた私はあらためて部屋を見回した。

部屋を取り囲むように大量の書籍で埋められた本棚が壁一面に敷き詰められている。
 正面奥には入り口らしい重々しい大きな扉があった。

(元の世界へ戻れるかも……)

そう感じ微かな期待を持って私は重い扉を押して部屋を出た。
 部屋を出た瞬間、冷たい風が吹きつける。
 石畳の短い通路を進むとバルコニーの様な所へ出た。
 
「えっ?」
 
 更に強く吹きつける風に髪を抑えて私は思わず困惑した。
 先程から吹きつける強い風にこの寒さ。
 かなり高い塔なのだろう。
 目の前には星のような形に見知らぬ街が点在していた。
 このバルコニーもかなり古い石で作られていてローマの遺跡に居るようだった。
 ぼんやりと異様な街並みを見つめる私の目の前へメッセージが表示された。

――『断罪ゲーム』をクリアしました。――
  
 ・『獲得ポイント十点』
 獲得したポイントにより次の行動を選択可能です。

一:元の世界へ帰還する。
 二:次のゲームへ進む。

私は少し考えてから、そっと選択ボタンを押した。

第二十九話 優介:バベルの記憶

カオスはメニュー画面を開いて、ずっと考え込んでいた。
 隣でノアノが心配そうにそれを見つめている。
 黒転王との戦いの後、白国に戻り俺はずっと王座に座り込んでいた。
 そのただならぬ気配に側近巫女のノアノは人払いをして側に寄り添っていた。

「くだらない。
 無知というのは、それだけで罪だ。
 教えてやろう。
 罪の本質は、神へ対する反逆だ。」

そんな黒転王の言葉が頭の中を駆け巡る。
 黒転王の正体は前カオス王の『紫転王』だった。
 『紫転王』がどうしてバベルタワー開門に向かった後に姿を消したのか?
 師匠の言った『裏切り者』とはどういう意味なのか。 
 なぜ『紫転王』は俺の事を『本物』と呼んだのか?
 分からない事ばかりだった。

「そんなに知りたければ教えてやる。」

あの時、紫転王が憎しみがこもった声で叫んだあの言葉……
 あの言葉が真実なら全ての責任は俺にあるのかもしれなかった。
 俺は意を決して『最後の記憶』を解放した。

◇◇◇◇◇◇◇◇
 全能の巫女『イブ』は人類にうんざりしていた。
 アトランティスにいた頃は、島中央のバベルタワーへ幽閉されていた。
 イブの能力を手に入れようと周辺諸国がアトランティスへ攻め込んだ時には月へ逃げた。
 
 争うのが嫌だったから……
 
 だけど月へ逃げても争いは起きた。
 規律を重んじる白の民と自由を重んじる黒の民の間で全能の巫女の奪い合いが始まったのだ。
 二つの民の争いの混乱の隙に『イブ』はバベルタワーを逃げ出し神殿に来ていた。
 幾重にも連なる『赤い千本鳥居』をくぐり抜けて広間に出る。
 綺麗なレンガが敷き詰められた『儀式の間』にて六人のイブ達が話し合っていた。

(自分が『全能』だから争いが起きる。)

そう考えたイブは『選別の儀』を行い、自身を四つの能力と二つの感情に分割した。
 六人に分かれたイブはお互いを色で呼んでいた。

争いを好まない白(シロ)
 攻撃的な青(アオ)
 それぞれ異なる能力を持つ、赤・黒・緑・茶

赤・黒・緑・茶の四人は空に浮かぶ青い惑星へ先程旅立った。
 月の民から見つからないように青い惑星の胎児へ安全になるまで隠れるつもりだった。
 今は残った二人の感情が今後について言い争っている。

どちらもこのままではいけない事は一致していた。

争いを好まないシロは、ゆっくりと人類を導く道を主張し、
 攻撃的なアオは、一度人類をリセットして作り変える道を主張していた。
 
「私達は、ずっと愚かな人類に寄り添って来た。
 でも彼らは私達を幽閉し利用して来た。
 そして今もまた二つの民が私達の能力を取り合っている。
 そんな人類は一度、滅ぼすべきよ。」

アオが言った。

「人類を滅ぼす必要はないわ。
 彼らはまだ私達に能力が追いついていないだけ。
 私達が、ゆっくりと導いていけばいいのよ。」

シロがアオを必死になだめた。

「じゃあ、こうしましょう。
 私が有能な人類だけを一部こちらへ避難をさせて残りをみんな海に沈めるの。
 避難させた人類をシロが、ゆっくりと導けばいい。
 どう?」

人類を滅ぼす風景を想像して笑うとアオが楽しそうに提案した。
◇◇◇◇◇◇◇◇

そこでカオスは自分の意識が戻るのを感じた。
 目の前でノアノが心配そうにこちらを見ている。
 記憶の解放はここで終わっていた。
 サヤカの中のノアが言っていた『ノアオペレーション』とは『人類滅亡計画』なのだろう。
 そうなるとバベルタワーにいる『あのお方』とはたぶん全能の巫女『アオ』の可能性が高い。

