noter・虹倉きりの罪と罰―そういや私は魔女であり、人ですらなかった―
2022年の記録が公式から送られました。
昨日の140字日記でも少し触れましたが、今年はネット関係で大いに苦しんだ年になってしまいました。
結論から言うと、これを書くだけでも皮肉が飛んでくるでしょう。ですが私にとっては、今から書くことは非常に重要かつ節目となりました。
人によっては「サイテー」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。ご批判は受け止めますので遠慮なくコメントにその旨お書きください。
詳しいことも書きませんので、余計な詮索は不要です。
梅のつぼみが芽吹く頃、私はnoteで大変な間違いを犯しました。
今まで「良かれ」と思っていたことが「いけないこと」になっていたのです。私の知らない間に大きな怒りを買ってしまっていたこと、それが原因でnoteに住む人々の目が怖くなってしまいました。
世の中にはタブーというものがあります。知らなくていいことを深掘りする物好きは弾かれてしまうのがオチです。
私はその深掘りが大好きで、プラスにならないことでさえも己の欲求に従って掘り進めてきました。
あとは―いじめられた経験が長かったので上から目線の人を見るとつい喧嘩をフッてしまいたくなるクチです。弱い立場の人間が虐げられているのを見ると、立場を無視して虐めている人間に平気で暴言を吐いたこともあります。もちろんこれはネット上でのお話。それ以外は…全く別の方法で黙らせていると思います。
一連の懺悔を読んで「虹倉きりは信用ならない!」と言う人は少なからず出てくるでしょう。少なくともこの文章を書いている今、アンチ虹倉と考えられる各々を思い浮かべています。
だからといって「私は悪くない」と開き直るつもりはありません。むしろ、今に至るまで罰を受け続けています。
それは「人が離れていくこと」でした。
桜満開の季節、呪詛に似た言葉を吐かれました。それも無意識にやっているであろう方法で、当然望んでいない形でもありました。
何を言われたかはここでは書きませんが、己の文才に対して疑問を持つようになりました。良い子ちゃんぶった記事を上げようと無理していたのもこの頃です。「意識が低い持論」を全否定されてもなお「見られている」という感覚があったために、物書きの持ち味を活かさない選択を無意識に強いました。
「たかがイチ意見に振り回されるなよ」と今は思いますが、監視されていることは知っていましたから少しでも変わろうと試みましたが―全然楽しくありませんでしたし、恐怖心は常にありました。
唯一忘れられたのは小説と朗読の投稿でした。ちなみに後者に関しては「作品を利用している」とも言われました。
「#note感想文」(いわゆる記事引用)についても考える機会がありましたね…あれは「こういう意見があるけど私はこう考える」という意味で引用していたのですが、人によっては不快に感じる方がいるのを知ったので完全に改めました。
にしても気軽に引用することが難しくなると少し物寂しい感じがします。でも、引用せずにためになった記事を元にテキストを綴るのもアリなんですね。そりゃそうか、だって学んだことをアウトプットしてみんなに読んでもらうわけですから、承認欲求もクソもへったくれもなかったのです。
それに「読んでくれている人にはきちんと伝わる」ことを知ったので、少しだけ心が軽くなりました。
涼風と熱風を股にかけていた頃は良いことづくめでいっぱいにでした。まるで私に救いが来たかと錯覚してしまうくらい、それはそれは素晴らしいことの連続でした。
朗読検定準2級の合格、はてブロ公式お題の入賞…歩みの重大さを噛み締め、新たな自信につなぐことができました。
しかし、罰はそんなことを許してはくれません。
小説書きやラジオをしている以上、ネタはクリエイターの原料であり財産です。私だって何回もネタにされています。
しかしながら、ネタにされたくない人だっているわけです。されるだけで傷つく人だっていますから、調理するにも細心の注意を払っています。
私の罰は「”悪人”としてネタにされ続けること」でした。発言ひとつで「悪意がある」と脚色され、真偽を確かめないまま「要注意人物」のレッテルを貼られました。現在も罰は受け続けています。
何故なら私は「悪人」であり「要注意人物」でもあるからです。
もみじの葉が赤くなる頃、私は罰をこの目でまじまじと読みました。
実際離れる人は出ましたし、2月から12月まで声の仕事は全くありませんでした。そういう意味では当たりだったと思います。
罰を受けながら今まで通り…というのはやりたくなかったので目を逸らす努力はしていますが、やっぱり気になるものですね。”合法的な私罰”は継続的に行われていました。
北風小僧が旅をしている頃、私はレッテルごと愛してくれる存在たちに気づきました。
「信用を無くす」と断言されたはずの物書き・ナレーター界隈の皆様
厳しくも暖かい目で活動を認めてくださる職場の仲間
非凡な娘をサポートしてくれる母
何があっても味方でいてくれる彼氏
活動を応援してくれる友人たち
呪詛のリフレインは定期的に起こるもので、それを払い除けようと助けを求めたこともありました。話を聞いてくださった方はいずれも優しく暖かい言葉をかけてくださり、励みになっています。
今後も”合法的な私刑”を逃げずに受け続けます。
これまでしでかした罪を心に刻めというメッセージなのかもしれませんし「こうするしかコミュニケーションの術がない」ってのもあります。
だからといって背景を書くつもりはありません。書いたところで、今度こそ戦争になってしまうからです。
(事実、この記事だって戦争の材料になってもおかしくはありませんし)
”合法的な私刑”による言葉の重石で腕が潰れるその日まで、私は物書きナレーターを続けます。
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