『あらためて、ライティングの高大接続』を読んで

春日美穂・近藤裕子・坂尻彰宏・島田康行・根来麻子・堀一成・由井恭子・渡辺哲司(2021). 『あらためて、ライティングの高大接続:多様化する新入生、応じる大学教師』 ひつじ書房

本校の英語科では「論理・表現Ⅱ」に相当する高2の授業で、学期に3~4本のエッセイを書かせます。これは英語教育において特別なことではなく、英語教育においては「書くこと」が他の技能と統合的に扱われ、ライティングの指導は特別なものではなく、質・量ともにある程度の指導がなされています。

それに対して、国語科では「書くこと」はどのように指導されているのでしょうか。私が中高生だったときには、体系立てて「書くこと」の指導を受けた記憶はありません。現在の国語科教育ではどのような指導がなされているのかを知りたくて、図書館で本書を手に取ってみました。

すでに返却して手元に書籍が残っていないのですが、メモやX/Twitterに残した書き込みを元に、本書を読んで思い至ったことをまとめておこうと思います。細かいところの正確さはご容赦ください。

大学入学前のライティング学習歴と学習指導要領改訂

本書ではいくつかの調査に基づき、大学生の大学入学時点までのライティング学習歴が報告されています。例えば、第1章の調査では、大学入学時点では800字以上の文章作成経験は乏しいケースが多いこと、またルーブリックやチェックリストを使っての文章作成経験は皆無であることが示されていました。

800字程度の作文をろくに書いたことのない高校生が、大学生になった途端に数千字の「レポート」を課されることになります。そのギャップこそが、本書のタイトルでもある「ライティングの高大接続」における大きな問題点です。

こうした問題点も受け、2013年度から実施された学習指導要領(現在から見れば一つ前の学習指導要領)では、国語科の授業で言語活動を積極的に行うことが示されました。その学習指導要領下で高校3年間を学んだ生徒が大学に入学したのが2016年度。本書では、2015年度以前の入学者と2016年度以降の入学者の比較で、2013年度版学習指導要領が高校生のライティング学習にどのような影響を与えたのかを報告しています。

この点に関して個人的に目を引いたのは、第6章においての報告でした。2013年度版学習指導要領を経た大学生の振り返りでは、意見文や説明文を書く方法の学習が増えたこと、また文系と理系の差が縮まり、理系の生徒も書く学習をしてきた学生が増加したことが報告されています。理系の生徒が高校時代に書く学習を多く経ることになったのは、大学入学以降やその先の将来における論文執筆などを見据えると、非常に望ましい変化と言えるでしょう。

ちなみに2013年度版学習指導要領下において「意見文や説明文を書く」学習をしたとして最も印象に残っている教科を聞いたところ、その前の学習指導要領下との比較において「外国語」のポイントが増加していました。すなわち、2013年度学習指導要領において英語科のライティング指導も大きく増えたということになります。私自身はこの変化をあまり認識していませんでした。ここから現学習指導要領になって、生徒のライティング学習が質・量ともにどのように変化したのか、気になるところです。

新学習指導要領下でさらに進む「国語改革」

第7章では、現行の「新」学習指導要領における改革が報告されています。例えば下の表に見られるように、科目ごとに各領域の授業時数を設定したところは、「読解偏重」に抗う学習指導要領の本気度が垣間見えます。

個人的に注目させられたのは「論理国語」の指導事項です。この科目では、「書くこと」の指導事項として、「個々の文の表現の仕方や段落の構造を吟味するなど,文章全体の論理の明晰さを確かめ,自分の主張が的確に伝わる文章になるよう工夫すること」と記されています。段落の構造に目を向けた学習というのは、いわゆるパラグラフ・ライティングの手法であり、この章の筆者も「この科目を履修して大学に進学する者は、パラグラフ・ライティングの基礎を理解していると期待してよさそうだ」と述べています。この件は大学・高校どちらにおいても、英語科の指導にも好ましい影響がありそうです。

アカデミック・ライティングの難しさ

本書では上記のように、学習指導要領の改訂と結び付けての変化が多く論じられていましたが、それ以外にも「国語科目線」(正確には「大学教育目線」?)でのライティング指導から、中等英語科教師として参考になる点が数多くありました。

例えば、第4章「学生はアカデミック・ライティングの何が難しいのか」では、大学でのレポート等に臨むにあたって大学入学時に演繹型の文章構成はそれなりに身についていると述べられています。演繹型の文章構成とは要するにthesis statementとsupporting sentencesからなるパラグラフ構成のことで、確かにこれは英語教師の肌感覚としても、高校卒業時には多くの生徒はこの型を認識できているものと思います。