「罪の本質は、神へ対する反逆だ。」
 
 そう『紫転王』は言っていた。
 師匠はそんな『紫転王』を『裏切り者』だと……

「そんなに知りたければ教えてやる。」

あの時、『紫転王』が憎しみのこもった声で叫んだあの言葉……
 あとは『あの言葉』を受けて俺がどうするかだった。

「『ノアノ』。
 頼みがある。」

俺は決意を持ってそう言った。

最終話 優介:最終転生 ダムスの預言

気がつくとカオスはバベルタワーの前に一人立っていた。
 『旅人の服』に『ブレスレット』その他の装備は何もつけていなかった。

ここに来た『目的』はしっかりと覚えている。

だが、どうやってここへ来たのかは全く思い出せなかった。
 目の前に佇む重々しいタワーの扉を押してみる。
 ぐっと力をを入れると扉は音を立てて開いた。

(あれ、簡単に開いたぞ。)

何だか拍子抜けだった。

本当は扉は元々開いていたのか、俺が『選ばれた人間』だから開いたのかは謎だった。
 中に入って進むと吹き抜けの広い広間に出た。
 吹き抜けどころではない。
 その吹き抜けの天井はどこまでも高く、全く終わりが見えなかった。
 中央の床には青白い魔法陣が展開していた。
 俺は魔法陣の中央に進んでみる。
 すると目の前へメッセージが表示された。

――『イブの間』へ昇りますか?――  
 
(たぶん紫転王は、ここで昇らずにタワーを出たのだろう。)

そんな事を考えながら俺はかまわず『昇る』を選んだ。
 エレベーターの様に青白い魔法陣が上空へ押し上げて行く。
 高速で浮上する魔法陣はどこまでも進み続けて周りの風景が茶色から赤へ変わって行った。
 永久に千本鳥居を潜り続ける感覚に襲われた頃、気がつくと蒼い空間に立っていた。

「やっと会えましたね。
 『選ばれし転王』よ。」
 
 遠くで穏やかな声が聞こえた。 
 見ると『巫女』が一人立っている。
 長い黒髪に切れ長の瞳。
 蒼い着物に黄金の額当、手には緑葉の枝を持っていた。
 俺は近づきながら話しかけた。

「どうも、神様。
 『あのお方』
 いや全能の巫女『アオ』とお呼びするべきですか?」

皮肉を込めて言う。

「ほう、その名前を知っているとは、
 あなたは『本物』という事ですか。」

『巫女』の瞳が怪しく濡れた。

「バベルタワーを開門した者は、
 どんな願いも叶えられる。
 あなたの願いはなんですか?」

巫女が冷厳おごそかに訊ねた。

「随分と白々しい事を訊くじゃないか。
 各色の『転王』を倒してその能力を集めさせ、
 それを持ってバベルタワーへ来た者は願いが叶う?
 そんな話は『能力を回収する』為のまやかしだ。
 『ノアオペレーション』
 知ってるぜ。
 あんたは分裂した自分の能力を回収後に、
 人類を滅亡させようとしている。」

俺は責める様に叫んだ。

「なるほど……確かにあなたは『今までの転王』とは違うようですね。
 前回の『偽物』はここまで来ずに逃げ出しました。
 でもあなたは搾取されると知っていて会いに来た。
 まさか私を倒せるとでも?」

巫女は怪訝そうな顔で訊ねた。

「まさか、俺なんかに神は殺せやしない。
 だが、次の英雄が転生して来るまでの時間稼ぎくらいなら出来るさ。」

そう言うと俺は腕の魔道具を発動させた。
 ここに来る前に、この魔道具のリミッターを解除して無限に倍率を上げてある。
 俺の体は『シュタイン』に耐えられずに死ぬだろう。
 だが、無限に鈍化した時の流れは永遠に神を閉じ込める。

「なにっ、
 これは……」
 
 周りの時間がゆっくりと鈍化して行く中で『全能の巫女』は逃げて行く。

(この状況でなお動けるのか?)

