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時織りの手紙(1)

祖父が亡くなった。
つい二週間前のことだ。

あまりの突然の訃報に暁人は驚き、納骨が終ってもなお、まだどこかで祖父が生きてるんじゃないかと思っている。
それでも現実というのは、妄想をいとも容易く砕くもので、空っぽになった祖父の家には寂しげな風が通り、面影だけが棲みついていて、すでに抜け殻となっていた。

白石暁人は、母と祖父の住んでいた実家の跡片付けに来ている。
東京から車で約3時間。
さほど離れていないにもかかわらず、あの騒がしい都会がまるで別世界に思えるほどに、田舎にはゆっくりとした時間が流れていた。

「暁人―、倉庫の方見てきてもらっていい?」
片付けを進める母親から鍵を渡された暁人は、家の外にある物置蔵へと向かった。
物置蔵と家は同じ敷地内にあり、暁人はゆっくりとした足取りで歩いていく。その途中、ふと立ち止まり、敷地の外を眺めた。
家の周りには田園風景が広がっており、風が吹くたびに、緑の波が揺らめいている。

季節は8月である。
大学生である暁人は夏休み中の真っただ中であった。
都会の夏と比べれば、田舎の山奥は少しばかり涼しい
普段は都会の大学に通う暁人にとって、久々の田舎は心地の良いものだった。

暁人はそんな田舎の香りを深く吸い込み、目をつぶる。
その土と水と葉の入り混じった古臭くも懐かしい香りは、暁人の忘れかけていた思い出を掘り返していく。
田んぼのあぜ道を走った記憶、山奥で蝉を捕まえた記憶、冷たい川でびしょ濡れになった記憶。
そんな思い出ばかりが閃光が走るように、頭の中を駆け巡った。

暁人は頼まれていた物置蔵へと足を進める。
敷地の隅にある物置蔵は、白塗りの2階建てであり、瓦造りの古い造りの立派な建物だ。
扉には、どこに売っているのだろうかと不思議に思うほどのゴツイ南京錠がかけられており、この鍵の長さも頷ける。
細長い鍵を南京錠の鍵穴に差し込み、右に回す。
ガチャリという音がすると、先ほどまで口を固く閉じていた南京錠が簡単に口を開けた。

重い扉を開け、中へと足を踏み入れる。
物置蔵の中は真っ暗であり、扉から差し込む光が中の様子を照らしていた。
「たしか入って右に……」
暁人はスマホの光を頼りにスイッチを探す。
物置蔵の右手の方に、白いスイッチが設置されており、それをぱちりと押すと、ぱっとオレンジ色の電球が光った。
暗闇にあった物置蔵がぽうっと照らし出される。
物置蔵ということもあり、中にはガラクタばかりが置かれており、そのどれもが埃を被っている有様だ。
それに長年放置されていたせいか、どこか古めかしさを帯びた黴臭さが漂っており、暁人の鼻の奥をツンと刺した。

「整理しろって言われてもなぁ……」
暁人は愚痴をもらした。
物置蔵の中を見渡すが、窓がどこにもない。
この狭く暗い物置蔵の中で頼りになるのは、寂しくピリピリと鳴いている古びたオレンジ色の電球だけだ。
よく、海底に沈んだ廃船には黄金が積まれていると言われるが、果たしてこの物置蔵もそうなのだろうか。

暁人は積まれたガラクタの山を漁る。
何に使うかわからない木材、メッキの剥げたオンボロの釣り具、ビニール紐で縛られたぼろぼろの新聞紙。
もはや使い道のないものばかりで、目ぼしいものが何一つない。
暁人は溜息をつきながら奥の方まで進んでいくと、一か所だけ、やけに綺麗な机が置かれていた。
薄く埃は被っているものの、他のものの乱雑な取り扱い方とはまったく違う。
そしてその机の上には、漆喰の塗られた真黒な手帳ほどの長方形の木箱が置いてあった。
その木箱の表面には、白色で桜が描かれており、暁人はその美しさに目を惹かれ思わずその木箱を手に取った。
重みのある箱を少しだけ振ると、中からかさかさとした音がする。
「なんだろう……」
暁人は箱の蓋をカパッと開ける。

箱の中には、茶色い封筒にしまわれた手紙が一通入っていた。

なんだろうとそれを手に取ろうとした瞬間、物置蔵の扉がガチャリと開いた。
「暁人―、大丈夫?」
彼の母の声であった。
「大丈夫―!そっちいく!」
暁人は声を返し、慌てて手紙を木箱に戻す。
だがどうしても中身が気になったが、木箱を元の場所に戻さず、ぎゅっと手に抱えた。
ふと、木箱が置いてあったところに目が行った。
そこには写真が一枚、置いてあった。
その写真を手に取ると、その中身を確認することなく木箱の中にしまい込み、暁人は母の元へと走っていった。

(第二話へ続く)

原作があることを王様のブランチで知りました。
書き終えるまでは読みません。

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