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時織りの手紙(3)

※第一話はこちらから

すでに白く輝く太陽は、東京の真上を照らしている。
時刻は14時20分。
暁人はあれから二度寝をしてしまい、起きた頃にはすっかりとお昼を過ぎてしまっていた。
ショルダーバッグを肩にかけ、真夏の東京へと出かけた。

埼京線に乗り、池袋を経由して東京メトロへと乗り継ぐ。
到着したのは日本橋駅である。
暁人はレターセットなど持っておらず、それを買いに行くためにわざわざ日本橋高山屋へと向かった。
高山屋5階の文具売り場へ立ち寄り、500円ほどのレターセットを購入すると、次に地下1階のデパ地下へと降りた。
レターセットだけであれば、彼はここまで足を運ぶ必要がないのだが、彼の母の誕生日も近いため、ここにしか売っていない限定のお菓子を買いに来たという目的もあった。
休日の高山屋のデパ地下は人で賑わっており、目的としていたクッキー屋にも列が出来ている。
10分ほど並んだところでようやく暁人の番となり、緊張しながら数量限定のクッキー缶を一つ買った。

1階の出口へと行く途中、ふと視線の端に、ショッピングエリアとは違うエリアがあることに気づいた。
案内図を見ると、どうやらそこは高山屋史料館というエリアらしい。
暁人はそこが気になってしまい、出口の方向から史料館の方へと足の向きを変えた。
資料館の中には、高山屋の歴史年表が飾られており、当時の写真とともに残されていた。
高山屋の発祥は関西圏らしく、東京へと来たのはその80年後らしい。
以前は高山屋東京支店という形で存在していたらしいが、関東大震災の大規模火災によって焼失してしまい、その再建で出来たのがこの日本橋支店なのだそうだ。
そういえば防災の日の9月1日はこの関東大震災の教訓だ。
暁人は昔歴史の授業で習ったことを思い出した。
冷房が効いているためなのだろうか。彼は少しだけ背中に肌寒さを感じていた。

用事が終り、暁人は高山屋の外を出ると、もわっとした暑さが全身にまとわりつく。
まるで炎の近くにいるような、そんな暑さに彼はそそくさと日陰へと避難した。
汗を額ににじませながら、暁人は次の駅へと向かう。
都営浅草線に乗り、到着したのは押上駅である。
暁人は押上駅には一度だけ来たことがあった。
高校生の時に、当時の彼女と隅田川花火大会にデートをしに来たことがあるが、その時は生憎の夕立であり、彼の中にはあまりいい思い出がある場所ではない。

駅を出ると、いい場所はないかとあたりを散策し、隅田川沿いのベンチに腰を掛ける。
このベンチからは、幅の広い隅田川が一望でき、目の前にはいくつものアーチが掛かる厩橋とスカイツリーが見える場所だ。
暁人はスマホを構え、写真をパシャリと撮った。
夏の日のスカイツリーは、青い空へ突き抜けるほどに高く、太陽に照らされ銀色に輝いている。人が建造したとは思えぬほどに神々しい。
彼はそれを遠い目で眺めながら、手紙は何を書こうかと、考え込むのであった。


大正12年8月3日―――

「本当に届くなんて……」
石森玲子は、手紙箱に入った手紙の返信があることに驚いた。
なにせ、半信半疑で書いた手紙であったし、まさか届くとは思っていなかったが、現に自分が入れた手紙は無くなっていて、代わりに見たことのない手紙が入っているのだから信じる他ない。
手紙が届くのに4か月もかかっているが、届いたその日に手紙箱を開けたのは、彼女の第六感が冴えたせいなのだろう。
玲子は自室で正座をしながら、レターナイフで丁寧に手紙の封を開けた。


お手紙初めまして。
僕の名前は白石暁人と言います。
この手紙が届いていれば、すごく嬉しいです。
僕は今大学生で、夏休み真っただ中です。
大正時代の夏はいかがでしょうか?
令和の夏は茹だるような暑さで、外へ出るのも億劫です。
それに近頃、台風や夕立の豪雨の水害も多いです。
僕の子供の頃の夏模様が、まったく違うものになってしまっています。
くれぐれもお気を付けください。

P.S.東京の景色の写真を添えておきます。これはスカイツリーと言って、日本一高い建物です。隅田川花火大会をここから見るのは凄く綺麗みたいです。
"

玲子は手紙の中に添えられた写真を手に取った。
これが本当に隅田川だというにはとても信じがたい話だ。
こんなにも大きな橋が架かっていて、民家なんてものは一つもない。
そもそも写真というのはこんなにも綺麗に景色を映すものなのだと、玲子は感心ばかりしていた。

本当に未来からの手紙の返信があった。
彼女にとって、これ以上の喜びはない。
玲子が顔を綻ばせていると、ふと家の玄関の引き戸を開ける音がした。
「玲子―。手伝ってー!」
母の声だ。
玲子は2階の自室から、1階の玄関まで駆け降りると、そこには額に汗をかいて大きなスイカを持った母の姿があった。
「三河屋のね、倉さんからスイカもらったのよ。今年は豊作だったってね。これ桶に水張って冷やしておいてもらえない?」
彼女の母はにっこりと笑った。
玲子は渡されたスイカを両手でしっかりと抱えると台所までゆっくりと歩いていく。
「え、え、」
台所の床に敷いた新聞紙の上にスイカを置いた瞬間、地面がぐらりと揺れる。
「きゃっ!」
玲子は慌てて頭を抱え、床にしゃがみこんだ。
1秒、2秒、3秒……。
揺れはほどなくして収まったが、いつもよりも大きな地震であったことに彼女は恐怖を覚え、立ち上がろうとしても足の震えが止まらず、その場でしゃがみこんでしまった。
「玲子―!大丈夫―!」
玄関から母の呼ぶ声がする。
玲子は口に言葉を口に出そうとするが、上手く声が出せずに、口をパクパクと開くだけであった。
ガラガラガラ。
「大丈夫か、おばさん!」
玄関口で男の声がした。
聞き覚えのあるその声は、母と何かを話し、そしてそのまま台所の方までずかずかと向かってきた。
「大丈夫か玲子」
「大丈夫よ、ただ足が動かなくて。ありがとう遼太郎」
玲子は遼太郎の肩を借り、なんとかその場に立ち上がった。
「怪我ねぇか?」
「うん……大丈夫。遼太郎こそなんでここに?」
「俺か?俺は八百屋の手伝いで、この近くを通りかかったんだ。その時に揺れだしたもんだから驚いてな。ちょうどお前の家の目の前で、家の中からおばさんの大声がしたから慌てて中に入ったんだ」
「そうだったのね。助かったわ…‥」
「お、おう」
遼太郎は少し顔を赤らめながらそっぽを向いた。
その後、彼女の母が台所まで慌てて駆け付け、玲子の無事な姿を見ると無我夢中で抱きしめた。
「それにしても最近地震多いわね……何もなければいいんだけど」
母が心配そうな声を上げる。
玲子も同じことを思っていて、少しだけ嫌な予感というものを感じていた。

(※第四話へ続く)


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