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SS【帰りたい場所】#青ブラ文学部

山根あきらさんの企画「帰りたい場所」に参加させていただきます☆

お題「帰りたい場所」

【帰りたい場所】(1122文字)

「あなたが帰りたい場所はどこですか?」
 白衣の男にそう聞かれた。
「聞いてどうするんですか?」
 わたしは聞き返した。答えたところで帰してくれるわけでもなかろうに。
 それにしてもここはどこだろう。白内障のせいかよく見えない。病院の中だろうか?
 白衣の男は、目元を和らげて言った。
「心理テストのようなものですから。答えをパスすることもできますよ」
 おそらく、パスしたところで別の質問をされるだけだろう。わたしは少し考えて答えた。
「元いた場所です」
「『元』とはどこですか」
「ここに来る前にいた場所です」
「ほんとうに?」

 ……ほんとうに?
 そう聞かれてわたしは自分の胸に問い直した。たしかにそうだ。もしどこにでも帰れるとして、ここに来る前にいた場所へ帰りたいだろうか。
「そう言われると違う気がします」
 男がうなずく。
 わたしは目を閉じて、自分の人生を一から辿り直す。

 物心ついた時には両親は亡くなっていて、子ども時代は祖母と二人で狭いアパートに住んでいた。学校ではイジメられっ子だったし、卒業後は就職先の寮で一人暮らし。恋人もできず、独り身の部屋は侘しいばかりで、老いて入院してからは病室暮らし……。
 まったく、孤独すぎる人生だ。帰りたい場所なんてどこにある?
 わたしは、薄笑いを浮かべながら目を開けた。
「笑っていらっしゃるのですか」
 白衣の男が言う。わたしが答えるのをかなり待っていただろうに、穏やかな風情は変わらない。
「だって、笑うしかないですよ。帰りたい場所がないんですから」

「大丈夫ですよ」
 白衣の男はニッコリ微笑んだ。よく見るととても綺麗な顔だ。
「むしろ、選べないことの方が辛いのですよ。あそこも、ここも捨てがたい、なんてね」
「うらやましいですけどね」
 わたしがそう言うと、白衣の男は目を伏せて首を横に振った。
「いいえ、どうせ帰れませんし。道のりが長くなるだけですよ……」
 やっぱり帰れないのか、と思う。
「ところで長くなるって……?」
 白衣の男は黙って微笑んだまま、立ち上がってわたしの手を取った。こんなに優しく誰かに手を取られたことがあっただろうか。ぼんやりと見上げていたら、男が随分と大きいことに気づいた。白衣の裾もとても長い。しかも背中には……
「参りましょう」
「どこへ……?」

 羽の生えた男は、わたしの手を取ったままスィと床から浮き上がった。
「天国へ。あなたはこの世に執着がありません。他の方のように遠回りをせず、最短で行くことができます」
 そして優しく言い添える。
「私はあなたをずっと見ていました……。孤独な人生を、最後までよく生き抜かれましたね」
 ああ、そうだったのか。
「わたしが帰りたい場所は、天国だったんですね」

 天使は翼を大きく開くと、美しい鐘の音のような声で高らかに笑った。


おわり

© 2024/5/22 ikue.m

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