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【短編小説】私は洒落たアンブレラガール

 
 私は今日も傘を差す。

 道を歩けば、通行人は私をよけ、振り向きざまに二度見する。
 私はそんなことなど当に慣れていると、ふんふんと鼻歌を歌いながら、お構いなしに朗らかなスキップで歩道を歩いていく。

 意気揚々と私の足はリズムを刻み、目的地へと向かわせる。

 いったい私をこんなにも弾ませるのは、春のせいなのか、それとも傘のせいなのか。

 まぁ自分が幸せなであるのなら、そんなことはどうでもいいかと小さな悩みを取っ払うと、ふいに私の体はふわりと軽くなる。
 それは自分が魔法使いにでもなったかのようにも思え、傘を片手に空を駆けるような感覚が私を包み込んだ。

 気づけば私は六義園の入場門に傘を差しながら立っていた。

 入場料を支払うと、受付のおばちゃんが「ご機嫌ね」と私に笑いかける。
 私は「今日も幸せなんですよ」と微笑み返した。

「さて」と呟くと、私は鼻歌を歌いながら、カツカツと水色のハイヒールのピンをタップし、白いフリルのワンピースを風になびかせながら、日本庭園へと溶け込んでいく。

 どこからか桜の香りが漂い、私はその香りをまとわせるようにくるくると傘の柄を回しては、小間(※注1)に刺繍された銀に煌めく薔薇を揺れ動かす。

 私は日本庭園をホップステップと進んでいき、そしてジャンプした。

 そしてついた場所には、一本の大きな枝垂桜が荘厳に待ち構えていた。
 どうやら桜の香りはここからするようだ。

 くるくると私は傘の柄を回す。
 枝垂桜はその枝をゆらりゆらりとたなびかせ、そのたびにふわりと桜の香りをまきちらす。

 私は傘を片手に大きく深呼吸をした。

「ごお」という音ともに一陣の風が庭園を駆け抜け、枝垂桜の花びらを大きく揺らす。
 ひらりひらりくるくると綺麗な螺旋を描きながら、ぽとりぽとりと傘の上へ落ちていく。

 私は傘の柄を回すと、それはふわりと宙に舞って、またひらひらと地面へと落ちた。
 桜の雨の下で傘を差すだなんて、私はなんて贅沢者だろうか。

 こんな日に傘を持ち歩かないなんて、君らはまったく損をしているよと、心の中で呟いた。

 傘というものほど洒落たものはない。
 私はこの芸術美を纏わせる傘を愛してやまないのだ。

 家の戸棚を開ければ、十数本の私の傘がずらりと並ぶ。
 私がいつもお洒落をするときは、服選び、靴選び、そして傘選びをするのだ。

 晴天が広がりお日様の照るときは、銀の薔薇の刺繍の入った橙の傘。

 曇天が淀む灰色の日は、小間の裏側に藤の花の描かれた朱色の傘。

 水天が冷える雨降らしの日は、夜空の星空が煌めく露草色の傘。

 傘を差さないだなんてもったいない。
 なんたって、傘は洒落ているのだから。

 だから今日も私は片手に傘を握る。
 そして得意げにくるくると傘を回してやるのさ。

「どうだ、私は洒落ているだろう」って。

 おわり
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小間(こま):傘に張っている生地

【おまけ】

来年はお花見がしたいもんですね(桜の下で酒が呑みたいだけです)

※私のおすすめは『前原光榮商店』

※King Gnu 『傘』(私の個人的に好きな歌です)

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