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時織りの手紙(2)

※第一話はこちらから

布団にごろりと転がると、疲れがどっと来たらしく、暁人はうーと唸りながらスマホの電源をつけた。
田舎にある祖父の家から、暁人の運転で都会にある実家にまで戻ってきた。

時刻は22時47分。
田舎の真昼とは違う、都会の夜は、少しだけ窮屈さを感じる。
煌々とつくLEDの白色は、万遍なく部屋の中を照らしているが、近未来の光にはどうも温かさというものが無い。
シンプルなデザインに何一つ無駄のないありふれた物というのは、どうしてこうも無機質なのだろうか。

ふいに、眠気がどっと暁人を襲い始める。
彼はそれに抗おうと寝返りを打つが、瞼がだんだんと重みを増していく。
あぁ、もうだめか。
暁人は目を閉じ、ゆっくりと意識の底へと沈んでいった。

その晩、彼は夢を見た。
何故か袴のような物を着て、真っ赤に燃える街の中を駆け走る夢だ。
混乱の人波をかき分けながら、必死に誰かの名前を読んでいる。
息をするたびに苦しさを感じながらも、必死になって前に進んでいく。
そしてようやく、目的の家の前に立ったが、その家は真っ赤な炎に包まれ、もはや家の骨組みが黒い影のように見えるほどだ。
彼はその家の前でがっくりと膝をつき、涙を流した。
暁人にはそれがなんの悲しみなのかは理解が出来なかったが、現実を否定したくなる強い虚無感だけは理解することが出来た。
力無く膝をついた彼を、大人が無理やり立たせ「しぬぞ!にげろ!」と言って、手を引きながら遠くへと走っていった。
燃え盛る家が遠くなっていくのを潤む目で見ながら瞼を閉じた瞬間、暁人は夢から覚めた。

ばっと目を開けると、時刻は朝の4時30分であった。
ちょうど、地平線に朝日が顔を出し、夜を薄めていく。
暁人はその光景を見ながら、さきほど見た夢は一体何なのだろうかと考え込んだ。

ふと、机の上に目が行く。
昨日持ち帰ってきた黒い木箱が蓋をしたまま置いてあり、未だ中身をきちんと確認していなかった。
暁人は小さく息を吐き、木箱の蓋を開ける。
中には変わらず、茶色封筒に入った手紙が一通と、古びた写真が一枚入っていた。

恐る恐る、封筒から手紙を取り出す。
その字は非常に綺麗で姿勢の良い文字をしており、文字がへたくそな暁人にとっては惚れ惚れしてしまうほどのものだ。
彼はさっそくその文章に目を通した。


お手紙初めまして
私の名前は、石森玲子と申します。
突然のお手紙でごめんなさい。
私がこうしてお手紙を認めているのも、昨夜見た夢のせいなのです。
突飛なことですが、最後まで読んでくださると嬉しいです。
夢の中で、私は未来の東京を散歩していました。
天まで届きそうな銀の塔、光り輝く街並み、板の中で踊る人々。
あれが近未来の東京だと思うと、私は驚きが隠せません。
東京駅だけが変わらずにあったことだけは安心しています。
夢の終わりに、神様からお告げのようなものがありました。
“桜の描かれた黒い手紙箱に手紙をしまいなさい”と。
私はその意味が分かりませんでしたが、父に聞いてみると、神様のお告げのものと一緒のものを持っていました。
そして今この手紙を手紙箱にしまいます。
私はもう一度、未来の東京を見てみたいのです。
このお手紙が届いていたら、お返事をくださると嬉しいです。
お待ちしております。

大正12年4月1日
石森玲子


大正12年―――
暁人は息を飲んだ。
もしこれが本当のことならば、とんでもないことだ。
彼はこれを誰かに言いたくなってしまう欲を抑え、この返信の内容を考えた。

「そういえば……」
手紙のほかに写真が一枚あったことを思い出し、手紙の下にあるそれを手に取った。
ぼろぼろに色褪せた写真はもはや辛うじて形を残しているといった感じである。
慎重に触りながら、写真に映る景色を眺める。
大部分が色褪せてしまっているが、唯一分かったのは東京スカイツリーだけであった。
手前に流れている川は、墨田川なのだろう。

なぜこんな写真があるのだろうか。
しかもこの色褪せ方を見ると、相当古いものである。
暁人は首を傾げながら、写真と手紙をまた箱の中へとしまった。

(第三話へと続く)


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