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オーストラリアのバーで追い出された話

世界を旅した7年前のこと。

一緒に旅をしていた友達は先に帰国し、
私は1人で旅を続けていた。

15か国目のオーストラリア。

私はメルボルンに数日間滞在することにした。

旅をしている間は基本、
ドミトリーの宿を選んだ。

宿代が比較的安価で、お金の節約にもなるからだ。

同じ部屋になった人はほとんどが旅人だった。

予約した宿にたどり着いた。

部屋には私しかいない。

誰もいない方がゆっくりできるので、
そっちの方がありがたい。

そう思ったのも束の間、私がやってきた数分後に
オーストラリア出身の女の子がやってきた。

私は英語が話せないので、今まで出会ってきた
外国人とは深くコミュニケーションができずにいた。

話しかけてきてくれるのはありがたかったが、
英語が全く話せないし、頑張って話そうと積極性を
示さなかったので、相手側もあきらめていたと思う。

今回も軽く挨拶をして終わるだろう、
そう思っていた。

しかし、彼女はグイグイと話しかけてきた。

英語は話せない、と伝えても
おかまいなしに話しかけてくる。

話すスピードを落とすこともなく
1人でマシンガントークをしている。

彼女が話している内容はほとんど理解できなかった。

私は半分あきらめ、適当に相槌を打つことにした。

すると、彼女が何かしら私を誘ってきているように
聞こえた。

よく聞いてみると、「ボーイフレンド」
「ミュージック」「ライブ」といったワードを
言っている。

どうやら、
「元彼がライブをやっているバーがあるから、
一緒に行かないか?」

とのことだった。

こんな楽しそうな機会はないと思ったので、
迷わず「行く」と返答した。

相変わらず1人でマシンガントークをし、
私は相槌を打つだけ。

一言も発しない私を疑うことなく、
彼女は1人しゃべり続けた。

ライブは夜にあるとのことだったので、
その時間まで私は1人でメルボルンの町を散策した。

おしゃれなカフェがたくさんあって、
入るのにかなりの勇気が必要だ。

日本でもおしゃれな店に入るのをためらうのに、
外国となるとさらにハードルが高くなる。

一人で世界を旅しているとなれば、
そんな問題はとっくに乗り越えていることだった。

メルボルンの街を散策したあと再び宿へ戻り、
彼女と合流した。

一緒にライブ会場へ向かう。

なんだか彼女の様子が会った時と違っていた。

彼女は一升瓶のお酒を手に持っていた。

お酒の半分は飲んだのだろうか。

呂律が回っていないようにも聞こえる。

彼女はできあがっていた。

ライブに行く前から酒を飲み、
私と一緒に会場へ向かいながらも、
瓶に入っているお酒をラッパのみしていた。

豪快だなと思う一方、相変わらず
マシンガントークはやまない。

私はただただ相槌を打つしかなかった。

そして会場に到着した。

おしゃれな雰囲気のバーだ。

彼女の後ろについていく。

こじんまりとしたハコで小さいステージがあった。

映画で見たことがあるような光景で胸がときめく。

最初にカウンターで飲み物を注文し、
私はすみっこの席に座った。

彼女はもともとフレンドリーな性格なのか、
他のお客さんにも陽気に話しかけている。

しらふの人間からすると、ただの酔っ払いにしか
見えない。

嫌な予感がした。

ライブ中もおとなしく鑑賞できるのだろうか。

マシンガントークしてくるのではないか。

不安に襲われていた。

彼女の元彼らしき人がステージ上に現れた。

彼はギターを持っている。

彼女は元彼らしき人のところへいき、
話しかけている。

まだ、ライブ前だから大丈夫だよな。

始まってもいないのに胸さわぎがする。

いよいよライブが始まろうとしていた。

彼女は相変わらずべらべらと彼に話かけていて、
彼の表情は困っているようにも見えた。

大丈夫だろうか。

私の予感はやはり的中した。

