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時織りの手紙(7) 最終話

「ねぇ、おじいちゃん。もうその話何回もきいたよ」

裕次郎はため息交じりに、祖父の話を聞いていた。
夏の日のお盆に里帰りすると、祖父は毎年のように関東大震災の時に起きた不思議な出来事の話を聞かされていた。
十四にもなる裕次郎は、そんな御伽噺あるはずないだろうと不貞腐れ、テーブルの上で頬杖をつきながら煎餅を齧っていた。

「あらあら、本当にあったのよ」
台所の食器洗いが終った祖母が、お茶の入った湯飲みを3つテーブルに置くと、ゆっくりと裕次郎の隣に腰をおろした。

祖母は齢六十となるが、その立ち姿は凛としている。
遠くからでも一目でわかる姿勢の良さは、まるで菖蒲の花を彷彿とさせるほどだ。
なぜこんな綺麗な祖母に、未だ童心の消えぬガキんちょのような慌ただしい祖父が夫婦であるのかが謎である。

そんな祖母が、祖父の話は本当であるというのだから信じる他ない。
祖母は祖父の御伽噺を信じる人でもなければ、嘘をつく人でもない。

「本当にあったの?」
裕次郎は祖母に尋ねた。
「そうよ、本当の話なの。その話を真に受けて信じたあの人も変わっているけど、それを話した私も私なのよ」
祖母は笑った。
「え?おじいちゃんの作り話じゃないの?」
裕次郎は思わず驚き、煎餅の欠片をテーブルに落とす。
「ふふふ、そうよ。不思議な体験をしたのは私なのよ。聞きたい?」
「う、うん!」
裕次郎は食べかけの煎餅を口の中へと詰め込み、湯飲みのお茶を飲み干した。祖父の聞き飽きた話よりも、祖母の真実の話のほうが面白そうだと、裕次郎は前のめりになって祖母の話に耳を傾けた。

「あれはね、あなたとおなじころの十四の時だったかしら。私ね、住んでいるところが日本橋だったのよ」
「日本橋?」
「そうよ。今じゃ栄えているけど、昔はそんなことなかったわ。民家がいっぱい立っていたもの。私の家はその中にあって、あの人は近くの八百屋の息子だったわ。家が近くてね、同い年だったからよく遊んだものよ」
祖母は微笑みながら、庭で犬と戯れる祖父を見る。
いったい祖母には祖父がどういう風に映っているのだろうか。祖父を見つめるその瞳には一切の濁りがなく、透き通っている。

「それでね、昔、夢を見たのよ。神様のお告げみたいなもので、”桜の手紙箱に手紙を入れなさい”って。そしたらね、私のお父さんが出張の出先のお土産として、たまたまそれを私に買ってきたのよ。もう本当に驚いたわ。それでね手紙を入れてみたの」
祖母の口調が早くなっていく。
昔の思い出というのは鮮明であればあるほど熱がこもっているというが、まさしく祖母の思い出というのは未だ冷めていないようであった。
いつも落ち着いている祖母が、子供のように語っている姿に裕次郎は新鮮さを覚えた。

「で、どうなったの?」
裕次郎がすかさず祖母に聞く。
「そしたらね、本当に手紙が返ってきたのよ。それも未来からね。もう本当に驚いたわ」
「未来?」
「そう、未来よ。100年後のね」
「100年後!?」
「驚くわよね。でも本当のことなのよ。私はね、100年後のその人から”地震が来るから逃げて”っていわれてね。田舎に帰ったら本当に地震が来ちゃったもんだからびっくりしたわよ。あの人は八百屋だったから家には備蓄もあったし良かったんだけど、私の家なんか全焼してたみたいなの。本当に幸運だったわ」
「それは……本当?」
「本当よ。ちょっと待っててもらえる?」
そういうと祖母は立ち上がり、自分の部屋へと行った。
数分立って戻ってくると、その手には何か風呂敷に包まれたものを携えていた。
祖母はその風呂敷に包まれたものを、テーブルの上へと置く。

「それなに?」
裕次郎は尋ねる。
祖母は固く縛られた風呂敷の結び目をほどくと、中から現れたのは白い桜の絵が描かれた手紙箱であった。
「これって……」
裕次郎は息を飲んだ。
先ほど祖母の話の中で出てきた手紙箱そのものだ。
あまりの綺麗さに、思わず裕次郎は目を奪われる。

「これはね、全焼した家の中でも無傷で残ってたのよ。あの人が瓦礫の中から一生懸命探してくれてね。”お前の命を救ってくれたものなんだからそれぐらい当たり前だ”って。私はね、その時にこの人と結婚しようって思ったのよ」
祖母は少し照れながら語った。
そんな祖母の横顔が、裕次郎の目には一瞬、純真な少女のようにも見えた。
「手紙は全部燃えちゃったんだけどね。これだけは手紙箱の中に残ってたの。これが私の宝物よ」
祖母が手紙箱を開けると、そこには一枚の写真が入っていた。
その写真には、天まで伸びる鉄の塔に、巨大すぎる橋、整備された川が色鮮やかに映っていた。
それは、摩訶不思議な写真であった。
「これはね、100年後の隅田川の写真よ」
「隅田川!?」
この当時の隅田川といえば、土手に桜の木が埋まっているぐらいで、時たま屋台船が通るぐらいの、何気ない川である。
それが100年も経つと、こんなにも近未来のような姿になっているのだから裕次郎が驚くのも仕方ない。
きらきらと目を輝かせながら、裕次郎はその写真を眺めていた。

「この手紙箱と写真は裕次郎にあげるわ」
祖母はそっと手紙箱を裕次郎に寄せる。
「え、いいの?でもこれおばあちゃんの大切なものじゃ……」
「大切なものよ。だからこそ、未来に託して欲しいのよ。きっと100年後の未来で、私を助けてくれたあの人にお礼を言えるわ」
「名前は何ていうの?」
裕次郎が聞くと、祖母は紙にその人の名前を書いた。

「白石 暁人さんっていう人よ」

祖母はその名前を見て、少しだけ目を潤ませていた。
裕次郎はその名前をしっかりと覚え、託された宝物を大事にしなきゃと心に誓った。

「玲子―、玲子やー」
祖父が庭で祖母の名前を呼ぶ。
「はーい、ただいま」
そういうと祖母は庭にいる祖父のもとへと駆け寄っていった。
犬と戯れる祖父と祖母はまるで友達のように、仲睦まじい感じであった。

裕次郎は縁側に近づき、遠くの空を見る。
あの空に届くほどの、塔を僕は作るんだ。
そしてこの写真と手紙箱を白石暁人さんに届けるんだ。
熱くなった胸を押さえながら、心を新たに構える。
夏の青い空には、今にも天まで届きそうな入道雲が、真っ白くそびえたっていた。

おわり。

全七話ありがとうございました!
まさかたった1曲での話がここまで長くなるとは思っておりませんでした。
書き終えてみれば、約1万3000字の短編です。
綺麗な形でまとまったんじゃないでしょうか。
来週あたりに、全七話を一気見出来るように投稿します!
追いきれないという方は、そちらを見て頂ければ幸いです。

時系列等が複雑でしたので、知りたい方がいれば、あとがきのページを作成します。

※参考にさせて頂いた曲


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