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ずっと独身の私が「ずっと独身でいるつもり?」を観た②

①では映画を観た感想と、私の36歳頃までのこと、40代現在の気持ちを書いてきた。②では私が周囲の人や環境とどう係わってきたかを書いてみたい。

私が30代の頃、心掛けていたことがある。
「独身、子の有無、性別にかかわらず様々な人と接すること」
「独身」「子持ち」「子無し」・・・女性はそれぞれの道に迷い、選択し、歩み始めると、共通の価値観や話題を共有してきたはずの人間関係がゆらぐ瞬間がやってくると思う。話が合わないかも?マウントとられてる?
男性から軽い口調で放たれた「年齢」「独身」「結婚」「出産」に関する言葉たちが、矢のように刺さったりもする。
私も小さな一言に傷ついたり、憤ったり、悩んだりもした。

でも、ふと気がついた。
皆、自分の人生は1回きりで、自分のことだって理解できずに進んでいる。自分以外の人生をそう簡単に理解できるはずはない。
例えば「独身」に対する価値観も、個人の思考というよりは社会全体が作り上げてきた「暗黙のルール」みたいなものに過ぎないのではないか。
そう思ってから、私は色々な事から自由になった。

独身の友人と説明しなくても共有できる話をしたり、既婚子無しの友人の妊活の話を聞いたり、全員赤ちゃん連れのランチに混ざって周囲の目を気にしながら食事をしたり、残業後の男性だけの飲み会で嫁の愚痴を聞いたり、おじさん達が鼻の下を伸ばしている中で、ホステスさんと話たりした。
私はどこに行っても中途半端な存在だけれども、それが楽しくなった。

既婚同士では話せない話、ママ友同志では話せない話、自分の役割から抜け出してただ趣味の話がしたいとか、昔の思い出話がしたいとか、私が満たせるニーズがあった。
私も仕事で頭がいっぱいの時に、専業主婦の友人の「ふーん、大変そうだね。」という相槌がどんな高尚なアドバイスより、気持ちを楽にしてくれたりした。そうだ、仕事なんて、ただの小さなパーツじゃないのかと。
ワンオペ二人育児の真っただ中の友人宅で、一緒に泣く子を抱っこしたり、冷えた食事をつまんで、「これ毎日なんて私はできないよ!」と納得する。そして、つくづく思うのだ。「どの人生もおもしろいし、辛い。」

時には、説明しても伝わらない事もある。貰いたくない反応もある。
でも、それはお互い様なのだ。
自分の口から出た配慮の無い言葉を後悔したことも何度もある。
小さなすれ違いにいちいち引っかからない、全てを理解し合おうと思わない。それが他者との係わり方の私なりのルール。

男性のみの飲み会で男友達が子育てについて語っていた。
「女の子だったらさ、普通より少し可愛くて、良い男さえ見つければ、人生なんとかなるけどさー、うちは男だからしっかり育てないとなぁ。」
えー、それ、独身の女の私に言う?と思うけれど、実際、社会はまだまだそういう風にできているということだろう。
そういう場に行くと、男には男のしんどさもあるのだと思うことも多い。

「おまえはひとりでも生きていけるタイプ」は「ずっと独身でいる」私にとって誉め言葉だと思っている。




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