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掌編小説【ミルキー】

お題「免罪符」

「ミルキー」

天国の門には門番がいる。罪人は当然スンナリと門をくぐることはできない。しかしどんな社会にも裏口はある。
天国の門の前にある待合室では、ある噂が流れていた。
「犯した罪が赦されるお札があるらしい…」
罪のない者などほとんどいない昨今、すんなりと天国の門をくぐれるのは生まれてすぐに死んでしまった幼い子どもくらいのものだった。それ以外の者たちは、自分は天国に行けるのかと不安にかられながら待合室で噂し合っている。
「免罪符ってやつか?どこで手に入るんだ?」
「それが、決まった型があるわけじゃないらしいんだ」
「どういうことだ?」
「門番の好みに合う何かを差し出せば、通してくれるらしい」
「好みってなんだよ…」
「それがわかりゃなぁ」

そんな話を待合室の片隅で聞いていたのは、やはり下界で罪を犯した女だった。
悪い男に全財産を騙し取られ、カッとなって刺してしまったのだ。男は即死。我に返った女も絶望して飛び降り自殺。
殺した男は待合室の門に近い所にいる。女は少し後から来たから、男に気づかれてはいないようだ。もう少し後から死ねば、こんな気まずい思いをせずに済んだのに…、女はそう思いながら身をかがめている。
「免罪符か…、たとえそんなのがあっても許してもらえないわよね。人殺しだもの」
ずっと真面目に生きてきたのに、一瞬で全てが終わった。自分まで殺してしまったのだから罪は倍になるかもしれない…。

殺した男が門番に呼ばれた。様子をうかがっていると、なにやらカードのようなものを見せている。まさか免罪符?あの男が天国に行くなんて許せない。しばらく問答していたようだが、しばらくすると男はうなだれ、門をくぐることなく地獄行と書かれたプラカードの方に進んで行った。
ああ、やっぱり地獄だ。女は少しホッとしたが、自分も同じ所に行くのかと思うとそれもいやだった。地獄で苦しむうえに気まずい思いまでするなんて。
待合室の人々は次々と振り分けられて、天国の門をくぐったり、地獄の方に行ったりしている。
とうとう女の番が来た。
「お前はどうだ?」
門番が顔を近づけ小声で女にたずねる。
「は?」
「なにか持っているのか」
免罪符のことだろうか…。なにか、せめて何かないしら。女は上着やポケットをまさぐった。するとペラッとしたものが手に触れた。これ、なんだっけ?
女がそれを引っ張り出すと、門番はそれを素早くつまみ取った。
門番の顔色が変わり、口元をニヤリとゆがめる。
「これは…いいな」
「え?」
「うむうむ。なかなかわしの好みをわきまえているな。用意がいいぞ、おまえは」
「はあ」
「さ、通れ通れ」
門番は手の先だけでサッサと女を追いやり、うれしそうにニヤニヤしながら女から巻き上げたものを眺めている。

女はわけがわからなかったが、門番の気が変らないうちにと天国の門をくぐった。
突然、まばゆい光に包まれ、香しい空気が胸いっぱいに満ちた。薄目を開けると色とりどりの花畑が目に飛び込んでくる。
ああ、ここは天国なのね…。地獄に行かずに済んだ安堵感で、女は泣き出した。
しばらく泣いて少し落ち着くと、女はさっき門番に取られたものが何だったか思い出した。

ミルキーの包み紙だ。
ある意味ゴミだ。
たしか男にもあげたはずだが、男はクシャッと丸めてそこらへんに捨てたのだろう。免罪符になるとも知らずに。
しかし女はその時、ゴミ箱が見当たらなかったからポケットに入れたのだ。
ああ、真面目でよかった。
それにしてもペコちゃんの笑顔、威力すごすぎ…。

おわり (2022/10 作)

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