5回目のクリスマス
大学は自身の人生に於いてのモラトリアムだったと思い返すことがある。あれほど自由で、かつ宙に浮いた時間はなかった。
何故か大学で5回目の冬を迎えていたあの頃。
4年目の失恋のせいにするほどやわではなかった。単に自由時間を無理矢理に延長しただけのこと。
でも、その延長時間も間もなく終わる冬。
当時気に入っていた一年生の女の子。
4年間想い続けた人とは違う5歳下の明るい子だった。
クリスマスイブは日曜日。
有馬記念がある日に、阪神競馬場に彼女を誘っていた。
暮れの阪神競馬場は賑わっていた。
今みたいにネットで馬券を買うのにハードルが高かったこともある。
ある意味、風物詩の雑踏に彼女と身を投じていた。
有馬記念はトウカイテイオーの復帰も話題だった。
昨年の有馬記念で惨敗して、漸く戦列に戻ってきたが、かつての輝きが戻るかは半信半疑に見られていた。
当時の評価はビワハヤヒデ。
馬券の軸には頼り甲斐ある堅実な馬。
私は彼女に良いところを見せたいと持ちうる知識を駆使して朝から予想を繰り広げたものの、得てしてこういう時ほど空回りしてしまう。
阪神のメイン前に有馬記念。
さて、馬券売り場も混むからそろそろ結論を出さないといけなかった。
ビワハヤヒデの軸にさほどの迷いはなかった。まず勝ち負けだろうと。
ただ相手が難しかった。
ダービー馬ウイニングチケット
ライスシャワー
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マトモならこの辺りだが、有馬は何かしら起こり得るレース。
トウカイテイオーは単勝こそ4番人気も、ビワハヤヒデとの組み合わせで3,000円近く付く。
多分二度とこんなオッズでトウカイテイオーを買うことはできない…その瞬間に勝負を決心した。
買う馬券の大本線をこの組み合わせに絞る。
お連れの彼女に囁く「これ来たら大プレゼントやな」
もっとも馬券の稼ぎをアテにはしていなかった。
プレゼントはもう鞄に入れてある。
有馬記念のファンファーレが鳴る。
サイはもう投げられている。
後は見届けるだけ。
小回りに見える中山の2周目の4コーナーを廻ると実況が掻き消されそうな大歓声が聞こえる。
抜け出してきたビワハヤヒデ。
それは分かっていた。
あとは何を連れてくるか?
猛然とビワハヤヒデに襲いかかる馬がいた。
そうトウカイテイオーじゃないか!
あの差し切りのシーンはスロービデオのように頭に蘇る。
ゴールの瞬間の響めきに紛れて、思わず彼女に抱きついた。
響めきは歓声へと変わる。
田原成貴渾身の騎乗は彼の涙が証だった。
払い戻しで素に戻る。
馬券の勝ちも嬉しかったが、この瞬間に好きな人と一緒に居れたことが一番嬉しかった。
用意していたプレゼントを彼女に渡す。
「意味が分からない」と彼女は言った。
意味が分からないのではなく、意味を分からないフリをするのが精一杯だったに違いない。
元より白黒付けるつもりの恋心ではなかった。最初で最後の逢瀬になることも分かっていた。
でも、30年近く経った今も彼女には感謝している。
素敵なクリスマスをありがとう。
嬉しかったよと。