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小説「Webtoon Strokes」10話

「友達なんかいらないさ、金があれば良い」

ドライブの途中、カーラジオからふと流れてきた邦楽の中の歌詞が、新庄社長の生き様とその信念に奇しくも重なった。今年40歳を迎える新庄に友達や親友と呼べる存在は居ない。いるのはただ金の力に従う人間だけだった。

日本でも屈指の資産家の家系に生まれ落ちた新庄美智雄は、金の重みやその欠如を感じることなく、これまでの人生を歩んできた。

彼は自分の行動や言葉に、他者からの疑念や訂正を受けたことは記憶の中に微塵もなかった。常に彼の影の中には、声を合わせて賛同する者しかおらず、起こる問題も彼の手を汚さずに誰かが静かに取り扱い、都合の良い様に整えてくれた。

彼の言葉は絶対的であり、その元に集まる者たちには彼に従うことが唯一の道とされていた。この世界には、彼の持つ金の力で手に入らないものなど存在しないと、新庄は確信していた。

新庄家は、家電業界の巨頭としてその名を刻み込んだ父の存在によって、日本の経済界に多大な影響力を持っている。新庄はその名家の跡取りとして、帝国の温室の中で大切に育て上げられた。

彼の心の中には、少年時代から将来は父の様に経済人として著名になるという夢が静かに燃え続けていた。

30代の若さで、彼はその夢を形にするための新興のゲーム会社を設立し、巨額な資本を背景に、彼の心の中で煌めいていた野望に向けて前進し始めた。特に、少年の日々に魅了されていたRPGゲームのジャンルに焦点を当て、複数のオリジナルタイトルの制作に取り掛かった。一つ一つのタイトルには数億から数十億という、巨額の予算を投じ、自らの会社だけでその全てを賄いつつ、数年の歳月を経て、作品としての完成を迎えた。

ゲームの企画は新庄自身の手によってアイデアが練られ、彼はその企画を具現化するため、業界の中から有能なプロデューサーやディレクターを、高額な報酬を提示して引き寄せた。プロジェクトの詳細な運営は現場に一任し、彼自身は大筋の流れの報告を受けるだけのいわば丸投げの制作だった。

彼の目標は明確だった。父と同じく、経済界の巨星としてその名を歴史に刻むこと。そのために彼は、実家の資産を惜しむことなく投じ、彼の道を遮る者は冷徹に切り離していった。白も黒と言い切り、自分の中の事実を通す為には真実も虚言と捻じ曲げる。そこに良心の呵責など微塵も感じない。彼は自らを選ばれた者と信じ、その行動や選択が、何もかも正当化されるという絶対的信仰を抱いていた。

しかし、彼が手がけたゲームはどれもこれもがヒットせず、市場に発表されてもランキングにも入らず、その話題はすぐに消えてしまった。大手家電メーカーの跡取りとしての名前を背負い、ソーシャルゲームからコンシューマゲームまで、多岐にわたるタイトルをリリースするものの、成功の兆しは見えず、赤字金額は数十億にも登った。もちろん、数十億という金額は彼や新庄家にとっては決して大きなものではなかったが、それ以上に痛かったのは名誉の傷であった。一世を風靡する家電帝国の跡継ぎが、大々的に立ち上げたゲーム事業が失敗に終わるという事実。それは彼にとって、誇りを傷つけられたような感覚であり屈辱であった。

新庄の社内での態度は、圧倒的な権力を握る王のようだった。彼は自身の企画の失敗を認めず、現場のプロデューサーやディレクター達にその責任を押し付け、突きつけた。その結果、彼らに全ての責任を求め失脚させるという手法を執った。彼らは管理職の地位からはずされ、社内で左遷部屋とささやかれる部署に移されることとなった。そこでの仕事は、煩雑で意味の薄いものばかり。精神的な圧迫の中で、多くの才能あるスタッフが自己退職を願い入れ、会社を後にしていった。会社都合の退職にしない事は、新庄にとって自らの名誉を傷つけないための策略の一部だった。

彼の信念は不変である。自らの企画に瑕疵などない。成功を実現できなかったのは、無能なスタッフのせいだ。そしてユーザーですら、新庄の目にはエンターテイメントを享受する者としての姿としては映らず、ただ金銭をもたらす対象としてのみ認識されていた。

ゲーム事業に参入してから数年が経ち、新庄は新たなビジネスを模索することになった。彼は確信を持って、エンターテイメントの成功には、新しい独自のIP (知的財産)の創造が鍵となると認識した。日本の文化の中では、物語の力に根ざした漫画やアニメのような作品が国民の心を掴む。その中で近年、新しい時代の風を感じさせるウェブトゥーンが彼の関心を引きつけた。このスマホに最適化された新たな漫画のスタイルには、未来の可能性が流れていると新庄は感じ取った。

彼は早速、ウェブトゥーンの制作が可能なスタジオと編集プロダクションを買収し、「コミックアングル」を立ち上げた。彼はウェブトゥーンやコミック、ゲームが同時に楽しめるエンタメに特化したプラットフォームを構想し、開発に向けて動き出した。それを実現し、成功させる為には数百億円規模の資金が必要になるだろう。しかし、それは新庄にとってはそれはさほど大きな問題では無かった。

体裁と栄光。

それが彼が求めてやまないものだった。

だが、彼のビジネスのやり方は、変わることがなかった。

彼の考えたアイディアを現場に投げるのみ、あとは編集者任せで、その完成をじっと待つだけだった。実のところ、ウェブトゥーンというジャンルの作品を彼自身がじっくりと読んだことは一度もなかった。彼の関心はただビジネスチャンスのみにあったのだ。

ウェブトゥーンの創作には通常リリース迄に30話書き溜める為、一年という長い制作期間を要する。そして、その初めての作品がいよいよ完成に近づき、第一弾作品のリリースが近づいていた。

今度は自分の体裁の為にも失敗は許されなかった。