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菫色の実験室vol.5|鳩山郁子|紫黄(しおう)水晶蜂鳥幻想

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 最初の実験室を出て、ふたたび長い廊下を歩き始めました。菫色の紙挟みに納めた日誌は、薄い数枚でありながら、不思議な重みを腕に伝えてきます。
 夜の帳が降り、白衣の裳裾が歩幅に合わせて擦れ合う音さえ響くいっそうの静寂が、あたりを覆ってきました。いつしか灯った菫色の電燈に導かれて、いくつかの扉を通り過ぎました。
 一閃の鋭い匂いがスミレの香りを分断したのち、とろりと甘やかな香りに満たされた扉の前にいま、私は立っています。



 気のせいだったのでしょうか——扉をくぐった途端、羽音が聞こえたように思いましたが、室内の明かりをつけてみても、生き物のいる様子はありません。
 各実験室には、ある種の「質感」がありました。それは、研究員の気質や行われた実験の詳細が堆積して、空気の肌理に織り込まれたものなのでしょう。此処には、澄み切った清流と玲瓏なる闇の気配とがマーブル玉となって、チカチカと人工的に明滅している感触があります。

 手入れが行き届いた調度や風変わりな実験器具をひとつひとつ見ていくと、机の上にパラフィン紙で丁寧に包まれた日誌が置いてありました。菫色のリボンが結ばれ「音声反訳済み」のタグが下がっており、その横に四つの小箱が折り目正しく添えてありました。

 菫色のリボンを解いてまず目に止まったのは、雇い主への連絡事項が綴られた、極めて美しい水茎でした。まるで、繊細な羽根が水面をたゆたっているかのよう——音楽のごとき水茎は、異国の地で一篇のアリアを体験したような深い感動を私に与えました。残念ながら、その紙片は雇い主と管理人である私のみ閲覧を許されていますので公開することはできませんが、四つの小箱のラベルにコレクション名が手書きで記されていますので、未来の小箱の持ち主も、同じ調べを聞くことでしょう。

 今回託されたのは、或る博物学的幻想譚と蒐集されたコレクション品です。かように霊妙なる内容が、いままで誰の手にも渡らず、ひそやかに実験室にあり続けていたとは——どのような経緯でここに届けられたのか、その奇跡を前に、背筋が伸びる思いです。

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 日誌の横に置かれた四つの箱には、蒐集されたコレクションが納められ、薄紙で包まれたそれらは、時を重ねてきたやわらかな風合いと、時の凍土から突然咲いた青い花のような硬質さを携えて、美を明滅させていました。

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 ——扉の前で鼻腔を刺激した一閃の鋭い匂いは「香り燐寸」が擦られた匂いであったことが、四つ目の箱を開封して判明しました。

 なんたる驚異のコレクション! 菫色のヴンダーカンマーの発見は、雇い主さえ想像しなかったことでしょう。先ほど聞こえた羽音が、研究員の美しい指先が紡いだ菫色の詩情のはためきであったことを帳票に書き留め、実験室を後にしました。

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鳩山郁子 | 漫画家・イラストレーター →Official Blog『鳩小屋通信』
近刊は堀辰雄の初期ファンタジー小説をコミカライズした『羽ばたき Ein Marchen 』(KADOKAWA)。そのほかの著書に『寝台鳩舎』(第21回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品選出)『カストラチュラ』 『スパングル』 『エルネストの鳩舎』などがある。
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作品名|No.1 アメトリン・ミツバチハチドリの仮剥製/シガレット・カードのための画稿
不透明水彩・耐水性インク・鉛筆・胡桃のインク・デッドストックわら半紙 ・裏面にデッドストックマーブル紙(フランス製)を貼付
作品サイズ|7.5cm×12.5cm
額込みサイズ|10cm×15cm
制作年|2020年(新作)
*手書きラベルが配されたオリジナルボックス入り

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  本展のために綴られた硬質優美な博物学的幻想譚より、菫色の詩情馨しい、幻想譚の核となる一作。「アメトリン・ミツバチハチドリ」の氷のような冷たさが菫色の諧調豊かな筆致で描かれ、柔らかな羽根の繊細と水晶の硬い煌めきという相反する質感を同時に活写した、圧巻の作品です。

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00_通販対象作品

作品名|No.2 アメトリン・キャンディー/復刻デザイン丸箱入り(ニオイスミレと蜂蜜味)
不透明水彩・耐水性インク・鉛筆・ポスターカラー・胡桃のインク・デッドストックわら半紙 ・裏面にデッドストックマーブル紙(フランス製)を貼付
作品サイズ|8cm×8cm
額込みサイズ|12.8cm×12.8cm
制作年|2020年(新作)
*手書きラベルが配されたオリジナルボックス入り

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 鳩山先生の想像力の飛翔と比類なきセンスにより生み出された本コレクションより、魅惑の嗜好品が届きました。青々しさと甘やかさを行き来する風味が香り立つ一作。結晶的書体で綴られた「AMETRINE」やスミレの絵柄もノーブル、細かな見所も満載です。

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00_通販対象作品

作品名|No.3 アメトリン・ミツバチハチドリの心臓ブローチ
不透明水彩・耐水性インク・鉛筆・ポスターカラー・胡桃のインク・デッドストックわら半紙 ・裏面にデッドストックマーブル紙(フランス製)を貼付
作品サイズ|6cm×5cm
額込みサイズ|10.8cm×9.8cm
制作年|2020年(新作)
*手書きラベルが配されたオリジナルボックス入り

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 その稀有なるアメトリンの輝きを伝える一作。「菫色の宵と蜂蜜色の朝陽を一身に集めたような」紫黄水晶の美しさを封印したジュエリーは、「仮の死」から紫黄水晶への変容を遂げた哀感をたたえ、その繊細を護るかのように、漆黒の額が配されています。

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★非売品★

作品名|No.4    香り燐寸 ”飴と燐(あめとりん)”
不透明水彩・耐水性インク・墨汁・色鉛筆 ・胡桃のインク・デッドストックわら半紙 ・裏面にデッドストックマーブル紙(フランス製)を貼付
作品サイズ|7cm×5cm
額込みサイズ|14.6cm×12.5cm
制作年|2020年(新作)

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 紫黄水晶幻想を演出する「香り燐寸」は、「菫の花蜜の甘い香り」を漂わせる上に炎の色はアメトリン・カラーの紫と黄色——魅惑の品々をデザインすることにより、幻想譚を薄き頁から軽やかに飛翔させる鳩山先生の魔法はどこまで広がり続けるのでしょう・・・

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