『シュタイン』の効力範囲から外れると『神』を閉じ込める事が来なくなる。
 俺は急いでシュタインの倍率を上げて行った。

「よせ、お前は自分が何をしているのか分かっているのか?」

『神』は必死に逃げ出した。

「『シュタイン』三倍、十倍、五十倍……
 百倍だっ。」
 
 その瞬間『腕輪』の宝石が砕け散った。

自分の頬に、ざらざらとした砂の感触がして目が覚める。
 気がつくと俺は冷たい床に倒れていた。
 ぼーとする頭で、のろのろと立ち上がる。
 『バベルタワー』のベランダだろうか?
 吹きつける風が妙に冷たい。
 何か空を飛ぶ夢を見ていたような気がしたが思い出せなかった。
 あの、どこまでも落ちていく浮遊感は何だったんだろう?。
 そんな事を考えながらゆっくりと歩き始める。

(何か様子がおかしい。)

歩く内にその異様な変化に気がついた。
 先程まであった冷厳おごそかな雰囲気はまるでない。
 壁は崩れ床には砂利があふれ、塔の全てが破壊されていた。
 冷たい風が吹きつける方へ歩く。
 やがて崩れた壁から外の景色が見えて来た。
 
「そんな、ばかな。」

そう思わず呟いた。
 あれ程、栄華を誇っていた町々が激しい落雷を受けたように壊滅している。

それも六芒星に広がる全ての町がだ。

その荒廃ぶりは凄まじく、もはや誰もこの世界には存在していないかのようだった。
 町だけではない。
 この『バベルタワー』さえも、塔の上半分は崩壊。
 内部の螺旋状の階段部分も露出していた。

(一体何が起こったんだ。)

何か手掛かりはないかと、メニュー画面を開く。
 すると所持品の中に見覚えのないアイテムがあった。

・『失われた記憶』
 
 手に入れた『失われた記憶』は全て解放した筈だった。
 不思議に思ったが、何かの手掛かりになればと俺は記憶を解放した。
 
◇◇◇◇◇◇◇◇

そこには椅子に座った俺が居た。

こちらを見て照れ臭そうに手を振っている。

「やあ、俺。生きてるか?
 お前がこの記憶を解放しているという事は『神の封印』に失敗したんだな。
 『バベルタワー』に入った瞬間に拉致される可能性があった為、
 お前の記憶を一部消した。
 だから、この『失われた記憶』の事は覚えていないだろう。

これから大切な事を『三つ』伝える。

一つ目、おそらくお前は今、別の時代に流されているだろう。
 アインシュタインの相対性理論。
 シュタインを限界まで使用した為、浦島効果で別の時代に流されているはず。
 
 そこはたぶん『未来』だ。
 
 この世界の未来に何が起こっているのは俺には分からない。
 だが、どうせろくでもない未来だろう。
 何故ならこの時代に『本物』が居ないのだから……

二つ目、黒転王との戦いで『紫転王』が俺に言った言葉。
 それは『俺は、お前の影武者だ』。
 
 意味は分からない。
 だが神に唯一対抗できる方法が書かれた『ダムスの預言書』。
 その一説に記された英雄と関係しているらしい。
 ハッキリしている事は、
 周りは俺を『本物』と呼び、
 紫転王を『偽物』と呼ぶ。

三つ目、この記憶の解放が終了すると、自動的に『転生の魔法陣』に包まれる。
 そしてお前は『ある時代』の十五歳の『狼人』の子供へ転生する。
 いいか、絶対に『二十歳の誕生日』まで自分がカオスという事を知られてはならない。
 二十歳の誕生日にゼロがお前を迎えに行く。
 かなり危険だが、それがゼロとの約束だから。
 ゼロも転生して姿が変わっている為、合言葉を伝えておく。
 
 合言葉は『リフレイン』。

その言葉を言う者が『ゼロ』だ。
 すまない。
 歴史上、記録に残っているポイントでしか『回収ポイント』を作れない。
 記録では、その『狼人』は二十歳の誕生日に殺される。
 だから二十歳までに自分を鍛えて絶対に生き延びろ。
 運命は必ず変えられる。
 お前はもう引きこもりのファンタジーゲームオタクではない。
 愛を知ったお前なら絶対にこれからの試練を乗り越えられる。
 
 ゼロとサヤカとの三角関係は……まぁ、オイオイ何とか頑張れ。
 
 最後にこれだけは、伝えておく。
 『お前が、青い海の天使に選ばれた英雄だ。』
 では、健闘を祈る。
◇◇◇◇◇◇◇◇

意識が戻ると共に魔法陣が展開し転生が開始された。

(十五歳の『狼人』って……)

余りの事に思わず苦笑いした。

自分の『仕業』ながら、やる事が無茶苦茶だった。
 狼人で世界を救って、ゼロと結婚して、サヤカとやり直す?
 ゼロにサヤカの事を何て伝えたらいいのだろう?
 ゼロのふくれっ面が目に浮かぶ。
 二十歳の誕生日に殺されるって浮気がバレてゼロに殺されたりして。
 恋愛は世界を救う事よりも大変な気がした。

ふと空を見上げると、巨大な蒼い惑星が浮かんでいた。

(ふぅ)

思わず深いため息をついた。
 俺は首を振り、両手で頬を叩いて気合を入れた。

(頑張れオレっ、平和と愛を必ず死守だっ)

「ダン様っ」
「優介さんっ」

遠くで二人の声が聞こえた気がした。
 どうやら、ゆっくりはできないようだ。

もし、言葉で心が軽くなったら…… サポートをお願い致します。