一方で、大学入学前に指導がなされていないこととして、「引用」と「客観性のある根拠の提示」に言及しています。

引用については、その目的も含めて、大学入学前に指導がなされていないと指摘されています。国語科での実際は分かりませんが、少なくとも英語科のエッセイライティングで引用の指導を行うことはあまり一般的でないでしょう。(ただし、慶応義塾大経済学部など、一部の大学入試問題では引用の流儀を踏まえた解答を求めるものもあると認識しています。高校での指導事項と大学入試のあり方について、どのようなすり合わせがなされるべきでしょうか。)個人的には、引用についてはまさにアカデミック・ライティングにおける流儀であり、大学入学後に指導されればよいと考えます。

もう一つ、客観性のある根拠を提示することも、大学入学前の指導が十分になされていないとの指摘がされています。確かに、英語のエッセイライティングを見ていても、思考力表現力に乏しい生徒は、主張を支える理由として「自分がこうだから」「自分はこっちが好き」といった主観的な内容に終始してしまうことが多いと感じます。

第4章の筆者は「個人の主観的な経験を具体例として用いるのは、小論文や意見文では効果的かもしれないが、アカデミックライティングにはそぐわない」と述べており、さらに「一方で、目的や読み手によって何がふさわしいかは変わる。根拠に客観性をもたせるのはアカデミックライティングの流儀にすぎず、例えば就職活動においては自分の経験を語る方が効果的なこともある」と言及しています。

確かに、客観的な根拠が個人の主観的な経験よりも必ずしも説得力に勝るとは限らないところです。大切なのは、読み手と目的に応じて適切な手法を用いることです。ただ一方、そうだとしても個人的にも、客観性のある根拠を用いる部分は中高生にとって弱いところでもあり、アカデミック・ライティングに特有か否かは置いといて、きちんと指導すべきところだとも思います。

どこで「ライティングの高大接続」を行うのか

第3章では、大阪大と鳥羽高校の高大接続活動として、鳥羽高校の探究授業に大阪大の教員などが関わり、アカデミック・ライティングの指導を行っていることが報告されています。

個人的に目を引いたのは、各学年1単位の探究授業でも無理なく実施できる活動方針を明確に設けている点です。その活動方針の一つに、「研究の型や作法の習得に内容を限定するという方針」と明記されています。探究活動は、こだわれば際限なくこだわることができてしまい、とても1単位数の授業では取り組み切れないものでしょう。このように「型や作法の習得」という目的目標を明確にすることで、生徒側も教員側も過度な負担や要求を防止できそうです。

「ライティングの高大接続」を扱う本書で「探究」の授業に触れていることは重要なところです。「書くこと」の指導となれば、国語科(あるいはそれに付随して英語科)が担うものとなるのが自然かと思います。しかしそこで問題となるのが、「何を書くか」ということ。書く「中身」を求めると、どうしても国語科の授業の中だけで取り組むことは困難でしょう。

そういうこともあり、本書で扱っているような「高大接続」を見据えたまとまった分量のライティングを伴う取り組みは、例えば卒業論文などの形で、高校の現場では「探究」の中で扱うことが多くなります。ただ、そうすると今度は、誰がライティングの指導を行うのかという問題が生じます。週一コマの探究の時間で、その授業を担当している教員が必ずしもアカデミック・ライティングの指導を専門的に行うことができるとは限らないのではないでしょうか。

そう考えると、「中身」を伴うライティングの指導を考えれば、やはり国語科(英語科)と理科・社会科の連携・教科横断が理想であり、それが難しければ「探究と国語科(英語科)」の連携・教科横断というのが一つの選択肢となるでしょうか。探究の授業で生徒が取り組んでいることに関して、「書くこと」の部分だけを取り出して国語科(英語科)で指導する、という形ができると良いのかもしれません。

生徒の実情と卒業後のニーズを踏まえて

本書では、生徒・学生のライティング能力を巡って、高校・大学での現状や国語科を主とした高校の学習指導要領の狙いや現場での取り組みをうかがい知ることができました。英語教員としてライティング指導を行う際、生徒が日本語での作文において何を知っているのか、何を学んできたのか、そして、大学入学後にどのような力が必要なのか、これらを把握しておくことは有益だと思います。それを踏まえて国語科と英語科が連携したり、「探究」をハブとして各教科が連携することができれば理想ではないでしょうか。

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