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食×小説Ⅱ『健康食に洒落た創作を-生ハムと胡桃のポタージュオートミール』

ある日の休日、私、神谷真美は台所で一人唸っていた。
その視線の先には、英字表記のオレンジパッケージをしたオートミールが置かれている。

社会人となってから、私は健康というものを気にし始めた。
仕事終わりの夜の遅いご飯、付き合いで飲むお酒、そして適当な朝食。
理想的な食生活とは程遠い毎日を送っているせいか、毎年の健康診断が恐怖にすら感じている。
ネットで色々と探していると、「これ一食に置き換えるだけ!スーパーフード!」という名目で、オートミールを紹介する記事が目に入った。
オートミールには栄養素が豊富で、食物繊維、鉄分、カルシウム、ビタミンB1と、健康には欠かせないものがたくさん入っているとのことだ。
私は「これだ!」と立ち上がると、近くの業務スーパーへと駆け出し、1kgのオートミールを買ったのが始まりである。

食べ始めて半年が経ったある日のこと。
最初はお茶漬けのような感じで食べていたものの、どうもオートミールには味気が少なく、食べることに飽きが来てしまった。
決して美味しくないわけではない。刺激がないのだ。
私も少しばかりの料理は出来るが、得意というわけでもない。
どうしたものかとオートミールと睨めっこをしながら、15分が過ぎていた。

私は思い切って、ある人に連絡した。
それは会社の後輩にあたる塩野くんである。
営業部である彼は、事務部の私とは仕事が違うものの、会社の飲み会で仲良くなった後輩の一人であった。
お互い小説が好きということで繋がり、そこから彼が料理が得意であるということを知った。

「オートミールって何かアレンジできる?」
私はメッセージを打ち込み、それを送信した。
今日中の返信は難しいかなと思っていたが、彼は予想外にも5分後に返信をくれた。
メッセージを確認すると「ちょっと待ってて」とのことだった。
私は何だろうと思い、次の返信を待っていると、その10分後に一枚のメモが送信されてきた。
中身を確認すると、それはオートミールのアレンジレシピであった。
私は身支度を済ませると、近くの業務スーパーへと出かけ、そのレシピに載っている調味料と食材を買い込んだ。

再び台所へ立つと、買ってきた食材をオートミールの横に広げた。
ポタージュスープの素、胡桃、生ハム、バジル、パセリ、パルメザンチーズ。
私は「よし」と声を出すと、調理に取り掛かった。

オートミールを大さじ4掬い、小鍋の中へと入れる。
それから水を150ml投入し、塩を一つまみふりかけ、コンロに火を灯した。
その間に、胡桃を細かく砕き、生ハムを小さく千切る。
間もなくして、ふつふつとお湯が沸きだし、鍋の中でオートミールが踊り始めた。
私は火を弱火にし、ポタージュスープの素の袋を破って、中身をササっと鍋の中へと入れる。それと同時に、塩味の調整でコンソメも一つまみ塗した。

3分ほど煮込むと、水気は飛んでいき、パサパサとしたオートミールはクリームリゾットのようなものになった。
火を消し、余熱で細かく砕いた胡桃を混ぜ、それをお皿に盛った。

湯気の立つポタージュオートミール。
生ハムを散らし、パルメザンチーズをふりかけ、最後にパセリを振りかける。
白いお皿に盛られたドレスを纏ったオートミールは、まるでイタリアンレストランに出るそれと、遜色がないほどに輝いていた。

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オートミールをスプーンで一口とり、口の中へと放る。
胡桃を入れたことで、柔らかなオートミールの中にざくざく歯ごたえが生まれ、私の舌を刺激した。
こんなにも美味しいものを、自分の手で作れたことも驚きだが、ここまでレシピを簡素化した彼の知識にも驚かされた。
仕事をしている彼しか見たことなかったけれども、意外な一面に、私の好奇心が少しばかりの興味を向けた。

「美味しかったよ、ありがとう」
私は彼にメッセージを打ち込んだ。
そのあとの言葉、例えば「お茶に行きませんか?」とか言えればいいのだが、どうも指が動いてくれない。
少しばかりの戸惑いを隠すために、web漫画を読んでいると、また彼から返信が届いた。

「よかったです!」
ありきたりな返信に、私のため息が漏れ出たが、続けてもう一通返信が届いた。
「今度、このカフェに行きませんか?」
何のアレンジもない、直球な誘い。
そんな不器用さに、私の口から笑いがこぼれた。
彼は今、画面越しに何を思っているのだろうか。

私は「いいよ」と一言打ち込み、送信する。
窓の外からは、白い日差しが差し込み、雀の声がちゅんちゅんと聞こえる。
初夏の香りが、私の心をくすぐった。

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