ライブが始まりそうになり、彼女は客席に戻るよう
店員に促されていた。

彼女は店員の指示を受け入れ、私の隣にやってきた。

ライブが始まった。

彼女は私にべらべらと話しかけてきた。

声のボリュームを落とす、という配慮をする気は
なさそうだった。

私は思わず「シー!」と人差し指を立て、
ジェスチャーで黙るように示した。

彼女はそれを理解したのか分からないが、
おかまいなく話しかけてくる。

何度も「シー!」と言うが、
彼女は黙ってくれなかった。

店員も見かねて、こちらへとやってきて注意をする。

彼女は一時、黙ったものの、
次はとんでもない行動にでた。

演奏中の彼のもとへいき、話しかけているのだ。

これはオーストラリアでは当たり前のことなのか?

私が知らないオーストラリアの文化なのか?

演者に対して、気軽に話しかけてもよいスタイル
なのか?

不安が強くなる中、だまって見守るしかなかった。

いや、そんなことはない。

演奏している彼も困っているように見えた。

店員が彼女に何か言っている。

彼女は再び、私の隣へ戻ってきた。

やはり、ライブ中に客が演者に
話しかけるスタイルなんてない。

それは世界共通だよな。

そんなことを思っているのも束の間、
彼女は再び彼のもとへ移動していた。

ただの、どうしようもない酔っ払いだった。

私も酔っ払った状態で路上ミュージシャンに
絡んだことがある身だ。

強く言える立場ではないことは、承知の上。

たがしかし、ライブ中の演者に容赦なく
話しかけている姿は見るに堪えなかった。

店員もさすがにしびれをきらしたのだろう。

彼女をひっぱり、私のところへ連れてきた。

もう出て行ってくれ、と言わんばかりの表情で
私たちは出入口へ誘導されたのだ。

私たちは余儀なく会場をあとにするしかなかった。

店を出て、彼女が言った
「Sorry...」は確実に聞き取れた。

申し訳なさそうにしていたが、相変わらず彼女は
ベラベラと話し続けている。

「Are you hungry?」

と言われ、お腹が空いているわけではなかったが、
彼女が別のお店に入りたそうな雰囲気を出して
いたので、一緒に行くことにした。

彼女はまだ飲み足りなかったようで、
お店でもお酒を注文していた。

相変わらず1人でしゃべり続けている。

すると、別のテーブルにいた男性がちらちらと彼女を
見ているのが視界に入った。

彼女もその男性に気づいたようで、私たちの
テーブルに手招きをし、男性はこちらへやってくる。

彼女がかわいくて気になったのだろうか。

男性は彼女の隣に座り、2人は会話が弾んでいた。

私は2人の会話に入ろうとも思わず、黙って聞いて
いるしかなかった。

私はほとんどしらふの状態。

彼女はさらに酔いが回っている。

私には男性の顔がエロガッパにしか見えなかった。

いつの間にか2人は互いの身体を触り合い、
しまいには熱いキスをし始めた。

家族そろってドラマを見ていて、濡れ場のシーンを
見ている時のような、気まずい気持ちになっている。

2人は熱いキスを重ね、ヒートアップしていた。

どうすればいいのか分からなくなり、
その場にいることができなくなった私は店を出て、
1人宿に戻った。

店を追い出されたうえ、見ず知らずの外人の
熱いキスを目の前で見せつけられた日。

どんな1日だ。

朝起きると、彼女は向かいのベッドで寝ていた。

部屋を出ようとした時、目を覚ました彼女は
「Good morning!」と挨拶してくれた。

昨日のことは何もなかったように
「グッモーニング!」と返した。

彼女が話してくれた会話の中で唯一聞き取れたのは、
ごめんなさい、お腹空いてる?、おはよう、
の3つだけだった。

旅をしてきて、おそらく今回が100回目だろう。

英語が話せたらいいのになぁ、と思った瞬間だった。

そして、旅の続きへとそそくさと
宿をあとにしたのだった。


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