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食×小説Ⅰ『涼を求めて-鰤とトマトと大葉の和風冷製パスタ‐』

 カーテンの隙間から、白い日差しが漏れ出し、私の瞼の裏を赤く照らす。
 少しばかりの熱さが、私を汗ばませ、目が覚めたころにはぐっしょりと枕を濡らしていた。
 昨夜の酔いの残った体は気怠く、肺の上に乗っかる薄い皮膚でさえも重く感じるほどである。
 私は横の状態で、顔をくるりと右に向け、枕元のスマホを探す。
 指先に触れたスマホを手繰り寄せ、いつものように画面を照らすと、すでに時刻は13時ちょうどを表示していた。

 それにしても日差しが熱い。
 カーテンのレース越しだというのに、熱があるはずもない隙間も通り抜けて、私の小さな部屋に充満する。
 春が夏へと羽化していくこの季節ほど、曖昧模糊なものもない。
 朝と夜は布団をかけずにはいられないほどに冷え込んでいるにも関わらず、真昼の気温ときたら、皮膚の上に汗がにじみ出るほどの陽気なのだ。
 私はすぐさま洗面台へと向かい、少しばかり多めの水で、バシャバシャと顔を洗った。

 気怠めなお昼。
 私の胃は早く美味しいものを寄越せとデモクラシーを叫んでいる。
 私は「はいはい、分かりましたよ」とお腹をさすりながら台所へと向かった。

 戸棚を開けると、雑多に積まれた乾麺たちが顔を出す。
 素麺に蕎麦、うどんにラーメン……
 私は奥のほうに手を突っ込み、お目当てのものを取り出した。

 英語表記されたパッケージのパスタ。
 封を開ければ、豊かな小麦の香りが鼻を突き、イタリアの匂いがこぼれ出す。
 こんなにも汗ばむ陽気の日には、冷製パスタがちょうどいい。

 私は野菜室を開け、パックに入ったミニトマトを3つ、大葉を3枚、お酒のつまみで買った鰤のお刺身の残りを取り出した。
 すっからかんの冷蔵庫には、今日は運よくこんなにも食材が残っている。
 私はパーカーの腕をまくり、長い黒髪を後ろで結わく。

 今日のソースはどうしたものか。
 私は頭を悩ましながら冷蔵庫を覗くが、あるのは醤油に麺つゆ、牛乳にボトルコーヒー、あとは蓋の汚れたマヨネーズとケチャップのみである。
 こうもなれば、もはや選択肢は一択しかない。

 私は麺つゆとにんにくのすりおろしチューブを手に取り、下段からオリーブオイルを取り出す。
 大さじのスプーンに、麺つゆを4杯とオリーブオイルを3杯。
 それから塩を少々と、にんにくを一つまみ、レモン汁を少々。

 トマトを一口大に切ると、中から真っ赤な身が顔を出した。
 切ったトマトをボールに入れ、それから、大葉のざく切りと、鰤の細切れを入れ込んだ。

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 たらりと和風ソースを半分たらし、ぐるぐると具材を混ぜていく。
 その間に、コンロの火にかけた鍋の水がふつふつと湧き出し、白い蒸気を上げている。

 ふつふつと沸くお湯がだんだんと勢いを増し、私を急かす。
 パスタを100gほど手に取り、どばっと鍋の中へと放り込む。
 パスタはふにゃりとどんどんと鍋の中へ吸い込まれていった。

 麺の太さは1.3mm。
 あっという間に茹で上がったパスタを冷水で締める。
 ここで大切なのは、きちんとパスタの水気をきることだ。
 私はこれをしなかったことに、散々まずいパスタを食べてきたから、この手順を一番気を付けている。
 ザルで水気を切り、銀色のボウルへとパスタを移す。だが、これで終わりではない。

 キッチンペーパーを3枚ほど取り、ハンカチサイズに折りたたむと、私はそれをパスタの上に押し付け、一気に水気を吸い上げた。
 表面の水気をとり、ぐるりとパスタをひっくり返し、もう一度キッチンペーパーを押し付ける。
 そうしてほとんどの水気のなくなったパスタに先ほどの具材を入れ、味の濃さを調節しながら和風ソースを半分ほど流し込んだ。

 銀色のボウルの中で、黄色と赤と緑が躍る。
 途中、パスタを1本つまみ味を確かめたが、何か一つ、アクセントが欲しいと私は考えた。

「あ、そうだ」
 私は冷蔵庫を開け、奥のほうからおにぎりの具として買ったごま昆布を取り出し、適当に2摘みぐらいを入れた。
 もう一度味を確かめると、先ほどとは打って変わり、昆布の甘さが絶妙に味をまとめている。
 私は混ぜ合わせたパスタを丁寧にお皿へと盛った。

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 私の疲れた胃には、和の癒しがちょうどいい。
 優しくまろやかな味わいと、さっぱりとした口当たりが、私の食欲をくすぐり、パスタを巻いては次々に口へと運んで行った。

 今日から、私の楽しみな連休が始まる。
 至福の鐘の音を鳴らすように、私はきんきんに冷えたレモンの缶チューハイをぷしゅりと開けた。

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